8月6日の広島パート2
2010年 08月 09日
時計の針を先日の8月6日の広島に戻すと・・・。
私が広島市内に住んでいた30年~25年前に比べると、原爆記念式典に集まってくる人の様子や雰囲気が全く違っていたのに、まずは驚きました。
30年前あたりは、まだ社会党が強かったせいでしょうか?
8月6日を目指して集まってくるのは、団体が多かったように思います。様々な平和運動団体のほか、宗教、政治、組合などなど・・・。
胸に「反核」とか「戦争反対」と書いたゼッケンをしていたり、タスキをかけていたり、あるいはプラカードを掲げてチラシを配っている団体様ご一行がゾロゾロ・・・。シュプレヒコールをあげている人たちも多いので、8月6日の広島は「静かに平和を祈る」というよりは、ざわざわ、ゾロゾロとざわついたした感じ。
私は中学、高校と本多勝一の「殺される側の論理」だの「アメリカ合州国」だのを夢中になって読んでいたり、学生鞄の中は教科書の代わりに朝日ジャーナルが入っているヒネた子どもでしたし、大学受験の進学相談で「国際平和に関わりたいので国際政治学科を受けたい」と言った私に「女の子は、家政科でいい」とぬかした超保守的な担任と口を訊かなくなったこともあったくらいでしたが、その私でさえ、この8月6日に集まってくる団体さんが放つ雰囲気やエネルギーは苦手。ひと言でいうと、なんだか近寄りたくない・・・。
だから、8月6日は、あえて平和公園あたりの騒々しさからは離れて過ごしておりました。ところが、25年ぶりに訪ねた8月6日の広島の雰囲気はもっと静かで、まさに平和的。
記念式典に集まっていた方々も、個人ベース。家族連れや親子、友人同士、一人参加・・・。20代の若い人たちも予想以上に多く、猛暑といわれるこの暑い広島に、早朝から、これだけの方々が、自分の意志で集まっているなんて・・・。これは意外でした・・・。
以前の8月6日にあった政治臭さや、アチコチで繰り広げられていた主義主張の応酬は縮小し(あるいは姿を消し)、純粋に個人レベルで、亡くなった方々に対し、鎮魂、慰霊する日、平和を考える日になっていたように感じました。
来年、2011年の8月6日は土曜日。
週末を利用して広島に集合できます!











