私の平家物語ーその5
2020年 08月 05日
この先祖供養の時も、いくつものメッセージがおろされてきました。
「地球と宇宙の大調和、天と地との大調和、海と陸との大調和、夢と現実の大調和、武術と愛の大調和、学問と芸術の大調和。神の御心のままに。
がんぜない子供の心を持つ人々であれば、その民を神は守ろうとする。その原点をもう1度覚醒のために再生をさせてほしい。再生をさせてほしい。再生をさせてほしい。再生をさせてほしい。
人々と神々との大調和、それが平和のもとであること。それを伝え伝えてほしい。伝え伝えてほしい。
やんごとなきにあらず」
「お疲れ様でございます。このような盛大な祭りごと。神々は心のこもったおもてなし、必ず喜んでいただけることと思います。今生のあなたがたの肉体をもったご奉仕が、どれほど魂たちの昇華に役立つか、皆様、想像がお出来になられるでしょうか。このような儀式を行っていただけるご先祖はさぞさぞ神々からご評価を受け、称賛をあび、取りあげられていきます。それによってあなた方も神々のご奉仕により、さらに神々からのご加護とひらめきと援助を受け取ることになります。
というのは、神々があなた方を神々の御心のままに動く使者とし、巫女とし、あなた方を使われるというお使いの役を仰せられるという栄誉が生まれます。それによって、あなた方はなんの苦もなく美しい姿のままで、他界するまで美しい御心のまま過ごされ、神々の使者としてのお役目をされることになるでしょう。
ですので、このようなご先祖供養があなた方にとっても大いなる徳をお積みになられるのが事実でございます。一言お伝え申しておきます。このような場所でご奉仕されたことお疲れ様でした、と神々がおっしゃられております」
「あなたがこれからどのような展開をされるのか、心配されていた方々がいらっしゃいます。あなたの近い縁者の方々がいつもあなたを心配されておられました。この機にあなたの開運となりましょう。あなたの生き方、やり方、仕事の手の打ち方が少々変わってまいります。それは全て神々の指示でございますので恐るることはございません。そしてあなたが手にされようとすること1つ1つに神技が宿るよう祈りをされるとよいでしょう。
この機を境にあなたがまっすぐに歩かれるよう、魂の力が頂けるよう、魂の力を使って前進されるよう、1つの大事な境としてお受けとめになられますように」
入れ替わり立ち代わり、複数名が語っているような印象です。
「こんなに力強い供養をしてくれる子供があったことを初めて知った。こんなにありがたい、ありがたい供養があると初めて知った。お父さんも喜んでいる。分からないもんだね。弁舌が達者なだけじゃなかった。小姑たちは全然だと思っていたけれど、こんな子が生まれてきたことが私たちの誇りだ。ありがとう。」
「どれだけのことをしてくれたか、分かるか。分かるか?こんな供養は他にはないぞ。ありがたい。手がこもって、心があって、人々の協力があって、これらが皆我らの財産だ。そう思ったよ。こんな温かい供養をされる我らは神々から保証されるんだよ。分かるか?ありがたい。ありがたい。本当にありがとう。」
「今生の慈愛がこんなに、こんなに別世界に届くとは誰も気がつかないでしょうね。慈愛こそが魂の喜びです。建設的な力は得られなくても、温かい私どもに対するこの慈愛が、こんなにも行き届いた慈愛が神々の心を動かすんですよ。このご縁をもって我々は旅立てるんです。ありがとう。」
「やめようと思いますよ。このような諍いが続くのは良くない。甲斐性などはどうでもよい。諍いは必要ない。大切なのは温かい心持であるということだけです。我らは無勢の一員でした。ともに無勢の誇りをかけた一騎打ちがこのように連なっていくんですね。どこもかしこも衝突があるのはそのような戦場(いくさば)の念がまた諍いを呼ぶのだということを知っておりましたが、どうすることもできなかったんです。
諍いの果ては破滅です。平和はない。平和などない。諍いの先にあるのは冷え込む身体だけです。何も残らない。**の馬鹿な結末。こんな私どものようなものを弔っていただけるというそんなありがたい時代なんでしょうね。
情け容赦なく時が我らをむしばんでいきますが、この1つの習わしのなかで、救いがあったこと。救いたもう神があったこと。ともにかたじけなく。皇大神宮のひざ元にひれ伏すつもりです。ありがたき幸せ。ありがたきお心。ありがたきご奉仕。救われました。」
「忘れ形見が執り行って下さった儀式にて我らの、すべからく、御心の立て直しが整えましたゆえ、万遍なく人々に注がれるであろう御神愛のなかで昇天させていただきます。あなたがたのご慈愛のもと、この忘れ形見、どうぞ今後とも発展をされる道すがら、我らのひらめきを受け取って下さるようお力沿いをお願いします。
南無帰命頂礼(なみきみょうちょうらい)というありがたい経文を我らも唱えて旅たちます。ありがとうございます。」
ご先祖様たちに喜んでいただけたようで、大変だったけど、実施した甲斐があったというものです。
1回目の供養の数か月後、秋に2回目の供養を実施。こちらはあらためて光田家の先祖供養を中心に。
そして翌年の春に3回目を決行。