大正13年から6年間、大学講師として来日し、また禅を学ぶために弓道に触れたドイツの哲学者、オイゲン・ヘリゲルの弓道修行記。きっと武道や弓道をされている方にとっては、この本を読まずんば!という本なのでしょうが、私は先日初めてヘリゲルを知りました。
鈴木大拙大師が翻訳した剣道についての書が最後に紹介されていますが、ヘリゲル先生が弓道について書いた部分は112ページと短く、また、ヘリゲル先生が弓を射てるようになるまでの苦心惨憺ぶりに親近感を感じたこともあり、あっという間に読了。
弓道について書かれた本ではありますが、全てに対し、すぐに頭で理解し、言葉で回答を求めてしまうことが多くなった私たちの精神性、生き方を見直す1冊になりそう。
著者が稽古を1年続け、ようやく力を入れずに弓をひけるようになり、弓を手から離す、そのことについて学ぶ次の段階に行ったあたりをご紹介。
・・・その後、何週間も何ヶ月も成果の上がらぬ稽古が続いた、師範の射を見て、正しい離れとはどういうものかをこの目で観察し、何度も何度も真似をしてやってみたのだが、ただの1度も成功しなかった。(中略)
(ここで著者は、どのようにすればうまく弓を手から離して射ることができるのか、師に尋ねる機会を得ます)
「・・・正しい瞬間に正しく射るには、自分自身から離脱しなければいけないのです。あなたはうまくいくと思って弓を引いているのではなく、失敗するのではないかと初めから身構えています。そんな状態であるなら、自分自身を忘れて射ることができるように鍛錬するしか方法はないのです。そして鍛錬している間は、子どもが手のひらを開くように自然に開くことはできないでしょう。熟した果物の皮がはじけるようにはいかないのです」(中略)
「正しく射るには無為自然でなければなりませんぞ!的に当てるために正しい矢の離れを修得しようと躍起になればなるほど、ますます離れはうまくいかず、当たらなくなるでしょう。あなたのあまりにも強い執着が邪魔をしているのです。作為的に狙わないかぎり当たらないとでも思っているのですね」(中略)
「では私はどうすればいいのでしょう?」と私は思いあぐねて尋ねた。
「正しく待つことを覚えなければなりません」
「ではどのようにしたらそれができるようになるのでしょうか」
「あなた自身から離脱し、あなたやあなたのもの一切を捨て去れば、そこに残るのは引き絞った弓だけになります」
稽古はさらに進み、4年目に入ります。ヘリゲル先生の日本滞在の期限も迫ってきているというのに、相変わらず無我で弓を射ることができずにいました。
ある日私は師範に尋ねた。「『私』が矢を射ないのなら、いったいどのようにして矢を射ることができるのですか」
「『それ』が射るのです」と師範は答えた。
「(中略)『私』がそこに存在していないのなら、いったいどのようにして自分を忘れて離れを待つことができるのでしょうか」
「いっぱいに引き絞られた所で『それ』が待っているのです」
「では『それ』とはいったい誰ですか? いや何ですか?」
「ひとたびそのことがわかったら、あなたはもはや私を必要しなくなるでしょう。あなたが経験を通してわかるようになるのを待たずに、私があなたに手がかりを与えようとするなら、私は最悪の教師となり、解雇に値するでしょう。(略)」
ある日突然、著者は『それ』が射る、という域に達することができます。どうやったら射れるのか、どうやったら的に当たるのか、そんな思いやHOW TOから離れて淡々と儀式のように弓を放ち続けたある日、『それ』は起こります。
ネット社会に生きている私たちは、何かを始めたとき、最短で目的を達する道、簡単にうまくいく方法、やり方を知りたがります。学ぶ、とまでも行かない、単に知識として知ることを求め、脳のどこかで知って満足したあとは、次の面白い何かを探していきます。
師は最後に著者にこう告げます。
「弓道の本質は射手が自分自身と生半可でない深い対決をすることにある」と。
生半可ではない深い対決を自分自身とするとは? そして、対決したあと、いったい自分がどう変わっていくのか? これもまた、言葉で問うのは空しいことです。
『それ』としか表現できない何かを追い求めて七転八倒したことが果たして自分にあるのか。ページ数は短い本ですが、様々に考えさせられた1冊でした。
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