毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

窪田幸左衛門さん
広島の世羅郡という少々辺鄙なところにあった光田家のお墓。あまりに遠すぎて、私が1年に1回お墓参りに行くのがやっとという状況が続いていたこともあり、いよいよそのお墓を横浜に移転することとなりました。

今日は、その新しくできたそのお墓の納骨の日でした。

久しぶりに一同に介した親戚の面々。叔父や叔母から私たちが生まれる前の家族の歴史や逸話が聴けるのも楽しい時間です。

そこで「これまで知らなかったファミリーヒストリー」がいくつか登場。私が忘れる前に、覚え書きを兼ねてブログに書いときます。完全に私用のブログです、スミマセン。


母から、母方の曾祖母の実家は、山梨に大きなお屋敷を持っていたのに、戦後の農地改革でそのほとんどを失った、と聞いたことがあるのですが、そのお屋敷と同じ家なのかどうか、母方の先祖の1人が本日判明。

叔母たちが「山梨の郷土資料館や郷土史に載っている人よ。窪田という名字で、大きな水路を山梨にたくさん作った人。大きなお屋敷に住んでたんだけど、誰も住まなくなったから、今は市の資料館になっているはず」とゴニョゴニョ話すのを聴きながら、ネットで検索したら、出てきましたー。

窪田幸左衛門さん。

このサイトにはこう書かれています。
山梨県歴史上最高の土木技術者 明野村浅尾新田 窪田幸左衛門

窪田幸左衛門のかかわった山梨県下の諸堰
資料(『明野村誌』資料編 第十四編 明野村内の各種用水堰)一部加筆

明野村内における窪田幸左衛門の事跡とその業跡は、各種堰史の中に縷々述べてあるので、その資料の重複をさけるが、この項には特に明野村以外の水利事業に貢献した足跡を若干紹介してみたい。
窪田幸文家に残される資料だけからみても、それは驚くべき広域にわたっている。

たとえば
隣村江草村の嘉納堰(文政七年 一八二四)
塩川筋比志村の定式用水路(文政九年 一八二六)
穴平村の遠照寺堰(天保二年 一八三一)
神戸村の用水堰(天保三年 一八三二)
都留郡平栗村用水路(天保四年 一八三三)
一宮村宮堰の再修(天保五年 一八三四)
柳平・上今井・長久保三力村の八ヶ岳谷水の引水願い(天保十二年一八四一)
甲府上府中町々の飲用水(天保十四年 一八四三)
等、編纂資料のごとくである。
そのはか幸左衛門が普請のため見分に歩いたことを証明する添書、添触、御用書付、荷物添触等によってみると、谷村辺用水路、上野原宿用水路、遠くは駿州安倍川通りにまで及んでいる。
~以下、たくさん書かれています~


おー、すごいじゃないですか! 残念ながら、私はこのDNAを受け継いでおりませぬが、明野町は町の名前のとおり、明るくとても良いところでした。そっかー、あそこに先祖が住んでいたんですねー。そして、窪田辛左衛門さん、高齢になってもずっと現役で活躍されたらしく『不世出の遺業を成し遂げた傑物』とまで書かれています。嬉しいかぎり。

八十歳過ぎの高齢でありながら、新倉掘技工事には遠路遥々茅ケ岳山麓から出張を繰り返しており、船津村村民を説得したり、新倉村村民の協力を求めて、まさに東奔西走の毎日を送って、この事業の完遂を図っているのである。
このように窪田辛左衛門の一生は、まさに明野村一村の水利に貢献した人というよりも、近代の夜明け前に、不世出の遺業を成し遂げた傑物といってよいだろう。

住んでいたお屋敷は資料館になっていたと叔母たちは云っていましたが、検索では探しきれませんでした。山梨県にお住まいの方でご存じの方がいらしたら、教えて下さい。是非一度、訪れたいと思います。


       こんな方です。ひーひーおじいちゃんくらいでしょうか
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# by hiroshimapop | 2017-03-07 17:07 | 日記 | Comments(0)
羽を無くしたインコのRheaちゃん
フェイスブックで紹介されるたびに、何度もクリックしてしまう羽を無くしたインコのRheaちゃんの動画。

生まれたばかりの頃、ウイルスに感染して羽が生えなくなってしまったこの鳥。人間だったら、きっと気に病んでしまう状況でしょうが、Rheaちゃんは自分のこと、可哀相な鳥だとは絶対に思ってないはず。この幸せそうな様子!

自分の容姿や生まれた境遇をクヨクヨ悩んでしまうのは人間だけ・・・?
Rheaちゃんの幸せそうな歌声聴きながら、置かれた場所で咲かなきゃなぁと人間の私は反省したり・・・


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# by hiroshimapop | 2017-03-06 12:08 | 日記 | Comments(0)
祈りを身体に貯める
テンプルでときどきアップしているインタビューコーナー。
川口久美子さんのインタビューに引きつづき、山口弘美さんのインタビュー原稿も出来上がってきました。山口さんは、セラピストでもあり、奈良の大峰山、蛇の倉の行者でもあります。こちらもWEBの準備ができたら、UP予定です。

今日は山口さんのインタビューのごく一部をご紹介。行者はある意味、祈ることが仕事。そんな祈りについての部分です。

テンプル)
さて、ここからは神仏への祈りや先祖供養についてお話を伺いたいと思います。まず、そもそも「祈り」はなぜ必要なんでしょうか?

山口:
私が山で教わったのは、「祈り」を行うのは万物万象の霊長であり、自然界の調整役を受け持っている人間の大切な役目であるということ。そして地球のみならず、宇宙の環境を整えるためにも重要であるということです。というのも、人間の体に沢山含まれている水分が祈りの言霊の響き=波動によって良い状態に整えられ、それによって周囲にもその波動が伝わっていきますから。まず一人が祈り、やがて100人、1000人……と連鎖していくと、その方々のいる場所は空気が綺麗になっていくんですね。そして木々や水、大気、土など全てが影響を及ぼし合って、みんな綺麗になっていくんですよ。

昔は女性の33歳の厄年、男性41歳の厄年までに35万巻のお祈りをするというのが、万物霊長の役割であり約束事だったそうです。人間は『いただきます』と言って食事をいただきますが、それはいろいろな生き物の命をいただいているということ。その命に対する感謝とともに、万物万象の育みとなる祈りを捧げて、自然にお返しをしていくんですね。

テンプル:
なるほど。利他や感謝の気持ちで祈りをするのが大切だということですね。祈りというと、どうしても自分のお願い事をしてしまうという人は多いと思いますが。

山口:
もちろん、ご自身のためのお祈りはどんどんしていただいていいんです。それが祈るきっかけにもなりますから。ただ、祈りを深めていくと、利他のためにやっているようでもまず祈りをしている自分自身が言霊の良い波動を吸収しますから、結局は自分のためになっているんです。私自身は修行に入った頃、自分の丹田や細胞の隅々にまで祈りの言霊が行き渡り、それによって精神力が強くなったり気持ちが安定して穏やかになったり、ということをまず実感しました。

とくに今この東京や都会で暮らす人には、自分の身を守るためにも必要なのではないかなと思います。実際に私のセラピーを学ばれた生徒さんの中には般若心経を熱心にあげられる方がいらっしゃって、もともと体が弱かったのですが今はすっかり丈夫になってしまいました。経済的にも羨ましいくらいにどんどん豊かになってきているんですよ(笑)。ほかにもそういう実例をあげたら数えきれないほど。ですから私の経験上、自分を守って豊かにし、幸せにするということに一番手っ取り早いのも「祈り」であると言えますね。

テンプル:
行者さんの場合には、祈りの意味合いが一般とは少し違うような気がします。以前、山口さんが『行者は1万巻、2万巻の祈りを自分に溜めて、それを法力に変えて人を癒したり霊を祓ったりする』と仰っていましたよね。祈りを人のために使うとはどういうことですか?

山口:
行者は法印を切り、呪文を唱えることで様々な御祈願を成就に導くような修行をしています。それには魂の力や念力を強くすることが必要なのですが、そういった力を強くするものが「祈り」なのです。ですから行者は修行中、いかに祈りをあげられるかということに日夜、専念しています。というのは、祈りが自分の魂に織り込まれていないと、何万巻の経文を唱えたとしても、その祈りは神仏に届く前にほとんど自分の中に吸収されてしまうだけですから。

蛇の倉では通常、般若心経を祈りの経文として唱えていますが、たとえば7巻のうち、1巻だけが神様のところにようやく届き、残りは自分の細胞に入ってしまう。そうイメージしていただけると分かりやすいでしょうか。誰か病人の方のために『1万巻の般若心経をあげるので、その祈りの力で病人を助けて下さい』と神仏に祈ることがありますが、その場合にも、まずは自分の細胞の中に十分な祈りの力を貯金しておくことが必要なんです。そうしてその1万巻の祈りを神仏に受け取っていただく代わりに、病人を助けていただく、ということをするわけです。

ですから、祈れば祈るほど、祈りの回数を重ねれば重ねるほど祈りの力は自分の中に溜まり、神仏を動かす念力となります。それが自分の細胞の隅々にまで届いたときに初めて、ようやくその祈りによって強くなった念力や法力を人のために使えるようになるんですね。誰かのための御祈願や滝行、護摩焚き。これらはすべて、この念力が強くないと出来ません。たとえ知識として九字の切り方を知っていたとしても、ただ経文を口に出すだけ、印を結んだだけでは現実に影響を及ぼすほどの力を発揮することは不可能です。また、霊を鎮めたり、災いや邪気から身を守ったりするのにもそれなりの念力が必要です。行者はその念力を高めるために、何万巻も祈りをしていくわけです。

行者になったワケ、先祖供養の大切さ、などたくさんお話しを伺っています。
インタビューのUPをお楽しみに!


# by hiroshimapop | 2017-03-03 16:33 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)
ほうれい線ビフォー&アフター
先日、津の赤塚さんのところで水素風呂の勉強会が開かれたので、行ってきました。そこで、ご自身の水素風呂ビフォー&アフターの写真が雑誌に掲載されたという女性とお会いしたんですが、気になるほうれい線が3週間ほどの入浴で薄くなったと。
実際、雑誌に掲載された写真をみると明らかに薄くなってます。雑誌には掲載されなかった反対側のほっぺには目の下にシミがあったんですが、それも半分くらいの薄さに・・・。

やったことはいたってシンプルで、湯船に入っているときに、お風呂のお湯を何度もパシャパシャ顔にかけただけ。そこにいた女性全員が「私もやる!」と云ったのはいうまでもありませぬ。

水素はすぐに消えるし意味ない、科学的にありえないという声、実は理系の方から何度かいただきました。でも女性は科学的にどうこうという机上の議論より、入ればキレイになるので、それでOKなんですよねー。

最近私の友人が入り始めたんですが、翌朝のお肌が断然違う、ツルツルと喜んでおります。ただ、翌日ひたすら眠かったそうですが(私も、使い始めの頃は眠かったです)・・・。

お肌の調子が気になる方、お試し下さい。

追記:エネルギーに敏感な友人が最近、水素風呂を使い始めたんですが、入浴している間、水素が肌を通して身体に入ってくるのを体感しているそうで、いい感じだと申しております。
さらに、すでに30年前から水素水を飲んだりお風呂に入れたりしている、という女性とも出会ったんですが、今は簡単に水素風呂に入れるようになって助かっていると云われていました。

# by hiroshimapop | 2017-03-01 11:49 | 水素風呂レンタル | Comments(0)
共感とともに話を聴かれるだけで身体も変わる
先週の日曜日、コネクション・プラクティス講師、川口久美子さんにインタビューしてきました。このインタビューは3月中にアップしたいので、早速テープ起こしをやってます・・・。

川口さんのお話しはインタビューアップまでお待ちいただくとして、同席して下さっていた高橋真澄さんのお話しも興味深かったので、その一部をご紹介。

女性として思わず私が反応してしまった部分です(笑)。

高橋さんがコネプラに出会ったのはまだ1年1ヶ月前。本業はIT関係の会社の社長さんですが、その後深くコネプラを学ばれ、今では久美子さんの右腕として一緒に行動をともにされることも多くなっています。


~以下インタビュー部分~

高橋)
僕はアメリカの合宿から戻ってきたばかりなんですが、3日ほど前、合宿ではこんなことがあった、あんな体験をした・・・と妻と話しをしていました。すると何か妻の心に引っかかりを感じたので、妻のその心のモヤモヤについて共感的に妻の話を聴いたり、コヒーランスを使ってワークをしました。すると妻の子供の頃の心の傷が見えてきました。NVCでは心の傷を癒すためのワークがあるのでそれを妻と実践していたら妻の心の傷がだんだん癒えてきました。だいたい2時間くらい話していたと思います。そして今朝、妻が起きてきて「肌のハリが全然違う!」というんですよ。すごい艶々していると。

光田)
羨ましい! 私もやってほしい! その2時間のセッション。

高橋)
ホントに劇的に変わっていて、表情も柔らかくなって「他に何かやった?」と聞いても「いや、あの夜、子供の頃からずっと心にあったつっかえが消えたからだ」と言うんです。子供の頃、妻の心の中に芽生えていた「私はいらない子じゃないのか?」という思いがその後の人生のあらゆるところに影響を与えていたので、それを癒していったんですが、その癒しが起こった2日後、妻の肌や艶々になっていたという・・・。

光田)
普通、奥様がこういうことを勉強しても、夫の理解と協力が得られず、うるさがれるだけですが、ご主人が学ばれ、そして奥様の話を共感的にずっと聴いてもらえるというのは、それだけで十分癒しですよね。その内なる癒しが肌の艶に出てくるというのも面白いです。そして、同じ女性として、愛する男性が自分の話を繋がりと共感を感じながら聴いてくれるという奥様が羨ましくてしょうがないですねぇ。IT会社の社長さんとは思えないですよねー。

高橋)
いやITの「I」は愛ですよ。愛がないまま作られたソフトは、結局は使いずらくて誰にも使われないソフトになってしまうんですよ。

~引用おわり~


これ、美容液いらずの最強の美容法! 愛と共感の心で話を聴いてもらえるだけで、肌が変わるなんて面白いですねー。

うちの妻は最近キレイじゃないと思われている夫の皆様、それはあなたが妻の話を心から聴いてないからかもよー。そしてその反対もありき。最近うちの旦那は元気がないと思われているなら、ご主人の話をじっくり共感しながら聴く時間をもっと持つといいのかもー。

これを書きながらふと思い出したのは、私の父は毎晩、仕事から帰ると自分が眠くなるまでの3~4時間、母を相手に晩酌しながらあーだこーだとよく喋っていた人だったんですが、そういえば、私は両親が風邪をひいたり寝込んだ姿を1度も見たことがない。毎晩父の話を聞き続けている母に、それを知っている誰もが同情してましたが、あの時間が両親にとって(特に父にとっては)病気知らずの秘訣だったのかもー(コネプラをやっている人に起こることとして、体温が上がる、元気になるというのがあるんです)。


コネクション・プラクティスは日本で教えられ初めてからまだ2年ほどの新しいコミュニケーション法。セミナー案内でも少しご紹介していますが、これは、愛とともに内なる自己と繋がり、人と繋がり、そして無限の叡智と繋がるシンプルなメソッド。

そのコネクションプラクティスの入門セミナー、仙台で開催します。
川崎セミナーは募集開始から24時間で満席になってしまいました(キャンセル待ちの受付も終了)が、仙台会場はまだまだ受付中。東北の皆様、ぜひ学びにいらして下さい。

【仙 台】
日 時:2017年4月23日(日)13時~16時(開場12時30分)
会 場:仙台市 市営地下鉄南北線「旭ヶ丘駅」近く
参加費:5,000円

お申込はこちらから
詳細はこちらから


# by hiroshimapop | 2017-02-28 14:02 | 世界は不思議に満ちている | Comments(3)
ホームにて
昨日、中島みゆきさんの歌を様々な歌手の方が歌うリスペクトライブに行ってきました。2階席の隅っこの席で遠すぎて歌手の顔は見えず・・・。さらに前の座席の方が前のめりで聴かれるので、その人の頭が死角となって私はステージを見るために身体をずっと傾けていた・・・というなんとも哀しい状況でしたが(泣)、コンサートはハートフルで素敵な時間となりました。

歌手の方にも中島みゆきさんの歌に思い出あり、そして聴く人それぞれにもやはり思い出があり・・・

私が高校の頃は、中島みゆきさんのオールナイトニッポンが毎週1回ラジオから流れており、私は真夜中に頑張って聴いてました。当時つきあってた幼なじみとは遠距離恋愛だったこともあり、毎週のその2時間が唯一「同じ音を共有できる」時。だから、中島みゆきさんの歌はよく聴いてました。

いやぁ、甘酸っぱく懐かしい。

そして、昨日歌われた1曲が「ホームにて」。こんな歌です(1分頃からスタート)



その歌を聴きながら私の心に浮かんできていたのは、夜のホーム、夜の寝台特急電車。
田舎の夜のホームって独特なんですよねぇ。

小学校の頃までは新幹線がまだ広島に通ってない時代。夏休みや冬休みになると、東京や横浜に住んでいる親戚に会いに、家族で乗るのは東京までの寝台特急。夜9時頃広島駅を出ると朝、東京に到着します。

狭い寝台車のベッドの中で窓に顔をつけ、ガタンゴトン走る電車の音、時々きしむレールの音、踏切の音、そんな音を聴きながら、通り過ぎていく家々の灯りや景色を見るのが好きでした。たぶん一生会うこともすれ違うこともない人たちの暮らしの灯りや、歩くこともないだろう道を電車の窓から見ているっていうのがなんだか不思議で・・・。飽きることなくずっと見てました。

寝台車、大人になって1回だけ出雲に行くときに乗りましたが、今は寝台車で旅をする方が時間もお金も贅沢。でも電車に揺られながら寝るのって、これがまたいいんだなぁ。
あー、また寝台車に乗ってどこかに行きたい・・・。

# by hiroshimapop | 2017-02-20 11:56 | 日記 | Comments(0)
たのしめ!
ほぼ日刊イトイ新聞の昨日のエッセイ。あとできっと読み返したくなると思ったので、自分のブログに貼り付けてしまいます。糸井さん、無断借用ごめんなさい。

・人のことばで、とても助けられるということがある。
 いかにも見事な名言もいいのだけれど、
 もっと、すっとこころに届くようなことばがありがたい。
 ぼくは、いま矢沢永吉のことばに助けられている最中だ。

 なかなかのハードワークを目の前にして、
 周囲の人だとか、経験者だとかが、
 それがどれほどつらいことなのかを教えてくれて、
 「がんばってください」とリハビリ担当者のように言う。
 そうか、そんなに恐ろしいことなのかと、ぼくも思う。
 どうしてもむつかしいようなら、
 多少の予定を変更してもいいのではないか、
 というような提案さえもあった。
 こどものころの、「きもだめし」のようではある。
 だんだんそうやって言われているうちに、
 これまでもよく、じぶんに言い聞かせてきた
 おまじないのようなことばを思い出したわけだ。
 「たのしめ!」である。

 これは、矢沢永吉がじぶん自身に言うことばだそうだ。
 うねって波打つような大観衆を前にして、
 たったひとりでステージに出て行くときには、
 矢沢でも特別な緊張感に襲われるのだという。
 そのとき、「いいぞ、矢沢、たのしめ!」と、
 もうひとりのじぶんから声をかけるのだという。
 
 そんなおまじないのようなことばが効くのかと言えば、
 まちがいない、「たしかに効く」のである。
 緊張や恐怖から逃げようとすると、ますます怖くなる。
 それよりは、緊張も恐怖も「よく来たな」と迎え入れる。
 それが「たのしめ!」なのだと思う。
 たった4文字で、これほどありがたい呪文はないよ。
 
 いまの時期、受験生なんかもそうだろうけれど、
 逃げ出したくなるような状況を前にしている人は、
 たくさんいると思う。
 そういう人たち、「たのしめ!」だよ。
 それで結果もうまく行くのかと問われれば、
 「それはわからない」としか答えられないのだけれど、
 つらくて逃げ出そうとしているじぶんよりも、
 「たのしむ」じぶんに会えるほうが、いいと思わない?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あと、「こっちから先に好きになる」ってのも、いいねー。

# by hiroshimapop | 2017-02-18 00:38 | 日記 | Comments(0)
熱海の興亜観音
ここには不思議なご縁でお参りすることになりました。

何故だか分かりませんが、昨年末からキッチンで食器を洗っているときなどにふと、殉国七士廟と広田弘毅さんのことが頭に浮かぶことがありました。

城山三郎さんが広田弘毅さんについて書いた『落日燃ゆ』。この本だけは読むが辛そうだからとずっと敬遠してたものの、いよいよ『落日燃ゆ』を読まないといけないのかもー、などとツラツラ思っていた1月のある日、電車の中で、やはり唐突に殉国七士廟と広田弘毅さんのことが頭をよぎる。

なぜに殉国七士廟が私の頭をよぎる? 

よく分からないけど、遠いから私は行けない。でも、この人なら興味あるかもと、ある友人に「お参りいかがですか?」とメール。その時チェックしたサイトに、A級戦犯だった7人の遺骨は、最初、熱海に祀られたと書かれてあったので、熱海のどこだろうとなんとなく思っていたところ・・・。

翌朝、大峰山蛇の倉の修験行者でもある山口弘美さんから「昨日伊豆に日帰りで行ったら、夕方、何故か車が故障して急遽伊豆に一泊。これから熱海の興亜観音にお参りに行きます。ここはA級戦犯が最初に祀られた観音堂です」とメールが。

前日、どこにあるんだろう?と思っていた場所に翌日友人がお参りに行くというシンクロ。しかも後から話を聞くと、車の故障は修理工場で点検してもらっても原因が分からず、仕方なく軽自動車を代車で借りることに。その軽自動車で東京に帰る途中、そういえば、熱海に蛇の倉の行者さんたちが慰霊のために何度も奈良からお参りに来ていた興亜観音があったなぁと思い出して寄ることにしたのだそう。

行ってみれば、そこは軽自動車しか上がれないような急な坂道をあがったところ。

これは、もう何かに導かれたとしか思えない状況だったのでした。

じゃあ『落日燃ゆ』を読み終わったら、私もお参りに連れていって下さい-、などとメールのやりとりをしていたところ、「車の修理が終わり、明日、伊豆に軽自動車を返しに行くことになったので、明日だったら興亜観音連れていってあげられる」と別の友人からメールが。

そしてその日は、私が唯一動ける日。

というわけで、頭で考えてもワケは分かりませんが、急遽、興亜観音にお参りに行ってきました。

興亜観音は、もともと志那事変(昭和12年~)で亡くなった兵士の方々を敵味方の区別なく慰霊するために建てられたものなのだそう。この観音堂を建立した松井石根大将自身はA級戦犯として処刑されてしまうのですが、松井大将の遺志をついで観音堂をずっと大切に護られている方の献身で、熱海を一望できる伊豆山の清浄な空気のなか、それはそれは気持ちのよい場所となっていました。

観音堂を護られている方ともお会いできたのですが、下界の垢にまみれていないというか、これほどまでに純粋な魂の方がまだいらっしゃったのかと思うほどのピュアな方。興亜観音にお参りしたあと何度も友人たちと「あの方とお会いできたのがとにかく素晴らしかった」と言い合ってました。

もし、熱海に行かれることがあれば、ぜひお参り下さい(アクセスなどはこちらをチェック)。坂道を上がるので、歩きやすい靴は必須です。ただし、ここは慰霊のための観音堂なので、その心づもりを・・・。

近くにある伊豆山神社は開運神社としてとても有名な神社です。

余談ですが、山口弘美先生によると、先日、知り合いの先祖供養を頼まれてしていたところ、そのお宅の先祖より、いま地球には争いのエネルギーが溜まりつつあると忠告を受けたそう。また、ある戦没者の慰霊に行ったところ、そこに眠る英霊が「こんな欲にまみれた日本にするために自分たちは命を捧げたわけではない」と嘆いていた、とも聞いたことがあります。

蛇の倉を修験の場として開かれた先生も、英霊の慰霊がまだまだ足りていない、と何度もこの興亜観音を訪れられたのだそう。

アメリカの大統領がトランプとなったいま、特に、心して、一人ひとりが先の戦争で亡くなられた方々の慰霊をするとともに、日本と世界の平安を祈る必要があるのかもしれません。

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ちなみに、殉国七士廟は愛知県西尾市東幡豆町にあります。

『落日燃ゆ』は、広田弘毅さんの最期を知っているだけに、読み進めるのはかなり辛かったです。和平のために地道に根気強く交渉を重ねていく端から、その努力をぶち壊し、無に返すだけではなく、最悪の状況を作ってしまう軍部の愚かさ
広田弘毅さんがどのような人だったのか、何故A級戦犯として亡くなったのか、そのいったんを知る意味でも、ぜひこの機会にお読み下さい。当時の日本軍の状況は『永遠の0』にも詳しく書かれています。






# by hiroshimapop | 2017-02-17 18:23 | 日本の聖地巡り
ひまし油Bセット新古品
ひまし油Bセットをご購入になられた方のご家族から、以下のようなご相談をいただきました。

『ひまし油Bセットをお求め下さったお客さま、あるご病気で入院中だったそうなのですが、残念なことに、ひまし油湿布をすることなく、そして届いた箱を空けることなく、亡くなられたそうなのです。未使用だし、家族は誰も使わないし、もしよければ、必要な方に安く買っていただけないだろうか・・・? そのような内容でした。


そこで、今ご家族の手元にあるひまし油Bセット、2割引きでお譲りしたいそうです。

ご希望の方がいらっしゃいましたら、コメント欄にお名前と電話番号、携帯番号をお書き添えのうえ、非公開でお知らせ下さい。ご家族に伝えさせていただきます。

その後の商品のやりとり、代金のお振り込みなどの連絡は、テンプルでは間に入りませんので、ご家族とご相談して話を進めて下さい。

定価は45,380円 2割引きだと36,304円となります。 

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# by hiroshimapop | 2017-02-16 18:10 | テンプルの商品のご紹介 | Comments(1)
ソマティックのセッションその後の体験談
先月、マイケルさんのソマティック・エナジェティクス(以下、SE)のセッションを受けられたという女性から、こんな体験談が届きました。
SEのセッションを受けたのは、初めてだったそうです。

マイケルさんのSEのグループセッションに参加してしばらく時間が経ってから、これはSE効果?と思える体験をしました。

セッションは1月18日に参加しました。その後31日に「何か周囲の見え方がいつもと違う! 愛に包まれている」と感じていたら、パーンとハートが開き、私はクジラになっていました。

ふとんの上に横たわると、自然に身体が波打つように動き始め、どんどん海の底に潜っていきました。そこは癒しの場で、クジラになって、初めて自分が予想していたより深く傷ついていることに気づきました。

クジラになった私は、たまに海面に出て潮を噴いたりしますが、ほとんどは海の底にいて、それは今でも続いています。

ゆっくりゆっくり癒されているように感じます。

今まで心を閉ざしたまま生きてきたことにも気づき、自分を知ることができました。SE効果でしょうか?

愛に包まれているっていう体感って、なんと素晴らしいんでしょう! それが約2週間後に起こり、今もずっと癒され続けているなんて。

セッション中、同じような体験をされた方は他にもたくさんいらっしゃるようで、クジラやイルカになったというお話しは何名からかお聞きしました。自分が生まれるところを再体験したり、宇宙創世あたりを体験したり、あるいは天使や亡くなった家族と会話したりと、ふかーいふかーい魂の旅を体験をして戻ってきた方のお話しは興味が尽きないですねー。

マイケルさんの次回の来日は7月。次回もぜひ楽しみにご参加下さいませー。

# by hiroshimapop | 2017-02-15 13:55 | ソマティック・エナジェティクス | Comments(0)