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『感じるままに生きなさい』


メルマガでもご紹介した羽黒山の山伏、星野先達の『感じるままに生きなさい』。
星野先達は、日本各地で講演もされているので、いま、日本で一番有名な山伏かもしれませんねぇ。

その星野先達の本でご紹介したいのは、「うけたもう」という精神。
修行の場では一切しゃべらない。俺のやり方は「自然から学びなさい」だから。修験道というのは人から聞くものじゃない。ぜんぶ自然から学びなさいと。だから山の宗教なんだ。修験道はどこも根底は同じだよ。
羽黒修験でよそにないのは、これ。「うけたもう」
羽黒修験だけにある言葉だ。すべてを受け入れる。そこには信頼ということがあるんだろうね。われわれは何をいわれても、まずは「うけたもう」なんだよ。修験道の象徴的な言葉なんだ。(56ページ)

ふだん、マニュアルとかスケジュールに基づいてやることに慣れすぎている人が多いけど、そんなもの、ないほうがおもしろいということがわかるんだよ。
予定も何もなし。みんなどこに行くのか知らない。ただ「うけたもう」という答えでいいの。般若心経をうけたもう。何をいわれても「うけたもう」と。
俺は徹底してそれをやっている。そうしてやっていると、気づきがちがうし、腑に落ちるんだよ。(78ページ)

私はいま、会社では電話はほとんど取らないので、お客さまと直接電話でお話するのは滅多にないんですが(受注や商品説明はスタッフのほうがよっぽど上手です)、ちょうどこの本を読んでいる前後、ランチタイムでスタッフが社内にあまり残っていなかったこともあり、あるお問合せ電話を受けました。

ひまし油の湿布セットが手元に届いたばかり、というご年配の男性が電話のお相手。湿布のやり方そのものは、すでにセットにおつけしているDVDや小冊子でご確認済みだったのですが、それでもまだいまいち不安らしく、事細かいご質問をいただきました。

私がケイシー療法を始めた頃は、ほとんど情報はなく、すでにその時翻訳されていたケイシー療法の本2冊に書かれていることを頼りに、手探りで湿布もオイルマッサージもやってましたが、いまは、情報はたくさんあっても、まだ足りないようで・・・。失敗しながら、オイルでタオルやシーツを汚しながら、少しずつ工夫して上手になっていったり、自分なりの小さな発見をしたりするもの楽しいと思うんですけどねー。

テンプルで開催するセミナーにも、以前「そのセミナーに参加したら私の役に立ちますか?」という質問をいただいて驚いたことがありますが、事前に色んな情報を確認しないと動けない人も増えているようなんですよね・・・。

普段の日常だと、次に何が起こるか、何があるのかはだいたい予測がつき、昨日の延長で今日を生きていけますが、それにちょっとした非日常が入ってくると(たとえそれがひまし油湿布や新しい学びであっても)、それだけで不安で心配になってしまう。

次に何が起こるか分からなくても、ともかく、うけたまわってしまう。

その方が面白いと思うのは少数派なんでしょうかね?



by hiroshimapop | 2017-04-03 15:02 | おススメBOOKS | Comments(0)

糸井重里さんの『抱きしめられたい。』


糸井重里さん主宰のほぼ日刊イトイ新聞に糸井さんが毎日綴られているエッセイをまとめた最新刊。

さすが、糸井さん。珠玉の言葉がたくさん。どのページをひらいても、胸にぐっとくる一言があります。

糸井さんの親友で2015年夏に亡くなられた岩田さん(任天堂代表取締役)のことを書かれたエッセイはどれも涙なくしてよめないです。その一文を読むだけでもこの本は買う価値ありです。

以下に紹介するのは、いつだったかフェイスブックで紹介したら「いいね」がたくさんついたもの
「やりたい」ことを思いつくだけでも幸せだ。
それを、苦労しようが失敗しようが始められるのは、
ものすごく恵まれたチャンスだと思う。
「やりたくない」ことや、
「やらなきゃならない」ことをやっていても
ちゃんと時間は過ぎていく。
そればかりやっていて一生が終わることだってあるだろう。

「やりたい」と思えるようなことを、
「やりたくない」ことや、
「やらなきゃならない」ことだらけの荒野のまん中に、
しぶとい雑草のように植えつけてやるんだ。

そいつが広がっていくうちに、鳥もくるだろう、
どうぶつも飼えるようになるし、
屋根のある家も建てられるかもしれない。
水を溜めたり、さらに作物を育てたりしていくうちに、
なにより素敵なことに、人だって集まってくるんだ。
笑顔やら、たのしい話やらをみやげにしてね。

しつこく言うよ、同じことを。
「やりたい」ことを思いつくだけでも幸せなんだ。
それを、じぶんたちの手で始められるのは、
ものすごく恵まれたチャンスだよ。


この1冊を持って、旅に出るのもいいと思う。どこか知らない風景のなかでぼんやりしながら読みたい気がします。


by hiroshimapop | 2016-12-26 14:40 | おススメBOOKS | Comments(0)

『あなたの体は9割が細菌』


メルマガでも2回にわたってご紹介したこの本、どのページも面白いー。
メルマガで紹介したのは、太りやすくなる腸内微生物や抗生物質との関係でしたが、ここでは出産時に赤ちゃんが母親から受け取る微生物について書かれた部分をご紹介。

子が必要な微生物を母が抜かりなく渡すその自然の仕組みは感動ものです。

~229ページから~
コアラの子どもは生後6ヶ月になると母親の腹袋から顔を出すようになる。そして母乳だけに頼る食生活からユーカリの葉を食べる食生活への移行が始まる。(中略) ただし、生まれたばかりのコアラの腸にはユーカリの葉を分解する微生物がいない。その腸に微生物の苗を植えるのは母親の仕事だ。そのときが来ると、母コアラは「パップ」という糞便に似た離乳食を出す。消化しやすく分解されたユーカリの葉と腸内細菌の混合であるパップは、生まれたばかりのコアラの腸に微生物を届けると同時に、その微生物が群生するのに必要な微生物の餌を与える。

母が子にマイクロバイオータ(微生物)を授けることはほ乳類以外の動物もやっている。母ゴキブリは自分のマイクロバイオータを「菌細胞」という特別な細胞に保存しておき、産卵直前に菌細胞の中身を体内で放出する。(中略) 一方、カメムシはコアラと似ていて、産卵後の卵の表面に微生物入りの糞を塗りつけておく。卵から孵ったカメムシはすぐさま母の糞を食べる。別の種であるマルカメムシは微生物なしで卵から孵ったあと、卵のそばに母が置いていった、微生物のつまったカプセルの中身を吸う。このカプセルが不在だと、マルカメムシはカプセルを求めて付近を歩きまわる。(中略)

細胞の数だけで言うなら、(人間の)赤ん坊はこの世に生まれて最初の数時間で「大半がヒト」の状態から「大半が微生物」の状態に切り替わる。子宮内部の羊水につかっているとき、胎児は外界の微生物からも母親の微生物からも守られている。だが、破水と同時に微生物の入植がはじまる。赤ん坊は産道を通るとき、微生物のシャワーを浴びる。ほぼ無菌状態だった赤ん坊を、膣の微生物が覆っていく。

産道から顔を出すとき、赤ん坊は膣の微生物とはまた別のタイプの微生物を受けとる。そう、誕生直後に母親の糞便を摂取するのはコアラだけではないのだ。子宮収縮ホルモンの作用と降りてくる胎児の圧力を受けて、陣痛中や出産時にほとんどの女性は排便をする。赤ん坊は顔を母親のお尻の側に向けて頭から先に出てくる。そして母親がつぎの陣痛に備えて体を休めているあいだ、赤ん坊の頭と口はうってつけの位置に出てくる。あなたは本能的に顔をしかめるかもしれないが、これは幸先のいいスタートだ。母から子への最初の贈り物、糞便と膣の微生物が無事に届けられることになるのだから。 (中略)

微生物とその遺伝子ー母のゲノムとうまく調和して働いていた遺伝子--を受け取った赤ん坊は、希望に満ちた人生のスタートを切る。


出産で力むとき、排便をしないよう浣腸をしたり、排便をしてしまうことを恥ずかしく思う女性が多いと思いますが(例えばこのサイト)、それは赤ちゃんにとって必要な微生物を渡す自然の摂理だということを知っていれば(あるいは産院がそう教えてくれていれば)、不要な羞恥心を感じなくて済みますよねぇ。


そして、赤ちゃんが母親の膣から受け取る微生物はいわゆる乳酸菌。以前は膣に乳酸菌がいるのは、乳酸菌が膣を感染症から守っているからだと信じられていたのですが、膣に乳酸菌が存在している本当の役割は、赤ちゃんが生まれたあと、すぐにミルクが消化できるよう、産道を通る赤ちゃんに乳酸菌を渡すため。

普段は、それほど必要とされない乳酸菌が女性の膣内にずっと存在し続けているというのは、地球に生きる生き物にとって、種を次の世代に次ぐことが何よりも優先されているということなのでしょうか。そして、赤ちゃんが健やかに成長するための必要な体内微生物を抜かりなく受け渡す仕組みが母体にも赤ちゃんにも備わっている、というのは本当に美しく、素晴らしい!

乳酸菌は膣にずっといるから膣のための細菌だと思いがちだが、赤ん坊のための細菌であり、出産のときが来るまでそこで待機しているのだ。現代の先進国でこそ女性の出産回数は減ってしまったが、本来なら膣の乳酸菌の出番はもっと多かった。膣は出発ゲートとして、赤ん坊を最適な状態で人生航路に送りだせるよう進化してきたのだろう。


母乳についても興味深い研究がなされています。

不思議なことに、出産方式によって母乳に含まれる微生物が変わる。陣痛がはじまる前に計画的な帝王切開で出産した女性の初乳に含まれる微生物は、経膣出産した女性のそれとかなり違う。その違いは少なくとも6ヶ月は続く。しかし陣痛が来たあと緊急の帝王切開を受けた女性では、経膣出産した女性と初乳の微生物が似ている。(中略) おそらく陣痛中に強力なホルモンがたくさん出て、微生物を腸から乳房に移動させているのだろう。計画的な帝王切開は赤ん坊にとって二重の不利益となる。産道で必要な微生物を得られないうえに、母乳による追加の微生物も得られない。


体内微生物を主体に考えると、出産に対する考え方や姿勢も変わってきます。これ以外にも、妊婦さんが抗生物質を使うこと、麻酔を打って出産することなど、さまざまな課題も出てきます。産婦人科の先生や助産婦さんにもぜひ読んでいただきたい1冊です。


by hiroshimapop | 2016-12-15 08:03 | おススメBOOKS | Comments(2)

宮本常一さんの民俗学の本が面白い


五木寛之さんの本で何度か宮本常一さんの本が引用されていたので、興味が湧いて、今は宮本常一さんの民俗学の本を読んでいます。

私達の祖父母にあたる年代の宮本さんが、そのまた祖父母の世代の人に聴き取りをして書かれた「かつての日本人の暮らしぶり」の本です。

いやー、面白い!

『忘れられた日本人』の解説にこう書かれています。
昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環境に生きてきたかを、古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を歴史の舞台にうかびあがらせた宮本民俗学の代表作。


意外にも100年前の村の女性は、(影の)家長として確固とした地位を家の中で築き、同じ村の女性たちと強いネットワークを築いていたとか、夜、独身の男性が独身の女性の部屋に通う「夜這い」はどこの地域でも当たり前のように行われていて、男性も女性も複数の相手がいることが多かったとか、へぇーと思う暮らしぶりが詳細に記されています。

もちろん、貧しさから生まれた子供を間引きしたり、娘を売らねければならなかったという時代もありましたが、人々は、しぶとく、そして黙々淡々と日々の暮らしを続けていたんですねぇ。

「忘れられた日本人」では、宮本常一さんが自分の祖父について書いています。
市五郎はいつも朝4時にはおきた。それから山へ行って一仕事をしてかえって来て朝飯をたべる。朝飯といってもお粥である。それから田畑の仕事に出かける。昼まではみっちり働いて、昼飯がすむと、夏ならば3時まで昼寝をし、コビルマをたべてまた田畑に出かける。そしてくらくなるまで働く。

雨の日は藁仕事をし、夜もまたしばらくは夜なべをした。祭の日も午前中は働いた。その上時間があれば日雇稼に出た。明治の初には1日働いて8銭しかもうからなかったという。

仕事をおえると神様、仏様を拝んでねた。とにかくよくつづくものだと思われるほど働いたのである。

しかしそういう生活にも不平を持たず疑問を持たず、1日1日を無事にすごされることを感謝していた。市五郎のたのしみは仕事をしているときに歌をうたうことであった。(中略) 

旅人はまた誰でもとめた。(中略) 宿といってもお金一文をもらうわけではない。家族の者と同じものをたべ、あくる日は一言お礼を言って出ていくのである。生活はいつまでたってもよくならなかった。

子供の頃、日曜日の朝、いつまでも起きず、ダラダラと布団のなかで過ごしていると、母親によくこう怒られました。「周りの農家さんは日が昇る前に起きて田んぼや畑で働いているというのに、あなたは何もせず、いつまで寝ているの!」

機械化が進んだあとでも、近所の農家の皆さんは早朝から田畑に出ていらっしゃいましたが、1つ1つに手間と時間のかかった100年前の日本人の暮らしぶりと勤勉さは、きっと今の私には想像もできないでしょうねぇ。

そしてかつての日本人は、目にみえない存在、動物、昆虫、みみずでさえも自分たちと同じいのちのあるものとして大事にしていました。
ある日、日がくれかけて、谷をへだてた向こうの畑を見ると、キラキラ光るものがある。何だろうと祖父にきくと「マメダが提灯をとぼしているのだ」といった。マメダというのは豆狸のことである。マメダは愛嬌のあるもので、わるいいたずらはしないし、人間が山でさびしがっていると出て来て友だちになってくれるものだとおしえてくれた。(中略) 

さて、マメダがキラキラする提灯をとぼしてくれることが、夕ぐれのひとときの大きななぐさめになった。それから後、山の奥で木をきる斧の音がしても、山の彼方で石をわるタガネの音がしても、みんなマメダのしわざではないかと思うようになったが、そう思うことで山の奥、山の彼方へ心ひかれるようになっていった。

「どこにおっても、何をしておっても、自分がわるい事をしておらねば、みんながたすけてくれるもんじゃ。日ぐれに一人で山道をもどってくると、たいていは山の神さまがまもってついて来てくれるものじゃ。ホイッホイッというような声をたててな」 

小さい時からきかされた祖父のこの言葉はそのまま信じられて、その後どんな夜更けの山道をあるいていても苦にならなかったのである。


いいなぁ。

私達日本人が失くしてしまった1つが、こういう心で暮らすことなのかもしれません。そして私が取り戻したいと願っている1つでもあります。




by hiroshimapop | 2016-11-12 12:27 | おススメBOOKS | Comments(0)

願いもとめる祈り


先ほど、メルマガ616号で、『神の探求(下巻)』の2日間集中講座の告知を配信しました。朝から夕方までひたすら、びっちり『神の探求』を学ぶ2日間。

ケイシーリーディングを通じて自らの霊性を高めたいと望まれている方のための講座です。魂の震える2日間になると思いますよ。
12月17日(土)、18日(日)の2日間、万事お繰り合わせて、ぜひお申込下さいませー(申込フォームはこちらから)。


さて、そのメルマガを書くために、私はこの1週間、『神の探求』と共に、祈りについて書かれた本『何を、どう祈ればいいか』も読んでいました。その本を読みながら、私は祈っているようで、全然祈っていなかった、自分は何が欲しいのか知っているようで知っていなかったことに思い至りました。


祈りにはいくつもの形がありますが、以下は願い求める祈りについて書かれた箇所です。
イエスも繰り返しそれを強調された。つまり根気強く祈ることである。何かを祈り求めるなら、1度だけでは足りないと言われた。繰り返し、たえまなく、うむことなく祈る。父が聞き届けて下さるまで祈るのである。イエスが挙げられた根気強く祈る人の例を読むことにしよう。

「あなたがたのうちのだれかに友だちがいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを3つ貸して下さい。旅行中の友だちが私のところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです』 すると、その人は家のなかから答えるにちがいない。『めんどうをかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちは私のそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません』 しかし、言っておく。その人は、友だちだからということでは起きて何かを与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きてきて必要なものを何でも与えるであろう。そこで私は言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる」(ルカ11・5~11)

いいえとの答えを受け入れない姿が描かれている。恥も外聞もなく、根気強く求める心がある。イエスはこの人のように祈れと強い口調で命じられた。

要するにイエスはこう言われたのである。「たとえ神があなたの祈りに耳を貸そうとされないかのように思えても、くじけてはいけない。あきらめず、かつずうずうしく求めなさい。根気強く祈りなさい。扉をたたき続けなさい。神を押して押して、押しまくりなさい」

ルカ18章の例を見よう。「イエスは気を落とさずにたえず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。『ある町に神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところがその町に一人のやもめがいて裁判官のところに来ては、相手を裁いて私を守って下さいと言っていた。裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。しかし、あのやもめはうるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやってきて、私をさんざんな目にあわすに違いない』

それから主は言われた。『この不正の裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあるだろうか』(ルカ18・1~7)

(中略)

私たちが祈り求めることを自分のものにできないのは、しばらくは祈るが、まだ手に入れてないのに、祈りに飽いてしまうからだ。イエスがお与えになった教訓をしかと受けとめねばならない。彼は言われる。「このうるさくてかなわない未亡人、その根気強さで裁判官をうんざりさせた未亡人になりなさい」

(中略)

神に少ししか願わないなら、少しだけしかかなえられない。少しだけ神を必要としているから、神はその程度にこたえられる。この少ししか求めないとは、何を意味しているか。私は、充足した、安全な、よく守られた、凡庸な生活を送っていることを、はからずも告白しているのである。自分の身に危険が迫るような生き方はしていない。これでは福音を宣教する者にイエスが求められる生き方からは、はるかに遠い。

少ししか祈らない人は、福音が促す挑戦的な生き方、危険をわが身に引き受ける生き方へ少ししか歩み寄らない。生活のなかで少ししか挑戦しない人は、少ししか祈らない。


神は私のことは何でもご存じだから、わざわざそれを神に知らせることはない、という人がいます。神に祈る言葉は世界平和や感謝だけにすべきである、と云われることもあります。でも、自分の願いを神に伝えられない、ということは、つまりは、自分が何をしたいのか、どういう願いを持っているのか、実は曖昧ではっきりしていない、知らないのかもしれません。祈る言葉は世界平和や感謝だけにすべきなら、いったい私達は、一人ひとりが幸せを求める気持ち、願う気持ちをどこに向けたらいいのでしょうか。

流れ星が流れている間に3回願いごとを言うと叶えられる、というのは、そんなとっさの時にすぐに3回重ねて言えるほど願いが具体的ではっきりしているとも云えます。そこまでクリアであれば、その願いが叶う日は近いでしょうね。

自分は何をしたいのか、どちらに向かって行きたいのか、何が欲しいのか、まずは明らかにする。そして神が根負けするほどしつこく願い祈る。そしてそれが叶ったかのように生きる。

ケイシーのリーディングにこのような一節があります。
『すべての祈りは聞き届けられる。神に、その答え方を指示してはならない。 望んでいることを神に知らせよ。そして、それらは叶えられた思って生きよ。 なぜなら、主はこのように言われた。 「汝らが私の名において信じて求めるものは、天の父が汝に与えて下さるだろう」と』 4028-1


幼子のように・・・というフレーズが聖書にはありますが、確かに幼子はしつこいです! デパートで地団駄踏んでる子供、時々見かけます。私には5歳離れた妹がいますが、妹は小さい頃(10代の頃も確かそうだったような)、欲しいものがあると手をかえ、品をかえ、両親が呆れ、根負けするまでしつこく訴え続けてました。

私は幼少の頃から諦めが早く、幼子のしつこさを持つことすら人生の早い段階で諦めてしまってました。確かに、考えてみれば、私は人生において少ししか挑戦していないですね。

祈りについて書かれた本ですが、書かれていることは刺激的です。





by hiroshimapop | 2016-10-21 18:56 | おススメBOOKS | Comments(0)

『サンカの民と被差別の世界』


引きつづき、五木寛之さんの本、読み続けております・・・。

地元広島について書かれた『サンカの民と被差別の世界』。先日読んだ「隠れ念仏、隠し念仏」もそうでしたが、こちらも歴史の教科書には絶対登場しない日本の姿が書かれています。

ちなみに「隠れ念仏・・・」の本で私は、隠れキリシタンのように念仏を唱えることを禁じられた人達がいたことをはじめて知りました。彼らは夜秘かに集まり何百年も隠れて念仏を唱え続けてきたんだそうです。そして、隠れキリシタンがそうであったように、政府の弾圧は厳しく、見つかると拷問と処刑が待っていた・・・。

命をかけて念仏を唱え続けてきた人がいた。しかも何百年も。興味を持った方はぜひ「隠れ念仏・・・」の本を読んで下さい。


さて、この『サンカの民と被差別の世界』では、長く日本で雑賤民と扱われてきた、山の民、海の民、放浪の民、芸人たちがクローズアップされています。

かつて天皇は村人を国の宝「オオミタカラ」と呼んでいた、と私たちは学びましたが、「オオミタカラ」とは主に町民、農民をさし、「オオミタカラ」の範疇から外れていた人達がいました。「士農工商、エタ、ヒニン」という制度化されてきた身分があったことも学校で学んで知っていますが、実にこの区分に漁民や山の民は入っておらず、身分制度からも「オオミタカラ」からもはみだした人達、それが山の民(サンカ)であり、漁民だったんですね。


漁民について書くと、小さな船の上で生活をしていた人が多く、陸上で定住していなかったことが理由の1つ、漁業は仏教の「不殺生戒」を犯すものと見なされていたことが賤民扱いとなった理由のようです。だったら、日本神話にでてくる海幸彦はどうなんだ、それを買って食べる人はどうなんだ、とちょっと突っ込みを入れたくなりますが、戸籍のようなものも、瀬戸内海に点在する多くの島では漁民のものはなかったそう。

瀬戸内海もそうですが、海に囲まれている日本は魚をとることを生業としていた人達が大勢いたわけですから、賤民として扱われてきた人達がどれほど多くいたか。そして差別される人たちを制度として作らなければならないほど、日本の農民も苦しい生活を強いられてきたということでしょうか。


ここでは、漁民ではなく、私たちに馴染みのある芸人について書かれていた部分から少し抜き書き。ここも興味深かった部分です。
今回の広島への旅で、私は日本という国の歴史というものがいかに重層的であるか、ということをあらためて感じることになった。

たとえば、良民の外に位置づけられていた「化外の民」にしても、そこには非常に細かく、複雑でデリケートな違いがある。(中略) 卑賤視したり、差別するということも、もうひとつ別の面がある。その背景には情念としての畏敬の念があり、ひょっとすると憧憬さえあったかもしれないとも感じる。「聖」と「俗」が、「聖」と「穢」が、「聖」と「賤」が重なりあう。そういう領域が存在することを、私たちは見落としがちだ。

役者という存在が、かつては「河原乞食」と呼ばれて卑賤視されていたことは知られている。ドサ回りの芝居興行で村々を回って歩く役者たちを、村人たちは村の中には入れず、境界線周辺に泊めたりした。それでいて、道を歩いている彼らの後を、一緒にぞろぞろついていったりする。彼らの芝居の興行が村にやってくるのを、心待ちにもしている。

また、春駒をはじめ、万歳(まんざい)や大黒舞などの新春の言祝ぎの芸能は、ほとんど被差別民が担っていた。万歳はその典型的なもので、賤民の人びとだけが許されて、神や仏の代理人として家々を回ったのである。彼らが10分くらいかけて語る万歳の祝詞は、新春3日間で一番大事な祝詞の言葉だった。その祝詞の言葉はとてもむずかしいが、文字が読めないにもかかわらず、彼らはその言葉をすべて暗記していたという。それらは父祖から代々、口伝えによって受け継がれてきたものだった。

日本は言葉というものを大事にする言霊の国である。祝福の言葉を淀みなく述べる遊芸民たちは、それだけである種の畏敬の念を抱かせたにちがいない。それは芸であると同時に、ある意味では超人的な力だといってもいい。

一面では差別をされて村のなかでも交際を絶たれている賤民たちが、一番おめでたいときに神や仏に変わるという構図がここにはある。

(中略)

沖浦氏によれば、遊女はもともと神に仕える女性であり、呪術的なシャーマニズムから来ている存在だったという。仏教や神道が成立する以前の日本は呪術的なアニミズムの社会だった。呪術的なアニミズムの場合、ケガレ観念はあるが、そのケガレは両義性を持っているというのだ。

つまり、大地や大自然は人間にすばらしいものを与えてくれる。雷は恐ろしいけれども偉大な力でもある。悪いと同時にものすごいという感覚だ。その残像のうち、片方の畏敬の念が徐々に薄らいできて、卑賤視だけが強くなってくる。それが両極に現れたのが近世の歴史ではないか、と私は思う。

(中略)

あらゆる芸というものは最初は神事であり、聖なるものだったといっていい。相撲にしても田楽にしても、神に捧げるものであり、神を呼び込むためのものだった。それが神や仏にかかわる「聖」の部分が失われて、「俗」のほうへ、ビジネスへと変化していく。その過程で、それに携わる人びとも畏敬の念を持たれなくなってきた。


「俗」でありながら同時に「聖」であり、卑賤視されつつ同時に尊敬もされる。人間の複雑な情緒がここにあります。

私たちが教わらなかった、知らなかった日本の深層へ・・・。まだまだ五木寛之さんの本の旅は続きます。。。。


by hiroshimapop | 2016-09-22 07:46 | おススメBOOKS | Comments(0)

『やりぬく力』


ハーバード大で神経生物学を学び、超難関コンサルティング会社マッキンゼーでコンサルタントとなり、27歳で公立中学の数学の教員に転職。その後、オックスフォード大で修士号(神経科学)、ペンシルベニア大学大学院で博士号(心理学)を取得した、という華々しい業績を持つ著者が、中学教員時代に「IQの高い生徒が必ずしも成績がよいワケではない。IQがそこそこしかなくても成績の良い生徒がいる」ということに気づき、「この違いを生み出す要因は何か?」について研究し、それについて語ったTEDトークです。

*字幕が出ないときには、右から4つめをクリックしてください。



実は私、中学の時の知能指数はかなり良い子どもだったらしいです。でも成績は振るわない。
担任との懇談会があったとき、母は担任に「こんなにIQがいいのになんで成績が伴わないんだ?」と首を傾げられたと苦笑して帰ってきました。


先週のメルマガでも告白しましたが、小学生の頃は給食が食べられなくて、3時間目の授業時間頃から給食のことを想像して緊張しはじめ、5時間め、6時間目は、ノートと教科書の代わりに給食のトレイを前に授業を受けていた子どもでした(当時の思い出はここでも書いてます)。なので、学ぶことは好きでも学校は苦痛。給食が気になって授業に100%意識が向かなかったことが1つ。勉強しなくてもテストの点がそこそこ良かったので、それで満足してしまったのが1つ。学校の勉強以外で知りたいこと、読みたい本がありすぎて、家で勉強しなかったのが1つ。そして何より、飽きっぽくて、根気がない。1つのことをコツコツ長続きさせられなかったのが成績が振るわなかった理由じゃないかなーと思っています。

私は田舎の小さな中学に通ってましたが、3年後、東大、阪大、早稲田、慶応、広大の医学部その他、有名国公立私立大学に進学した同級生がぞろぞろ出たくらい、私の学年は成績優秀ぞろい。

中学2年くらいまではそこそこそんなクラスメートについていけてましたが、まじめにコツコツ勉強をし続け、受験勉強でスパートかけた彼らと、全く勉強しなかった私の成績の差は、中学3年くらいから一気に開いていきました。

中学の科学の時間、先生の説明が理解できなかった男子生徒が私に「先生は何て言ってたんだ?」と聞きにきて解説したその彼は、3年後、東大に合格。理科のテストの時間「**番の答えを教えて」と紙が回ってきて答えを教えた彼は、その後九州の有名私立大学に進学(苦笑)。

「やればできるのに」と云われ続けながら、やらなかった私の脳みその栄光はここまで・・・。今はそうだった気配さえありませぬ。


ケイシーの本を2冊翻訳したフォンテイン知代さんは、早稲田大学のあと2つのアメリカの大学に留学しましたが、うち1つの大学に同じように日本から留学してきていた女子生徒がいました。彼女はあまり英語も出来ず成績も振るわなかったので、知代さんはよく彼女のレポートを手伝ったそうですが、それから何十年か後、その自分より成績が悪く、いつも勉強を教えていた彼女が、アメリカの西海岸の某有名大学の教授になっていたことを知ってビックリ。

知代さんは子どもが出来たことをキッカケに仕事を辞め、その時もまだ主婦でしたので、以前の同級生の華々しいキャリアにショックを受けてました。自分で選択したこととはいえ、社会的な力の差は歴然ですから。


さて、このTEDでアンジェラさんが見つけたIQ以上に重要なことは「やりぬく力」。

やりぬく力について彼女は「明けても暮れても自分の未来にこだわること」と解説しています。1つのことを何年もかけて一所懸命にやりぬくこと。

この力がある子どもの方が結果的に成績がよく、そして学校を卒業する確率が高い。

知代さんの同級生も、最初は語学も成績もあまり振るわない留学生だったのに、1人コツコツ努力しつづけた結果、大学教授という花が咲いたわけですよねー。

ウサギより、のろまな亀のほうが最後は強い。

継続は力って、ホントです。

この前の本の紹介で、以下の部分を抜き書きしましたが、今更ですが、ある1つのことをやり始めてます。やり続けるって、私には、かなりハードルが高いんですが、ようやく2週間経過。あと9年と50週。

先は長い。

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。




by hiroshimapop | 2016-09-21 15:39 | おススメBOOKS | Comments(1)

五木寛之さんの対談本『霊の発見』


五木寛之さんが霊や宗教、日本に残るアニミズムについて語っている本がシリーズであることを知り、いま、その本を集中的に読んでいます。

『隠れ念仏と隠し念仏』は表には出てこない日本の深層部に存在するアニミズム的な信心に触れた思いがしました(お勧めの1冊!)し、宗教哲学者の鎌田東二さんとの対談本『霊の発見』も、日本人の霊性や宗教的な歴史や成り立ちについてお二人が熱く語っており、面白かったです。

『霊の発見』は、こんなトピックでお二人が語りあっています。
1.霊は実存するのか
2.霊視について
3.神霊との交信について
4.超能力について
5.怨霊と祟りについて
6.死後の世界について
7.神社と神道について
8.霊性の高みへ


第7章の神社と神道についてから少し抜粋すると・・・
鎌田:ぼくは民衆の中に生きている宗教感覚というか、霊的発見というのは、根本的にはそういう自然への畏怖・畏敬だと思うんですね。京セラの稲森さんではありませんが、たとえば、子どもが、おばあさんやおじいさんに手を引かれて、もしそういうところに行ったならば、生理的に何かを感じ取ると思うんです。それは知識ではありません。(中略)

五木:ええ。まずイメージとして、それが人の心の奥に、くっきりと刻みこまれる。

鎌田:理屈じゃないんですね。行為として、ざらざらというか、ぬめぬめするというか、たぶん、幼いころの生理的な感覚をともなうような行為というのは、大人になってからも、いつまでもすごく残ると思います。

五木:ええ。そういう不思議さというのは、理屈や知識じゃないんですね。畏怖とか畏敬とかの、つまり霊的な原体験をなす、そういう畏れ、怖れをとおして、つつしみのような感覚が生まれると思います。神道では「つつしみ、つつしみまをす」とか「かしこみ、かしこみまをす」と最後に言うでしょう。この、かしこむ、つつしむという観念に、神道の原形があるとしたら、それが、いまいちばん大事なものではないでしょうか。かしこむこと、つつしむこと、それが日本という国の、幼児体験ではないかと思うんですね。

(中略)

五木:それと闇ですね。神道の神事は、夜に行われることが多い。伊勢神宮も、出雲大社の新嘗祭も夜でしょう?

鎌田:なぜかといえば、霊との合一には、音の世界にはいることが重要だと思うんですね。光、視界の世界は、私たちの日常生活の多くをつくっていますけれど・・・。(中略)

耳を澄ますことによって、異界が開けてくるんです。神道では、まれびとは音とともに訪れると考えています。その音が、あちら側の世界を招き寄せたり、そちらの方へはいっていったりする回路となる。春日大社の御祭りの「おーおー」と先払いする神職たちの警蹕の声も、板を闇の中でバーンと叩くとか、音曲を奏でながら踊るという行為も、基本的には、目よりも深い感覚を呼び覚ます、という働きがあると思いますね。

五木:目よりも、耳のほうが深い。昼間でなく夜やるということの中に、想像力を刺激するという力も働く。

次は最終章から少し・・・。
毎日、神様と約束した何かを地道に、必ずやり続ける…。それが自分を高め、そして自分の中に確固たる芯を作り自分を強くしていくんですよね。

友人は母親が病気になったとき、母親のために何かしたくて毎日般若心経を毎日100巻あげ始めたそうです。母親に元気になってほしくて始めたことですが、ちょうど3か月くらい経ったとき、ふと、何が起こっても(母親がたとえ亡くなっても)それを受け入れられる、自分は大丈夫、という心境になったのだとか。そういった思いは誰かに云われて「そうだな」と思ったものではなく自分の中から湧きあがったことですから、何ものも盗むことは出来ず、変えられもせず、揺るぎもしない、確かなもの、ですよね。

鎌田:多くの霊能者は、その力を、良いほうに用いているとは思いますが、注意は必要です。

(中略)

五木:だからますます、一人ひとりが、それぞれ自分の直感を磨いたり、ある種の修行なんなりをして、それこそ神の依り代となるような生きかたが求められる。霊を磨くというか、魂を磨くというか、そういうことが、個人の人間性のなかで、重要なものになってくる。克己心としても。

(中略)

鎌田:ええ。そのためには、たとえば、教えを説いている教祖なりがいたとしたら、その人に気品があるかどうか、ほんとに信頼できるかどうか。あたたかさや、明るさや思いやりや、謙虚さや慈悲の心があるかどうか。人格的なこともふくめて、そこに高雅な品格があるか、人間的な信頼感が生まれるかどうか。横柄であったり、威張っていたり、権威的であったり、下品で卑しそうな人は、最初からおかしいと思うべきだ、と(*美輪明宏さんは)言っています。

五木:まさにサニワですね。神は美しいものに宿るという考え方ですか。

鎌田:ええ。そういう人間を見る洞察力が必要です。あるいは人間だけじゃなく、命あるもの魂あるものを見る基準の感覚を、一人ひとりが、みずからの内に、育てていかなければなりません。そういう芯ができないと、いろんな言説に左右され、騙され、また依存してしまうという構造が、くり返し、くり返し起こると思うんです。

(中略)

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。

高校時代、「青春の門」を導入にして、当時出版されていた五木さんの小説はほぼ読破するくらい、五木寛之さんの小説は読み続けてました。小説を書かれなくなった頃から五木さんの本からは遠ざかってましたが、「青春の門」から約40年後、また五木寛之さんの本が私のバックに入っているのは感慨深いです。

それにしても、ずっと第一線でご活躍。その時代、その時代で話題となる本を書き続けられているのは本当に素晴らしい。相変わらず髪の毛もふさふさですし、五木さん。





by hiroshimapop | 2016-09-15 22:57 | おススメBOOKS | Comments(1)

石牟礼道子著『苦海浄土』


9月のNHK『100分で名著』は、石牟礼道子さんの苦海浄土が取り上げられています。しかも解説はピュアシナジー輸入のため、シナジーカンパニーを立ち上げた若松英輔さん。テンプルのひまし油湿布もシナジーカンパニーを通じて輸入していただいています。
これは視るべし!でしょう。

テレビのある人は、テレビで。テレビがない方は是非ともオンデマンドで!


苦海浄土の本には個人的に深い思い出があります。

大学を卒業して働き出したものの、日本の社会は男性中心社会。男女同権の意識は今より遥かに低く、女性が大きな仕事を担ったり単独で動くという環境はなく、女性=男性の補助が当たり前。この男性より私のほうがよっぽど仕事は出来るのに・・・と思うような男性社員にメインの仕事が割り振られたり、ヒマで午前中は新聞を眺めてるような窓際部長連中に仕事を言いつけられたり・・・。あー、私はもっと仕事がしたいのにーと、楽しくもなく張り合いもない毎日に、何だか自分の時間を単にお金に換えている気がしてました。

とはいえ、特にやりたいことも見つからずで、お先真っ暗気分でしばらく会社勤めを続けてましたが、いい加減、そんな会社勤めにも嫌気がさして、20代半ば、私は8ヶ月ほど日本を飛び出し海外をフラフラ。

そんなある日、日本語の貸本屋を滞在先の街で見つけ、借りて読んだのが『苦海浄土』と林真理子さんの『南青山物語』。

私は今もそうですが、1度に本は数冊同時進行で読みます。だからこの時も、この2冊を同時に読み始めたわけですが。。。

『苦海浄土』は水俣病患者となった家族を追った物語。水俣に暮らす方々の清貧とも云える暮らしぶりと病の悲惨な状況が熊本の方言で語られています。毎日を生きるだけで精一杯の苦痛に満ちた現実を軽々しく美しいとは表現してはあまりに現実を知らなすぎると云われそうですが、『苦海浄土』で石牟礼道子さんの筆を通して語り綴られている水俣の皆さんの言葉は本当に神々しく美しい。

特に、日本から遠く離れた場所で、東京の、普段であれば多くの方の憧れの暮らしであろう南青山でのセレブの生活を書き連ねた、苦海浄土とは対極にあるようなエッセイと同時にこの本を読んだということもあり、自分は人としてどう生きたいのか、人の幸せや生きる意味とは何なのか、自分はどちらの生活をしたいのかを考えるキッカケになった1冊でした。


『苦海浄土』はどのページを読んでも、グッと心に迫ってきますが、杢太郎少年のお祖父さんの話は、読後、何年経っても私の心の中にこだましていました。

あねさん、わしゃふとか成功どころか、70になって、めかかりの通りの暮らしにやっとかっとたどりついて、一生のうち、なんも自慢するこたなかが、そりゃちっとぐらいのこまんか嘘はときの方便で使いとおしたことはあるが、人のもんをくすねたりだましたり、泥棒も人殺しも悪かことはいっちょもせんごと気をつけて、人にゃメイワクかけんごと、信心深う暮らしてきやしたて、なんでもうじき、お迎いのこたすことになってから、こがんした災難に、遭わんばならんとでございっしゅかい。

なむあみだぶつさえとなえれば、ほとけさまのきっと極楽浄土につれていって、この世の苦労はぜんぶち忘れさすちゅうが、あねさん、わしども夫婦は、なむあみだぶつ唱えはするがこの世に、この杢(*水俣病を発症した孫)をうっちょいて、自分どもだけ、極楽につれていたてもらうわけにゃ、ゆかんとでござす。わしゃ、つろうござす。

(中略)

あねさん、この杢のやつこそ仏さんでござす。
こやつは家族のもんに、いっぺんも逆らうちゅうこつがなか。口もひとくちもきけん、めしも自分で食やならん、便所もゆきゃならん。それでも目は見え、耳は人一倍ほげて、魂は底の知れんごて深うござす。一ぺんくらい、わしどもに逆ろうたり、いやちゅうたり、ひねくれたりしてよかそうなもんじゃが、ただただ、家のもんに心配かけんごと気い使うて、仏さんのごて笑うとりますがな。

(中略)

おるげにゃよその家よりゃうんと神さまも仏さまもおらすばって、杢よい、お前こそがいちばんの仏さまじゃわい。爺やんな、お前ば拝もうごだる。お前にゃ煩悩の深うしてならん。
あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。軽ろうござすばい。木で造った仏さんごたるばい。よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。あっはっは、おかしかかい杢よい。爺やんな酔いくろうごたるねえ。ゆくか、あねさんに。ほおら、抱いてもらえ。

『苦海浄土』の2冊目の本にも美しい、娘を思う母の言葉が書き記されています。

きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりましたが、見るのも辛ろうして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらを拾おうとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘から血ぃ出して、「おかしゃん、はなば」ちゅうて、花びらを指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。

何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった1枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ばチッソの方々に、書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、花びらば1枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に


残念ながら、苦海浄土に書かれたような企業由来の病は現在もこの日本で発生中です。何か起こったとき、企業や政府がどのような対応をするかも、この水俣病が発生した当時とあまり変わってないですねー(FUKUSHIMAもそうですし)。いずれにしても、『苦海浄土』は、ぜひ多くの方々に読んでいただきたい。特に高校生や大学生など柔らかい心を持った世代に読んでいただきたい・・・。

おすすめの1冊です。




by hiroshimapop | 2016-09-10 07:28 | おススメBOOKS | Comments(0)

『性のタブーのない日本』


日本人が性をどう捉えていたか、橋本治さんがその変遷を解説した新書です。

一言で感想を云うと「おもしろかったー!」

特に、高校の古文の授業では絶対に解説されない『源氏物語』の世界が個人的には興味深かく、あー、平安時代はそのような時代だったのかと。源氏物語の何気ない一文に含まれている男女の仲の暗黙のルール。光源氏はこういう人物だったと学校で解説したら、古文の時間はエロス満載の時間になりそうです。

昨年、東京で長期に春画展が開催されてましたが、行った人(女性)に聴くと、なんだかどの絵もアッケラカンとしてて、特に女性が楽しそうで見てて楽しかったわーと云われてました。かつての日本は大らかなエロスに満ちた国だったんですよねー。


まずは日本の神話、古事記から。イザナミ、イザナギの国生みはまさにダイレクトな描写です。
八尋殿が出来ると、イザナミの命はイザナミの命に「あなたの体はどういう風に出来てるの?」と尋ねます。《なが身はいかにか成れる。》です。自分と違う相手に対する好奇心が発動したんでしょうね。

それに答えるイザナミの命の《あが身は、成り成りて成り合わざる処一処あり。》は有名です。「私の体にはふさがっていないところが一ヶ所ある」と言うべきでしょうか。その答えを受けて、イザナギの命は《あが身は、成り成りて成り余れる処一処あり。》と答えます。そうなると話は簡単で、「私の余っているところをあなたのふさがっていないところに入れればちょうどよい」です。

だからイザナギの命は、《このあが身の成り余れる処をもちて、なが身の成り合わざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむとおもふ》と、イザナミの命に提案します。「性器を表す単語」が登場しないだけで、言われていることは非常にストレートです。

(中略)

「まぐわう」とか「まぐわい」ということになると、現代でも十分にいやらしい意味があって「交合」という漢字に「まぐわい」というルビを振ったりしますが、(中略)「まぐわう」は「目交う」で、視線が合うことなのです。

昔は家族は別として、男女が顔を合わせることはありません。だから、他人である男女が顔を合わせてしまったら、もうそこに「性交の合意」が出来てしまうのです。そういう背景があるから、「視線が合うと性交渉」となるのです。


高校時代、お気に入りだった百人一首の1つ、『逢い見ての後の心に比ぶれば、昔は物を思わざりけり』は、高校時代習った解説はもっとソフトだったと思いますが、こちらもダイレクトな大人の歌です。
《逢い見て》は、ただの「逢って、見て」ではもちろんありません。女のいる簾の中に男が入って「逢って、見て」するのです。「女の簾の中」は寝室と同じです。だから当然、権中納言敦忠はやっちゃったんですね。だから、そういう経験をした後で思うのですー「やる前はなんにも分かってなかったな」と。(中略) 

うっかり見ればエロチックな表現なんかない、ロマンチックで優雅な歌に見えるかもしれませんが、《逢い見て》はしかるべき実行行為を表しているのですから、このロマンチックな「優雅」にはリアルな「肉体の重さ」があるのです。


源氏物語が書かれた平安時代、貴族階級の女性は、人に顔を見せることはしませんでした。結婚したあとも、当時男性は通い婚で、暗くなって女性の元を訪れ、夜明けに帰っていきますから、真っ暗闇の中で事に及び、朝日が昇るまで妻の顔を見られない。妻が夫にも顔を見せたくないと思っていたら、夫は自分の結婚相手の顔を知らずに結婚が続くこともあったらしい。。。。

日中、高貴な女性は人に逢うときも御簾をたて、さらに内側に几帳をたてて姿を全く見せないようにして人と対面し、会話も小声で自分に仕えている女官を経由。男性は、その見えない向こう側に女性が「いる」ことを想像して妄想を広げていたらしいんですよねー(さらに高貴な女性は滅多に外に出ないので、男性が女性とすれ違うチャンスもなく、当時は必然的に同性愛が多くなったそうです)。

人の噂話と御簾の向こうに女性がいる気配だけで、恋をし、そして和歌を交わしながら3日女性のもとに通う。3日通えば晴れて女性の御簾の中に迎えられるが、「逢う」も「見る」も全て暗闇の中。

気配と和歌と妄想で3日間で恋心をつのらせ、3日後、今度は一気に肉体関係(しかし顔も分からない暗闇のなか)。終わったあとは会話を交わしながら夜明けまでいるのが礼儀だったそうですが、それにしても、貴族が夜ごと夜ごと恋愛にうつつを抜かせることができた平安時代は、まさに平安な時代だったんでしょうねぇ。

そして、そういう関係を持つことが、人にとっては当たり前のことだったので、明治になるくらいまで日本人は大らかに性を楽しんでいたようですよー。世界一回数が少ないと云われる今の日本ではありますが。。。



by hiroshimapop | 2016-09-01 07:23 | おススメBOOKS | Comments(0)

ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフルの店長日記


by hiroshimapop
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書籍「眠れる予言者エドガー・ケイシー」

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光田秀著 1,728円

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書籍「美しく生まれ変わるレシピ」光田秀著 1,404円

書籍「自然療法で乾癬を治す」

書籍「自然療法で乾癬を治す」ジョンパガノ著 2,376円