「パピヨン」読了
2009年 10月 21日
エリザベス・キューブラーロス博士が、ポーランドのユダヤ人収容所で見たという「蝶」がこの本の重要なテーマになっている。
が、博士が見たというその蝶は、ランディさんが訪れたとき、その収容所の壁にはなかった。
なかっただけではなく、その収容所で長年働いていた職員によると、最初から存在すらしていなかったそうなのだ。
ロス博士によれば、その収容所の壁に刻まれた数多くの蝶を見たことが、博士の人生の大きなターニングポイントとなっている。その蝶の謎を解き明かすことが、精神科医としての1つの課題にもなっていた。
何故「蝶」なんだ? なぜ、収容所の子供たちは死ぬ前、壁に多くの蝶を描き残したんだ?と。
そんな、ロス博士を語る上で欠かすことのできない重要なキーワードであるハズの「蝶の絵」が、そもそも、収容所の壁に存在していなかっただなんて・・・・!?
そんなことがあるのだろうか・・・・?
この本の最後では、その謎が、ランディさんの推理によって解き明かされてはいるんですが、博士が講演で、テレビで、本で語ってきた、収容所の蝶の話。そして、博士手作りの蝶のぬいぐるみを思い出しながら読んでいると、もう背中がぞくぞく。
ロス博士の本をすべて読んできた(ハズ)の私には、上質の推理小説を読んでるようでした。
そして、もう1つ、この本では、ロス博士の晩年の姿、晩年の発言が、テーマになっている。
あれほど亡くなっていく方々に寄り添い、語り、亡くなっていく方々の心理状態を医学的に体系づけてきた博士が、自分の晩年の姿をのろい、生をのろい、神をのろい、罵倒しつづけてきたのは何故か・・・?
私は、ロス博士に2度、博士のご自宅でお会いしている。アリゾナの砂漠の一軒家。スイスの国旗がたなびく家で、最初に行ったときには、たしか、途中から舗装もないガタガタ道を長く車で走ったように思う。
お会いしたのは、1回目が2000年。2回目が2002年。
2000年のときには、グラディス・マクギャレイ医学博士と一緒だったためか、ロス博士は、先生の前に出た小学生のように可愛らしく、またグラディス博士を精神的とても頼りにされている様子が印象的だった(グラディス博士が、ロス博士の主治医だった)。
グラディス博士に少し甘えながら、駄々っ子のようにおしゃべりするロス博士からは、とてもかつての闘志のような姿は想像できなかった私ではありますが・・・。
2002年にお会いしたときには、グラディス博士が一緒でなかった、ということがあってか、素のロス博士の性格が炸裂。病状が進んでいたためか、かなり体調は悪く弱りつつも、その毒舌ぶりは、なんともすさまじく・・・。
私がうっかり、博士のベッドの脇のものを横にずらしたとたんの、爆発的な怒りの洗礼に、私は、心臓が止まるかと思った。なんせ、お会いしてご挨拶した、ほんの10秒後に、烈火のごとく怒られてしまい、一緒に行ったグラディス博士の秘書の方なんて、あまりに何度も怒られて「あっちいけ!」って言われていたっけ・・・。
でも、話が乗ると、ブラックユーモア炸裂で、これほど、あからさまで正直な人もいないであろうと思うほど、自分を飾ったり、よく見せようと全くしない姿に、天晴れ!な感じでありました。
生まれてすぐに死ぬのが人間一番幸せよ、というのが、そのときの博士の言葉でしたが、脳卒中で倒れて、何1つ自分ひとりでは出来なくなった9年間も含め、あれほど自分の人生を正直に生ききった人はいないのではないかと思う。
博士の晩年がどうだったのかも含め、パピヨンは、オススメの1冊です。