カテゴリ:世界は不思議に満ちている( 85 )



出逢う人には必ず出逢う。 一瞬早くもなく、 一瞬遅くもなく


気がつけば福岡での風水講座から早1週間。直後に行った長崎ハウステンボスでの夜から、ベッドに入るのは真夜中の3時すぎという日々が続き、ようやく今日、長崎の出来事を振り返っています。

長崎の超能力パーラー『あんでるせん』の貸し切りを決めたのは約3ヶ月ほど前。前回一緒に行った友人や、天下泰平ブログを書かれている泰平さんとも、もう1回行きたいね~、次回は貸し切りにしてディープな時間を過ごしたいですね~と話してはいたものの、話半分本気半分って感じでいたところ。マークの福岡講座のスケジュールを見てみれば、翌日の月曜日は祝日で世の中は3連休中。そして博多から長崎までは特急で2時間。私の廻りは自由人が多いものの、さすがに平日は仕事で長崎までは行けないって人が多いし、時間がある人は長崎の前に九州旅行もできそう。これはよい日取り。

念のため、数名に1月13日のスケジュールを聞いてみればまだ空いているとの返事あり。1点、13日は終日ムーンボイドだったのが気にはなりましたが、考えても仕方がないので『あんでるせん』の予約ができる2ヶ月前を待って電話で予約。運良く13日はまだ誰からも予約が入っておらず貸切可能ということで、無事『1月13日長崎あんでるせんツアー』が動き始めたのでした!

さて、限りある33席、どなたをお誘いするか・・・。

すでに20回以上あんでるせんに行っている津の赤塚高仁さんに言わせると、いつ誰とあんでるせんに行くかはすでに決まってるらしい(こちらのブログ参照)。ならば頭で考えず流れにまかせようっということで、まずは数名に声をかけ、その人がまた自分の友達を誘い・・・という感じで、増えたり減ったり、誰かがメンバーに入ったりキャンセルになったりを繰り返し33名が決定。最終的に当日風邪でこれなかった一人を除いて32名が長崎あんでるせんに集まったのでした。

しかしメンバーは濃かったですよ~。

前日の1月12日、長崎空港ではなく、なぜか福岡空港に降り、博多の風水講座会場に集まったのは、三枝龍生先生とマネージャーでもある加奈さん。サンプラザ中野くんと、私と中野くんが通っている歯科医の安藤先生、『断捨離』を日常用語にしてしまったやましたひでこさん。博多で夕食を食べながら始まったお喋りは止まることを知らず、そのまま特急電車の中でも白熱し、2時間という時間をワープして、気がついたらハウステンボスに着いてました。

ハウステンボス前泊組で飲み会から集合したのは、テンプルでも取り扱っている草木染の布ナプキンを製造されてるアルデバランの中村ご夫妻、映画アンフェアが大ヒットした佐藤嗣麻子監督、天下泰平ブログの滝沢泰平さんと船井メディアでセミナーの企画を長年担当されていた高島敏子さん、マッサージセラピストの寿梨さん、長崎にホテルを取っていたのにハウステンボスに来たほうが楽しいよ~と無理矢理ハウステンボス組にしてしまった赤塚高仁さん。

加奈さんに言わせると、普段の三枝龍生先生はとってもシャイ。人が大勢集まる飲み会や旅行はほとんど参加しないんだそうです。その龍生先生が参加しているところからまずオカシイと言われてしまいましたが、さらに日本中を飛び回ってスケジュールが合ったこと自体が奇跡のやましたひでこさん、そしていつもあんでるせんには人を連れていく役回りで、21回目にして、初めて人に誘われて来たという赤塚高仁さん等々、この日じゃなければ集まれなかった人たちが全国から集まったというのは、これも『あんでるせんマジック』なのかもしれませんね。

『長崎あんでるせん』に行ってないのに安藤先生が「もうこの出会いだけで十分満足、今回のツアー参加してほんとによかった」といわれるほどの濃い数時間はとてもブログに書くことはできませんが、人と人が出逢ったときの熱と人生が変わり始める予兆のようなものを間近で体験させてもらいました。

あの夜集まった人たち、あとで振り返ったら、きっとビフォー長崎、アフター長崎って言えるほど何かが変わり、何かが始まったはず。それが形になって世の中に出てくるのはもうちょっと先かもしれませんが。

『出逢う人には必ず出逢う。 一瞬早くもなく、 一瞬遅くもなく』。

人と人との意味ある出逢いが積み重なった日が1月12日、博多とハウステンボスだった気がします。

                  大人の修学旅行はじまり、はじまり
c0125114_18244175.jpg

c0125114_18265160.jpg

              酔っ払う前に1枚!(写真撮影:やましたひでこさん)
c0125114_18151944.jpg

c0125114_1813567.jpg

c0125114_18225292.jpg


                     龍生先生ともすっかり仲良し!
c0125114_17524093.jpg



『四次元パーラーあんでるせん』については、もう一緒に行ったメンバーがブログに書かれているので、そちらをどうぞ。北海道から九州までなぜかこの日に集まることになった32名と、ともに過ごした5時間半。感想それぞれ体験それぞれ。でも共通しているのは素晴らしい時間だったってこと。

私は次回は、昼夜通しで貸切にしようかなぁ~!

天下泰平ブログ『人生のショー“あんでるせん”
赤塚高仁さん『あんでるせん物語
やましたひでこさん『四次元パーラーとは何ぞや!? ~続続&続、大人たちの修学旅行にて
by hiroshimapop | 2014-01-19 11:07 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)

ヨーグルトだって気づいている


知り合いに勧められて、ドキュメンタリー映画『I AM/アイ・アム~世界を変える力~』を見た。監督は、ジム・キャリー主演の映画が世界的に大ヒットしたトム・シャドヤック監督。

映画紹介文にはこう書いてある
事故に遭遇して体の一部が麻痺してしまった映画監督のトム・シャドヤック。時間をかけてリハビリをし復帰するが、その経験がシャドヤックに人生に対するまったく異なる価値観をもたらした。家を売却し、モービルハウスに住むようになったシャドヤックは科学・哲学・信仰の分野における優れた人々と議論を交わしていく。生物学者で環境活動家のデヴィッド・スズキ氏、生理心理学やストレスについての研究を行っているハートマス財団の研究主任ロリン・マクラティ氏、1984年にノーベル平和賞を受賞した南アフリカのデスモンド・ツツ元大主教など、各分野の影響力のある人物たちと"戦争や貧困、環境問題などの根底にある現代社会の矛盾を掘り下げながら世の中や人間の真理に迫るドキュメンタリー"。

【キャスト】
トム・シャドヤック/デヴィッド・スズキ(環境活動家)/ロリン・マクラティ(ハートマス財団の研究主任)/デスモンド・ツツ(南アフリカ元大主教)


シャドヤック監督は、事故の後遺症により、しばらく世間から身を引いていた後、4人のカメラクルーとともに、科学、哲学、信仰の分野における世界的権威の人たちにこう質問して歩く。「世界の何が悪いのか?」「自分に何ができるのか?」

インタビュー内容に、監督がこれまで撮影した映画のシーンや様々な映像が織り交ぜられ、なかなか見ごたえのあるインタビュー&ドキュメンタリー映画になっていた。

インタビューの内容そのものは、おそらくケイシーや自己啓発、精神世界系の本を読んでいる人にとっては、それほど目新しいものではないでしょうが、私自身が興味を持ち、記憶に残ったシーンが2つ。


1つがシャドヤック監督のお父さんの話。1つがヨーグルトの実験のシーン。

シャドヤック監督のお父さんは、無料で子どものガンの治療をしているクリニックの役員をしていたという人。そのクリニックでは、国や人種、地位など一切の差別なく患者を受け入れ、無料で治療を行っている。西洋医学によるガン治療には多額な費用がかかる。それを全額無料というのはなんという発想の大きさ。そんな、ただひたすらに善意によって成り立っているクリニックが存在する、というのもアメリカならではないかと感動し、さらにお父さんの話も素晴らしかった。

お父さんが話されたのはこんな内容。
「日曜日に教会に行くと、教会は愛で溢れていて涙が出てくるほどだ。その教会にいる1時間半の間は、隣にどんな人種の人が座ろうが愛でいっぱいでお互いを祝福しあう。ところが教会を一歩出ると、そんな景色はどこにもない。そして次の日曜日までその気持ちは忘れてしまう・・・。それはとても残念なことだ」

週にたった1時間半でも人々への愛に溢れ、神を思う時間を持っている人は幸いなり!と私は思ったのですが、こんなお父さんに育てられたシャドヤック監督も、なんと幸せなことか・・・。


もう1つは、ヨーグルトの実験のシーン。

ヨーグルトに電極を挿し、コードを計測器に繋ぐ。ただそれだけ。ところが、シャドヤック監督がストレスを感じることを思うと、監督の感情がヨーグルトのバクテリアに影響し、計器の針がグーンと動くのだ。普通に会話しているときには動かない針が、不快な発言をしたときにだけ数字を振り切ってしまうほど動く。

なぜ・・・?

実のところ、被験者のストレスが目の前に置いたヨーグルトのバクテリアに影響を与える理由はまだはっきりと分からないらしい。ある種のエネルギー場が形成され、そのエネルギー場に他の生き物が同調するのではないかということらしいのだが、私が思うに、ここで大事なことは、離れたところに置かれたヨーグルト菌にさえ、自分の内なる感情やストレスが伝わってしまうのなら、ヨーグルト菌よりはるかに高等で進化した人間に伝わらないはずがないではないかということ。


一時的なストレスならまだしも、慢性的に不機嫌な人、いますよねぇ。不機嫌は、本人だけが不幸なだけならまだしも、廻りのあらゆる人、食べ物や植物、動物にさえマイナスの影響を与えている。それは前々から感じていたことなんですが、このヨーグルトの実験ではっきりして私はスッキリ。そんな人のそばにいたなら、計器の針はずっと振り切りっぱなしです。

ということは、反対に、幸福感や機嫌のよさも、同じく影響を与えている、ということでもあるんで、どうせ計器の針が振り切れるなら、廻りの人の計器が幸せなほうに振り切ってもらえる人間でありたいものです・・・・。


シャドヤック監督は、ハリウッドの大成功の証である大邸宅に住み、プライベートジェットを所有し・・・という生活を続けていたものの、このドキュメンタリーを契機に、それらを売却し「成功者とはみなされない生き方」にシフト。人としての本当の成功とは何か、シャドヤック監督にはつかめたのかも。

レンタルで借りたので、ざっくりとしか見てませんが、時間をおいて、また見たいと思います。

I AM/アイ・アム~世界を変える力~
c0125114_0144492.jpg

by hiroshimapop | 2013-07-21 23:49 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

伯家神道の祝之(はふり)神事を授かった僕がなぜ


知り合いから保江邦夫先生の新刊が面白い!とメールが来ていたので、さっそく読み始めています。タイトルがなんとも意味深。『伯家神道の祝之(はふり)神事を授かった僕がなぜ~ハトホルの秘儀 in ギザの大ピラミッド』。 あー長い!

どんなことが書いているか、Amazonの解説をそのままコピペすると

祝之神事(はふりのしんじ)とは皇太子が即位する際、「現人神(あらひとがみ)」となるために受けられる儀式のこと。明治天皇以降この秘儀は途絶えてしまったとされていました。皇室で継承できなくなっても、時代精神が求める人物が継承することにより、この秘儀が失われることはありません。現代の「時代精神が求める人物」こそ、著者保江邦夫氏だったのです!

<秘儀を授かりピラミッドへと向かう>
◎伯家神道の祝之神事は、六千年前の古代エジプトでピラミッドの中で行われていた秘儀そのものだった
◎明治天皇以降「現人神」となるためのこの秘儀は途絶えている
◎皇室にこの秘儀をお伝えできなくなった時は、時代精神が求める人物によって継承される
◎伯家神道の巫女様よりついに祝之神事を授かる
◎伯家神道の巫女様の後押しも受けて、ギザのピラミッドの王の間で祝之神事を執り行うことを決意する
◎天皇家の祭祀秘儀に導かれて、ピラミッドの王の間で行ったハトホルの秘儀とは?
◎それはあのイエス・キリストを覚醒させた<マリア=女性性>との魂の融合そのものだった!

◎UFOを呼ぶ青年グレゴリー・サリバン君を紹介される
◎丹波の白龍神社で出会った高杉博美さんは、ロシアのサンクトペテルブルクのUFO研究所で働いていた
◎UFOは二機あり、二号機のみが人間の魂とつながって正常に動く
◎UFOを操縦するには「愛魂(あいき)」がないとだめで、地球人ではわずかな時間しか稼働させられない
◎UFOは部品にも魂があり、それを組み立てるために「アナスタシア」と呼ばれる村の人々の手を借りた
◎伯家神道の巫女様から僕は宇宙由来の魂だと告げられる
◎僕はアンドロメダから来た魂で、シリウスでは宇宙センターの司令官アシュターだった!?
◎僕の使命は、地球に転生してきたその理由をすっかり忘れて地球転生のループ(魂の監獄)にはまり込んだ仲間たちを覚醒させること
◎そのために第二の宇宙センターをこの日本に作ること!


岡山のノートルダム清心女子大学で教鞭をとっている現役の物理学者が堂々とこんなことを書ける時代が来たのか~と感慨深いものがありましたが、宇宙人、UFO、天皇家、エジプトetc...と、話はあらぬ方向へ飛ぶ飛ぶ・・・。ダライ・ラマ法王も『アナスタシア』も、白山神社の巫女さんも青山圭秀さんも登場。

私は、地球人は宇宙人が遺伝子操作して作ったとか、プレアデスかく語りきとか、宇宙系の話がチト苦手で、神様と人間の間に宇宙人が出てくると、そこで思考が止まってしまうのですが、ともかくも、保江邦夫先生は、あるとき伯家神道の秘儀参入の修行を60年以上されてきた巫女からこう告げられるわけです・・・。

「あなたはシリウスの周りを回るUFO母艦の司令官でした」

保江先生、宇宙ではどんな役割を担っていたかの説明をその巫女から受けるわけですが、本にはこう書かれていました。
*宇宙の中の高度に発達した様々な魂は、一度は地球という特異な環境に転生することでさらなる飛躍を遂げることができる

*ただし、地球に転生したならば「唯物論」や「自我意識」に捕らわれてしまうため、魂の存在自体をも否定して物質世界の中に意識的に留まろうとして地球上で幾度となく転生を繰り返すようになってしまう

*そうなっては魂の発展が望めないので、宇宙連合は地球が属する銀河系に隣接するアンドロメダ銀河から地球に近いシリウス星系に派遣した何隻かの巨大UFO母艦を「宇宙センター」と名付け、そこで地球環境に転生する前の魂を物質や自我意識に惑わされないように訓練することにした

*ところが、せっかく宇宙センターで訓練したはずの魂であっても、その多くは結局この地球に転生したとたんにすべての真実を忘れてしまい自我意識による唯物論的な発想に捕らわれる。そうして、地球環境は魂にとっては永久に抜け出すことのできないブラックホールのような存在となってしまった。(以下略)

*この地獄に落ち込んでしまう魂が際限なく不得手いったため、あるときシリウスの宇宙センター司令官だった僕は優秀な訓練教官の中から何人かを選りすぐって地球に送り込む。人間となって、地球上で何度も転生を繰り返している亡者のような魂を救い、地球あkら無事に帰還させることが目的だった

*ところが選りすぐった魂だったにもかかわらず、いったん地球に人間として転生してしまったが最後、やはりその唯物間と自我意識の虜になってしまい、まさに「ミイラ盗りがミイラになる」結果となった

*これでは地獄に落ち込んだ膨大な数の魂を救い出すどころか、逆に落ち込む必要がなかった魂までをも地球上でさまよわせることになると考え、僕は最も信頼できる副官をまずは教官救助のために地球へと転生させた

*それほどの高次の魂であっても地球環境への転生には危険が伴うのか、先に送り込んだ教官達と同様に人間としての地球転生のループに入り込んでしまった。

*予期せぬ非常事態を打開するために何か手を打たねばと考えた結果、僕自身、つまりシリウスの宇宙センター司令官が人間として地球に転生する。自分なら他の教官達や副官のような失敗を重ねることはないと自負してのことだったが、そんあ自負心こそが自我意識を生み出してしまうことに気づけなかった僕は、案の定地球環境での転生を繰り返してしまう


うーん、保江先生がシリウスの司令官。そして東大教授の矢作直樹先生が副司令官。ホンマかいなと、かなり荒唐無稽なストーリーではありますが、実はこれによく似たリーディングをケイシーは遺しております。もちろん、そこにはシリウスもアンドロメダも出てきませんが・・・。


眠れる予言者エドガー・ケイシー』の文章をコンパクトにまとめると、人類創世はこんなストーリーになります。ケイシーは地球に飛来した魂について、こう述べています。(278ページあたりから)

人間の魂は、過去一斉に創造され、起源としてはすべての魂が同一。長い長い間、魂として宇宙の霊的次元で過ごしていたものの、物理的な宇宙空間で生命が展開しはじめたあたりから、魂たちは様々な銀河や恒星に惹かれるようになった。特にこの太陽系に強い興味をもった一群もいて、その魂たちが、この太陽系の周囲の霊的次元に降り立ち始めた。

その中でも、特に、地球で進行していた生命の進化に見せられた好奇心旺盛な一部の魂が、ついに、今から1000万年前に地球の物理次元に降下しはじめた。最初に地球に飛来した魂の数は1億3000万。ちょうど今の日本の人口と一緒くらいの数の魂が降り立ったわけです。

その魂たちは、地球の鉱物や海など無生物の中に紛れ込み、その状態を楽しんでいたものの、そのうち、植物やハ虫類などの生物に意識を重ね始め、その存在状態を楽しむようになった。このときにはまだ自分が霊的存在である、ということを忘れておらず、地球の生物の進化を意識体として体験していた。

ところが、そのうち地球に動物が登場し、魂たちは、特に動物の生殖行為に興味をもちはじめ、動物たちの肉体に一時的に憑依し、彼らの生殖行為を間接的に味わうようになった。しかし、時が経つにつれ、間接的な感覚ではなく、直接の生殖行為を楽しむことを望み始め、自らの想念を使って自らが望む容姿の動物を実体化させ、そこに自分の魂を投入するようになってしまった。それも利己的な願望から創造した動物は、鳥の翼と馬のような足を持つ・・・といった複合的な身体を持つ動物を生みだしていき、その肉体に自分の魂を潜り込ませていった・・・(世界各地に神話で残っているような人魚や一角獣といった動物は実際にいたとケイシーは言っています)。

そのうち、自らが作った動物の肉体に入り込んだ魂たちは、その肉体から抜け出すことができなくなり、魂の自由がきかなくなってしまっただけではなく、自分の本質は魂であることすら忘れ、肉体の中で昏睡状態に陥ってしまった。

動物の肉体の中で昏睡状態の魂が地上に増えてしまったため、霊的次元では、そういった魂を救うために、ある一群の魂が地上に降下してきた。この救済に入った魂たちを指導し、かつ先陣をきって降りてきたのがアミリウス(イエス・キリスト)であり、その後、世界の霊的指導者となったものもこのメンバーの中に含まれていた・・・。

地上の動物たちの肉体に絡まってしまった魂たちを救済し、その受け皿となる肉体をつくるために、アミリウスをはじめとした救済メンバーは、当時地球に登場し、進化しつつあった猿人を選び、その進化を加速させるために内分泌腺に働きかけ「人間」の器を作りはじめた・・・。

とまぁ、これからまた壮大なドラマが始まるのですが、この続きは『眠れる予言者エドガー・ケイシー』の本を読んでいただくとして、全体のストーリーがよく似ていると思いませんか・・・?

もしかしたら、同じようなストーリーは世界各地の神話で残っているのかもしれませんが、シリウスとか宇宙船の司令官というのは横に置いておいても、最初に地球に飛来したあと肉に捕らわれてしまった魂たちを、宇宙次元にいた魂たちが救済に来るというのが「うーん、似ている」のであります。


私は、イエス・キリストも仏陀も、おそらく際だって眉目秀麗な人だっただろうと信じているので、その観点からいうと、え?保江先生?とは思いますが、まぁ、これは私個人の好みでもありますし・・・。

お読みになるときには、半分、トンデモ本だと思って、読んでみてください。



追伸:今日、ちょこちょこと続きを読んでいたら、最後にきてビックリ。

「エドガー・ケイシーの研究に人生を捧げ、東京に研究センターを立ち上げた」という男性の話が登場。これって兄のこと? しかし、その男性と兄のプロフィールは似ているようで全然違う、さらにケイシーが述べたというイエスの過去世とエジプトの話も、リーディングと似ているようでやはり違う(私の記憶が正しければ)。

保江先生の記憶の中では、新しいストーリーが出来上がってしまったんでしょうかね。

・・・この本に書かれていることも、保江先生を通して描かれているものであることを念頭において読んだほうが良さそうですよ・・・。
by hiroshimapop | 2013-06-23 08:00 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)

知り合ってみれば、すでに知り合い


12月から稽古に行き始めた合気道。
インターネットで検索して見つけたのはお隣の駅から数分のところ。平日、会社帰りに行ける、生徒さんは可愛い中・高の男の子と女性あわせて6~8人という少人数。そのアットホームさがよくて行き始めました。

ただ、貸しビルの一室にマットを敷いて行うお稽古のため、終わったらマットの撤収と机と椅子並べで慌ただしい・・・。

片付け後、着替えたりしていたら、あっという間に夜の9時半をまわってしまうので、これまで他の方々とゆっくりお話することもありませんでした。が、昨日、お稽古中にお隣になった黒袴姿のベテラン女性さん、胴着に刺繍してある私の名前をマジマジみて「光田さんて、あの光田さんのご親戚かなにか?」

光田という名字、あまりありませんが、悪名高き光田さんもミュージシャンの光田さんもいらっしゃるので「あの光田さんの『あの』って何ですか?」ってうかがったら、返ってきたお返事は「エドガー・ケイシーの・・・。ケイシージャパンをされているんですよね」と。

「え~?ケイシーご存じなんですか?ケイシーの本を書いている光田なら兄です」と、それからお隣同士でしばしケイシー談議。私も驚きましたが、Mさんもビックリ。

当然、夕べの稽古後は、ケイシー談議が続きました。

そしたら、繋がりは、それだけではありませんでした・・・。


彼女Mさん、ケイシーの本はすでに何冊か読了済み。4年ほど前に『神の探求』を購入。でもあまりの難解さに、そのままにしていたんだけど、なんだかふと昨年12月に読みたくなって、本棚から『神の探求』を引っ張り出して再チャレンジしたばかりだったとか。

神の探求とはハードルの高い本をセレクトされてる!難解。そりゃそうです。神の探求は読み物ではなく、霊的成長のための教科書、テキストブックですから。


以下、こんな会話が続きます・・・。

Mさん「英語だけど、ケイシージャパンのfacebook見つけたから『いいね』も押したのよ」
み「英語のだったら、それ、私が書いてます」(*ケイシージャパンではありません)

Mさん「その英語のfacebookに、去年の秋に知り合った菊谷さんの『聖母マリアからのメッセージ』の本が紹介されていて・・・」
み「え~、菊谷さんとお知り合いなんですか? 菊谷さんとは夕べ、聖母マリアのお祈りの会を自宅でやったばかりです。合気道のお稽古の前にも電話しました」

Mさん「菊谷さんとは、去年の秋、ドッグカフェであった獣医さんとの飲み会で知り合って・・・」
み「もしかして森井先生も参加された飲み会のことですか?」
M「そうそう!」

あとから菊谷さんにお聞きしたら、単に飲み会で同席になったというだけではなく、終電電車に乗り遅れた菊谷さんをご自宅までご夫婦で車でお送りして、その間に個人的にゆっくりお話を聞いたり、メールのやりとりをしている仲なんだそうです。

ということで、1時間前まで、単なる合気道の先輩だった人なのに、菊谷さん、森井先生という共通の知り合いがいることが判明。

このあたりにもインターネットで探せば合気道の道場は実はアチコチにあります。その中で、一番通いやすそうなところを選んだだけのに、ピンポイントでケイシー好きの方がいる道場へと導かれていたなんて。

人のご縁や繋がりは本当に不思議です。
by hiroshimapop | 2013-01-29 16:25 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

フィンドホーン:25年前の冒険旅行


昨夜、寺山心一翁先生にお誘いいただき、フィンドホーン創立50周年を祝う集いに行ってきました。

ということは、フィンドホーンはちょうど私と同い年。
私が彼の地を訪ねたのは1988年6月初め(誕生日前)でしたから、25才のときだったんですね。

あらためて思い返してみると、フィンドホーンへの旅ははじめての冒険旅行でした。
なんせ、フィンドホーンがどこにあるのか、住所も電話番号も知らないまま、その場所を目指したわけですから。


1988年の6月、私はロンドンを一人で旅してました。
ところが、その年のロンドンの6月はコートが必要なくらい肌寒く、おまけに、何度も迷子になる、顔中に吹き出物が出る、まともな会話は出来ない等々で、ロンドンという街から早々に逃げ出したくなり、そうだ、フィンドホーンまで行ってみよう!と、スコットランドに向かう列車に乗ったのでした。

フィンドホーンについて知ったのは、その前年、兄が翻訳した本から。その中に、北スコットランドに自然霊(精霊と言ったほうがいいかもしれない)に導かれてできた不思議な共同体があると書かれてあり、『自然霊の導きででできあがった共同体ってどんなところだろう?』と、印象深くその部分が記憶に残っていたんですね。

本棚にその本があったので、フィンドホーンが紹介されていた部分を抜き書きすると・・・

アクエリアン・ヴィジョン(ジョージ・トレベリアン卿1984年原著、1987年12月邦訳出版)
モーレイ湾を臨む北スコットランドのへんぴな田舎であるフィンドホーンにおいて、人間と見えない世界との協力という驚くべき実験が行われた。そこのニューエイジ共同体では、生命のあらゆる諸相が霊とその理想に仕えるために捧げられた。1962年、今でこそ高台で植物の生い茂るセンターとなっているが、そのセンターの創設者でありまた管理者であるピーター・キャディはハリエニシダと僅かな松しか育たない不毛で風の吹きすさぶ砂丘に移ってきた。彼と共に移ってきたのは高い霊的感覚を持つ彼の妻と、高く発達した霊聴能力を持つ一人の友人であった。

彼らの受けた”導き”によると、彼らは野菜を栽培するようにといわれた。このことは植物を育てるということにおよそ適していない土壌と、庭いじりの経験のない3人にとってムチャな企てであった。当惑しながらも、彼らはディヴァに心を向け、援助を請うた。その請願に対してドロシーはほとんど瞬間的とも言える速さでテレパシーによるはっきりとしたメッセージを受けた。与えられたアドバイスに従い、彼らは企てを進めた。3年後には、大きく鮮やかな色をした花の繁茂する庭園が生まれ、野菜は信じられないほど大きく成長し、大きく広い葉を生い茂らせた木や低木が育つようになった。 

(中略)

フィンドホーンの体験が意味するところは甚大である。フィンドホーンの共同体へ向けてのディヴァからのメッセージのひとつに「ひとつの菜園が世界を救う」というものがある。自然霊の統一された意識の場は、人間のグループが彼ら自然霊と接触し、自然霊と協力しようとしていることをすぐに知った。反応はすぐに現れた。そしてフィンドホーンはそのような自然霊の協力があれば砂漠ですら花に溢れた園に変え、汚れた地球を浄化できることを示した。(以下略)


分かっていたのは、フィンドホーンという地名と、モーレイ湾の2つのキーワード。

ロンドンで地図を買って見てみると、モーレイ湾はインバネスの近く。だったら、まずはインバネスへ、ということで、ロンドンから1日かけて列車でインバネスに。その夜は『地球の歩き方』に出ていたB&B泊。宿の女主人にフィンドホーンのことを尋ねると「少し前にフィンドホーンを訪れたという旅行者がパンフレットを置いて帰ったから連絡先が分かるわ」ということで『ジャパニーズガールが一人そちらに行きたいと言っているんだけど』とオフィスに電話してもらい、翌日タクシーで無事現地へ。

ありがたいことに、たまたま同じ日程でNYから50代くらいの女性が1人でフィンドホーンを訪れており、彼女が何かと私の世話をやいてくれたおかげで、穏やかで静かな、そして充実した3日間を過ごしてロンドンに戻ったのでした。


残念ながら高校卒業後の写真をごっそり紛失してしまったので、旅行中の写真は1枚も無いんですが、当時のフィンドホーンはまだまだ小さなコミュニティ。食堂近くに円形のホールが建設中でした。買い物も、ささやかなお土産コーナーが受付の横にあった程度。特別なイベントがある時ではなかったこともあり、人も少なく、とても静かな場所だった記憶があります。長期滞在のためにキャンピングカー暮らしをしている方々もいました。


私が知っていた情報の全ては、上記に抜き書きした部分だけ。日本に帰ってもフィンドホーンの情報が入ってくることもなく、語り合う友もなく、しばらくするとすっかり忘却の彼方へ。

でも、その間に日本におけるフィンドホーンの知名度はグッとあがりました。これはもう寺山心一翁先生のご尽力ですね。フィンドホーンの本が翻訳されたり、日本語つきのツアーが組まれたり・・・。今では長期に滞在したり住んでしまった日本人もいらっしゃるとか(日本人は、訪れる人の多さで現在第3位になっているそうです)。

※フィンドホーンがどういう処なのかは、創立者アイリーンさんの自伝『フィンドホーンの花』をぜひお読み下さい。


昨日紹介された最新の写真や動画をみると、たくさんの家が建ち並んですっかり街ができあがり、世界中から人々が訪れる一大スピリチュアルコミュニティになっていました。もはや”へんぴな田舎”ではないです。下記にご紹介した動画で、アイリーンさんがフィンドホーンは、いずれ光の都市へ、とお話されてますが、まさに、光の都市になりつつあります。

大勢の人が暮らす都市という機能を持ちながらも同時に自然霊とともにある・・・。いいですね~。

私の友人も何年か前に体験プログラムに参加していました。フィンドホーンの木々は生々しい、自然の中に入ると、見えないけど確かに自然霊たちがいて、私たちの様子を見ているのを感じた、みたいなことを言っていました。


でも、日本もかつてはそんな国だったのかも。
山や川、自然全てに神を見るだけではなく、針供養とか人形供養とか、モノですら使い終われば、命宿るものとして供養してきた日本人ですから、全ての中に神をみるDNAを皆受け継いでいるはず。そんな思いで暮らしていけば、自宅が小さなフィンドホーンになっていくんじゃないかなぁ・・・。

コンクリートと電気製品に囲まれ、便利を追い求め、消費を美とする生活をしていると、なかなかそういう実感は湧きませんが。


下記は50周年記念を祝って日本の方が作られた動画。アイリーンさんのお話が心を打ちます。

by hiroshimapop | 2013-01-26 23:40 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)

クリスマスの幼子イエス


昨年のクリスマスに聖母マリアが御出現になったとき、イエスが幼子の姿でマリアの胸に抱かれていらしたのは何故なんだろう?とブログに書いたところ、いつも聖母マリアについてご教授下さっている方から、下記のようなメールをいただきました。

数年前にカトリック教会において列聖されたポーランドの修道女、聖ファウスチーナの日記にあるお話です。彼女もまたしばしばイエズスのご出現を受けていました。

「今日、ミサ聖祭の間に私は幼子イエズスを私の祈り台の隣に見た。イエズスは 一歳くらいに見えた。そしてイエズスは私に自分を抱き上げるように求められた。 腕の中に抱き上げた時、イエズスは私の胸に寄り添って言われた。

『あなたの胸のそばは心地よい。』

『あなたはこのように小さいけれども、あなたが神であることを私は知っています。あなたが小さな子供として私に会いに来られるのはなぜですか?』

『それは子供の霊魂を持つよう、あなたに教えたいと思っているからだ。あなたが最も小さい者であることを私は望んでいる。なぜなら、あなたが最も小さい時、あなたがちょうど今私を抱いているのと同じ仕方で、あなたを私の御心のそばに運ぶ事ができるからだ。』 」


ありがとうございます! 
このエピソードは、『メジュゴリエの証言者たち』という本に紹介されているそう。

3年前、メジュゴリエを旅する前、私もこの本を読んでいましたがすっかり忘却の彼方でした。

いま本棚から引っ張り出してみましたが、1990年代の聖母マリアのメッセージがたくさん紹介されています。そして今よりもメッセージが長いですね。1990年代というのは、旧ユーゴが内戦状態にあり、多くの方が命を落とし、国が民族ごとに分かれていったとき。祈りが唯一戦争を回避させることのできる方法である、というメッセージもありました。

この本によると、クリスマスには、イエスは聖母マリアに抱かれた幼子の姿で御出現になることが何度かあったようです。

1981年のエピソードには、幼子イエスの御出現についてこうあります。

「御出現の初めに、私たちはまだ少しばかり不慣れで臆病だったので、幼子イエスは私たちをくつろがせたいと思われたのでしょう。御母が祈り、私たちと話されたとき、イエスは聖母の腕の中に隠れて心地よく横になっておられたの。でも突然その小さな手を上げて、赤ん坊がするのと同じように、聖母のベールの端で遊び始められたのよ・・・(以下略)」

うふふ・・・。母親のベールで遊ぶ幼子イエス。なんとも微笑ましいではありませんか!

毎月のメッセージでは、メジュゴリエの聖母マリアは繰り返し、祈ること、断食をすること、犠牲を捧げることを訴えています。断食というのは何も食べないのではなく、水曜と金曜日は水とパンだけで過ごす、ということのようです。飽食が世界を覆っているので、せめて祈りに生きる人たちは、食べ物を少なくし、世界のバランスを取りなさい、ということでもあるそう。ということは飽食や食べ物を無駄にすることは罪である、ということにもなりますね。

1990年代のメッセージですが、今に生きる私たちに向けてのメッセージのようにも感じます。


1991年7月25日
愛する子どもたち!
今日、平和のために祈るようあなたたちを招きます。この時期、平和は特に脅威にさらされています。私は家庭において断食と祈りを新たにするようにあなたたちに求めます。愛する子供たち、私はあなたたちが状況の重大さを、そしてこれから起こるであろうことの多くがあなたたちの祈りにかかっていること、しかし、あなたたちは少ししか祈っていないということを理解するように望んでいます。愛する子供たち、私はあなたと共にいます。そして私が来た最初の日々のように、まじめに祈り、断食し始めるようにあなたたちを招きます。
私の呼びかけに応えてくれてありがとう。

1996年3月25日
愛する子供たち!
私は、他のすべてにもまして神を愛することを再び決心するようあなたたちを招きます。この時代、消費社会の精神によって、愛するということ、そして真の価値を大切にすることの重要性を忘れています。愛する子供たち、私は再びあなたたちの生活において神を第一とするようあなたたちを招きます。サタンに物質的な事柄を通じてあなたたちを惹きつけさせてはいけません。そうでなくて、愛する子供たち、自由と愛である神のために決心しなさい。霊魂の死ではなく、命を選びなさい。(以下略)

1996年11月25日
愛する子供たち!
今日私は、祈り、断食、小さな犠牲を通じてイエスの到来を準備するために、祈るようあなたたちを招きます。小さな子供たち、この時があなたたちにとって恵みの時でありますように。あらゆる瞬間を用い、善を行いなさい。なぜなら、ただこのようにしてだけ、あなたたちは心の中にイエスの誕生を感じるでしょう。もしあなたたちが生活を持って模範を与え、神の愛のしるしとなるなら、喜びが人々の心の中に広がるでしょう。私の呼びかけに応えてくれてありがとう。



もう1冊、メジュゴリエの聖母マリアの御出現を紹介した菊谷泰明さんの『聖母マリアからのメッセージ』。現在、改訂版の出版の準備中だとか。『聖母マリアからのメッセージ』は神に導かれるとはこういうことなのか、と次々に起こる不思議な冒険話にワクワクしながら読み終えたのを憶えています。

菊谷さんの改訂版の本も、良き時に出版されるのを楽しみに待ってます!
by hiroshimapop | 2013-01-20 00:30 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

メジュゴリエ聖母マリアのメッセージ(2012.12.25)


昨年のクリスマスに御出現されたメジュゴリエの聖母マリアからのメッセージ。私はいささか驚いてしまいました。年末までにご紹介しようと思いつつ、今日になってしまいました。


December 25, 2012
Our Lady came with little Jesus in her arms and she did not give a message, but little Jesus began to speak and said : "I am your peace, live my commandments." With a sign of the cross, Our Lady and little Jesus blessed us together.

聖母マリアは幼きイエスを腕に抱き、御出現されました。メッセージはありませんでした。しかし幼きイエスがお話下さいました。「わたしはあなた方の平和です わたしの掟を生きなさい」と。十字架のしるしと共に、聖母マリアと幼きイエスは私たちを祝福して下さいました。


神の言葉を語り始めた頃の姿でも、十字架にかかった頃の姿でもなく、マリアの腕に抱かれていた頃の幼き姿で御出現になられたイエス様・・・。

ケイシーが生きていたのなら、このときのお二人についてお聞きしたい気がします。


ちなみに、聖母マリアが御出現になっている時の様子は、こちらの動画で見ることができます。 御出現をうけている本人しか、聖母マリアの姿を見ることができないため、廻りにいる方々とのその時の様子や表情に大きな違いがあるのがみてとれます。Marija Describes 12/25/12 Message.(December 28th, 2012)では、クリスマスに受けたこのメッセージについてが語られています。

聖母マリアのこれまでのメッセージは、メジュゴリエをはじめ世界中を旅して聖母マリアのメッセージについて研究されている菊谷泰明さんが翻訳して下さっています。

         この日のお二人は、こんな感じだったのでしょうか?
c0125114_164126100.jpg

by hiroshimapop | 2013-01-16 17:07 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

友、遠方より来る


夕べ、いつものメンバーと我が家で新年会。

この新年会、日程と集合メンバーが決まったのは昨年の8月。ところが体調不良や家庭の都合で直前になって数名が参加できないことに・・・。

サトケンさんに来てもらって料理を作ってもらうよう手配はしてあるし、お酒や飲み物もすでに購入してある。せっかく楽しみに集まってもらうのに、人数が少ないと盛り上がらないし、1人あたりの予算も高くなる。でも、他の友人たちに声をかけるにはあまりに直前すぎるし、遠方の人は電車の時間があるしなぁ・・・なんて思っていたところに、NYのフォンテイン知代さんから『年末帰国することになった、滞在日数は少ないけど会いたいですね』とメールが。

彼女は私と違って、初対面の人とでもスイっと会話に入れる人。しかもケイシーの本を3冊翻訳し、シュタイナーやオランダのジョゼフ・ルーロフの本を愛読する知的な人。「ちょうど5日の夜に新年会をするので来ませんか?」と返信をしたのは言うまでもない。


今回、知代さんとの再会は数年ぶり。

1993年だか94年だか、横浜に日本エドガー・ケイシーセンターを設立したばかりの頃「東京に引っ越してきたので何か翻訳があれば手伝いますよ」とセンターに連絡があって以来なので、つきあいの長さは約20年弱。でも、その2/3は、彼女はNYに住んでいるので、肉体的に会ったのは実はほんの数えるほど。

特にメールのやりとりもしてないのにご縁が続き、会えば、まるで毎日学校で会っている同級生のようにすぐに話が始まる・・・。センター時代、知代さんも多くのケイシー関係の人と知り合っているのに、今でもご縁が続いているのは私とあともう1人だけなので、やはり気や波長があったんでしょうね。

そしてなにより、彼女との再会に不思議が続いていたことに、夕べ気がつきました。


ちょっと長くなりますが・・・。

1)彼女がNYに引っ越すことが決まったのは、私が高円寺のマンションでテンプルビューティフルを始めた頃。まだインターネットやメールは普及しておらず、受注の多くはFAXや電話。1人で通販業務をしていたので、私がいないとテンプルは実質、休業に。

「もうすぐNYに出発するので、町田でやってるシュタイナーの勉強会に顔を出してくれると最後に会えるんだけど・・・」と知代さんから電話があっても、すぐには行ける状態ではありません。

町田に行くにはテンプルを朝から休みにしないといけないし、何よりその日の午後遅くに、宅配で野菜が届くから、おそらく行けない。万が一、野菜が午前中に届いたら行けるかも、と曖昧に返事をしていたものの、それまで1度も午前中に届いたことはなく、ハナから無理だと思ってました。

ところがその日にかぎって午前中に野菜の宅配が。さらにいつの間にか、部屋の中で大きな蜂がブンブン飛び回っている!

大きな蜂がブンブン飛び回っている部屋では、とても落ち着いて仕事などできない。蜂に追い出されるように町田に行き、東京を離れる直前の彼女に直接会うことができました。

このときのことは、別の話題でブログに書いてました。


2)知代さんがNYに引っ越したあと、私はバージニアビーチに行くときには、毎回NY経由に。飛行機代は変わらず、ケネディ空港と知代さんのお宅までのタクシー代が予算に加わるだけで2~3日NY滞在が楽しめ、なにより知代さんとのお喋りが楽しめるので、そのルートは気に入ったいたんですが、あるとき、なんだか往復1万円弱のタクシー代を節約したくなり、直接バージニア・ビーチに入ったことが。

バージニア・ビーチの友人宅のテレビで目撃したのは、2001年の9.11のあの事件。

もし、それまで通りNY経由にしていたら、私は直接飛行機がツインタワービルに突入する様子を目撃することになったでしょう、知代さんがそうだったように。そしてバージニアビーチには行けず、NYのあの混乱を帰国するまでの数日間味わうことになっていたでしょう。

私の表層意識では「タクシー代を節約したいからNYの知代さん宅には行かない」という選択をしたわけですが、もしかしたら深いレベルでは別の理由でこの時のNY滞在を避けたのかも。いまあらためて考えると、なぜその時、タクシー代をケチりたくなったのか、自分でも不思議です。


3)前回いつ知代さんに会ったのかと思ったら、2008年の6月でした。

この時は、知代さんが東京に里帰りするのと、私がアメリカに行くのとでちょうどすれ違いとなり会えないハズだったんですが、我が家のニコさんが家出をしてしまい、ニコさん探しでアメリカ出張をドタキャンしたおかげで再会。

その時の経緯はちょっとだけメルマガにも書いています。メルマガ245号


そして今回・・・。

年末の風邪が長引き、一時は新年会は中止したほうがいいかも、と思うこともありましたが、知代さんとひさびさに会えるのに、風邪ごときで中止してはなるまい・・・とホントに寝正月で過ごしてました。

おかげでようやく5日にカムバック!

美味しいサトケンさんのお料理と、時間を忘れてしまう友人たちとの刺激ある会話・・・。


私はあまりマメじゃなく、普段も友だちとショッピングに行ったり、休みの日にお茶したりというのはあまりしてないんですが、地球のどこかで今日も大好きな人たちが元気でいると思うだけで力が湧いてきます。

知代さんと今度会えるのは何年後?という感じです。1年にやりとりをするメールの数も少なく、里帰りするたびに会うこともしていないのに、どちらかの人生にとって大事な時期には会えているのかも。

若い頃は毎日会ったり、電話で話をしないと友情は続かないと思ってましたが、この年齢になると別の形で友情は育まれているんですね。


それにしても、夕べはみんなよく喋りました・・・!

サトケンさんの和の料理。味付けは塩だけ、お醤油だけといったシンプルなものなのに、どれも味わい深い。テーブルのアチコチから「美味しい~」のため息が出てました。
c0125114_18305313.jpg

by hiroshimapop | 2013-01-06 18:21 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

志水一夫さんと龍生先生


先日、三枝龍生先生は、いったい掲示板をいつから始められたんだろう?と初期の投稿を探っていました。

びっくり。

初めの2ページ目に、懐かしい名前が目に飛び込んできました。

そのお名前は志水一夫さん。
私も志水さんが亡くなられたときに、そのことをブログに書き残してましたが、私にとって大切な知り合いの1人だった志水さんと龍生先生が、まさか中学時代の親友だったなんて・・・!


龍生先生の書き込み
私は渋谷区立代々木中学から、2年の2学期に杉並区立高井戸中学に、転校した。
当時いじめられっ子だった、志水一夫を俺は気に入り、さっそく友人になった。
その後、いつも一緒だった。
彼は当時、同級生だった大貫妙子を恋慕し、同行して、彼が正門でラブレターを渡して、見事ふられたもんだった。
その後、高校が違ったが、20歳くらいまで、交流があったが、彼の母親の態度が気に入らず、中に入った志水とも疎遠になった。

あれから、30年。
偶然の機会に、ミクシィで知り合い、去年、俺の御式内を習いに来てくれて、再会した。
彼はその前から、いろんなメディアで俺を紹介してくれていた。
ウィキペディアも、アマゾンもそうだ。俺より、詳しく調べてくれた。
いろいろ、やってくれたが、何にも言わず、黙ってしてくれていた。

今年の5月21日の深夜、胃ガンが見つかったので、近日中に手術すると言った。
それっきり、連絡無かった。名前を変えると、最低ひとりは、縁が切れる。まさかと思って、今、グーグルで、志水一夫を調べたら、7月3日に亡くなっていることを知った。

俺も、遠からず行くだろう。あの世でも、志水、おまえがいじめられていたら、また、助太刀するぜ。


志水さん、中学、高校ではさぞやクラスで浮いていただろうなぁと思ってました。実際、よくクラスメートからいじめられていたそう。そんななか、転校してきた龍生先生と親しくなることで、どれほど志水さんの中学生活が違ったものになり、心豊かな時代を送ることができたことか。

大貫さんにラブレターを送るなどという青春の1ページもあったことが分かって、なんだか他人ごとながら、ホッとしたり嬉しくなったり。

疎遠になっても、龍生先生のことが気になって、こっそりウィキペディアでページを作ったり、Amazonに特設ページを作っていらしたんですねぇ。中学時代の親友をかげながらずっと応援されていた志水さんの心を思って、私はこの龍生先生の書き込みを読んでいて、思わず涙が出てきました・・・。

博識で、面白がりで、そして、本当に心のやさしい方でした。

もし志水さんが生きていらしたら、私が龍生先生にインタビューをしてそれをテンプルのHPで紹介したことをどんなに喜んで下さったでしょう。

55才はやっぱり早すぎる。
by hiroshimapop | 2012-12-03 15:47 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)

長崎あんでるせん


先週末、初・長崎あんでるせん、行ってきました。

初めてあんでるせんについて聞いたのは約20年前。「あれは単なるマジックだから長崎に行くことはないよ」という人もいれば、「いやぁ、あれは本物のサイキックパワー。凄いよ」と言う人もあり、種が仕込まれているのか無いのか、賛否両論、喧喧諤々、いまだいろいろ意見があるようですが、ともかくも面白かったです。

約30年間1日2~3回マジックショーをやり続けながらも、そのショーを見る観客のためのセッティングもしてなければ、お店を改造もしているわけでもない。あくまで「喫茶店」という場であり続けていること、メニューや出される料理の内容、奥様の表情、すべてひっくるめて全てがエンターテイメントでした。

事前にいろいろ聞いてましたから、いちいち「これが噂の・・・」と感動してしまいますね。

以前は、真夜中から並んで待つか、その日の朝電話して予約するか・・・というチャレンジングな方法しかなかったそうですが、今は2ヶ月前からの予約受付に変わっています。

私たちが行った日は、たまたま予約していた団体さんがキャンセルになったそうで、なんと観客は十数名。
私たちはカウンター席を予約してたので椅子に座って間近でかぶりつきで見られましたが、座れない人は(ほぼ全員)、ショーの間立ちっぱなしです。以前行った入江富美子ちゃんは「ずっと立っていたら何度か気が遠くなった・・・」そうです。

マスターが繰り広げるショーは、マジックなのか記憶術なのか、それともサイキックなのか・・・?ともかくも不思議ワールドが約2時間半。え~!といちいち驚いている間に終わりました。

参加者が適当に足したり引いたりして計算した合計が、生年月日になっていたり、参加者のご主人の名前を当てたり・・・。ルービックキューブを元に戻すのではなく、適当にガチャガチャ廻したもう1つのモノと同じにしたり・・・。

お馴染みのスプーン、フォーク曲げもありました。グリグリに回転したり、スプーンに直接触ることなく、手の上に載せてるだけなのに、スプーンがみるみるうちに曲がっていったり。

いっしょに行った則子さんの場合、「生年月日と名前と自分の悩みを紙に書いて」と言われて、メモに書いて小さく折ってマスターに手渡したんですが、「名前書いてないじゃん、のりぴーさん。則子さんでしょ?名字は大澤、『さわ』は難しいほうの『澤』だよね」と、書いてもない名前を当てられちゃっていました。メモに書いたなら、種もありそうだけど、メモ用紙に書いてもない名前を当てられてしまうと、かなりビックリです。お悩みにもしっかりマスターが答えてました。

マジックでできるネタもあると言われつつ、こんなのが続くと、もはやこちらはひたすらあんぐりするしかないです。

一緒に行った磯部さんが、テーブルに並べられた5人の女優さんの写真の中で一番好みの女優さんを選んで、その名前をメモに書き、それが誰か事前にマスターが紙に書いて当てておく、というコーナーがあったんですが、それは一緒にいた私も友人も、磯部さんが書いたのが誰だったのか、マスターが当てる前に分かりました。一瞬でその女優さん以外の名前が記憶から消えて、その女優さんの名前だけが頭の中で点滅した感じがありました。あれもマジックなんですかね~。


約30年間、ほとんど休みもなく、安い喫茶店の軽食とコーヒー代くらいで、昼夜ショーをし続けているマスターはそれだけで凄いです。私が海外旅行に行ってる間も、仕事をしたり遊びまくっている間も、あの喫茶店の小さなコーナーで1日2度も3度もショーをやり続けてきたわけですからね・・・・。

使命感でやっているとしか思えない。あんでるせんの後、ずっとマスター話で話題は尽きなかったです。

いつも機嫌が悪いことで評判だった奥様は、意外にも感じよかったです。徳江さんやいとこの大輔くんが体験したという「念写」や「お絵かき」がなかったので、また行きたいです。というか、行きます。


c0125114_1712521.jpg

by hiroshimapop | 2012-09-15 17:03 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)

ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフルの店長日記


by hiroshimapop
カレンダー
有機認定ひまし油300ml

有機認定ひまし油
220ml 2,480円

ひまし油湿布Bセット

ひまし油湿布Bセット
45,380円

大地の力シャンプー

大地の力シャンプー
3,024円

アルカサイモリン

アルカサイモリン
300ml 1,998円

生アーモンド

生アーモンド
100g 756円
1kg(お得用)もあります

オーラグロウ

オーラグロウ
220ml 2,620円

大地と海の歯磨き粉

大地と海の歯磨き粉
80g 2,160円

カーボンスチール(炭素鋼)

カーボンスチール
1個 742円

ソリーブソープ

ソリーブソープ
100g 1,296円

書籍「眠れる予言者エドガー・ケイシー」

書籍「眠れる予言者エドガー・ケイシー」
光田秀著 1,728円

書籍「エドガー・ケイシーが教えてくれた美しく生まれ変わるレシピ」

書籍「美しく生まれ変わるレシピ」光田秀著 1,404円

書籍「自然療法で乾癬を治す」

書籍「自然療法で乾癬を治す」ジョンパガノ著 2,376円