晩年のマグダラのマリア(南仏の旅報告―3)
2016年 04月 25日
南仏の旅4日目の訪問地は、マグダラのマリアの(ものだと云われている)聖遺骨が祀られている教会。マグダラのマリアは、迫害を逃れ、船で南仏に到着し、亡くなるまで南仏にいた、という伝説がこの地にはあるんだとか。
…伝説と書きましたが、ここの教会(バジリカ)は、ローマ法王に認められているので、ローマ法王も、マグダラのマリアが南仏に移り住み、この地で亡くなったことを認めているのではないかなと思います。
教会の地下にはマグダラのマリアの頭蓋骨と発掘をしたときに剥がれ落ちた皮膚の一部がガラスケースで展示されています。実は、写メで撮影もしたんですが、2000年前の肉体とはいえ、女性として、頭蓋骨を晒されているのは辛いだろうなと思うので、ブログでは、美しいマリアの石膏像の方をアップさせていただきます。
ずっと曇天続きでしたが、雲一つない青空!

聖マグダラのマリアのバジリカ

マグダラのマリアの聖遺骨の前にあった石膏像

天使に導かれて天に召されているマグダラのマリアの像

たまたま訪れた日は中世祭りが教会周辺で催されてまして、こんな方がいっぱい!

本物の狼なんだってー

午後に訪れたのは、マグダラのマリアが人生最後の30年余りを祈りと瞑想で過ごしたと云われている洞窟。下から見上げたときには「登るの無理!」って思いましたが、ふーふー云いながらも、一歩一歩進んでいけば、いずれは到着しますねー。登る甲斐ある素晴らしい場所でした。
ここで暮らしていたマグダラのマリア、衣服はそのうち無くなり、長い髪の毛を衣服がわりに身体に巻き、食事は、時々天使が訪れてマリアに与えたんだとか。ちょうどモーゼと共に約束の地を目指して40年間歩き続けたユダヤの民に、神がマナを与えたような感じだったのかもしれません。
ケイシーのリーディングを受けたなかに、前世でマグダラのマリアだった、という女性がいたそうです。自己肯定感が低く、罪悪感に悩んでいたのですが、「主がとっくに許されていることを、なぜあなたは悔いているのか」とリーディングで云われたんだとか(帰国したら、ちゃんと調べます!)。
マグダラのマリアとイエスは恋人同志だったのでは?とか、イエスの子供をマリアは産んでいた、と言っているサイキックの方がいたり、そのようなメッセージを受けたという本も出ていますが、私が信頼しているある方に神様が伝えてきた内容では、マリアとイエスは純粋に師弟関係だった、というものだったそうです。その方によると、マグダラのマリアは子どもを産んでいたそうですが、それはイエスの子ではなく、聖書にも名前が出てくる方でした。マリアがイエスに出会う前、彼はマグダラのマリアの顧客であり、そして、マリアのことが好きだったらしい…(云われてみると、そうだったとしても不思議はないなーと思う人でありました)。



