出逢いの不思議
2015年 04月 02日
『人との出会いは偶然ではない。自らの経験にとって必要であるがゆえに、ほかの人々と出会うのである。とはいっても、そのような機会がいつも霊的に活用されているとは限らないが』2751-1』
『すべての人は――この二人の実体がそうであるように―― 目的があって出会うのである。出会いにおいて、二人の理想が同じであるかどうかということは、一方が他方に惹かれるかどうかには関係がない。お互いのさまざまな経験において、あるいは特定の活動時期に、互いの関係の中で自分たちの理想に対して互いに何を為してきたかによる。これが幸福のためのものであったにしろ、苦しみのためのものであったにしろ、それが惹かれ合う心を妨げるものにはならない。
同じように、互いが引き合うことによって、向上することになるのか、あるいは二人の中の何かを破壊することになるかどうかは、これもまた、それぞれの理想がなんであるかによる』2533-7
明日のメルマガで紹介予定のリーディングを2つ。出逢いについでのものです。
夫婦の結びつきがテーマですが、これって人と人との出逢いや繋がりにも言えますよね。
昨日、友人と電話で『出逢い』についての話題になり、ここ最近、人との出逢いや結びつきは、友達とも呼べない、知り合いという遠さでもない・・・。何か、新しい人との繋がりのカテゴリーが必要な関係性が生まれているよね、と盛り上がりました。
初めて会ったのに初めての気がしない人、1年に何度も会えないし、電話もしないのに親しみの度合いが深い人、ケイシーのリーディングにあるように、何か目的があって出逢わされたような人・・・。
魂が呼応して集められているかのように感じる人もいます・・・。
その人達は、友達というカテゴリーには入らないんですよね。
ここ1年、親しくさせていただいている方々の名前を挙げてみても、
天下泰平ブログの滝沢泰平さん、野口整体と合気道の三枝龍生先生、獣医の森井啓二先生、津の赤塚高仁さん、曼荼羅アートを書いている彰子さん、そして不思議のいなくん・・・。
カナダから来日しているマークも、年に3回の来日の他、しょっちゅうメッセージのやりとりをしているので、かなりの密度でコミュニケーションを取り合っているけど、友達とも知り合いとも呼べない一人・・・。もちろん、今は風水の師匠でもあり講師でもありますが、お互いがお互いを見つけることが出来て良かった!と思う一人です。
いま親しくさせていただいている人、あえていえば、何かのために出逢わされた同志かなあー。いなくんの場合には、完全に霊的な出逢いの気がします、最初から友達にはならなかったし・・・。
これからどんな新しい出逢いが待っているのか? そしてどんな関係に発展していくのか、ワクワク楽しみな春です。











