2016年 09月 22日 ( 1 )



『サンカの民と被差別の世界』


引きつづき、五木寛之さんの本、読み続けております・・・。

地元広島について書かれた『サンカの民と被差別の世界』。先日読んだ「隠れ念仏、隠し念仏」もそうでしたが、こちらも歴史の教科書には絶対登場しない日本の姿が書かれています。

ちなみに「隠れ念仏・・・」の本で私は、隠れキリシタンのように念仏を唱えることを禁じられた人達がいたことをはじめて知りました。彼らは夜秘かに集まり何百年も隠れて念仏を唱え続けてきたんだそうです。そして、隠れキリシタンがそうであったように、政府の弾圧は厳しく、見つかると拷問と処刑が待っていた・・・。

命をかけて念仏を唱え続けてきた人がいた。しかも何百年も。興味を持った方はぜひ「隠れ念仏・・・」の本を読んで下さい。


さて、この『サンカの民と被差別の世界』では、長く日本で雑賤民と扱われてきた、山の民、海の民、放浪の民、芸人たちがクローズアップされています。

かつて天皇は村人を国の宝「オオミタカラ」と呼んでいた、と私たちは学びましたが、「オオミタカラ」とは主に町民、農民をさし、「オオミタカラ」の範疇から外れていた人達がいました。「士農工商、エタ、ヒニン」という制度化されてきた身分があったことも学校で学んで知っていますが、実にこの区分に漁民や山の民は入っておらず、身分制度からも「オオミタカラ」からもはみだした人達、それが山の民(サンカ)であり、漁民だったんですね。


漁民について書くと、小さな船の上で生活をしていた人が多く、陸上で定住していなかったことが理由の1つ、漁業は仏教の「不殺生戒」を犯すものと見なされていたことが賤民扱いとなった理由のようです。だったら、日本神話にでてくる海幸彦はどうなんだ、それを買って食べる人はどうなんだ、とちょっと突っ込みを入れたくなりますが、戸籍のようなものも、瀬戸内海に点在する多くの島では漁民のものはなかったそう。

瀬戸内海もそうですが、海に囲まれている日本は魚をとることを生業としていた人達が大勢いたわけですから、賤民として扱われてきた人達がどれほど多くいたか。そして差別される人たちを制度として作らなければならないほど、日本の農民も苦しい生活を強いられてきたということでしょうか。


ここでは、漁民ではなく、私たちに馴染みのある芸人について書かれていた部分から少し抜き書き。ここも興味深かった部分です。
今回の広島への旅で、私は日本という国の歴史というものがいかに重層的であるか、ということをあらためて感じることになった。

たとえば、良民の外に位置づけられていた「化外の民」にしても、そこには非常に細かく、複雑でデリケートな違いがある。(中略) 卑賤視したり、差別するということも、もうひとつ別の面がある。その背景には情念としての畏敬の念があり、ひょっとすると憧憬さえあったかもしれないとも感じる。「聖」と「俗」が、「聖」と「穢」が、「聖」と「賤」が重なりあう。そういう領域が存在することを、私たちは見落としがちだ。

役者という存在が、かつては「河原乞食」と呼ばれて卑賤視されていたことは知られている。ドサ回りの芝居興行で村々を回って歩く役者たちを、村人たちは村の中には入れず、境界線周辺に泊めたりした。それでいて、道を歩いている彼らの後を、一緒にぞろぞろついていったりする。彼らの芝居の興行が村にやってくるのを、心待ちにもしている。

また、春駒をはじめ、万歳(まんざい)や大黒舞などの新春の言祝ぎの芸能は、ほとんど被差別民が担っていた。万歳はその典型的なもので、賤民の人びとだけが許されて、神や仏の代理人として家々を回ったのである。彼らが10分くらいかけて語る万歳の祝詞は、新春3日間で一番大事な祝詞の言葉だった。その祝詞の言葉はとてもむずかしいが、文字が読めないにもかかわらず、彼らはその言葉をすべて暗記していたという。それらは父祖から代々、口伝えによって受け継がれてきたものだった。

日本は言葉というものを大事にする言霊の国である。祝福の言葉を淀みなく述べる遊芸民たちは、それだけである種の畏敬の念を抱かせたにちがいない。それは芸であると同時に、ある意味では超人的な力だといってもいい。

一面では差別をされて村のなかでも交際を絶たれている賤民たちが、一番おめでたいときに神や仏に変わるという構図がここにはある。

(中略)

沖浦氏によれば、遊女はもともと神に仕える女性であり、呪術的なシャーマニズムから来ている存在だったという。仏教や神道が成立する以前の日本は呪術的なアニミズムの社会だった。呪術的なアニミズムの場合、ケガレ観念はあるが、そのケガレは両義性を持っているというのだ。

つまり、大地や大自然は人間にすばらしいものを与えてくれる。雷は恐ろしいけれども偉大な力でもある。悪いと同時にものすごいという感覚だ。その残像のうち、片方の畏敬の念が徐々に薄らいできて、卑賤視だけが強くなってくる。それが両極に現れたのが近世の歴史ではないか、と私は思う。

(中略)

あらゆる芸というものは最初は神事であり、聖なるものだったといっていい。相撲にしても田楽にしても、神に捧げるものであり、神を呼び込むためのものだった。それが神や仏にかかわる「聖」の部分が失われて、「俗」のほうへ、ビジネスへと変化していく。その過程で、それに携わる人びとも畏敬の念を持たれなくなってきた。


「俗」でありながら同時に「聖」であり、卑賤視されつつ同時に尊敬もされる。人間の複雑な情緒がここにあります。

私たちが教わらなかった、知らなかった日本の深層へ・・・。まだまだ五木寛之さんの本の旅は続きます。。。。


by hiroshimapop | 2016-09-22 07:46 | おススメBOOKS | Comments(0)

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