先週から朝の瞑想で、ケイシーがリーディングの冒頭で『なんと美しい記録だろう!』と感嘆した方々のリーディングをご紹介しています。
先週ご紹介した1つがこれ。
われわれの見るところ、これらはとても美しい記録であると言われるだろう。 しかしそれは、ある人々から、「いくつかの過去生でそれほどまでに進歩した人が、どうして今回の人生ではほとんど脚光を浴びることもなく、同じように傑出した地位にないのだろう」という疑問を生じさせるようなものであるかも知れない。
しかし、さまざまな人生を奉仕という一つの視点で考察するなら、これらのこともおそらく理解され、納得されるだろう。 なぜなら、神は心をご覧になり、人間のように、人を外見で判断されることはないからだ。(1567-2)

過去生で華々しい活躍をした人、歴史に名を残したような人が、何故、今回の人生では、一介の主婦なのか、地味な人生を送っているのかと、誰もが疑問を思います。
それに対する回答になりそうなのが、上記リーディングです。
「さまざまな人生を奉仕という視点で考察するなら」職業やステイタスは関係ない、ということ。
「神様は心をご覧になり、人を外見や社会的地位、裕福かそうでないかで判断しない」ということ。
ケイシーのリーディングでは、『霊の果実』という言葉が度々出てきますが、『霊の果実』をいかに人生で実らせたか。辛抱強さ、兄弟愛、忍耐、親切、優しさ、希望、信仰といったものをどれほど日々示せたかを神様はご覧になる。人間とは全くその評価基準が違うってことですね。
『人間の基準と調和させるのではなく、むしろ神の法則と調和させる』272-7
これが理解できれば、自分や周りの人とこれまでとは全く違った感覚で接することができますね。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-32336727"
hx-vals='{"url":"https:\/\/caycegoods.exblog.jp\/32336727\/","__csrf_value":"942d2dc85e24fd5820f8fd733571c49a6f026675be89a2046cc7c857e833df9cf2eaddbad20775ac2c7fa681e95e4a9aca059f08224ab68a70129ddbc5c7a994"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">