『狼の群れと暮らした男』
2023年 01月 12日
ショーン・エリス 1964年、英国イングランド、ノーフォーク州の農場で生まれる。幼少時代から自然に親しみ、狩猟犬ほか多くの野生動物に囲まれて育つ。様々な肉体労働や厳しい軍隊生活の後、米国アイダホ州のネイティブ・アメリカン、ネズパース族が管理するオオカミの群れに交じり、仲間として受け入れられた後、野生オオカミとの接触を求めてロッキー山脈に単身、決死的な探検に出かける。飢餓と恐怖、孤独感にさいなまれながら、ついに野生の群れとの接触に成功し、人間として初めて2年に及ぶオオカミとの共棲を経験した。英国帰国後は自然動物園を本拠にして、飼育オオカミの養育に没頭しながら、ヨーロッパ大陸の野生オオカミの保護にも尽力する。著者のオオカミに関する生態学的発見は、学会の全面的な支持を得ていないが、オオカミ自身およびオオカミと犬の共通性に関する知見は直接的な観察に基づいており説得力がある。 英国BBC放送や、米国の動物チャネルであるアニマル・プラネット、米国のテレビ局ナショナル・ジオグラフィック・チャネルほか多くの番組に出演し、世界各国での講演、調査依頼に応えている。 画像はこちらから
次の晩、ルーベンという一匹のオオカミ(今となればこれがベータのオオカミだったとわかる)が、勇敢にも私のそばにやってきて、私の体の周りを嗅ぎ、空中を嗅ぎ始めた。彼は私に触りはしなかった。ただチェックしているだけだった。彼はこの行動を2晩続けた。次の晩私は柵の一番高い地点の土手の上で膝を立て両脚を前に投げ出し上半身を起こして座っていた。同じオオカミがやってきて、その前の二晩と全く同じ行動を取った。私の匂いを嗅ぎ、空中を嗅ぎ、脚を嗅ぎ、それから突然予告なしに私に突っ込んできて、あっという間に門歯で私の膝の肉片を激しく咬みとった。すごく痛かった。(中略)そして私の反応を測るように、「どうした?」という目で見ながらそこに立っていた。それから彼は向きを変え暗闇に消えたが、彼を次に見たのは翌日の晩で、彼はまた来て全く同じことをした。次の2週間彼はその行動を毎晩繰り返した。そのころには私の膝は青黒くなっていた。違う方の膝を咬むこともあり、向こうずねを軽く咬むこともあったが、いつも同じ手順だった。近づいてきて、匂いを嗅ぎ、それから突っ込み、闇に消えた。時には一晩にそれを2度、3度やることもあった。私は彼が何をしているのかわからなかったが、その行動のあと攻撃的なそぶりは見せなかったし、仲間のオオカミを呼んで加勢しろとけしかけていないので、私は彼が本気で私に危害を加えるつもりではいことはわかっていた。その気になれば、1平方インチ当たり1500ポンド(約680kg)の圧力を加えられるその上下顎骨で、私の膝の皿などあっという間に食いちぎることができるのだ。 (中略)あとで理解するようになったのだが、オオカミが最初にすることは、新入りが信頼できるかどうかを見極めることである。どうやってそれを見極めるかというと、咬まれたことに新入りがどう反応するかを見るのである。群れに加わる新入りのオオカミは自分の一番攻撃しやすい喉をすぐに差し出して喧嘩に来たのではないことを示すが、受け入れ側のオオカミは脅威がないと納得するまで新入りに圧力を加える。もし私が力尽くで抵抗したり悲鳴をあげていたら、たちまち一巻の終わりだったかもしれない。2週間の咬みが終わると、ルーベンは私の体全体に匂いづけをし始めた。最初に私の足を、彼の顔の側面、歯、耳の後ろ、首回りの毛、そして尻尾でなすりつけた。(中略) 彼がやっていることはテストだということを私は理解した。それが群れの中のベータの役目だった。つまり、仲間を守るため、ドアに立って用心棒の役目をし、好ましからざる奴や脅しをかける個体が中に入らないように用心するのだ。私は受入れてもいいと彼を満足させたらしい。というのは、4,5週間たつと、彼は群れの仲間を私のところに連れてき始めたからだ。(中略)