キューブラー=ロス博士の最期のとき
2015年 08月 07日
1つの対談では、ほぼ、まるまるエリザベス・キューブラー=ロス博士についてお二人は語られています。
当時、脳梗塞で寝たきりとなっていたロス博士が、ドイツの「シュピーゲル」という雑誌のインタビューに対し「死に対するこれまでの自分の学問は何の役にも立たない、精神分析はお金と労力の無駄である」等々述べたそうで、その記事は世界中に衝撃を与えていました。
私は、英語に翻訳された記事を読んだ友人に話を聞いただけなので、実際の記事を読んではないのですが、ロス博士の本はほぼ全て読み続けてきた、いちファンとして「全否定とはすさまじい・・・」と驚いたのを覚えています。
そのロス博士のインタビューについてお二人が語っている部分です。
河合:非常に単純な、バラ色の聖女みたいなイメージをみんなキューブラー=ロス博士にもつわけですね。しかし、彼女自身にしたらたまらんでしょう。そんなことないよと。死ぬということはもっと大変で、自分だっていい加減いやになっているところがあるんだということは、しっかり言っときたいというのは絶対あったと思いますね。
だから新聞記者に、ほんとにすばらしい女性が、静かに、静かに天国に行くように死んでいくというようなイメージをもって取材に来られると、こういうこと言いたくなるんじゃないかと思うんですよ。ちょっと依怙地なおばさんでしょう(笑)。
(中略)
河合:死にゆく途中で、自分の一生やってきたことはほとんど意味がなかったと思うほうが、私はあたりまえやと思いますね。そこでファンレターを見て喜んでいるようでは、話にならんと思うんですよ(笑)。
柳田:ロスが世界中から来た手紙の山にうんざりしている。これはわかるんですよ。だって彼女はもう脳卒中をやり、半身不随になり、そしてアリゾナの赤茶けた砂漠の中にひとり住まいしている。ときどきヘルパー的な人が来るけれども、ほんとに食事するのがやっとというような状況の中で生きていて、そこへどかどかと、どかどかと聖女あつかいするような・・・。
(中略)
河合:それとね、死んでいく人はロスに話を聞いてもらって、そしてロスがいるということによって心安らかになるんですね。でもロスという人は、1人のほうが安らかなんですね。これはものすごくおもしろいんですよ。つまりロスの話を聞く人はいないんですよ。
柳田:そうですね。ロス自身、自分は孤独だって言ってますね。
河合:天才は仕方ないですね。ものすごく孤独ですよ。
柳田:しかも、ロスにインタビューした「シュピーゲル」の記者は、それを非常に惨めな姿として描いているんですね。(中略)
ドイツから取材に行って、アリゾナの小さな町のはずれの質素な一軒家にいるロスを見て、世界的な名声を博したロスが何としたことか、コヨーテの遠吠えが聞こえる暗闇の中にさびしくひとりでいる。こんな悲惨はないというような目でみている・・・。違うんですね。
(中略)
河合:この記者は、ロスはすばらしい人だから幸福な余生を送っているはずだ、という先入観をもっていたのでしょう。しかし、そんな幸福なんていうことは問題じゃない。幸福ったっていろいろ種類があるけど、この記者が考えている幸福というのは一般的幸福ということで、一般的幸福と個性化はまるっきり話が別次元なんですね。それがもうごっちゃになってるんですよ。
長年の溜飲が下がりました。
私も短い時間でしたが、2度ほどロス博士のお宅に行かせていただき、博士と直接話をしました。たしかに依怙地で短気、といえばそうですが、言いかえれば、とても無邪気で正直な方でした。とっくに死ぬ用意はできているのに、なかなか自分を死なせてくれないと神さまに暴言を吐いてましたが、ずっと精神医学の最前線で保守的な医師界や世間の常識と戦い続け、走り続けてきた戦士のような女性に、博士のお母さんがそうだったように、神様が最後に与えた試練だったのかもしれません・・・。
ただ、ベッドで誰かの世話を受けなければ生きていけないという最期の時があんなにも長く続くとはご本人も思っていなかったと思いますが・・・。
でも、それを不幸だと決めつけてしまうのはあまりにも短絡的じゃないかなと思ってましたが、河合隼雄さんと柳田邦夫さんが「一般の幸福とは博士のそれは違う」と言って下さっているのは、博士の最期に対する援護射撃でちょっとホッとしました。
この対談では、ロス博士の幼少期の出来事、父親との関係、そしてロス博士が見つめてみた死後の世界についても語られています。ターミナルケアの看護を確立したシシリー・ソンダースさんのこともお話になっているので、私にはもう珠玉の一章、たまらない対談でした。
そして・・・
ロス博士は自書『人生は廻る輪のように』で、夫の肩に顔を埋めて寝るのが好きだったと書かれているんですが、それについてもお二人は語っています。
柳田:おもしろいなと思ったのは、ロスは率直に自伝の中で、私は夫の肩に顔を埋めて寝るのが好きだったと。そして、エイズの子どもたちのために建てたヒーリングセンター兼自宅が放火されて焼かれてしまうという大変な危機の中で、私は男の肩がほしかったと書いているんですね。しかし男の肩がなくても、すぐに立ちなおって再出発する。あれもすごいことだなと思ったんです。
河合:ところが、男の肩はおまえにやらないって拒否されるでしょう、すごいですよね。だから、生きてる男の肩にもたれるような女性じゃないんですよ(笑)。彼女がもたれられる相手というのは、こちらの世界にはおそらくいないでしょうね。
戦士のようだった博士でも、夫の肩に埋もれて寝るひとときを必要としていたのかと、私も本を読んだときに意外な印象を受けました。でも、ロス博士でさえそうだったんですから、世の多くの女性はそうなのですよ、男性の皆様。
ですから、どうぞもっと女性に肩を貸して下さいませ。・・・顔を埋めたくなるような頼もしい肩(しかも生きている)プリーズですね。