毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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『「ありがとう」100万回の奇跡』
先日、お客さまのご紹介で、熊本在住の工藤房美さんという女性とお会いしました。

工藤さんは、以前、見つかったガンが広がりすぎて手術不能だと言われながら、たまたま読んだ村上和夫先生の『生命の暗号』に書かれてあった「人間の遺伝子の95%は眠っている。5%しか働いていない」「自分という人間が生まれるのは70兆分の1の確率である」という言葉に感動し、自分の細胞と遺伝子に感謝の言葉を言いたいと、昼夜構わず言い続けていたところ、原発のガンが消える、という経験をされました。


~『「ありがとう」100万回の奇跡』から抜粋、引用~
私は思いました。私という存在を、生まれてからこれまで支え続けてくれた自分の体の細胞と遺伝子1つ1つにお礼を言ってから死のうと。(中略) そう思いつき、体中の細胞と遺伝子に「ありがとう」と言いはじめました。私には時間がありません。翌日ラルスという辛い治療が始まり、痛みをこらえるようにと口にタオルが詰め込まれるまで、「ありがとう。ありがとう」と唱え続けました。

不思議なことが起こりました。あれほど辛く耐え難かった治療がその日はまったく痛みを感じなかったのです。いったい何が起こったのでしょう。私の感謝の気持ちが眠っている95%の遺伝子に届いたのでしょうか?

「ありがとう」という言葉には何か特別な力がある。それは眠っている遺伝子を目さめさせるキーワードなのでしょうか。そうに違いない。そう直感していました。何より「ありがとう」と云うととても気分が良くなるのです。私は自分の体の細胞と遺伝子1つ1つに「ありがとう」を言い続けました。それから1ヶ月半後。私の子宮からガン細胞はすっかり消えてなくなったと告げられたのです。
 ~引用おわり~
ところが、喜びもつかの間、ガンが再発し、しかも余命は1ヶ月もない、という厳しい診断が下されます。その時、工藤さんは、もう自分には時間がない。ならば、自分の細胞1つ1つに感謝を伝えてから死のうと決意します。


 ~ 引用つづき ~
私は自分の細胞と遺伝子1つ1つにお礼を言ってから死のうと決意していました。それからというもの、夜も昼もなく自分の遺伝子に「ありがとう」と唱えてきました。けれども残り数週間で60兆個すべての遺伝子に「ありがとう」を伝えるには、あまりにも時間がありません。数週間後には、私という人間はもうこの世にいなくなるかもしれません。(中略)

これまでねぎらいの言葉の1つもかけてあげることもなかった手。私の意思に従って何でも云うことを聞いてくれた手。愛しい子どもたちつないだその手の温かい感触さえも、水蒸気のように消えてなくなるのでしょうか。

それならばどうしても、これまで私という人間を形作っていてくれたこの体ーー髪、まつげ、目、耳、鼻、口、心臓、肝臓、腎臓、足、足の指ーーすべての細胞と遺伝子に感謝の言葉を伝えたい。「今まで本当にありがとう」と言ってから死にたい。改めて強く、そう思ったのです。(中略)

私に明日はないかもしれません。夜、眠りについたら最後、二度と目覚めることはないかもしれない。寝る間を惜しんで、ありがとうと言い続けました。

抗ガン剤の影響で髪の毛がごっそり抜け落ちていきます。その1本1本に「ありがとう」とお礼を言ってから捨てました。朝目覚めると、再び朝を迎えることができたことが嬉しく、感謝の気持ちがあふれ、お礼を言わずにはいられませんでした。(中略)

だから命ある限り自分の体にお礼を言おうと思ったのです。ガンが治ることを祈って「ありがとう」と唱えていたのではありません。この世界にあるものは全部サムシンググレートが用意してくれたもので、1つとして欠けることなく私たちに必要なものなのだ。つまり人も物も関係なく、サムシンググレートの創造物であり、全体で1つなんだ。そう思うとますます感謝の気持ちが湧いてきました。

(中略)

気がつくといつの間にか体が軽くなり、とても気分が良くなっています。余命1ヶ月と告げられてからおよそ半年が経とうとしていました。
私のガン細胞は1つ残らず正常な細胞に生まれ変わっていたのです。手の施しようもない子宮頸ガンと告げられてから10ヶ月が過ぎていました。私の体はサムシンググレートからいただいた、そのまんまの健康な体に戻っていたのです。
~ 引用おわり ~
工藤さんのもとには、数ヶ月、半年「ありがとう」を言い続けているけど、ガンは消えない、何も変わらない、という連絡が来るそうです。

工藤さんは、ガンを治すために「ありがとう」を言い続けたのではなく、自分の細胞に感謝を伝えたくて「ありがとう」を言い続けました。自分には時間が無かったから・・・と、本当に朝から晩まで「ありがとう」と言い続けたそうです。

「ありがとう」に「ありがとう」の魔法がかかるか、単に「あ」と「り」と「が」と「と」と「う」の言葉の組合せになってしまうか、それは本人次第、ということでしょうか。

・・・そして、工藤さんとお話しして興味深かったのは、私が以前、ヴィパッサナー瞑想の合宿に参加したとき、最初の数日間は自分のアタマの中で繰り返される下らないお喋りにうんざりした、とお話ししたところ「私は、自分がガンになってから、そのアタマのお喋りが止んだ」んだとか。そして、アタマのお喋りが止み、アタマが真空状態になったことで、ある意味、宇宙や内在神と繋がり、様々な情報を受け取れるようになったそうです。


工藤さん、お話しを聴いてみると、子どもの頃からUFOを見たり、不思議体験をされていた方でした。現在、ご自身の体験を伝えるために講演活動やワークショップも開催されています。

タイミングがあえば、テンプルでも主催させていただく予定です。

楽しみにお待ち下さい。




by hiroshimapop | 2018-03-13 16:24 | おススメBOOKS | Comments(0)
『ラストバリア スーフィーの教え』
昨年からしばらくブログを書くこと、誰かのブログを読むこと、SNSの類いから少し距離を置いていました。

全く読んだり書いたりしなかったわけではないんですが、日々流れて消える情報やインスタントに発せられる言葉ではなく、出来るだけ熟考され推敲された文章に触れたいと、その間、せっせと本を読んでいました。

・・・ということで、しばらく本の紹介が増えるかもしれません。

『ラストバリア スーフィーの教え』は1976年にイギリスで出版され、日本でも10年以上前に出版されています。すでに絶版のようなので中古か図書館で見つけるしかありませんが、海外では古典として高く評価されている1冊のようです。

~スーフィーの師が主人公にいう台詞(88ページ)~

「すべては、常に準備だ」と彼は言った。「だから、それは答えではない。我々は今、来たるべき世界のために準備している。しかし、それがいつ来るかは、我々の手にあるのではなく、神の手の中にある。我々は常に準備のできた状態にいなければならない。準備とは、目覚めている技のことだ。

もし君が目覚めていれば、いつの日か、真の世界を見るかもしれない。夢遊病者のように歩きまわっているならば、その世界に出会うことはできない。ほとんど世界中の人々は眠っているが、彼らはそれを知らない。

お前は眠っている、と書いてある本を読んでも、目覚めることはできない。教師にお前は眠っている、と言われても、目覚めることはできない。自分で目覚めたいと思った時にしか、目覚めることはできないのだ。

だから君自身の本質に出会うために、あらゆる下らないがらくたを切り捨てて、自分自身と向き合い始めなさい。

また、目覚めとは、何かの超常的体験の問題ではない。自らを霊能者あるいは超能力者と言っていながら、こうしたことを何1つ知らない人々よりも、ずっと深く眠りこんでいる連中に何人も会ったことがある。こうした勘違いしている人々は、何かの”ガイド”に出会いさえすれば、自分自身をみがくことを免除されると思っている。

彼らはもう1組の余計な錯覚によって、自らの痛みをおおい隠しているにすぎない。

唯一、なすべきことは、神の全体性を知ることだ。そうすれば、すべてが与えられる。しかし、神の1部、唯一の真実の1つひとつの側面を追求しようとすると、その部分に捕らわれてしまい、全体性を見失ってしまう。

旅の途中で、花をめでるために足を止めると、探求の目的を忘れてしまって、そのかわりに、花と一緒にそこにとどまるかもしれない。確かに花は美しい。しかし、君は何を望んでいるのかね? 自分の目標や動機を十分に注意して見守りなさい。自分が何をしているか、また、なぜそうしているか、よく見なさい。自分の自我ではなく、自分の真の本質を絶えず探し求めるのだ。わかったかね?」



~師が主人公に教えた演習(131ページ)~

そして彼は私に「空間を逆にする」演習を教えてくれた。

これは、じっと静かにすわって、胸の中心にすべての意識を集中し、少しずつ、次のことに身をゆだね、気づいてゆくという練習だった。

見るかわりに、見られているということ、聞くかわりに聞かれているということ、触れるかわりに、触れられているということ、味わうかわりに、自分は神のための食物であり、味わわれていること。

「だから、自分をおいしくしなさい」と彼は言った。「最後に自分が呼吸されることを許しなさい。信頼と、神、すなわちすべての源の前では、じぶんは無力であるという悟りに、完全に自分自身をゆだねなさい」
~以上、抜き書き終わり~

自分は神の食物として美味しい存在か、目覚めのための探求にどれくらい時間と意識を使っているか・・・。何度も自分に問いなおしたい質問です。



by hiroshimapop | 2018-03-07 13:02 | おススメBOOKS | Comments(0)
『神様が教えてくれた金運のはなし』
テンプル社内には、桜井識子さんの本が出たら必ず買って読む、というファンがおりまして、この『神様が教えてくれた金運のはなし』も、早速スタッフが購入。今はテンプル社内を巡っております…。

今回の本は金運に関連したお話。
第1章:金運がよくなるちょっとしたコツ、第2章:成功運のつかみ方 など興味深い内容で、私は早速友人二人に、お財布は紺色の長財布が良いらしい~とLINEにメッセージ。二人とも金運に最近敏感になっているので「本も買う!」と云っておりました。すでに二人のお財布は紺色になっているかも(笑)。


とはいえ、今日、ここでご紹介するのは、第3章:開運を妨げる「魔」を寄せ付けない から。何かに憑かれた感じや送られてる感じがあったときの対処方法を。

私も時々、念を送られたり、自分のではないエネルギー体に乗っかられたり、霊がついて来たりと色々あり、苦労してます(苦笑)。先日、ちょっと具合が悪いときに龍生先生に会ったら「ちょっと背中見せて」と少し触られたあと、ダダダーと洗面所に駆け込んでゲッっと何かを吐かれてました(マジ)。「ミツダさんは仕事柄、たくさんの人と関わっているからこれは職業病だねー」と。詳しく聞かなかったですが、何かが私の身体にいたらしいです・・・(涙)。

1度は、第2次世界大戦で亡くなられた方の霊が、日本のために働くにはあなたはまだ力不足だからお助けしますと入っていたらしく、しかも本人は善意な分、離れる気がないうえに、ある程度力のある霊だったようで、霊山に登っても離れてくれず・・・(今は離れてます)。

先日は、知り合いの生き霊に悩まされているという方から「呪術を使えるお坊さんを知りませんか」というメールが届いてましたが(残念ながら、私はそういう方を存知あげません)、霊的なことで秘かに悩まれていらっしゃる方がいらしたら、この本が参考になるかも。

まず識子さんが書かれていたのは「中途半端な霊能者が一番怖い」ということ。よほどの力があることが信頼できないのであれば、お寺にお願いした方が良いそうです。
~ここから引用文~
知っておかれたほうがいい事実は、霊能者という看板を掲げている人が全員正しい能力を持っているわけではない、ということです。中途半端な能力の人もいますし、能力がほんのわずかしかない人、中にはまったくないのに堂々と霊能者だと自称する人もいます。

そのような人のところに行って、施術(術を施されるという意味で使っています)を受けるのは非常に恐ろしいことである、という認識は持っておいたほうがいいです。訳のわからない施術を受けてから、体調が悪くなって元に戻らないという人が現実にいるからです。それも1人や2人ではありません。 
~引用おわり~
何か霊的な障りがあるなと思った場合、識子さんが勧めているのが、日頃からお不動さんとご縁を結んでおき、何かあったら、不動明王の真言(youtubeで検索すると出てきます)を唱えて、そのお不動さんに助けていただく、という方法。識子さんの本に詳しくその方法が書かれていますので、霊的に憑かれやすい方は参考になさって下さい。
~ここから引用文~
霊関係はお不動さんが頼りになります。お不動さんなら生き霊もはがせるそうです。幽霊も生き霊も、お不動さんの力を借りれば大丈夫、というわけです。
(中略)
私は吉野山のお不動さんと出会うまで、かなりの時間を要しました。あちこちのお寺の不動明王像にせっせと会いに行き、自分と合うお不動さんを探しました。いくつかの不動明王像を見てまわると、必ず「このお不動さんだ!」とわかる仏像に出会えます。
自分と合う仏像は、行った瞬間や仏像を見た瞬間に「大好き!」という感情が湧いたり、なぜか無性に惹きつけられるという気持ちになりますから、すぐにわかります。そのような仏像に出会ったら、それが自分と合う仏像=仏様の窓口です。
(中略)
神仏を心から信頼している、深く信仰している、そのような気持ちが丸わかり状態の方が好まれます。さらにそこで「何かあった時にここに来ることをお許し下さい。その時はどうかお助け下さい」(ご縁をもらうことが前提ではなく、ご縁がないことが前提で、あくまで自分からお寺に来ます、という言い方です)と真心をこめて、一生懸命にお話しすれば、ほとんどの場合、ご縁はいただけるのではないかと思います。

ご縁は参拝初日で下さる神仏もいますが、何回か通って下さる神仏もいます。このお不動さんが好きだな~と思ったら、何回か参拝に行くといいです。行けば行くほど、ますます厚いご加護がいただけますし、ご縁もいただけると思います。

ご縁がいただけたら、緊急時に呼ぶとお不動さんが来てくれます。
(中略)
このようにお不動さんは、来てくれて、その場で悪いものを祓ったり、霊から助けてくれるので、ご縁をいただくのは本当にありがたいことです。
~引用おわり~
何度も通う、ということを考えると、近県で力のある不動明王像があるお寺をいくつか廻ってみるといいかもしれません。…そして、私は知らなかったのですが、神社にも「憑きものを落とす専門」と云えるような神社があるんですねー。三峯神社はあまりに遠くて一度もお参りしたことはないんですが、これを読んで、一度、お参りに行こうと思ってしまいました・・・。
~ここから引用文~
仏様ではなく、神様にお願いをするという方法もあります。神様で手っ取り早いのは、憑きものを落とす専門のところに行くことです。関東でいえば、三峯神社や武蔵御嶽神社などです。この2社には、憑きものを祓う専門の眷属がいますから、祈祷をお願いして、祈祷の最中に自分でも心の中でお願いをするといいです。

関西だったら伏見稲荷大社に行けば、膨大な眷属の中に、憑きものを落とす専門がいると思われます。
(中略)
霊山(山岳系神様がいる山のことです)に登るのも効果があります。霊は波動の高い山について登ることができませんから、ふもとで離れます。霊山に登れば、自分の波動もしばらく上がっていますので、山を下りた時に再度つかれる心配はありません。
~引用おわり~

私たちは、目には見えないけど、実に様々なエネルギーの影響を受けあって生きています。白鳥哲監督のインタビューの中で、監督が断食中に開いた繊細な感覚が、動物性の脂や精製された油を摂ったとたんに無くなってしまった、というエピソードがありました。

意識の使い方、食生活や生活環境、生活習慣等で、私たちは自分たちがもともと備えている繊細な感覚を閉じて生きています。繊細さが過ぎると今度は生きにくくなるので、今の暮らしを続けるためにはその方が都合のよいこともありますが、気がつかないからといって、影響を受けていない、ということではありません。

私たちがより魂に近い本質で生きれるよう、自分を弱めてしまう低いレベルのエネルギーは遮断し、そのかわり高次元、高周波に波長を合わせられるようになれば、日々の生活は、これまでとは次元の違う深遠さが目覚めてくることでしょうねぇ。

いずれにしても、こういう分野でお困りの方は参考にどうぞ。もちろん、金運アップに興味がある方も。


by hiroshimapop | 2018-03-05 07:55 | おススメBOOKS
「里」いう思想
私は、かつて日本人がどのように暮らしていたか、農村や漁村の普通の人々がどのように人生を送っていたかを書いた民俗学のような本が好きなんですが、この本は、群馬県の上野村に移住した哲学の先生が、その村の暮らしで何を思い、何を感じてきたかを書いたもの。

書かれているのは、以前の日本人の暮らし、ではなく、今の、もしくは、ごく最近まであった日本の暮らし。都心での暮らしには、水木しげるが描いたような、目に見えない世界と目にみえる世界との狭間はとっくに消え去ってしまい、みえる世界だけが全てになっています。でも、田舎にはまだそういう世界観が残っているんですねー。

たとえば、こんなことが書かれていました。

上野村の「里山文化祭」の準備は、かつての村の暮らしを丁寧に思い出していく作業からはじまった。そんなある日、村に数多く残されている馬頭観音のことが話題になった。馬頭観音は、馬を使って荷を運んでいた時代に、事故にあって馬が死んだ場所や、馬が集まる場所に馬の安全を祈って建てられた供養塔である。上野村にも、山の中をぬうようにつくられている昔の街道わきには、いくつもの馬頭観音がある。

そんな話がでたとき、メンバーの1人が、その馬頭観音の話は少し違うと話し始めた。(中略) 彼の話は次のようなものであった。

<山の中には、時空の裂け目とでもいうべきものがいくつもある。それは、この世とあの世を結んでいる裂け目でもあり、私たちの世界と魔界、あるいは原始の世界を結んでいる裂け目である。おの裂け目はだれかが命をささげなければ埋まることはない。人間たちが山で死ぬのは、きまってそういう所で、ところが人間にはこの裂け目が見えない。

自然界の動物たちはこの裂け目がみえるから、そんなところに落ちることはないし、なかにはかつてのオオカミのように、この裂け目を利用して、異なる時空を移動していた動物もいた。

そして、馬もまた、この時空の裂け目をみつけることがあった。ほうっておけば、いつかだれかが命を落とすだろう。そう考えた馬は、自らその裂け目に命を投げ出し、人間の身代わりになった。馬が「事故死」するのはそういうときで、そのことに気づいた村人が、その場所に馬頭観音を建てた>

こういう話はかつて私が子供の頃にも、人々が集まったところで、普通に出てきましたし、話題にもあがってました。人はそれを馬鹿馬鹿しいとも思わず、そういうこともあるかなーと聴き入っていた気がします。

祖母も山で狐に騙された話などを、何度か云ってました。

電気も車も無い時代、日本各地で、狐に騙された、タヌキに騙された、という話はよくあったそう。単なるおとぎ話や作り話ではなく、実際、日常的にそんなことはよくあったんだと思います。まだ田舎にいくと分かりますが、街頭もない田舎道や山道は本当に暗い。あの真っ暗闇の中なら、物の怪たちも出てきやすいでしょうし…

しかし、文明が進み、スピード重視、効率重視で人間優位の世界となると、見えない霊たちと当たり前にやっていた魂の交流が人間社会から消えてしまい、同時に、そのような世界観を受け入れていた素地が私たちの心からもなくなってしまい、タヌキや狐は山にいるただの動物となり、オオカミや馬も時空の裂け目に気づかない動物になってしまいました。

動物も人間も等しくこの地球に生き、自然を分かち合って生きている仲間だと感じられる世界のほうが、人間も生きやすくなると思うんですが、コンクリートとアスファルトの中でそれはなかなか思い出せず・・・。


まだ、こういうことを云っているお祖父ちゃん、お祖母ちゃんがいたら、ぜひその話、メモして残しておいて下さい。それはとても貴重な宝になるはずです。

神話とも民話とも違う、人々の暮らしの中にあった不思議な話をかつての日本人は脈々と受け継ぎながらDNAに刻みつけて生きてきたんじゃないかなぁ。



by hiroshimapop | 2017-07-26 17:03 | おススメBOOKS | Comments(0)
オリバーサックスの『見てしまう人びと』
この本は、幻覚、幻聴、幻臭など、そこにないはずのモノを見たり聞いたりしてしまう人について書かれた医学エッセイ。

人がどのような幻覚を見、聞いているのか、ここまでまとまって書かれている本はそうないので、興味がある方は是非。まったくもって荒唐無稽なモノが見えるので、SF小説家ですら、このような幻覚は想像できないのではないかと思えるほど、人がどのような幻覚、幻聴を体験しているか、非常に興味深いです。

中には幻覚というよりは、霊的な体験をしていたのでは(天使をみたり、天使の声を聞いていたり)と思える子供の体験もあり、もしも、周りの大人がそういった現象に理解があり「それは夢だよ」と慰めなければ、もしかしたら、本人にとって、素晴らしい宗教的な体験としてその子供の魂の成長を促したのでは?と思える残念な事例もありました。幻覚なのか、宗教的体験となるかは紙一重なのかもしれません。

ドストエフスキーは癇癪持ちで、その癇癪を起こす前に、恍惚発作と呼ぶような発作を起こしていたそうですが、ドストエフスキーの幻覚もまた神がかっていました。

あたりの空気がものすごい音で満たされ、私は動こうとしたが、天国が地上に降りてきて、私を飲み込むのを感じた。私は本当に神に触れた。神がこの私に顕れたのだ。「そうだ、神は存在する!」と叫んだが、ほかのことは何も覚えていない。私たち癇癪持ちが発作の前数秒間感じる幸福を、あなたがた健康な人々は誰も想像できまい。・・・この至福が続くのは数秒なのか、数時間なのか、あるいは数ヶ月なのか、私には分からないが、正直な話、人生がもたらすであろう喜びをすべて差し出されても、この至福と交換するつもりはない。
ちなみに、ジャンヌダルクも、ドストエフスキーと同じような恍惚前兆をともなう側頭葉癇癪をわずらっていたかもしれない、という研究者がいるようです。こんな恍惚を体験すれば、そのような病気を持たない私たちのほうが残念、という気にもなってきます。


・・・ところで、もう10年ほど前になりますが、個人的な体験として、ある女性の幻覚に悩まされたことがあります。

当時、その方は、私の親しい人の1人ではあったんですが、あるときから、彼女が異常な幻覚を、それも私に関する幻覚を見始め、本当に対処に困った時期がありました。

もうはっきりとは覚えてないですが、例えば、真夜中に私が彼女の家の2階の窓からのぞき込んでいたとか、宇宙人の男性を連れて彼女のサロンを覗いていた、とか・・・まあ、そんな感じです。

次から次へと新しい幻想話(本人はいたって本気)を聞かされ、ホトホト私も困ってしまったんですが、どうやら彼女が片思いしていた男性と私が何度かゴハンを食べたり話しをしたりしているのを嫉妬して、そのような幻覚を見始めたらしい・・ということが分かり、ご本人とも、まともに話ができる状態ではなくなってきたので、それ以来おつき合いはなくなったのですが、ちょうど年代的に、女性ホルモンのバランスが変わる時期でしたから、嫉妬の感情もあいまって幻覚を生じやすい状態に陥っていたのかもしれませんー。

神を感じる幻覚から、奇妙きてれつな幻覚まで。人間のカラダに秘められている不思議スイッチ、私も探して押したくなってしまいます。



by hiroshimapop | 2017-07-22 19:06 | おススメBOOKS | Comments(0)
人生を導く5つの目的
この本は、別の本を読んでいるとき『連続殺人犯に自宅に押し入られた女性が、この本のある章を犯人に読み聴かせたことで犯人が回心し、投降をした』と紹介されていたことで興味を持ち、読み始めたもの。

一言でいうとこの本は『キリスト教徒としての正しい生き方指南本』。

キリスト教系の本に時折みられる「クリスチャンかそうでない人か、同じ教会に属している人かそうでない人か」といった排除的な印象を受ける箇所があり、また、聖書の引用が、あれ?そうだっけ?我田引水すぎない? と思ってしまうところもあったのですが、それは置いておいても、ケイシーの説く『神を自分の人生の中心に置く生き方』のガイドブックとしての良書になりそうです。

私は、神社巡り好き。でもお盆の時期は仏教徒になり、個人的に馴染みがあるのはイエス・キリストという典型的なケイシー好きの日本人(笑)なので、この本の著者が想定している読者やクリスチャンとは遙かに離れていますが、私と同じ感じであれば、それなりに聖書にも馴染みがあるでしょうから、きっと途中は飛ばしながらも「ケイシーの説く霊的成長の副読本」として活用していただけるのではないでしょうか。


人生はあなたが中心ではありません。(中略)

自分がなぜ存在しているのか知りたければ、まず神から始めなければなりません。

あなたは神の目的に従って、神の目的のために生まれたのです。「人生の目的」というテーマは、何千年もわたって人々の悩みの種となってきました。その理由は多くの場合、私たちが間違った出発点、すなわち「私」から出発してしまうことによっています。私は何になりたいのか、私は何をなすべきか、私の目標は、私の願いは、私の夢は等々、質問の中心にはいつも「私」が居座っているのです。(中略) 

しかし、自分に焦点をあわせていても、人生の目的は決して見えてきません。(中略)

あなたが今、こうして存在しているのは、神がそう願われたからなのです。あなたは神によって神のために造られました。このことが理解できるまで、人生は決して意味を持ちません。神にあってのみ、私たちは自分の起源、アイデンティティー、存在意義、目的、重要性、行き先を見いだすことができるのです。(中略)

私はこれまでに、人生の目的を発見する方法を説いた本を何冊も読んできました。「自己啓発書」に分類されるこれらの本はみな、「私」中心の視点で書かれています。自己啓発書というのは、それがクリスチャンによって書かれたものであっても、どれも似たステップを紹介しているのが常です。たとえば、夢を掘り下げる、価値観を明確にする、目標を設定する、得意分野を見つける、大きな目標を持つ、とにかくやってみる、自己鍛錬をする、実現できると信じる、人の協力を仰ぐ、決してあきらめない、などです。(中略)

本書は、自己啓発を勧める本ではありません。(中略) どうしたら現在の過密スケジュールにもっと多くの活動を組み込めるのかを教えようというのでもありません。むしろ、どうしたら活動を減らすことができるかをお伝えしたいと思っています。それは最も重要な事柄に焦点を合わせることによって可能となるのです。神に意図しておられる自分になること、それが本書のテーマです。(中略)

神は、あなたの人生の出発点というだけでなく、あなたの人生の根源です。人生の目的を知るためには、この世の知恵ではなく、神のことばに耳を傾けなければなりません。大衆心理学や成功哲学や寓話ではなく、永遠の真理を人生の土台に据えなければならないのです。(第1章 すべては神から始まる)


by hiroshimapop | 2017-06-12 16:36 | おススメBOOKS | Comments(0)
マンガ『霊験修法曼荼羅』
修験道に関する本を注文したら、こんな本も・・・とAmazonに出てきて、思わずポチッとしてしまった1冊。でも、面白くて、あっという間に5巻読破。

しばらくは、私の友人やテンプルスタッフの間をこのマンガが行き来することでしょう・・・。

本の表紙にはこう書かれています。
『仏教界において秘儀・秘術を駆使し、特殊な事例を専門に請け負う一門がある。その一門に属する実在の僧侶、秋月慈童が明かす秘話を描く驚異と神秘のノンフィクションコミック!! 表には出てくることのないエピソードの数々と、人智をはるかに超える密教のパワーに驚愕すること、必至!』

こんな文章を目にすれば、読んでしまいたくなること必至!
脚色はされているかと思いますが、きっと描かれていることは事実なんだと思います。

私は視えたり聴こえたり・・・ということは全くないフツーの五感人間なんですが、周りに霊的な感覚が研ぎ澄まされている人が多いので、過去何度か体験したり見聞きしたことと重なる内容もあり、非常に興味深く読みました。

ここ数年特に感じていることですが、日本という国は、様々な神様、仏様のご神気に溢れ、そのご神気の厚い霧の中にいるような国。都会のアスファルトとコンクリートの中で日々をバタバタと暮らしていると、すっかりそんなことは感じなくなっちゃいますが、その空気感は薄くても、やはり其処ココに神社があり、どこもちゃんと掃き清められています。さらに、昨日ご紹介した蛇の倉七尾山のようなところは、それが霧ではなく深海となった中に浸っているような場所。

そんな日本で、神仏を忘れ、祈りも感謝も忘れ、我欲、物質的な欲求を満たすために邁進してしまっている私たち・・・。このマンガを読みながら、あらためて「日本ってこういう国なんだよなー。そんな日本に私たちは生きているんだよなー」と思ってました。

さて本の巻末に作者が描いてる裏エピソード。
第1話が聖天様のエピソードだったので、聖天様にお願いしたら・・・と描いてありますが、それはどこの神社仏閣でも同じことなので、その内容についてご紹介。

以下、僧侶、慈童さんのお話しです。
慈童さん
「ただ願いが叶ったら必ずお礼参りをして、願ほどきをして下さい」
「基本的に護摩木に書いた願い事が叶ったら、護摩木にお礼を書いて納めれば体にかかっている修法はとけます」
「お布施をつつんでご祈祷を頼んで願いが叶えば、そのお布施と同額以上のお布施を持ってお礼をし、願ほどきをすれば、聖天様はまず問題おきません」
「一番困るのは、大金をお布施につつんで強い祈祷を頼んで・・・。願いが叶っても、願ほどきにいらっしゃらない方。感謝ができればいいんですけど・・・」

作者
「ちなみに神社も同じです。お願いだけしてお礼参りをしないとおかしなことになります」

私もアチコチ神社巡りをしてますから、あー、これはまずいって思いました。
蛇の倉で修験の行をしている山口さんは、やはり神様を身近に感じられていることもあり、お礼参りはやはりちゃんとされています。

以前、忙しいスケジュールの合間をぬって東京から伊勢神宮日帰り参拝(しかも車で!)されたので、なんでそんな強行スケジュールを?と思ったら、知り合いの手術成功を祈ったので、その手術成功と健康回復のお礼に、その本人を連れて伊勢に行ってきたとのこと。

こういう1つ1つの願いとその後の御礼のループが、神様との関係をさらに深めているんでしょうね。

私が神社参拝しているときに願っていることは、参拝している神社の発展と神様のご活躍、そして日本が美しく善い国となりますように、ということ。そして、日本がより美しい国になるための仕事を私や会社にさせて下さい、ということ。

この願いが叶っているかどうかはおいといて、今度、神社にお参りに行ったら、神恩感謝てんこ盛りです!



by hiroshimapop | 2017-06-03 12:14 | おススメBOOKS | Comments(0)
書籍『遺伝子は変えられる』
私たちの遺伝子は、私たちの日常、食生活によって大きく影響を受けている。言い換えれば、どのような毎日を送るかで遺伝子は変わっていく、という本です。

遺伝子について分かりやすく書かれた興味深い本ではあるのですが、医学用語も多いので、ビタミンについて書かれていた部分をご紹介。特にビタミンE(αトコフェロール)についての記述は個人的にビックリでした。αトコフェロールはお馴染みの名前でしたので・・・。


129ページ
ツチブタからシマウマまで、ぼくら人間のいとこの哺乳類のほとんどは、ビタミンCを体内で作り出すことのできる遺伝子の作業用コピーを持っている。でも人間(と、驚くことにモルモットも)は、代謝に先天的な遺伝子のエラーがあるのだ。この突然変異が、他の哺乳類と同じことをできないようにしているため、人間は、ビタミンCを完全に食物から摂取しなければならないのである。(中略)

遺伝的に受け継いだものにおける差異の1部、例えば、ビタミンCの代謝に関連するもう1つの遺伝子、SLC23A2は、自然早産の3倍近いリスク増加と関連していることが判明しつつある。これは、赤ちゃんを体内に宿すために必要な引張強度を母体に与えるコラーゲン生成におけるビタミンCの役割と関連があるのではないかと示唆されており、こと栄養に関しては遺伝によって受け継いだものの影響を真剣に考慮すべきであるという事実を、ここでも浮き彫りにしている。(中略)

自分にはどれだけの柑橘系の摂取が適切なのか。自分にとって正しい食習慣とは何なのか?自分はどんな食物を避けるべきなのか。これらの質問の答えはひとりひとり異なるものになる。なぜなら、親から受け継いだ遺伝子が異なっているだけでなく、もっと重要なことに、あなたが何を食べるかによって、遺伝子のふるまいが完全に変わってしまう場合があるからだ。

ビタミンCサプリは、オレンジの代わりになる?(167ページ)
・・・(中略) なんと言っても、あの商品(ビタミンC製品)を販売しているメーカーは、ビタミンCのラベルにオレンジや他の柑橘類の果実の画像を使うことがよくある。まるで、フロリダのオレンジ畑で今朝目を覚ました同社の従業員が、丸々としてジューシーなオレンジを樹からもぎとって振ったら、何かの魔法が働いてオレンジが縮み、食べられるテディベアの型になりましたとさ、とでもいうように。

しかし、ほんとうのところは、今朝あなたや子供たちが摂ったかもしれないビタミンは、処方薬に非常によく似た製造過程を経て作られたものだ。(中略)

しかし、これは食品に含まれるビタミンを摂取することとは違う。なぜなら、オレンジを食べるとき、ぼくらは、ビタミンCだけでできた果実を食べているわけではないからだ。オレンジには、繊維、糖分、カルシウム、コリン、チアミン、そしてたった1種類のビタミンに限定されない何千という植物性化学物質が含まれている。(中略) 

サプリメントに欠けているのは、すべての栄養素からなる交響曲だ。本物のオレンジに含まれている他の植物性化学物質をすべて含めたもの。そうした化学物質の作用はまだ完全には理解されていない。

195ページより
ビタミンEはさまざまな食品に含まれている。葉物野菜もそのひとつだ。そして、そうビタミンEは、酸化という科学的な襲撃から細胞膜を守るものとして知られている。(中略) 

だが、ビタミンEの作用は、それだけにとどまらない。ある種の遺伝子の発現を大幅に変えてしまうことがわかっている。そうした遺伝子は、命を支えるために毎日何百万回も生じている細胞分裂にかかわるものも含まれているのだ。サプリメントに含まれているビタミンEはどこから来ているかご存じだろうか? 

実はそれは、今日市販されているほかの多くのサプリメントと同じように、化学工場で人工的に作られる。ビタミンEには立体異性体として8つの型がある。そのうちサプリメントによく含まれる型はαトコフェロールだ。

天然の植物に含まれるビタミンEの型はひとつしかなく、それはガンマトコフェロールと呼ばれる。実は何十年も前から、αトコフェロールの大量摂取はガンマトコフェロールのレベルを引き下げてしまうことが知られてきた。言い換えれば、カプセルに入った人工的なビタミンEは、もうひとつの天然ビタミンEの型の作用を弱めてしまうのだ。

ついでに、化学合成されていないビタミンサプリ、テンプルにはありますよ。

ピュアシナジーでお馴染みのシナジー製品がそれです。世の中に出回っているサプリは自然由来、植物由来と書いてあるかもしれませんが、それはトウモロコシなどを化学的に分解させ作られたものの可能性が高いです・・・。

ベリーベリープレミアム(カプセル)
カムカム、アセロラ、ビルベリー、ザクロなどビタミンC豊富な果実や果皮が17種類、そのままパウダーになってブレンドされているサプリ。しかも17のうち、16種類はQAI認定のオーガニック原材料、1種類は野生種となっています。天然のビタミンCだけではなく、アントシアニン、エラグ酸、キナ酸など、健康や美容に有用な植物栄養素が豊富に含まれています。

ヴァイタシナジー(女性用)
ヴァイタシナジーは自然界にある植物を発酵させ、そのままギュッとタブレットにしたサプリです。推奨されている1日4粒のタブレットを飲むと、1日に必要なビタミンEの約4倍を摂ることができます。




by hiroshimapop | 2017-05-30 18:21 | おススメBOOKS | Comments(0)
うわさの人物(神霊と生きる人々)
ひさびさに加門七海さんの本を読みました。加門さんの本は、このブログを覗きに来られる方には、どの本を手にとられても、きっと面白いと思います。

今回手に取ったのは『うわさの人物』。神霊の世界でプロとして生きている9名の方にインタビューした文庫です。

9名のインタビュー、どれも興味深いものでしたが、某有名神社で神職をされている三木さん(仮名)のお話しが、私にはなんとも凄みがありました。ご本人にはリアルで現実感のあるエピソードのようで、サラリとお話しされているんですが、私には想像もできないビックリ話に、「え?!」って2度読み、3度読みしてしまった箇所が数か所。

お父さんがさらにすごい方だったようですが、普通に生きていたら全然遭遇しないような霊的な出来事が、日本のどこかで、今も起こっているんですねー。

…凄みがある部分は、私がフォローできないので、最近、体験したことを絡めて、下記の部分を書き出してみました。
260ページ
加門:すごく由緒のあるお社でも、人がまったくお参りしなくなってしまったら、どうなるんですか?

三木:御成敗式目の中に「神は人の敬によってその威を増し、人は神の徳によってその運を添ふ」という言葉があります。神様は拝めば拝むほど光り輝くし、その光り輝いた力によってさまざまな良き事を拝む人たちに与える、と。だから、逆にいいお社でも参拝者が行かなくなったら、その光はなくなってしまう。

加門:もぬけの殻になっちゃうんですか。

三木:いや、本物だったら、そうはならないでしょう。

加門:本物と贋物との差というのは?

三木:贋物は、祀っていても拝まないでいると、家へ帰っちゃうんです。

加門:稲荷だったら、本家の伏見とかに戻ってしまうということですか?

三木:ええ。御札はあっても中に御霊がない。僕はわかりませんが、親父がよくそんな話をしています。本物の神様だと、社がなくなって更地になってもいるんだそうです。

最近、あるお宅に友人といく機会がありました。一緒にいった友人は、いわゆる「視える」人。

私は全く視えず聞こえずの人間なので、そういう人と一緒にいると、この地球(あるいは宇宙)は、人の目に見える世界と重なるように、見えない世界が存在しており、おそらくは、その見えない世界も、幾重にも層となって(いくつもの次元で)存在しているんだなーと思うことが多いんですが、その訪ねていったお宅の神棚、いくつもの神社の御札が納められていたんですが、友人が驚くには「神様が、全然いない。御札がこれだけ並んでいるのに一体もいらっしゃらない」。

聞くと、ちゃんとお祀りされていれば、家におかれた神棚には神様の御霊がちゃんといらっしゃるんだそうです。神棚がなくても、ご先祖様の霊がいたり、ご先祖様の霊がいなくても、何かの霊が、どの家にも必ずいる。だから、何の霊もいない家というのは普通ないんだそうです。でも、その方の家には、なんの霊的気配もなかったそうで、それにビックリしておりました。

・・・ということは、目には見えなくても、どのお宅にも、もれなくどなたかが一緒に住んでいるっていうことになります・・・!(驚)

友人と訪ねていったそのお宅の神様、きっと、いったんは御札で神棚に納められたんでしょうが、そのうち、元に帰ってしまってしまわれたんですね。そのお宅の場合、ご家庭の事情が複雑なので、あとでうかがって「そうなのかー」と納得した理由があったのですが、私たちの家の神棚、アチコチの神社に行って御札を求めても、ちゃんと神棚の廻りをキレイにして、御札のお世話をしてないと、元の神社に帰られてしまっていることがあるかもしれませんー。

これまでうかがったお宅でも、ものすごーく掃除がされてないお部屋の神棚とか、キッチンの換気扇の近くにあってオイルでベタベタしてた御札とか、モノがグチャグチャに溢れかえっている棚に置いてあった御札とか、いろいろありました。

神社からいただいてきた御札にはちゃんと御霊がいらっしゃることを念頭にして、お世話しないとですねー。

実は、数年前まで私は神社に行って、神楽をあげるのが唯一の贅沢だったんですが、あとでいただく立派な御札のお世話がちゃんと出来ないことに気づき、今は、その贅沢は封印中。

神社に行くと、社務所で御札は簡単に授けていただけますが、その後、ちゃんと毎日お世話ができるかどうか、実はとっても覚悟がいります。イヌや猫を飼うときも一生面倒を見る覚悟で飼い始めますが、そんな感じ。

その代わり、毎日祝詞をあげるなり、定期的に榊やお供えを変えるなりしていたら、三木さんが話されているように『神様は拝めば拝むほど光り輝くし、その光り輝いた力によってさまざまな良き事を拝む人たちに与える』ことになるんでしょうね。

神様や神社とのつきあい方については、和田裕美さんが書かれた2冊が参考になりますよー。ずいぶん前に書かれた本ですが、こちらもオススメ。





by hiroshimapop | 2017-04-14 19:48 | おススメBOOKS | Comments(0)
Life in the Desert 砂漠に棲む
アラブの砂漠に生きる猫やイヌやガゼルやラクダや時々ゴハンだけ食べにくるたわし君たちが日替わりで登場するはなももさんのツイッターは私の心のオアシス。
少なく数えても、おそらく1日5回はアクセスしてるはず・・・。

200匹もの動物たちとアラブで暮らすはなももさんと、共に暮らす動物たちの生活が写真集になりましたー! 

こんな本です。
季節により、あるいは時間帯によってもさまざまに表情を変える「砂漠」の幻想的な美しさと、アラブ首長国連邦(UAE)の砂漠に暮らす日本人女性の暮らしを美しい写真で伝えるエキゾティックなネイチャーライフ写真集。
著者は「はなもも」の名前でTwitter やブログに多くのフォロワーを持つ美奈子アルケトビさん。
砂漠の雄大さや美しさ、また200匹の動物たちとのあったかライフを余すところなく伝えます。

はなももさんのツイッター、なんせ、猫だけで、今60匹くらいいるそうなので、飽きることがありませぬ。

名前を呼ばれたびに、何故かドテって転がってしまうばーちゃんとか、猫づきあいが下手でいつも1人遊びしている、時々我が身を見ているような気になるちょびさんとか、瀕死の時からずっとその成長を見守ってきたので、遠くにいても自分家の猫のように思えてしまうシャーロットさんとか、頻繁に登場する猫、ときどき登場する猫と様々ですが、それぞれの猫に個性があり「猫」って1つにくくれない面白さです。

猫だけでもワクワクなのに、それにガゼルやラクダや、もう死んじゃったけど気の強さで動物たちに君臨していた鳩のグズブなど、ななももさんご夫妻と暮らす動物たちの命の輝きがこの写真集には溢れております。

ガゼルの凛とした美しさなんて神を感じますよ。そしてなにより、砂漠がこんなに美しいなんて!


  ガゼルがこんなふうに抱かせてくれるのは、生後1日だけなんだとか・・・!
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先週届いたこの写真集、いまはテンプルスタッフの間を廻っています。このブログ書くのに、少しの間、拝借してましたが、やはり、どのページもいいですわぁ。



by hiroshimapop | 2017-04-12 12:43 | おススメBOOKS | Comments(0)