ケイシーのリーディングには、『忍耐』という言葉がよく出てきます。
地球は、時間×空間×忍耐 で出来ていると言われています。何かを成すにはそれなりの時間の経過、忍耐が必要ですからね。
忍耐は単なる我慢ではなく、例えば、自分の行くべきところ、全体像が分かっており、その目的地に行くための過程であり、そのために今を乗り越えていくというニュアンスでしょうか。我慢の先には不平不満がありますが、忍耐の向こうには希望があります。
ケイシーリーディングで『忍耐』を検索すると、数多くのリーディングがヒットします。キリスト教的な背景とともに語られていることも多いので、それ以外のものをいくつかピックアップします。
親切で忍耐強くあることこそが、人に対し、最も求められることである。汝の神を味方につけるようにしなさい。 (262-69)
忍耐強く、優しく、仲間達に対し正しい振る舞いや言動が出来るようでありなさい; そのようにあることを通してのみ、汝らは、平安と調和を見出すことが出来るのである。(262-72)
人は皆、忍耐強くあらねばならない。 物質的な経験は、永遠に続くものではなく、過ぎ去るものであって、それ自体、大きな恵みである。 汝らは、ここ、そこにおいて、失敗を重ねることもあるであろうが、そこから学んでいかなばならない。 謙遜、忍耐、信仰を身につけなさい。(262-89)
問われるべきは、その知識によってその人がより素晴らしい隣人に成っているか、親切な友人になっているか、仇を為す人々に対して忍耐強くなっているかどうかである。その知識は忍耐をもたらすだろうか? その知識は具体的な形で愛をもたらすだろうか? これこそが、その人の人生に真の知識が顕されているかどうかを知る試金石である。(262-97)
4番目のリーディングは、特に心に留めておきたいもの。
スピリチュアルな学びを深める過程で、例えば、「スピリチュアルなことを学んでいる自分は、そういうことに興味のない人より霊的に進んでいる」みたいな錯覚を起こしやすくなったりします。
あるいは、大学卒の人が高卒の人を下にみるとか・・・。でも哀しいかな、こういう思考で自分を評価していると、自分より難易度の高い大学に行った人にコンプレックスを感じ、また、その大学に行った人は、さらに難易度の高い大学の人に対して卑下を感じたり、延々のループにはまってしまいます。
私が思い出すのは、もう25年も前にお会いした男性。長年の瞑想で、深いレベルに入れることが自慢の人でしたが、同時に一般の主婦を小馬鹿にする発言が多々あり、「え?」と思ったことが何度か。ある意味、私の反面教師になってくれました。
忍耐は、普段はそんなに必要とされないかもしれませんが、何か自分の意に沿わないことが起こったとき、やりとりが難しい人と会ったとき、忍耐強くあれるかどうかが計られていきますね。その出来事や人を自分を成長させる踏み石とするのか、あるいは、つまづきの石とするのか・・・。

「忍耐」は地球の構成要素。これを学ばずして地球の卒業は難しいですねぇ。
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