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偽ケイシー


何年か前に、エドガー・ケイシーをチャネリングした、という本が送られてきたことがあります。
ケイシーだけではなく、たしか数名の有名人がチャネリングされていたようですが、ともかくも、ケイシーをチャネリングした、というページを開いてみました。

が、冒頭から絶句。
数行読んで「なんだこれ?」とそのままゴミ箱に。

ケイシーが日本語を話したなら、こういう日本語は絶対に話さない、という軽口とタメ口が続き、まるで渋谷をウロウロしているのが似合いそうな10代の男の子の口調でありました。

私はもともと本好き、活字好きなので、本をゴミ箱に捨てることは、人生のなかで(記憶にある限り)2回しかないんですが、内容が内容だけに粗大ゴミにも古本屋にも出せず(他の人が読むと嫌なので・・・)、かといって、本棚に入れておきたくもなく、申し訳ないですが、そのまま処分・・・。

きっと、その霊能者も本を編集者も、ケイシーがどのような人だったか全くご存じなかったのでしょう。ケイシーが生前、いかに高潔で謙虚な人だったか・・・。知っていたら、本には出来ないと思いますし、それ以前に、自分の口を通して語った霊が誰なのか、どんなたぐいの霊なのか、疑いを持ったでしょうねぇ。


あの本は読んだ瞬間、こりゃ偽物だわって分かりましたが、もし、雑誌や本でケイシーをチャネリングした、とか、ケイシーからメッセージを受け取った、というものがあった場合、おそらく99.9%は偽物だと思ってもらって正解です。

ケイシーは、自分が亡くなったあと、自分の名前を語ってメッセージを伝えようとする霊が現れるであろうことは予測していました。そのためケイシーは、その霊が偽物か本物かを見分ける印を家族に伝えています。

ですから、その印が語る言葉になければ、そのメッセージは偽ケイシーからもたらされた可能性が高い。

さらに、そのメッセージをもたらした、あるいはチャネリングしたのが霊能者と名乗る人であるなら、その人が語る他のメッセージも、どこに繋がってもたらされているのか、そのソースを疑ったほうがいいかもしれません。

じっと見てると、その霊のお尻にシッポが見え隠れしているかもしれません。

by hiroshimapop | 2016-09-27 16:37 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)

『サンカの民と被差別の世界』


引きつづき、五木寛之さんの本、読み続けております・・・。

地元広島について書かれた『サンカの民と被差別の世界』。先日読んだ「隠れ念仏、隠し念仏」もそうでしたが、こちらも歴史の教科書には絶対登場しない日本の姿が書かれています。

ちなみに「隠れ念仏・・・」の本で私は、隠れキリシタンのように念仏を唱えることを禁じられた人達がいたことをはじめて知りました。彼らは夜秘かに集まり何百年も隠れて念仏を唱え続けてきたんだそうです。そして、隠れキリシタンがそうであったように、政府の弾圧は厳しく、見つかると拷問と処刑が待っていた・・・。

命をかけて念仏を唱え続けてきた人がいた。しかも何百年も。興味を持った方はぜひ「隠れ念仏・・・」の本を読んで下さい。


さて、この『サンカの民と被差別の世界』では、長く日本で雑賤民と扱われてきた、山の民、海の民、放浪の民、芸人たちがクローズアップされています。

かつて天皇は村人を国の宝「オオミタカラ」と呼んでいた、と私たちは学びましたが、「オオミタカラ」とは主に町民、農民をさし、「オオミタカラ」の範疇から外れていた人達がいました。「士農工商、エタ、ヒニン」という制度化されてきた身分があったことも学校で学んで知っていますが、実にこの区分に漁民や山の民は入っておらず、身分制度からも「オオミタカラ」からもはみだした人達、それが山の民(サンカ)であり、漁民だったんですね。


漁民について書くと、小さな船の上で生活をしていた人が多く、陸上で定住していなかったことが理由の1つ、漁業は仏教の「不殺生戒」を犯すものと見なされていたことが賤民扱いとなった理由のようです。だったら、日本神話にでてくる海幸彦はどうなんだ、それを買って食べる人はどうなんだ、とちょっと突っ込みを入れたくなりますが、戸籍のようなものも、瀬戸内海に点在する多くの島では漁民のものはなかったそう。

瀬戸内海もそうですが、海に囲まれている日本は魚をとることを生業としていた人達が大勢いたわけですから、賤民として扱われてきた人達がどれほど多くいたか。そして差別される人たちを制度として作らなければならないほど、日本の農民も苦しい生活を強いられてきたということでしょうか。


ここでは、漁民ではなく、私たちに馴染みのある芸人について書かれていた部分から少し抜き書き。ここも興味深かった部分です。
今回の広島への旅で、私は日本という国の歴史というものがいかに重層的であるか、ということをあらためて感じることになった。

たとえば、良民の外に位置づけられていた「化外の民」にしても、そこには非常に細かく、複雑でデリケートな違いがある。(中略) 卑賤視したり、差別するということも、もうひとつ別の面がある。その背景には情念としての畏敬の念があり、ひょっとすると憧憬さえあったかもしれないとも感じる。「聖」と「俗」が、「聖」と「穢」が、「聖」と「賤」が重なりあう。そういう領域が存在することを、私たちは見落としがちだ。

役者という存在が、かつては「河原乞食」と呼ばれて卑賤視されていたことは知られている。ドサ回りの芝居興行で村々を回って歩く役者たちを、村人たちは村の中には入れず、境界線周辺に泊めたりした。それでいて、道を歩いている彼らの後を、一緒にぞろぞろついていったりする。彼らの芝居の興行が村にやってくるのを、心待ちにもしている。

また、春駒をはじめ、万歳(まんざい)や大黒舞などの新春の言祝ぎの芸能は、ほとんど被差別民が担っていた。万歳はその典型的なもので、賤民の人びとだけが許されて、神や仏の代理人として家々を回ったのである。彼らが10分くらいかけて語る万歳の祝詞は、新春3日間で一番大事な祝詞の言葉だった。その祝詞の言葉はとてもむずかしいが、文字が読めないにもかかわらず、彼らはその言葉をすべて暗記していたという。それらは父祖から代々、口伝えによって受け継がれてきたものだった。

日本は言葉というものを大事にする言霊の国である。祝福の言葉を淀みなく述べる遊芸民たちは、それだけである種の畏敬の念を抱かせたにちがいない。それは芸であると同時に、ある意味では超人的な力だといってもいい。

一面では差別をされて村のなかでも交際を絶たれている賤民たちが、一番おめでたいときに神や仏に変わるという構図がここにはある。

(中略)

沖浦氏によれば、遊女はもともと神に仕える女性であり、呪術的なシャーマニズムから来ている存在だったという。仏教や神道が成立する以前の日本は呪術的なアニミズムの社会だった。呪術的なアニミズムの場合、ケガレ観念はあるが、そのケガレは両義性を持っているというのだ。

つまり、大地や大自然は人間にすばらしいものを与えてくれる。雷は恐ろしいけれども偉大な力でもある。悪いと同時にものすごいという感覚だ。その残像のうち、片方の畏敬の念が徐々に薄らいできて、卑賤視だけが強くなってくる。それが両極に現れたのが近世の歴史ではないか、と私は思う。

(中略)

あらゆる芸というものは最初は神事であり、聖なるものだったといっていい。相撲にしても田楽にしても、神に捧げるものであり、神を呼び込むためのものだった。それが神や仏にかかわる「聖」の部分が失われて、「俗」のほうへ、ビジネスへと変化していく。その過程で、それに携わる人びとも畏敬の念を持たれなくなってきた。


「俗」でありながら同時に「聖」であり、卑賤視されつつ同時に尊敬もされる。人間の複雑な情緒がここにあります。

私たちが教わらなかった、知らなかった日本の深層へ・・・。まだまだ五木寛之さんの本の旅は続きます。。。。


by hiroshimapop | 2016-09-22 07:46 | おススメBOOKS | Comments(0)

『やりぬく力』


ハーバード大で神経生物学を学び、超難関コンサルティング会社マッキンゼーでコンサルタントとなり、27歳で公立中学の数学の教員に転職。その後、オックスフォード大で修士号(神経科学)、ペンシルベニア大学大学院で博士号(心理学)を取得した、という華々しい業績を持つ著者が、中学教員時代に「IQの高い生徒が必ずしも成績がよいワケではない。IQがそこそこしかなくても成績の良い生徒がいる」ということに気づき、「この違いを生み出す要因は何か?」について研究し、それについて語ったTEDトークです。

*字幕が出ないときには、右から4つめをクリックしてください。



実は私、中学の時の知能指数はかなり良い子どもだったらしいです。でも成績は振るわない。
担任との懇談会があったとき、母は担任に「こんなにIQがいいのになんで成績が伴わないんだ?」と首を傾げられたと苦笑して帰ってきました。


先週のメルマガでも告白しましたが、小学生の頃は給食が食べられなくて、3時間目の授業時間頃から給食のことを想像して緊張しはじめ、5時間め、6時間目は、ノートと教科書の代わりに給食のトレイを前に授業を受けていた子どもでした(当時の思い出はここでも書いてます)。なので、学ぶことは好きでも学校は苦痛。給食が気になって授業に100%意識が向かなかったことが1つ。勉強しなくてもテストの点がそこそこ良かったので、それで満足してしまったのが1つ。学校の勉強以外で知りたいこと、読みたい本がありすぎて、家で勉強しなかったのが1つ。そして何より、飽きっぽくて、根気がない。1つのことをコツコツ長続きさせられなかったのが成績が振るわなかった理由じゃないかなーと思っています。

私は田舎の小さな中学に通ってましたが、3年後、東大、阪大、早稲田、慶応、広大の医学部その他、有名国公立私立大学に進学した同級生がぞろぞろ出たくらい、私の学年は成績優秀ぞろい。

中学2年くらいまではそこそこそんなクラスメートについていけてましたが、まじめにコツコツ勉強をし続け、受験勉強でスパートかけた彼らと、全く勉強しなかった私の成績の差は、中学3年くらいから一気に開いていきました。

中学の科学の時間、先生の説明が理解できなかった男子生徒が私に「先生は何て言ってたんだ?」と聞きにきて解説したその彼は、3年後、東大に合格。理科のテストの時間「**番の答えを教えて」と紙が回ってきて答えを教えた彼は、その後九州の有名私立大学に進学(苦笑)。

「やればできるのに」と云われ続けながら、やらなかった私の脳みその栄光はここまで・・・。今はそうだった気配さえありませぬ。


ケイシーの本を2冊翻訳したフォンテイン知代さんは、早稲田大学のあと2つのアメリカの大学に留学しましたが、うち1つの大学に同じように日本から留学してきていた女子生徒がいました。彼女はあまり英語も出来ず成績も振るわなかったので、知代さんはよく彼女のレポートを手伝ったそうですが、それから何十年か後、その自分より成績が悪く、いつも勉強を教えていた彼女が、アメリカの西海岸の某有名大学の教授になっていたことを知ってビックリ。

知代さんは子どもが出来たことをキッカケに仕事を辞め、その時もまだ主婦でしたので、以前の同級生の華々しいキャリアにショックを受けてました。自分で選択したこととはいえ、社会的な力の差は歴然ですから。


さて、このTEDでアンジェラさんが見つけたIQ以上に重要なことは「やりぬく力」。

やりぬく力について彼女は「明けても暮れても自分の未来にこだわること」と解説しています。1つのことを何年もかけて一所懸命にやりぬくこと。

この力がある子どもの方が結果的に成績がよく、そして学校を卒業する確率が高い。

知代さんの同級生も、最初は語学も成績もあまり振るわない留学生だったのに、1人コツコツ努力しつづけた結果、大学教授という花が咲いたわけですよねー。

ウサギより、のろまな亀のほうが最後は強い。

継続は力って、ホントです。

この前の本の紹介で、以下の部分を抜き書きしましたが、今更ですが、ある1つのことをやり始めてます。やり続けるって、私には、かなりハードルが高いんですが、ようやく2週間経過。あと9年と50週。

先は長い。

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。




by hiroshimapop | 2016-09-21 15:39 | おススメBOOKS | Comments(1)

五木寛之さんの対談本『霊の発見』


五木寛之さんが霊や宗教、日本に残るアニミズムについて語っている本がシリーズであることを知り、いま、その本を集中的に読んでいます。

『隠れ念仏と隠し念仏』は表には出てこない日本の深層部に存在するアニミズム的な信心に触れた思いがしました(お勧めの1冊!)し、宗教哲学者の鎌田東二さんとの対談本『霊の発見』も、日本人の霊性や宗教的な歴史や成り立ちについてお二人が熱く語っており、面白かったです。

『霊の発見』は、こんなトピックでお二人が語りあっています。
1.霊は実存するのか
2.霊視について
3.神霊との交信について
4.超能力について
5.怨霊と祟りについて
6.死後の世界について
7.神社と神道について
8.霊性の高みへ


第7章の神社と神道についてから少し抜粋すると・・・
鎌田:ぼくは民衆の中に生きている宗教感覚というか、霊的発見というのは、根本的にはそういう自然への畏怖・畏敬だと思うんですね。京セラの稲森さんではありませんが、たとえば、子どもが、おばあさんやおじいさんに手を引かれて、もしそういうところに行ったならば、生理的に何かを感じ取ると思うんです。それは知識ではありません。(中略)

五木:ええ。まずイメージとして、それが人の心の奥に、くっきりと刻みこまれる。

鎌田:理屈じゃないんですね。行為として、ざらざらというか、ぬめぬめするというか、たぶん、幼いころの生理的な感覚をともなうような行為というのは、大人になってからも、いつまでもすごく残ると思います。

五木:ええ。そういう不思議さというのは、理屈や知識じゃないんですね。畏怖とか畏敬とかの、つまり霊的な原体験をなす、そういう畏れ、怖れをとおして、つつしみのような感覚が生まれると思います。神道では「つつしみ、つつしみまをす」とか「かしこみ、かしこみまをす」と最後に言うでしょう。この、かしこむ、つつしむという観念に、神道の原形があるとしたら、それが、いまいちばん大事なものではないでしょうか。かしこむこと、つつしむこと、それが日本という国の、幼児体験ではないかと思うんですね。

(中略)

五木:それと闇ですね。神道の神事は、夜に行われることが多い。伊勢神宮も、出雲大社の新嘗祭も夜でしょう?

鎌田:なぜかといえば、霊との合一には、音の世界にはいることが重要だと思うんですね。光、視界の世界は、私たちの日常生活の多くをつくっていますけれど・・・。(中略)

耳を澄ますことによって、異界が開けてくるんです。神道では、まれびとは音とともに訪れると考えています。その音が、あちら側の世界を招き寄せたり、そちらの方へはいっていったりする回路となる。春日大社の御祭りの「おーおー」と先払いする神職たちの警蹕の声も、板を闇の中でバーンと叩くとか、音曲を奏でながら踊るという行為も、基本的には、目よりも深い感覚を呼び覚ます、という働きがあると思いますね。

五木:目よりも、耳のほうが深い。昼間でなく夜やるということの中に、想像力を刺激するという力も働く。

次は最終章から少し・・・。
毎日、神様と約束した何かを地道に、必ずやり続ける…。それが自分を高め、そして自分の中に確固たる芯を作り自分を強くしていくんですよね。

友人は母親が病気になったとき、母親のために何かしたくて毎日般若心経を毎日100巻あげ始めたそうです。母親に元気になってほしくて始めたことですが、ちょうど3か月くらい経ったとき、ふと、何が起こっても(母親がたとえ亡くなっても)それを受け入れられる、自分は大丈夫、という心境になったのだとか。そういった思いは誰かに云われて「そうだな」と思ったものではなく自分の中から湧きあがったことですから、何ものも盗むことは出来ず、変えられもせず、揺るぎもしない、確かなもの、ですよね。

鎌田:多くの霊能者は、その力を、良いほうに用いているとは思いますが、注意は必要です。

(中略)

五木:だからますます、一人ひとりが、それぞれ自分の直感を磨いたり、ある種の修行なんなりをして、それこそ神の依り代となるような生きかたが求められる。霊を磨くというか、魂を磨くというか、そういうことが、個人の人間性のなかで、重要なものになってくる。克己心としても。

(中略)

鎌田:ええ。そのためには、たとえば、教えを説いている教祖なりがいたとしたら、その人に気品があるかどうか、ほんとに信頼できるかどうか。あたたかさや、明るさや思いやりや、謙虚さや慈悲の心があるかどうか。人格的なこともふくめて、そこに高雅な品格があるか、人間的な信頼感が生まれるかどうか。横柄であったり、威張っていたり、権威的であったり、下品で卑しそうな人は、最初からおかしいと思うべきだ、と(*美輪明宏さんは)言っています。

五木:まさにサニワですね。神は美しいものに宿るという考え方ですか。

鎌田:ええ。そういう人間を見る洞察力が必要です。あるいは人間だけじゃなく、命あるもの魂あるものを見る基準の感覚を、一人ひとりが、みずからの内に、育てていかなければなりません。そういう芯ができないと、いろんな言説に左右され、騙され、また依存してしまうという構造が、くり返し、くり返し起こると思うんです。

(中略)

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。

高校時代、「青春の門」を導入にして、当時出版されていた五木さんの小説はほぼ読破するくらい、五木寛之さんの小説は読み続けてました。小説を書かれなくなった頃から五木さんの本からは遠ざかってましたが、「青春の門」から約40年後、また五木寛之さんの本が私のバックに入っているのは感慨深いです。

それにしても、ずっと第一線でご活躍。その時代、その時代で話題となる本を書き続けられているのは本当に素晴らしい。相変わらず髪の毛もふさふさですし、五木さん。





by hiroshimapop | 2016-09-15 22:57 | おススメBOOKS | Comments(1)

更年期対策には整骨、整体がよろしいようで・・・


日曜日の「女性のためのケイシー療法集中講座」、参加者さんは意外にも少なかったのですが(ちょうど50名)、参加された方には「学ぶこと多し」の情報満載の講座になりました。


私も、何度も同じ話は聞いてますが、それでもまだまだ「学ぶこと多し」で、個人的な体調でいうと、更年期の症状が(ほとんど)無く、すんなりとその時期を通り過ぎることができた理由があらためて理解でき、「あー、だからなのねー」と一人ガッテンしてました。

特に私は母が更年期の時期に、ホットフラッシュや多汗で冬でハンカチが手放せず、よく一人で汗をかいてましたから、体質的にはきっと母と同じような症状が起こるだろうなと半ば覚悟してましたが、特にこれといった症状もなく、アレレ?といつのまにか更年期は過ぎ去り、結局、ホットフラッシュも多汗も体感せず。

精神的には、いろんなことが「おっくう」になり、物事のスタートがスローになったのはきっとホルモンのせいだろうなと思います。特に電化製品などの取扱説明書は、(もともと好きではなかったものの)読む以前に、開くのも嫌に。

日々、仕事は山のようにありますから、おっくうとか、嫌だと感じたとしても、日々、すべきことをこなしているうちに、更年期の嵐が木枯らし程度になっていったのかもしれません・・・。


さて、日曜日の講座でも言われてましたが、更年期世代の方に一番やっていただきたいのが、脊柱の調整。世代的に、できたら定期的に(最初は集中的に)通われるのをお勧めします。

実は私は19年くらい、毎月1回、整体に通い続けています。
それは肩こりがあるから、腰痛があるから、といった理由ではなく、自分の身体のメンテナンスとして、施術に行ったら翌月のスケジュールに予約を入れて帰る。そしてよほどのことがない限り、その予約は優先させるという具合に、愚直に通い続けています。

最初は、あまりの肩こりに身体が重く動かなくなったことから通い始めたんですが、通い始めた当初は、首に触られると拷問のように感じるほど痛かったです。

今でも、相変わらず、私の身体はガチガチで肩こりは慢性的にありますが、通い始めた頃の岩のようだった身体が多少はしなやかになったと言われてますから、1日中パソコンの前で運動不足の身体でなんとか仕事が出来ているのも、この月イチのメンテナンスのおかげかなと思ってます。


別に更年期でなくとも、脊柱の調整は非常に重要ですから、自宅もしくは会社のそばなど通いやすい治療院を見つけておくことをお勧めします。(東京の飯田橋には、友人がオステオパシーの治療院をやっています。こちらもお勧め)


その他のケイシーのアドバイスとしては、インピーダンス装置やオイルマッサージも勧められています。

「我々の見るところ、体の状態は非常に良好である。 これらの変化を通じて――つまり閉経が始まろうとしてい時期に――体がそれ自身を調整しようと試みているがために、そのような乱れが生じている。 われわれの見るところ、インピーダンスを使うことで、この人には大きな益がもたらされるだろう。

(問)1回にどれくらの時間、装置を使うべきですか?
(答)毎日、30分から1時間くらいだ。 あるいは、その方が良ければ、時間を分けて、毎日30分ずつを2回行っても良い。 できれば体を休める時に使う方が良い。よろしいかな、 この人が眠る時ではなく、この人が体を休める時にである」601-6


それから食事の内容の見直しも重要です。更年期時期からは、脂肪が身体につきやすくなりますから・・・。
「体内に酸が蓄積されないように注意する。また、脂肪やデンプン質を摂りすぎないように注意する。 それによって、この時期に体重が増える傾向を抑えることができるだろう。毎日の食事のうち、少なくとも1回は生の野菜だけで構成される食事にする。」601-6 



個人的な体感ですが、私の母は、フラックスオイルを飲み始めて、更年期の症状が劇的に軽くなりました(母の頃のエピソードはこちらから)。もちろん、私もフラックスオイルはいつも冷蔵庫に・・・。


脊柱に話題を戻すと。。。

糖尿病に対して脊柱の調整を勧めているのはケイシーくらいじゃないかなと思いますが、背骨を正すことは健康な人にとっても大事。そうでない人には、さらに大事。

40歳すぎたら、よい整体師さんと仲良くなっておくの、その後の人生の健康度を左右すると思うので、ぜひその出逢いを探し求めて下さい。


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by hiroshimapop | 2016-09-13 07:38 | ケイシー療法at home | Comments(0)

『あゆみ観音堂』と『犬と猫と人間と』


ほぼ日刊イトイ新聞にアップされてた糸井重里さんの昨日のエッセイの一部です。
糸井さんの冒頭のエッセイ「今日のダーリン」はバックナンバーがなくて、新聞のようにそのまま流れてしまうので、自分のためにもコピペさせていただきます(無断コピペでスミマセン)。


・陸前高田のあるおばあちゃんが、観音堂を再建した。
 津波で観音さまごと流されてしまったお堂を、
 こんどは流されない高台に建てようと、思いたった。
 海の見える見晴らしのいい土地を買って、
 お堂を建てるための費用は、じぶんで用意した。
 小さくはないお金だけれど、個人で出せる範囲だった。
 その意気に感じた材木屋さんや、建築屋やさんや
 大工さんや、庭師さんやらが集まって、
 おばあちゃん個人の予算のままで、
 思いっきりしっかりしたお堂をつくろうとがんばった。
 奈良から復興支援で派遣されていた市の職員の方が、
 仏師さんに話をしてくれて、ご本尊が彫られていった。
 幼子のような表情の観音さまが、
 いま歩き出すという瞬間をとらえたご本尊は、
 「あゆみ観音」と名付けられた。
 個人が覚悟してやると決めたことが、
 新しいネットワークをつくってしまった。
 
 そういえば『犬と猫と人間と』という映画も、
 企画した稲葉恵子さんというおばあちゃんが、
 飯田基晴監督に声をかけ個人の資産で制作されたものだ。
 『あゆみ観音堂』と、『犬と猫と人間と』は、
 なんだか、とてもよく似ているなぁと思った。
 おばあちゃんのお金の使い道が、何かを変えてしまった。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ひとりからはじまることって、想像以上につよいんだよね。

近鉄が経営不振で球団をオリックスと合併させるべく動いていたとき、球団買収や新球団設立に名乗りをあげたのが当時のライブドア。その時の堀江さんの会見に、お金があるということは、球団を買うという発想ができるのかと私はビックリしたものでした。

そして『犬と猫と人間と』を映画館に見にいったとき、この映画が、たった一人の女性の思いと資金提供で作られたことを知りました。限りある自分の時間やお金をどういう意識で何に使うか・・・。こういう使い方もあるんだなぁと自分の枠が少しだけ大きくなった気がします。


by hiroshimapop | 2016-09-11 07:06 | 日記 | Comments(0)

石牟礼道子著『苦海浄土』


9月のNHK『100分で名著』は、石牟礼道子さんの苦海浄土が取り上げられています。しかも解説はピュアシナジー輸入のため、シナジーカンパニーを立ち上げた若松英輔さん。テンプルのひまし油湿布もシナジーカンパニーを通じて輸入していただいています。
これは視るべし!でしょう。

テレビのある人は、テレビで。テレビがない方は是非ともオンデマンドで!


苦海浄土の本には個人的に深い思い出があります。

大学を卒業して働き出したものの、日本の社会は男性中心社会。男女同権の意識は今より遥かに低く、女性が大きな仕事を担ったり単独で動くという環境はなく、女性=男性の補助が当たり前。この男性より私のほうがよっぽど仕事は出来るのに・・・と思うような男性社員にメインの仕事が割り振られたり、ヒマで午前中は新聞を眺めてるような窓際部長連中に仕事を言いつけられたり・・・。あー、私はもっと仕事がしたいのにーと、楽しくもなく張り合いもない毎日に、何だか自分の時間を単にお金に換えている気がしてました。

とはいえ、特にやりたいことも見つからずで、お先真っ暗気分でしばらく会社勤めを続けてましたが、いい加減、そんな会社勤めにも嫌気がさして、20代半ば、私は8ヶ月ほど日本を飛び出し海外をフラフラ。

そんなある日、日本語の貸本屋を滞在先の街で見つけ、借りて読んだのが『苦海浄土』と林真理子さんの『南青山物語』。

私は今もそうですが、1度に本は数冊同時進行で読みます。だからこの時も、この2冊を同時に読み始めたわけですが。。。

『苦海浄土』は水俣病患者となった家族を追った物語。水俣に暮らす方々の清貧とも云える暮らしぶりと病の悲惨な状況が熊本の方言で語られています。毎日を生きるだけで精一杯の苦痛に満ちた現実を軽々しく美しいとは表現してはあまりに現実を知らなすぎると云われそうですが、『苦海浄土』で石牟礼道子さんの筆を通して語り綴られている水俣の皆さんの言葉は本当に神々しく美しい。

特に、日本から遠く離れた場所で、東京の、普段であれば多くの方の憧れの暮らしであろう南青山でのセレブの生活を書き連ねた、苦海浄土とは対極にあるようなエッセイと同時にこの本を読んだということもあり、自分は人としてどう生きたいのか、人の幸せや生きる意味とは何なのか、自分はどちらの生活をしたいのかを考えるキッカケになった1冊でした。


『苦海浄土』はどのページを読んでも、グッと心に迫ってきますが、杢太郎少年のお祖父さんの話は、読後、何年経っても私の心の中にこだましていました。

あねさん、わしゃふとか成功どころか、70になって、めかかりの通りの暮らしにやっとかっとたどりついて、一生のうち、なんも自慢するこたなかが、そりゃちっとぐらいのこまんか嘘はときの方便で使いとおしたことはあるが、人のもんをくすねたりだましたり、泥棒も人殺しも悪かことはいっちょもせんごと気をつけて、人にゃメイワクかけんごと、信心深う暮らしてきやしたて、なんでもうじき、お迎いのこたすことになってから、こがんした災難に、遭わんばならんとでございっしゅかい。

なむあみだぶつさえとなえれば、ほとけさまのきっと極楽浄土につれていって、この世の苦労はぜんぶち忘れさすちゅうが、あねさん、わしども夫婦は、なむあみだぶつ唱えはするがこの世に、この杢(*水俣病を発症した孫)をうっちょいて、自分どもだけ、極楽につれていたてもらうわけにゃ、ゆかんとでござす。わしゃ、つろうござす。

(中略)

あねさん、この杢のやつこそ仏さんでござす。
こやつは家族のもんに、いっぺんも逆らうちゅうこつがなか。口もひとくちもきけん、めしも自分で食やならん、便所もゆきゃならん。それでも目は見え、耳は人一倍ほげて、魂は底の知れんごて深うござす。一ぺんくらい、わしどもに逆ろうたり、いやちゅうたり、ひねくれたりしてよかそうなもんじゃが、ただただ、家のもんに心配かけんごと気い使うて、仏さんのごて笑うとりますがな。

(中略)

おるげにゃよその家よりゃうんと神さまも仏さまもおらすばって、杢よい、お前こそがいちばんの仏さまじゃわい。爺やんな、お前ば拝もうごだる。お前にゃ煩悩の深うしてならん。
あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。軽ろうござすばい。木で造った仏さんごたるばい。よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。あっはっは、おかしかかい杢よい。爺やんな酔いくろうごたるねえ。ゆくか、あねさんに。ほおら、抱いてもらえ。

『苦海浄土』の2冊目の本にも美しい、娘を思う母の言葉が書き記されています。

きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりましたが、見るのも辛ろうして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらを拾おうとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘から血ぃ出して、「おかしゃん、はなば」ちゅうて、花びらを指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。

何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった1枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ばチッソの方々に、書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、花びらば1枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に


残念ながら、苦海浄土に書かれたような企業由来の病は現在もこの日本で発生中です。何か起こったとき、企業や政府がどのような対応をするかも、この水俣病が発生した当時とあまり変わってないですねー(FUKUSHIMAもそうですし)。いずれにしても、『苦海浄土』は、ぜひ多くの方々に読んでいただきたい。特に高校生や大学生など柔らかい心を持った世代に読んでいただきたい・・・。

おすすめの1冊です。




by hiroshimapop | 2016-09-10 07:28 | おススメBOOKS | Comments(0)

虫さされだと思っていたら・・・


9月になっても、まだまだ日中はじっとしているだけでも汗が流れてくる蒸し暑さ。湿度も不快指数も100%の日が続いてます。

この8月、私は手脚に何か所も虫に刺され、それがことごとく水膨れになって腫れてしまう。痒いし、なかなか痕も消えないし、困った困ったと思ってました。

猫もいるし、蒸し暑い日が続いていたから、ダニでも大発生してそのダニに噛まれてたのかと思っていたんですが、スタッフに確認してもらったら、ダニだったら噛み痕が残るけど、噛まれた痕はないとのこと。蚊だったら、あのブーンという嫌な音が必ずするけど、そんな音は聞いてないから蚊でもなさそう。

だったら、何の虫に噛まれたんだろう? でも不思議なことに、噛まれたのは全部右脚と右腕ばかり。左脚は全く噛まれてない。右脚と左脚では、血の味でも違うのかしら?と漠然と思っていたんですが、先日マッサージセラピストをしている友人に話したところ、「右側だけに出てるってことは、過剰に働いてる交感神経が、そのエネルギーを放出するためにできたものよ。頑張りすぎっていうサインよ」と。

「確かに6月、7月の2か月は忙しかったけど、8月はその分ペースを落としてゆっくり過ごしたハズなんだけど…」と思ってみたものの、フルスピードで走っていたのをローに落としたとたん、エネルギーの行き場がなくなって症状に出てしまったというのはあり得ることかも。

その友人は、忙しさが続いて交感神経が過剰になったのを感じたら、自分でわざと吹き出物を作ってエネルギーを出すようにしているんだとか。

へぇー。地球がエネルギーが溜まると、火山の小噴火や小さな地震を起こしてそれを発散させるように、人間の身体もそんなことしているんですねー。たしかに私の脚に出来てる腫れと水膨れ、小さな火山みたいです。

9月に入っても、まだ小さな火山は右脚、右腕のアチコチに出来てますが、サイズはだんだん小さくなってきています。40代で出来ていた頑張りも、50代半ばになってくると、こうやって症状になってくるんだなー。

原因不明の虫刺されが起こっている方は、もしかしたら、頑張りすぎのサインかも。

by hiroshimapop | 2016-09-09 10:13 | 日記 | Comments(2)

小さなオフィスの風水コンサル


この春、知り合いの出版社が運営しているWEBコンテンツ『大人女子会』のゲストとして、オフィスの風水コンサルをやりました。

先日の段階では、動画が貼り付けられなかったんですが、可能になったので、再度ご紹介。
方位を使わず、エネルギーの流れ、日々の動線、その部屋にいる人の潜在意識に置かれている家具や物がどのように影響しているか、を重視する風水です。小さなオフィスのコンサルなので、自宅コンサルとは趣きが違いますが、ご参考までに・・・。

当日は、現在、風水コンサルタントとして活躍している同期の金子さんを助っ人にお願いしました。8分半くらいから登場しています。


by hiroshimapop | 2016-09-02 10:55 | マークの風水講座 | Comments(0)

『性のタブーのない日本』


日本人が性をどう捉えていたか、橋本治さんがその変遷を解説した新書です。

一言で感想を云うと「おもしろかったー!」

特に、高校の古文の授業では絶対に解説されない『源氏物語』の世界が個人的には興味深かく、あー、平安時代はそのような時代だったのかと。源氏物語の何気ない一文に含まれている男女の仲の暗黙のルール。光源氏はこういう人物だったと学校で解説したら、古文の時間はエロス満載の時間になりそうです。

昨年、東京で長期に春画展が開催されてましたが、行った人(女性)に聴くと、なんだかどの絵もアッケラカンとしてて、特に女性が楽しそうで見てて楽しかったわーと云われてました。かつての日本は大らかなエロスに満ちた国だったんですよねー。


まずは日本の神話、古事記から。イザナミ、イザナギの国生みはまさにダイレクトな描写です。
八尋殿が出来ると、イザナミの命はイザナミの命に「あなたの体はどういう風に出来てるの?」と尋ねます。《なが身はいかにか成れる。》です。自分と違う相手に対する好奇心が発動したんでしょうね。

それに答えるイザナミの命の《あが身は、成り成りて成り合わざる処一処あり。》は有名です。「私の体にはふさがっていないところが一ヶ所ある」と言うべきでしょうか。その答えを受けて、イザナギの命は《あが身は、成り成りて成り余れる処一処あり。》と答えます。そうなると話は簡単で、「私の余っているところをあなたのふさがっていないところに入れればちょうどよい」です。

だからイザナギの命は、《このあが身の成り余れる処をもちて、なが身の成り合わざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむとおもふ》と、イザナミの命に提案します。「性器を表す単語」が登場しないだけで、言われていることは非常にストレートです。

(中略)

「まぐわう」とか「まぐわい」ということになると、現代でも十分にいやらしい意味があって「交合」という漢字に「まぐわい」というルビを振ったりしますが、(中略)「まぐわう」は「目交う」で、視線が合うことなのです。

昔は家族は別として、男女が顔を合わせることはありません。だから、他人である男女が顔を合わせてしまったら、もうそこに「性交の合意」が出来てしまうのです。そういう背景があるから、「視線が合うと性交渉」となるのです。


高校時代、お気に入りだった百人一首の1つ、『逢い見ての後の心に比ぶれば、昔は物を思わざりけり』は、高校時代習った解説はもっとソフトだったと思いますが、こちらもダイレクトな大人の歌です。
《逢い見て》は、ただの「逢って、見て」ではもちろんありません。女のいる簾の中に男が入って「逢って、見て」するのです。「女の簾の中」は寝室と同じです。だから当然、権中納言敦忠はやっちゃったんですね。だから、そういう経験をした後で思うのですー「やる前はなんにも分かってなかったな」と。(中略) 

うっかり見ればエロチックな表現なんかない、ロマンチックで優雅な歌に見えるかもしれませんが、《逢い見て》はしかるべき実行行為を表しているのですから、このロマンチックな「優雅」にはリアルな「肉体の重さ」があるのです。


源氏物語が書かれた平安時代、貴族階級の女性は、人に顔を見せることはしませんでした。結婚したあとも、当時男性は通い婚で、暗くなって女性の元を訪れ、夜明けに帰っていきますから、真っ暗闇の中で事に及び、朝日が昇るまで妻の顔を見られない。妻が夫にも顔を見せたくないと思っていたら、夫は自分の結婚相手の顔を知らずに結婚が続くこともあったらしい。。。。

日中、高貴な女性は人に逢うときも御簾をたて、さらに内側に几帳をたてて姿を全く見せないようにして人と対面し、会話も小声で自分に仕えている女官を経由。男性は、その見えない向こう側に女性が「いる」ことを想像して妄想を広げていたらしいんですよねー(さらに高貴な女性は滅多に外に出ないので、男性が女性とすれ違うチャンスもなく、当時は必然的に同性愛が多くなったそうです)。

人の噂話と御簾の向こうに女性がいる気配だけで、恋をし、そして和歌を交わしながら3日女性のもとに通う。3日通えば晴れて女性の御簾の中に迎えられるが、「逢う」も「見る」も全て暗闇の中。

気配と和歌と妄想で3日間で恋心をつのらせ、3日後、今度は一気に肉体関係(しかし顔も分からない暗闇のなか)。終わったあとは会話を交わしながら夜明けまでいるのが礼儀だったそうですが、それにしても、貴族が夜ごと夜ごと恋愛にうつつを抜かせることができた平安時代は、まさに平安な時代だったんでしょうねぇ。

そして、そういう関係を持つことが、人にとっては当たり前のことだったので、明治になるくらいまで日本人は大らかに性を楽しんでいたようですよー。世界一回数が少ないと云われる今の日本ではありますが。。。



by hiroshimapop | 2016-09-01 07:23 | おススメBOOKS | Comments(0)

ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフルの店長日記


by hiroshimapop
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