毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

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時芽輝農場の池添さん
三重県桑名市でローフード教室の先生をしているSayokoさんにお誘いいただいて、時芽輝農場の池添さんにお会いしに行ってきました。農場は携帯の電波が届かなくなってしまうような松坂市の山の中にありました。

Sayokoさんはずいぶん前から池添さんと親しく、何かのおりにケイシーの話になったのか、テンプルの話になったのか忘れちゃいましたが、池添さん、ずいぶん前にテンプルからひまし油湿布などを取り寄せてやっていた時期があったそうで、では一度お会いしたいですね、ということになったのです。

池添さん、どんな農業をされているかというと、こんなふうに作物を作られているそうです。
農薬・肥料を使わずに緑肥などの草と微生物(EM菌)のチカラを借りて野菜が育つのを見守っています。決して放任栽培ではなく、草刈り・草取り・整枝など物質的なもの与えること以外でできる限りのことはするようにしています。一部不耕起栽培もしていますが、耕運機での耕運もしています。種は基本自家採種です。種蒔や農作業はバイオダイナミック農法の「種まきカレンダー」にそって行っています。


まだ30代半ばとお若いのに、老賢者にあったよう。研究熱心で農業や種の話だけではなく、スピ系どっぷりの話、見えない世界の法則や地球を牛耳る闇権系の裏の話まで、話始めると、どんどん不思議話が出てきました~。

Sayokoさんは昨年、トキハナテという会社を設立したばかりですが、池添さんはトキハナタレテル見本のような方。

なんでも結婚する前、古い民家を借りて一人暮らし始めた時には、ガスも水道もなくて、水は近くの川に汲みに行き、料理は薪。でも、バケツ1杯の水をどう使うか頭を使うし、薪をどうすればキレイに割れるか試行錯誤したり、料理もどれくらい薪を入れれば火加減できるかと、とにかく1つ1つの試行錯誤を楽しめたそう。

田舎で古い家を借りた場合、家をキレイに整備したり、荒れた畑に良い作物ができるまでようやく土づくりが出来たあたりで大家さんに「そろそろ家や畑を返して下さい」と云われてしまうということがあるらしいんですが、池添さんは何処に行こうと、何があろうと、何もないところから始められる自信があるから、「そうなったら、そうなったて、きっと、じゃあ、次はどこに行こうと、その状況からすぐに気持ちを切り替えて、新しい場所で農業始められる」よ云われてました。

自分の身体時計と感覚で生きているので、私たちが行った前日は、晩ご飯は5時で、夕方6時には家族3人で就寝したそう。夜、電話があっても出ることなく、そのまま夢の中・・・。

夕方6時に寝てしまうなんて、ふつーの人は、病気じゃないかぎり、まずないと思いますが、そういう暮らしもあるんだなーと、なんだか嬉しくなってしまいました。

頼もしい! トキハナタレテます!

ここ数年、私もスピリチュアル・ウオーカー(現在はスピリット・ウオーカーというタイトルに改題されてます)を読んだり、八ヶ岳でパーマカルチャーをされている方とお会いして、自分で作物を育てたり、古い機械を修理したり、必要なものは自分で工作しながら暮らすという生き方に触れて、これからは、お金を出して何かを買わないと何もできない生き方ではなく、自然とともに生きる力を自分の内側から目覚めさせる生き方にシフトしたいと思っているんですが、池添さんは、その先駆者の一人かもしれません。

                   時芽輝農場、いいネーミングです!
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                     若くてハンサム、そしてガテン系!
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                   薪が無くなった頃がゴハンの炊きあがり時
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    右側は日本原種の小豆。小豆にもいろんな種類や色があるってこと、初めて知りました。
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池添さん、以前、ご自分のレストランを持っていたり、ローフードシェフもされていたことがあるくらいの料理の腕前ということで、ランチもお願いして、時芽輝農場で収穫された野菜たっぷりのランチも堪能しました。
ちなみに、サツマイモは、薄切りにしたサツマイモの上に塩レモン麹を乗せて蒸し焼きにしただけだそうですがとっても美味しかった!(塩レモン麹がなければ、塩とレモンを載せて蒸し焼きでも美味しいそうです)
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池添さんオススメの本のリスト。普段全く手に取らないような本がいっぱい。興味深い本がたくさんでさっそく1冊注文しました!

読んでない方はぜひスピリット・ウオーカーも読んでみて下さい。
ある人類学者が垣間見た5000年後の地球は、文明が崩壊し、原始的な生活に戻ってました。
 ↓

by hiroshimapop | 2015-11-21 13:02 | 私が出会ったすごい人 | Comments(0)
本棚の本プレゼント again!
ひさしぶりに本棚の本のプレゼント企画です。
今回は、こんな感じの山にしてます(11ヶの山があります)。
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★応募方法
読みたい山があった方は、どの本の山が希望なのか(どれか1つに決めて下さい)と、お名前、メールアドレスを非公開コメントでお知らせ下さい。 
ご住所、電話番号などは、当選した旨のご連絡を差し上げたあとで教えて下さい。 (残念なことに、毎回、メールアドレス書き忘れのために送れない方がいらっしゃいます

送料はこちら負担の宅急便で送ります。ただし、1年以内にテンプルでお買い物をして下さった方(自己申告)優先の先着順です。過去1年間にテンプルで買い物をしたよという方は、それも必ずお書き添え下さいね。
*カバーのない本もあります。それはご容赦下さい。

当選された方には、お知らせいただいたメールあて、後日ご連絡させていただきます。
*11月18日、19日の両日の日中はパソコンが開けないため、夜までブログのコメント欄を確認できません。
*本の発送は21日(土)の予定です。

本のタイトルは写真をご確認下さい。タイトルが読めないものもあるかもしれませんが、それは直感で決めてください。

                  ①言葉を味わう系(鈴木さまにお送りします)
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                  ②たべもの、食事系(浦川さまにお送りします)
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                 ③からだ系(小久保さまにお送りします)
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                  ④お仕事系 (宮田さまにお送りします)
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                 ⑤ともだち系(小山さまにお送りします)
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                 ⑥ 矢作&保江本(依光さまにお送りします)
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                    ⑦ 小説系(出口さまにお送りします)
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                 ⑧ スピ系①(よりみつさまにお送りします)
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                  ⑨ スピ系②(伊巻さまにお送りします)
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                 ⑩ スピ系③(タチバナさまにお送りします)
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                 ⑪ イティハーサ(佐藤さまにお送りします)
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若干ご説明を加えると、
⑤の「ともだち系」には、UFOコンタクティ、ビリー・マイヤーが書かれた小冊子(フィグ・ヤーパン刊)を数冊加えています。


11月20日追記
2日間、車の中か歩いているかの移動が多かったので、ご連絡が遅くなりました。
今回はスピ系②にご希望が集中してましたー。

テンプルでの買い物履歴があるという条件はありますが、基本、早いもの順なので、今回、お送りできなかった方も、次回、ピンと来たら速攻でご連絡下さいね。
by hiroshimapop | 2015-11-17 16:40 | おススメBOOKS | Comments(28)
パワー・オブ・タッチ(その2)
昨日に引き続き、『パワー・オブ・タッチ』のご紹介。
内容を引用するのは、第3章(幼い子どもにふれる必要性)からです。


1248年、ドイツのフレデリック2世は、言葉を聞くことなく育った子どもが何語を話すのか調べるために、とても残酷な実験を行っています。生まれたばかりの赤ちゃんを母親から引き離し、乳母に預けました。ミルクは与えたでしょうが、その乳母は赤ちゃんに話しかけることも触れることも禁じられていました。

果たして、そのように扱われた赤ちゃんは、一体どのような言葉を話し始めたでしょうか?

実はこの実験は失敗に終わりました。言葉を話す年齢になる前に、全ての赤ちゃんが死んでしまったからです。

なんと愛のない実験!

しかし、同じような育児法が19世紀初頭のアメリカでは主流でした。ホルトとワトソンという博士によって推奨された最新の育児法は、赤ちゃんを孤独のまま育てるに等しいものだったのです。

ワトソン博士が書いた本には『母親の必読書』と推薦されていたそうです。
『良識ある子どもの扱い方・・・決して抱きしめてもキスしたりしてはならない。膝に座らせたりしてもいけない。どうしてもキスしなければならないとき、子どもがおやすみを言いに来た時にいは、額に1度だけすること。朝、子どもと握手しなさい。難しいことを子どもが首尾良くやり遂げた時には、頭を軽く叩いてあげなさい・・・』


ホルト博士の育児法も負けず劣らず凄まじい。
『ゆりかごは捨てなさい。赤ちゃんが泣いても抱き上げてはいけません。時間がくるまで授乳してはいけません。必要なおむつ替えや授乳の時以外、むやみに抱いて甘やかさないこと』

これが主流の育児法だったなんて…!残酷で、愛情のかけらもない。赤の他人だって、赤ちゃんが泣いていたら抱き上げてあやしたくなりますよね。 それは人間として、生き物としての本能みたいなもの。それこそ赤ちゃんが求めているもの。なのに、その本能的な行為を真っ向から否定しています。

このワトソンとホルト博士自身は親の愛に包まれた経験なく育ってしまった人なのではないでしょうか。親との暖かな記憶が1つでもあれば、こんな機械のように赤ちゃんを扱う育児法を提唱するわけないと思うのですが・・・。

しかし、恐ろしいことに、この育児法に基づき、当時の子どもたちは育てられ、いまだアメリカで生き続けているらしいのです。こんなことしか書いてない育児法やマニュアルなんて、くそ喰らえ、です。

しかし考えてみると、今の日本では、病院で出産すると、よほど母子関係にポリシーのある病院でないかぎり、ほぼ100%に近いくらい新生児室に連れていかれてしまいます。母体を休ませ、病院サイドも赤ちゃんを一元管理できるというメリットもあるのでしょう。でも、そこには赤ちゃんが本当に必要としているニーズはほとんど顧みられていません。

私は生後すぐ、田舎の産院から大きな病院に転院させられ、しばらくの間、母親と引き離されてしまった一人。この本には新生児、乳幼児がいかに母親とのスキンシップを必要としているかが書かれているんですが、それらを読み進めるにつれ、私は自分のこの人生を、なんと孤独な環境の中でスタートしてしまったのかと、当時の赤ちゃんである自分を想像すると、本当に痛々しく可哀相になってきます。

泣いてもすぐに抱き上げてはもらえなかったでしょうし、母親の胸のぬくもりの中で母乳を飲む機会もなかったでしょうし・・・。

いまも、色んな事に諦めが早いのも、ちょっと人間嫌いなところがあるのも、もしかしたら、この時の経験が魂の奥底で残っているからかもしれませんねー。

*母親のために、フォローをしておくと、その後の私は母親ベッタリの育児を受けています。母は自宅で仕事をしていたので、常に私は母の背中におんぶされ、床に降ろすと泣く、母がトイレに行くと泣くという子どもだったそうです。ただ、母の背中に始終おぶられていたせいで、しっかりO脚(涙)


さて、赤ちゃんが母親から肉体的なケアを受けること(泣いたら抱き上げられること、ふれられること)がいかに大切か、著者は興味深い示唆をいくつも書いています。

その一部をご紹介します(少し短く書き直している部分があります)
ある研究では、出産直後の4時間に優しく愛撫された平均的新生児は2分しか泣かないのに対して、母親から離されて新生児室のベッドに寝かされていた新生児は38分泣く、という結果が出ています。

長いこと泣かせておくことで、赤ちゃんは想像以上にストレスを受けています。赤ちゃんにかなりのダメージを与えているのです。泣くことで蓄えていたエネルギーは消耗され、カロリーは消費されます。それに赤ちゃんはへとへとに疲れてしまうでしょう。

赤ちゃんには出生直後からのお母さんとのコンタクトが必須です。そうすることで、身体が暖まり、呼吸と脈拍が安定し、びっくりするような反射は少なくなります。

それまで原因不明だった乳幼児の死亡の原因について研究が行われ、タッチが足りないこととの関係性が指摘されたのは第二次世界大戦後でした。優しい愛に満ちたケアが適用されたところでは、乳児死亡率が劇的に減少しました。子どもが生きて、健康に発育するためには、抱きしめたり、優しく愛撫したり、優しく言葉をかけたりすることが必要です。こうしたからといって決して子どもは暴君になりません。ほとんどふれられずにいると、赤ちゃんは死んでしまいます。実に簡単なことです。タッチは生きるために必要なのです。

(猿を使った実験で)布でできた動かない母親に育てられた猿は、社会的に孤立した時の影響を示しました。代理母が動かないので、小猿は自分で繰り返し身体を揺すっていました。動く代理母を使った場合には、小猿は身体を揺すりませんでした。赤ちゃんには揺する動きが必要であることが分かります。何かの理由で動くことができなかった乳幼児、子ども、大人は、怒りや暴力にはじまり、おかしな考えを抱いたり、多動になったり、考えがまとまらなくなったり、様々な情緒障害を起こします。

泣くとすぐにふれられたり静かに揺すられたりしてきた赤ちゃんは、泣いても放っておかれた赤ちゃんに比べ、3歳までにより自立します。

生後3ヶ月になるまで、毎日最低3時間は母親に抱かれていた赤ちゃんは、そうされていなかった赤ちゃんよりずっと順調に育っていました。毎日約2時間長く抱かれていた子どもは、驚くべきことに泣く率が43%低かったのです。とりわけ夕方の忙しい時間帯には、そうした赤ちゃんは泣く率が51%低いことを、カナダのマックギル大学医学武のフンジッカーとバールがつきとめました。

親にスキンシップを求めている時に、その求めに応じてもらえなかった赤ちゃんは、「不安を隠すアタッチメント」になります。つまり、親が子どもを抱き上げてあやさずに、子どもの要求をはねつけていると、やがては子どもは自己防衛機能として、自分の感情を表に出さなくなることが分かっているそうです。つまり、赤ちゃんは、自分が最も不安で動揺しているとき、一番母親を必要としているときに、母親を避けるようになります。再び拒絶させらえるのを避けるためです。そういう赤ちゃんは、人を信頼せず、親密な愛情を抱くことができない大人になってしまいます。きっと自分の子どもを自分が扱われたと同じように扱うようになるでしょう。このようにしてタッチしないという悪習慣が綿々と続いていくのです。


自分が子どもの頃、親から十分なタッチを受けていなかったと愕然としてしまう方も、自分の子どもに対し、十分な触れあいをしてこなかったことに気がついた方も、これから、周りの人とふれあうことはできます。

10代の男の子はむやみに触られるのを好まないと思います。でも、その代わり、彼らは武道やスポーツで仲間と肉体的に触れあってます。大人も、自分からふれることができなくても、マッサージを受けたり、整体を受けることができます。人間に触れられない人や子どもも、犬や猫の世話をしたり抱きしめることは出来るかもしれません。

そうやって代替のふれあいを、私たちは、無意識に受けたり、したりしているんですね。

第2章(「ふれる」という感覚について)の最後に著者はこのようなことを読者に問いかけています。
タッチは、この世界に対しての、あなた自身の身体表現です。手を伸ばしますか。 控えめに歓迎しますか。それともちょっとためらいますか。 腕組みして抵抗しますか。まったく避けることもできます。

ふれたりふれられたりすることは楽しいことでしょうか。なんだか自分の存在が脅かされているような恐ろしさがあるでしょうか。とても勇気がいることでしょうか。

私たちはもう赤ちゃんではありませんから、身体にふれる以外にも愛を交換する方法は知っています。ただタッチは、どれくらい私たちが愛せるかを測る物差しです。何かのためにタッチが必要なのではなく、タッチそのものが必要なのです。

タッチはあなたが人生、経験、友情、愛とどうかかわっているかの象徴です。

タッチは力強く、愛しいものです。でも同時に、幼い時にタッチと結びつけた意味や感情と向き合うことも求められていますから、自らの存在を問うようなちょっと怖いものでもあります。


私も含め多くの人が、出逢った人に対し、そして新しい世界に対し、大きく手を広げて歓迎するのではなく、腕組みして抵抗したり、警戒心から心を開くのを避けてしまうのではないでしょうか?

なんか、それってつまらないなぁと思います。周りの人や好きな人、新しい世界に自分から手を伸ばすのは、最初は勇気がいることかもしれません。でも、出来ないままをずっと続けていても何も始まらない。必要なのは、ちょっとの勇気と練習かな。
by hiroshimapop | 2015-11-15 09:40 | おススメBOOKS | Comments(5)
パワー・オブ・タッチ
10年近く本棚に入れたまま、ずっと読まずにいた1冊。今週、ようやく手にとりました。

三砂ちづるさんが書かれた本だと思ってましたが、翻訳本でした(著者より翻訳者が目立つ装丁デザインは、かなり残念)。すでに版元で品切れで、この本の入手は中古か図書館で見つけていただきたいのですが、三砂さんが書かれた『抱きしめられたかったあなたへ』が、同内容かと思います。

この本は、「人とふれること」「ふれあうこと」がいかに人間にとって大切なことなのかが解説されたものです。ふれることは、酸素や水、食事や排泄、睡眠や休息と同じくらいに必要な「生存ための基本的ニーズ」である、犬や猫は簡単に手に入れているものを人は手に入れていない、とも書かれています。

動物は常にお互いを触れあっています。自分の子どもがケガをすると親である動物は子どもを舐めたりさすったりします。でも人間は、自分の子どもがケガをすると「泣くんじゃないの!」と怒られ、絆創膏を貼られて終わり。そうやって、私たち人間は大人になっていくのです・・・。

私はまずこの本が、アメリカ人によって書かれていたことに驚きました。日本と違って、ふれることを十分満たしている文化じゃないの?と思ってました。

欧米の人たちは、日本人に比べ遙かにハグをします。親子、友だち、知人に対し、軽くであっても、会えば常にハグをしたり、頬にキスをしたりしているように思います。映画でもドラマの場面でもそうですし、実際、何度か遊びに行ったバージニアビーチやアリゾナ、テキサスでは、人は出逢うとき、別れるときは、ハグは必須、でしたし・・・。
*巨体のアメリカ人にハグをされると私はその身体に埋もれてしまうので、ハグが嫌で逃げ回ってしまうくらい、滞在先ではハグは日常でした。が、考えたら、ケイシー関係の人やローフード施設といった場所が私の主な滞在先です。フツーのアメリカ人家庭はそんなことはないのでしょうか? よく分かりません・・・

いずれにしても、そんなアメリカ人が「ふれあいやふれあうこと」を不足と感じているなら、日本人は、いったい、どうしたらいいのですかー!と絶望的な気持ちになってしまうほど少ない、ふれあいレベル。この1週間、誰か人と肉体的に接触したのは、満員電車の中で知らない人とだけ、それも嫌々という有り様の人、多いんじゃないでしょうか?

赤ちゃんの場合、栄養は十分でも、人とふれあうことができなければ死んでしまうくらいに大切な「さわってもらうことや抱きしめてもらうこと」。

この本は大切なメッセージがてんこ盛りでした。

なお、この本でテーマになっていることは、性的なふれあいではない、でも、心のこもったふれあいです(性的なふれあいについて書かれた章も、もちろんありますが)。思春期あたりから、人にふれること、特に異性にふれることは、=性的なこと だと思い込んでしまうのは残念なことです。

この本に『言葉では5分もかかるのに、ふれれば5秒で愛情が伝わります。嫌なことばかりあって落ち込んでいる人には、あれこれ励ましの言葉をかけてあげるより、抱きしめてあげるほうがずっと慰めになります。暖かく身体を抱いて迎えてあげれば、それは「あなたに会えてとっても嬉しい」という意味です』と書かれてましたが、まさにそう。

夫婦や恋人同士であれば、なおさら。
最近日本では、寝室を一緒にしないだけじゃなく、全く肉体的にふれあわない夫婦も増えてますよね。そういう夫婦は、喧嘩したとき、いったいどうやって仲直りするんだろう?と私は常々思っているんですが、ふれあったり抱き合ったりしない仲直りって、仲直りしたようで、互いの心の奥底では寂しさが積み上がっている気が私はします。


親子でもふれあいは大事。
そういえば、母の病気が見つかったあと、私は当時1ルームの部屋に住んでましたが、東京の大学病院に通院してもらうために、その1ルームの部屋で母と一緒に暮らし始めました。元気だけが取り得だったのに手術の後はずいぶんと弱ってしまって母と出かけるときには母の腕を組んで支えるように買い物に行ったりゴハンを食べに行ってました。私はそれを何気ない行為としてやっていたんですが、母はそれがとても嬉しかったようで、母の姉たちから電話があると「今日、なおちゃんが腕を組んでくれて一緒に**に行った」「**にゴハンを食べにいった」とよく話してました。一緒にどこかに行った、というだけじゃなく、娘と腕を組んで歩いたこと、娘に肉体的に支えられていたことが母にとっては嬉しかったんだなーと、あらためて、この本を読みながら思い返してました。


第1章(ラビング・タッチ 「ふれる」という愛)から、「ふれるということ」について著者が述べている言葉をいくつかご紹介します。
私が伝えたいのは「ふれることは愛すること」です。あなたの周りをよく見てください。ふれるということがあまりないことに気づくはずです。あったとしても、限られた行為が、限られた人に、限られた程度に行われているだけでしょう。

人と人との関係において、私たちは優しく、暖かくふれることで愛情を表現します。ふつう相手を肯定したり、励ましたり、応援したりする言葉で愛情を表現しますが、一番強い愛情を感じるのは愛情をもって身体にふれられたときです。私たちは心の奥底ではふれられたいと思っているのです。

誰かに抱きしめられたりなでられたりすると、相手が自分のことをどう思っているかわかります。本心を隠すことは容易ではありません。言葉を使えば、話をぼかしたり、あいまいに言ったり、あることを話しているように見えて実はまったく別のことを言うこともできます。「ふれるということ」はそうはいきません。「ふれるということ」は心に直接語りかけます。

人を愛する過程では、ふれることが自然で健康なのです。心の健康にも身体の健康にも必要なのです。そうして自尊心が育まれると研究者は考えています。何かの理由で人を愛することもふれることもやめてしまったら、他人の健康だけでなく、自分の健康も害しはじめます。


私たちに足りないビタミンT(タッチすること/ふれあうこと)。
子どもはもっと、そして生まれたばかりの赤ちゃんや乳幼児はもっと必要としています。子どもがいかにふれることを必要としているか、については、またあらためてご紹介したいと思います。





by hiroshimapop | 2015-11-14 12:06 | おススメBOOKS | Comments(1)
小周天講座  in 大阪(2016年1月11日)
先日東京で開催した三枝龍生先生の小周天講座、ご好評につき、来年早々に、大阪での開催が決定しました。全国ツアーになるかどうかは、まだ分かりませんが、関西、西日本の皆様、テンプルの龍生講座、関西初上陸です。(満席御礼/キャンセル待ちの受付も終了)

東京開催のときには、数時間で満席になってしまったため、公には全く出なかった告知ですが、以下、募集のときに書いたメルマガを貼り付けさせていただきます。
 ↓ ↓

野口整体の整体師であり合気道指導者でもある三枝龍生先生の講座を開催します。

今回のテーマは、ずばり、小周天。
 *小周天をご存じない方はこちらをご参照下さい
  
龍生先生のフェイスブックや掲示板に時々小周天についての書き込みがされています。

~2013年の書き込み~
ヨーガにチャクラという概念があり、気功に小周天という考え方があるが、小周天も当然、任脈上にあるチャクラを巡るものである。
これは、シュルツの自律訓練法を通して、是非、毎日、小周天はやるべきものである。睡眠の質が、大きく変わる。うたた寝をしても、深さが違う。これは、人生を大きく変える。

なぜなら、睡眠の浅い時のヒラメキこそ、最も各人にとって、必要なメッセージであるからだ。


小周天。
本を読むと、練習しないと廻らないように書かれていますが、龍生先生にお聞きすると生きている限り、みんな廻っているよと。でも気がつかないだけ。

上記の龍生先生のコメントにあるように、小周天はチャクラを巡って流れる気のエネルギー。小周天を意識的に動かせるようになると、1つ1つのチャクラにエネルギーが流れ、パワーアップできたり、バランスを整えることもできるようになるらしい。


小周天トレーニングの良書『タオ人間医学』の序文には、こうも書いてあります。

『小周天の中を流れるエネルギーの質は、その人の意識が拡大して内なる光の周波数が上がっていくにつれて変化していく。小周天におけるこのシンプルなエネルギーの環が気で満たされ、その他の経脈や器官にあふれだしていくにしたがい、それらはエネルギーのタマゴのようなかたちで輝く人間のオーラを形成していく…』


小周天・・・。

あるけど気がついていない気の巡り・・・
気がつきもせず、感じもせず生きているのは、もったいない。なんだか身体の機能をうまく稼働せず生きているような気もします。


しか~し!

龍生先生がこれからの混迷の時代、小周天を知っておくことは大切だよ、と言われているのに何も分からず。もちろん、知識としては知っています。

が、体感覚として何も分からず...(涙)


小周天を知識ではなく身体で知りたい、感じたい。きっと同じようなことを思われている方も多いのではないでしょうか?

ということで、開催します、龍生先生の小周天講座。

いま日本の古代文明、カタカムナの学びに力を入れていらっしゃる龍生ですから、古代の日本人が持っていたカタカムナ的な思想も入った小周天講座になるかもしれません・・・。


とはいえ、疑問も沸いてきます。
小周天はすでに誰にでも廻っていて気がついてないだけ。
そうであるなら、その存在に気づくことで、自分の中の何が変わり始めるのでしょうか? 


龍生先生に聞いてみました。

龍生先生のお返事は、

小周天を意識できるようになれば
*ます直感力が上がる
*頭ではなく、身体感覚から回答を得ることできる
 →AとBのどちらに行くべきか、どちらを選んだらいいのか、この食物(人、製品など)が自分に合うかが身体感覚として事前に分かるようになる
*いわば、身体の中に自分だけのコンパス(羅針盤)を得るようなものだ

ということらしい。

龍生先生も、迷ったときには自分の身体感覚に聴くとのこと。

常識的に「ホントにそう?そんなバカな」と思って無視していると、結果として身体の感覚のほうが正しかった、ということが過去何度もあったそうです。


例えば地震があったとき、交通事故や地下鉄事故が起きたとき、周りの人の動きや情報ではなく、自分の直感と体感覚で動けるかどうか、自分の身体に起きた感覚を信頼できるかどうかが生死を分けると言っても過言ではありません。

以前、韓国で発生した地下鉄事故でも、煙に巻かれながらも動こうとしなかった人々の写真が、世界に大きな衝撃を与えました。思いもかけない大事故に巻き込まれたとき、人は以下のような心理状態に陥りやすい
そうです。

*みんながいるから大丈夫
*大丈夫という放送があったから大丈夫
*きっと誤報に違いない


でも、流れてくる情報は信頼できない、正しくないことはこの数年間でよーく体験しましたよね。

これからの時代、自分を信じる、自分の身体を信じる。
これがとても大切になりそうです。

龍生先生は、みな、ちゃんと身体の中にコンパスを持っている、でも錆ついてしまっているんだと言われました。

だったら錆ついたコンパスを磨きましょう。

ローマは1日してならず。
すぐには体感できないかもしれませんが、一人で小周天を練習するより、大勢で練習したほうが相乗効果で体感しやすくなるそうです。

しかも龍生先生、私のような頑固で鈍感体質の人間をなんとかするために、試行錯誤をして下さるそう。

小周天に特化した講座はそうないと思います。
この機会にぜひご参加下さい。


(注意)
*この講座は、小周天を知らない人のための入門講座です。
すでに達人になられている方には物足りないかもしれません。ご参加は大歓迎ですがあらかじめご理解のうえご参加下さい。

*当日は椅子席ではなく、床に直接座って話を聴いたりワークをします。
 ヨガマットやバスタオル、座布団などをご持参下さい。


三枝龍生先生の小周天講座in大阪
日 時:2016年1月11日(祝)10:00~16:30 (開場9:40)
    *途中1時間ほどのお昼休憩が入ります。

講 師:三枝龍生先生(野口整体 整体師 合気道指導者)
会 場:大阪・梅田
定 員:50名 (受付終了)
参加費:11,800円
 事前振込先:三菱東京UFJ銀行 自由が丘駅前支店
 (普通)1529907 ユ)テンプルビユーテイフル
  *クレジットカード(ビザかマスター)での支払いも可

お申込はこちらから(受付終了)
*東京から3名で大阪に行くために、東京よりは若干参加費が高くなってしまいました。その代わり、講座の時間を30分長くしました。


東京で参加された方のお声(一部抜粋)
●静岡県 の**と申します。三枝先 生の講座に参加させて頂くのは、2度目で す。先生の 講座は、皆が家族の様な雰囲気で楽しく参加させて頂けるので大好きです。

講座か ら1週間く らいが経ちました。そんなに一生懸命ではなくて申し訳ないですが、出来る範囲で教えて頂いたことを意識してやっています。

その1週間で 私に起こった変化を箇条書きにしてみようと思います。
1.便通が 良くなりました。もともと、便通は良かったと思いますが、腸が音をたてて動くようになりました。
2.ふくら はぎにあったしこりがとれ、足の裏から冷たいものが出ていくのを感じます。
3.胸が開 いたのか、胸のつまりがとれた感じがあり、とても身体が温かくて気持ちが良いです。ただし、これはまだ改善中という感じです。
4.お腹の 底から気が湧いてくるのを感じ、とても幸せで充実した気持ちで、ゆったりとリラックスしていられます。この感覚は子どもの頃以 来、ずっと忘れていたように思います。
5.頭の てっぺんがすごく気持ち良くて、大きな穴が開いたかのように感じます。何か大きなエネルギーが頭を通して、全身を通っているのを 感じます。
6.なぜか、尾てい骨が痛いです。
7.足がつ りそうになって、朝、起きることがあります。

箇条書 きにしたら、すごく沢山のことがあるように思いますが、全部、繋がっていることだとは思いますが…。
最近、 自分や周りの状況がすごく変わってきていたのですが、続けていくことによって、これから、どんなふうに更に変わっていくのかが、 ものすごく楽しみです。

小周天のことなんて、何もわからずに参加させて頂き、本当に申し訳ないくらいでしたが、三枝先生や他の参加者の方達と接することが出 来、何かを吸収出来たようです。
本当に 有難うございます。また、 ぜひ企画してください。よろしくお願いします。楽しみにしています。


●先日行われた小周天のワークに参加させて頂いた○○と申します(福島の郡山からきましたと挨拶したものです^_^)

ワークとても楽しかったです。先生が笑うとなんだかつられてこちらも笑ってしまいました。先生が参加者の方一人ひとりにワークをし最後は挨拶をして回る姿はある意味衝撃的でもありました、本当にありがとうございました。

ワーク中は思うような動きや体感が出来たとは言い難い私ですが、ワークからの帰りみち確かに身体にエネルギーが流れているのを感じました。

これは私にとって凄いことです

実はここ2~3年身体の調子が悪く去年はほぼ寝たきり、仕事にも行けなくなってしまい今年の春に仕事を辞めました。(身体の一つひとつが全く思う通りにならずどうしていいのかもわからなくなっていました)

ワーク後は身体の中を血が巡っている感覚?とでも言うのでしょうか、久しぶりに全身が温かくなって自然と笑顔に…(*^^*) いつも冷たくなっていた右腕も温かかったです

これはすごい~?と感激してしまいました

ところが家に帰ってからもう一度同じ感覚を得ようと思って習った通りにやってみたのですが、あのエネルギーが身体中に流れる感覚は未だありません。

毎日時間があれば脚をモミモミ…地道にしてますが残念ながらの状態です。
あれは三枝先生が居たからだったのか会場の皆さんのエネルギーがそうさせてくれたのか…不思議です。
ぜひもう一度、というか自分でできるようになりたいと思っています。


そして、講座の最後に、龍生先生と並んで、小周天とともに活元運動のデモを見せて下さったのは愛知県からご参加のご婦人でした。何か武道か何かを長年されている方かと思っていたら、初小周天、初活元運動だったそうです、すっごーい。

●11月3日の三枝龍生先生の小周天講座では大変お世話になりましてありがとうございました。最後のデモンストレーションで前にださせていただきましたのは、私です。愛知県の○○○○と申します(*もの凄く、向学心のある82歳の方でした)。

はじめて龍生先生におめにかかりました。実に 素のまま、自然体ですっと前にお立ちになられました。イメージは“巨人”

私はヨガも知らない、小周天も知らない。左隣の神戸からいらした方も右隣の溝ノ口にお住まいの方も、色々お詳しくていっぱい教えていただきました。

勿論先生が指導して下 さるのですが、言葉も意味もわからないので。先生は私ども一人ひとりを丁寧にフォローして下さって、身体で(言葉だけでなく)わかっ てもらいたい、身体感覚で掴め、という 先生のお気持ちが伝わってきました。

1回目の小周天では全くダメでしたが、場の力や周りの方々のお蔭で2回目で指も身体もかってに動き、身体中、隅から隅までポカポカ温かくなりました。

天と地の間に生かしていただいているヒトであり、人である私共は生きている限り小周天は回っていることが何となくほんの少し解らせていただいたような気がしています。

ほんとうに有難うございました。


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龍生先生の小周天についてのコメントはこちら(表現がちょっと難しいです)
 
~2015年9月14日(一部抜粋)~
小周天は、作るものでなく、流れている河をただ、発見するだけの旅です。無数の気が、体を覆っていますが、そのいわば、大動脈が小周天です。

人は手足を取られても、生きられます。手足取られても、勢いよくグルグル回っているのが、小周天です。この気の巡りがあって、はじめて、人は生きていけます。


~2015年9月2日(一部抜粋)~
世界は地の道、気の道、化の道でできている。地の道はわかりやすく見える道。実は、小周天は交接の時に生じる気の道筋だが、必ずしも、交接で巡るとは限らない。気の巡りがある性行為は奨励されるべきだが、実は、人生で一度も気の巡りを起こす性行為に出逢わないで一生を終える人が殆どである。厳粛な現実だが、小周天が起きなくても、子は生まれる。

逆に言えば、小周天のエクササイズができれば、良質な性行為を体験したのと同じ良質な身体の変化が生まれる。溌剌に生きるには、どうしても必要な気の道筋が小周天である。また小周天ができた時に起こる活元運動こそが、真の活元運動だが、そのときに生ずる腸腰筋の軽い痙攣は、女性がイッタ時に生じる痙攣と同質である。

それは地の道から気の道へ、そして、一度、一瞬、血の道に戻ったと思ったら、化の道に達し、イッてしまった後、また、すぐに血の道に戻った後、また、ボーッと気の道で精神が揺らいでいる贅沢な時間である。
(全文はこちら )


~2015年9月14日(一部抜粋)~
まず「化の道」を知る前に、気の道を知る。その手がかりが、小周天であり、深い活元運動です。本当にあなたが困った時にいつもあなたの側にいるのがこのピク、ピクッと動く深層活元であり、先が見えないあなたの人生の心強い、行灯であり、移動性行灯、提灯です。全く、見えないのとでは余りに大きな違いです。

これからの、見えない世界の必需品だと考えます
(全文はこちら )

by hiroshimapop | 2015-11-13 13:24 | テンプル最新情報 | Comments(2)
珠玉のリーディングで2015年を締めくくる
12月5日(土)東京で、ケイシー講座を開催します。
朝から夕方まで、ケイシーの珠玉のリーディングにどっぷり浸り、味わいつくす1日。スケジュールが空いている方は、ぜひご参加下さいね。



人は、毎日が楽しくてワクワク生きているときには、小説や哲学、詩といった言葉はもしかしたら不要なのかもしれません。

でも、何か人生に躓いたり、気持ちが辛かったり落ち込んで、この人生を消し去ってしまいたくなった時、1冊の本や数ページのエッセイすら読み通すことができなくなっている時には、ほんの数行、いえ、たった1つの言葉に励まされたり、勇気をもらったりして、今日をなんとか生きとおすことが出来たりします。


エドガー・ケイシーは、その驚くべき透視能力によって人々の病の原因をあきらかにし、どのように対処すれば健康な身体を取り戻せるのか、その方法を具体的にアドバイスしました。

同様に、心と魂に苦悩を抱える人々に対しては、その苦悩の真の原因と、その苦悩そのものが、やがては、自分の人生を豊かに変容させるための糧となり、踏み石となるよう、生きる道を示していきました。

ケイシーがその方々に与えたひとつひとつの言葉は、70年以上前、アメリカに暮らしていた一市民に対するものです。その誰とも知らずアメリカで生きていた方々に対して送られた言葉が、時代を超え、国を超え、この現代の日本で生きている私達の魂に響き、生きる勇気と希望をもたらしてくれている…。

考えたら奇跡です。

12月5日の講座では、エドガー・ケイシーのリーディングの中から、私達の人生を照らしてくれる素晴らしい言葉の数々を選び出し、味わい、それらを人生に活用する秘訣を聴いていきます。
解説は、ケイシーの語り部でもある兄、光田秀。

美しいケイシーのリーディングは山ほどあります。当日は他のリーディング解説になるかとは思いますが、少しだけ紹介させていただきます・・・。

『命を得たいと思うなら、あなたはそれを与えなければならない。愛を得たいと思うなら、あなた自身が愛に溢れることを示さなければならない。友を得たいと思うなら、あなた自身が友にふさわしいことを示さなければならない。平安と調和を得たいなら、自分のことは忘れて、あなたと交わる人々の中に調和と平安を作ることだ』1650-1

『忍耐は受動的、消極的なものではない。忍耐は建設的な力であり、積極的で活動力を与えるものである』815-2

『何であれ、この実体が心の中で達成すると決めたならば――自分の力を頼みとするのではなく、神の恵み、神の力、神の強さを頼みとする限り――それを達成する能力が現れる』3183-1

『あなたが神について知りうるすべては、自分自身を通して現されなければならない。神についてあれこれ聞くことは神を知ることにはならぬ。それを適用し、日々の生活に実践し、そのものになること、これこそ神を知ることだ! 』2936-2

『神は愛の神である。なぜなら、神は愛であるからだ。神は喜びの神である。なぜなら、神は喜びであるからだ。神は幸福の神である。なぜなら、神こそが幸福であるからだ! 』2403-1

こちらにも、いくつかリーディングを紹介しています。
メルマガバックナンバー 270号  374号

魂が高揚する、魂に響く1日。この日学んだ1つのリーディング、1つの言葉は、私たちの深いところに響き、心と魂の滋養とになることでしょう。

この日は、自分の知識や学びのため、というよりは、ふだん、ほったらかしている自分のスピリットや魂のためにいらして下さい。自分のコアな部分にしっかり栄養補給して、2016年をスタートしましょう。

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。


■日 時:2015年12月5日(土) 10:00~16:40 (開場9:30)
■講 師:光田秀(NPO法人 日本エドガー・ケイシーセンター会長)
■会 場:東京 田町(詳細はお申込後ご連絡)
■定 員:80名
■参加費:6,400円
■事前振込先:三菱東京UFJ銀行 自由ヶ丘駅前支店
     (普)1529907 ユ)テンプルビユーテイフル

 *クレジットカード(ビザかマスター)でお支払ご希望の方は
  直接スタッフまでご連絡下さい。   
   (TEL)045-949-5539 (FAX)045-949-2247


お申込みはこちらから


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by hiroshimapop | 2015-11-12 08:15 | テンプル最新情報 | Comments(0)
ユルかしこい身体になる
先日の三枝龍生先生の小周天講座で、最近の人は胸が閉じている、というお話しをされていました。そして胸を開くことがとても大切だとも・・・。

少し前に読んだ片山洋次郎氏の『ユルかしこい身体になる』には、胸が閉じている原因は、現代の情報過多の社会そのものが関連していると書かれてありました。片山先生によると、中年以降の身体と、今の若い人の身体は全く違うそう。そして植物のような若い人たちの意識や生き方は、この情報過多の世の中を生きていくうえでの身体が編み出したある種の知恵のようなものだとも。

身体そのものがすでに変わっているわけですから、「今の若いものは!」と言っても無駄で、日本人の身体はすでにそうなっている、ということを前提に、我々中年以降の人間は、彼らにつきあったほうが、精神衛生上よいようですよ。

少し長いですが、この本の第1章から抜粋してご紹介させていただきます。

現代人の胸は情報量の激増により過敏化している。その兆候は、大都市で街ゆく人々の身体を観察するだけで見て取ることができる。

たとえば、東京の渋谷などの交差点に立ってみる。複数の巨大な動画スクリーンと無数の広告が、否応なしに視界に飛び込んでくる。光のラッシュと明滅。スピーカーからは、アップテンポの音楽ビートや訳のわからないナレーションが降り注ぐ。信号待ちしていると、老若男女、さまざまなファッションに身を包んだ人々に取り囲まれる。人々の会話は洪水のように耳に入ってくる。電磁波はどれほど飛び交っているのか見当もつかない。まさに情報のシャワーだ。(中略)

こういう時に身体はどうしているのか。

都会の交差点に立つ人たちの姿勢を観察すると、ひと昔前に比べ、明らかに胸が縮んで上体が前屈みだ。少し猫背気味といってもいい。(中略)

なぜ、このような姿勢の変化が現れるのか。膨大な情報に晒されると、センサーである胸の真ん中が活発に細かく運動しているため、自然と上体が前のめりになる。(中略) 頭で考えてそうなっているのではなく、身体の防御機能が勝手に働いてそういう姿勢になっているのだ。(中略)

情報に対して興奮度が高いままの状態が続くと、胸の真ん中が固まってしまう。そうなると、今度は情報の流れについていけなくなる。友人や知人との会話の流れにもついていけない。膨大で流動的な情報の流れについていくには、何かを覚えたら忘れ、また別のことを覚えたら忘れというように、情報に対し頻繁に意識のリセットを繰り返す必要がある。これは身体の側から見ると、胸の真ん中にある情報センサーを、非常に高速かつ細かく、縮めたりゆるめたりする必要があるということだ。(中略)

整体の視点から見れば、情報は頭だけで処理するのではなく、身体で処理するものである。当然のことながら、現代の20代と中年以上の世代では、情報に対する身体の感受性に大きな違いが生まれる。

膨大な情報に触れていると意識を頻繁にリセットする必要があり、(略) 個人差もあるが、今の若い人は胸の反応が非常に早い。彼らと中年以上の反応速度を比較すると、自動車とロケットほどの差がある。(中略)

情報のセンサーである胸の動きは、骨盤の真ん中にある「仙骨」の動きとも連動している。(中略)

身体は本来、息を吐ききった時に一番リラックスすることができる。これは仙骨が十分に前に傾ききった時にリラックスできるということでもある。呼吸が安定していて、この仙骨の動きの前後運動が十分にできていれば精神的にも安定した状態だといえる。

しかし、情報に対し胸が頻繁に反応していると、息を吐ききる前に慌てて息を吸ってしまいやすくなる。胸が、細かい情報に反応するために頻繁に縮んだりゆるんだりしていると、この胸の動きに骨盤の動きがついていけなくなる。すると、仙骨を中心とした骨盤は後ろに傾き気味の状態で固まってしまう。そして今の若者の身体は、こういう状況になっているのが普通である。


テンプルのお店の近くに、大きなパチンコ屋さんが出来ました。毎日そこの前を通るので、ドアが開くたびに大音響が聞こえてきます。

お客さんは、数時間という時間を過ごすだけにしても、そこで働いている人たちは、館内に響く大音響と繰り返される光のフラッシュの中に1日いることになります。となると、1日中浴びている情報量たるや凄まじい。しかも、自然の音や光ではなく、すべて人工的で心にも身体にも暴力的さえある。若い女性スタッフも多そうなのですが、数ヶ月、1年と働いていたら、いったい彼女たちの身体に何が起こってしまうのでしょう・・・。 自分を守るために閉じさせてしまう感覚も多いのではないでしょうか。少なくとも、ときどき、ボディワークを受けられるといいのですが・・・。

風水のマークが、自宅に置く棚は、オープンではなく扉つきのものを勧めている1つの理由が、視界に入ってくる情報量を減らすため。家具屋さんや通販カタログで見たときには素敵だと思っていた棚も、家に設置してモノを起き始めると、いろんな色や形、素材でゴチャゴチャし始めてしまいます。でも扉があれば、中身がどうであれ閉めればスッキリ。

目にうつるもの聞こえるもの、すべては情報であり神経は常に緊張を強いられている、とは普段誰も思わないでしょうが、外だけではなく、室内でも情報過多が続くと、人の身体は、だんだん胸を閉じ、感覚を閉じてしまう・・・。


さて、そんな情報過多のなか、閉じてしまいがちな胸を開くには・・・

いろいろ方法はあると思いますが、青木宏之先生が創られた新体道のこの型はいかがでしょう? 青木先生が指導されている動画がありました・・・。



      旅先でされているのが気持ち良さそうなので、こちらもついでに・・・





by hiroshimapop | 2015-11-10 13:27 | おススメBOOKS | Comments(0)
睡穴(すいけつ)タイプには要注意
三枝龍生先生から、みつだ親分と呼ばれて、喜んでいいんだか、抵抗したほうがいいんだか、よく分かりませんが、2012年3月にお会いして以来、龍生先生とは仲良くさせていただいています。

いま、カレンダーを確認したら、初めてお会いしたのは、2012年の春分の日でした。季節の大切な節目にお会いしていたんですね。

その後何度か龍生先生の講座を主催し、大人の修学旅行、長崎のあんでるせんツアーにお誘いし、我が家でときどきやっている真夜中まで続く夕食会にも何度も来ていただき・・・で、かなり濃いおつき合いが続いています。

龍生先生の本を読まれた方はご存じかと思いますが、龍生先生は、人を5つの気のタイプ(気穴)に分けられています(最初に分類された4つのタイプに刺穴が加わり、現在は5つ)。ただし、5タイプの人間が存在するのではなく、人は全てのタイプの要素を実は持っており、その割合が高いか低いか。あるいは、ある人には、ある特定のタイプが強く出たお付き合いとなり、他の人には別のタイプの顔をみせる、ということもあるかと思います。


龍生先生が分けられた5つの気穴タイプ

汚穴(おけつ)
溢れんばかりの気を発している穴を多く持っているヒト、または状態のこと
エネルギッシュだが、過剰なエネルギーをもてあましており、周囲に自分の邪気を撒き散らしているタイプ。
一般的な悪人、嫌われ者も多い。怒りや憎しみといったネガティブな感情をバネにしてのし上がっていくことが多い。声が大きく、毒舌家も多い。ワンマン社長・女性実業家などはほとんどこのタイプ
ネガティブ・ハイテンション。

睡穴(すいけつ)
気を吸い込むバキュームタイプの穴を多く持っているヒト、または状態のこと
いつもダルそうに寝ている人。もしくは起きていても、寝ているような印象を人に与える人。他人のエネルギーを吸うことに長けていて、近くの人をさりげなく消耗させる名人。一般的には善男善女。女性に多い。クレオパトラ・楊貴妃といった、男性ばかりか国のエナジーまで吸い取ってしまうタイプ
ポジティブ・ローテンション。

閉穴(へいけつ)
穴が閉じていて、眠っているような穴を多く持っているヒト、または状態のこと
エネルギーの交流少なし。いるのかいないのかわからない目立たない存在。精気がない人。
ネガティブ・ローテンション。

互穴(ごけつ)
気を発したり吸ったりしている穴を多く持っているヒト、または状態のこと
いつもさわやかでほのぼのした印象の人。気持ちのよい気の交流ができる人。相手と気を交流させなければ
生きていけないタイプなので影響も受けやすい。
ポジティブ・ハイテンション。

互穴(ごけつ)、汚穴(おけつ)、睡穴(すいけつ)、閉穴(へいけつ)の4つがベースで、さらに派生型の “ 刺穴(しけつ)” というタイプもあります。

刺穴(しけつ)
上の4つのタイプから、一時的に突然変異を起こした異常タイプ。読んで字の如く、人を鋭く刺すようなヒト、または状態


龍生先生によれば、互穴が人として目指すべきであり、互穴の出逢いが理想とのこと(こちら参照)。

小周天講座後の食事の席で、龍生先生に「私は何ですか?」と尋ねたら「汚穴の要素を持つ互穴」。

えー、汚穴なの~?と思いましたが、女社長はもれなく汚穴の要素を持っているらしいので否定はできない(しかし「汚」という文字が気になる…)。でも龍生先生とは互穴でお付き合いできているらしいので良かった・・・!

で、睡穴(すいけつ)。
気がつくと、私の知り合いに強力な睡穴タイプがいました。

龍生先生と知り合った頃、「あの人は気をつけなさい。あなたの運気を落とします」と実名をあげて注意をされた人がいたんですが、その人はどうやら強力な睡穴タイプ(私や龍生先生に対しては)でした。「そばに行くと何か感じるんですか?」と聞いてみたところ、エネルギー的に引っ張られるそう。私は、引っ張られるというよりは、そばにいくと重く圧しかかられている気がしていたんですが、その後の消耗感は、実際に吸われていたのかーと、ようやく納得。

また今年、体調を崩してエネルギーがダウンしたことがあったんですが、たまたまその時にサイキックの友人に会ったら「なんだか元気ないですねー。あ、エネルギー吸われてますよ」と言われ、誰かをたどっていったら知り合いだった、ということもありました(苦笑)。しかもその人は、私のボディからだけじゃなく、仕事面でも、いろいろエネルギー的に吸ってくれてましたー。直接会ったのはもう何年も前なので、遠隔で吸われていたんですねー(その人から伸びてきていたエネルギーのコードを切ってもらいました)。

このことを友人に話したら「分かる気がする。2人ともナオコさんが大好きで頼りにしている感じあったもんねー」と言われたんですが、頼りにされるのはいいけど、こんな細っこい私のエネルギー吸わなくても…(しかも本人たちは無意識でやっていることなので、吸わないでと言っても仕方のないことではあります…)


きっと私も、誰かにとっては睡穴になることもあるでしょうから「お互いさま」なんでしょう。でも、意識して増やしていきたい互穴の関係。そして出来るだけ避けたい睡穴の関係。

私の場合、上記の強力睡穴の人は、物理的にあまり会わなくてもいい人だったのが不幸中の幸い。これが家族や会社の上司や同僚だったら、避けるにも限度があります。龍生先生は睡穴の人とは、間合いが大切と書かれてましたが、会うと疲れる人がいるなら、その人は自分にとっての睡穴なのかも。物理的にも精神的にも出来るだけ距離を置き、イメージでその人とのエネルギーコードをバッサリ切ってみるといいかも、です。
*気になる方は、シータヒーリングやインテグレートヒーリングをされている方に相談されるといいと思います。セッションの内容として不要なエネルギーコードを切る、というものがあるはずなので。

こちらもご参照
三枝加奈さんのブログ
各タイプへの対応の仕方
あげまん、さげまん
エネルギーバンパイア




by hiroshimapop | 2015-11-06 08:27 | 日記 | Comments(0)
三枝龍生先生の小周天講座報告
11月3日の祝日に開催した、三枝龍生先生の『小周天講座』。

今回、龍生先生にお願いした私のムチャぶりともいえるこのテーマ。
参加者のほとんどが、私を筆頭に「小周天ってなに?」状態の初心者ばかりなうえ、どんな方が参加されるのか、年齢層はどうなのか、当日にならないと全く分からない状況に、さすがの龍生先生も緊張でドキドキだったそう。

でも、開始10分後すでに私は「おー、これは面白い-」と思ってましたよ。


さて、小周天 

グッドニュースは、血液の巡り、リンパの巡りが体感できても、毎秒、毎分、私達の身体の中ではしっかり流れているように、小周天も、全く体感も意識もできてなくても、生きているかぎり、ちゃんと流れていること。

バッドニュースは、ほとんど人にとっては、小周天の流れは、意識しようとしても意識できず、地道な練習を積み重ねてようやく体感できるようになるものであること

なので先日の講座では、まずは小周天の巡りを意識できる身体づくりに、腸腰筋や丹田、手足の小周天を知るところからスタート。小周天そのものにフォーカスする前に、その準備のためのワークが中心でした。


小周天について書かれたウエブや本をいくつか見ましたが、龍生先生の言われる小周天は、活元運動(本人の意志によらない身体の不随意運動)をともなうもの。そして、豊かな性生活のない人身体は意識的に小周天を回して活元運動を起こしたほうがいいというのが整体師でもある龍生先生のご意見(え~、そんな~。どっちも出来てないよー、でもそれなりに元気で生きているよーというのが、ほとんどの方の声だと思いますが・・・(苦笑))。

娘の加奈さん情報によると、実際、現在独身の龍生先生は、自宅でときどき「小周天回してくる」と寝室に戻られることもあるんだとか(隣の部屋で、エクソシストのようにベッドが揺れる音がすることがあるらしい・・・)。

先日のワークの際、小周天が廻っているときに起こる活元運動の見本として、ご自身の活元運動をデモで見せて下さいました。52名に囲まれてもピクピクと起こってしまっていた不随意運動ですから、お一人のときには、リミッターなしに発生しそうです・・・。


~龍生先生が掲示板に書かれた小周天についての書き込みより抜粋~
9月14日
小周天は、最も便利な「気の道」の入口です。気がわかり、深い活元運動が起こると、感激さえ生まれます。

顕微鏡でも見える現実の体があります。「血の道」の体ですね。しかし、目に見えない「気の道」の体もあります。もちろん、体は知っています。頭で知らない人がいるだけだし、現に「気の道」を使って、人々は生きています。小周天は、作るものでなく、流れている河をただ、発見するだけの旅です。

無数の気が、体を覆っていますが、そのいわば、大動脈が小周天です。

人は手足を取られても、生きられます。手足取られても、勢いよくグルグル回っているのが、小周天です。この気の巡りがあって、はじめて、人は生きていけます。

この気の巡りの下に、最も深い筋肉群、腸腰筋があります。下品な活元運動は、やたら、手足や首が動いたくらいで、人に見せびらかすようなそんな下品な活元運動教室が御座いますが、最も役に立つ活元運動は、この腸腰筋が動く活元運動です。

私の言う、小周天とは、この腸腰筋が動く活元運動まで、含めた気功術です。


9月2日の書き込み
実は、小周天は交接の時に生じる気の道筋だが、必ずしも、交接で、巡るとは限らない。

気の巡りがある性行為は、奨励されるべきだが、実は、人生で一度も気の巡りを起こす性行為に出逢わないで、一生を終える人が殆どである。厳粛な現実だが、小周天が起きなくても、子は生まれる。

逆に言えば、小周天のエクササイズができれば、良質な性行為を体験したのと同じ良質な身体の変化が生まれる。溌剌に生きるには、どうしても必要な気の道筋が小周天である。また、小周天ができた時に起こる活元運動こそが、真の活元運動だが、そのときに生ずる腸腰筋の軽い痙攣は、女性がイッタ時に生じる痙攣と同質である。それは地の道から気の道へ、そして、一度、一瞬、血の道に戻ったと思ったら、化の道に達し、イッてしまった後、また、すぐに血の道に戻った後、また、ボーッと気の道で精神が揺らいでいる贅沢な時間である。



さて、ランチ休憩をはさんで約5時間という時間で開催した小周天講座。

こんな短い時間では、小周天の巡りを体感して、活元運動なんか起こらないよ~という、おおかたの予想を覆して、最後の小周天の実習のとき、龍生先生がグルリと見回したところ、なんと数名の方に活元運動が起こっていたのだそう。

そのうち、お一人の方には、皆さんの前でのデモで実際に見せていただいたんですが、エネルギーが身体の中を動くにともない、ピクンピクンと身体が波打ってましたねー(詰まりのあったところをエネルギーが突破し調整する際に起こるらしいです・・・)。しかも、参加者の中では1番か2番目くらいにご高齢のように見受けられた方だったので、一同、ビックリするとともに感動しました。

龍生先生もそのことを掲示板に書かれています。

事前にいくつか体操や身体の使い方を習ったことがよかったんでしょうね。

あとは習ったことを、地道に続けることなんでしょうね。小周天は体感できなくても片鱗が垣間見られたので、イメージしやすくなりました。

小周天を意識して回すことができるようになる効用として、龍生先生が上げられたのは、以下の3つ

*デトックス
*性の栄養
*地の道、気の道だけの人生から、化の道も含めた人生へ


一昨日の講座がご参加下さった方に好評だったので、また東京で第2回目をというリクエストも届いています。
龍生先生は、なぜか私のことを「みつだ親分」と呼ばれるんですが、そんなに大切な小周天なら、ぜひ多くの方に知っていただきたく、東京に限らず、龍生先生とみつだ親分との全国ツアーを実施するかもしれませんー。

楽しみにしてて下さいね。

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   話を聴いたあとは自分で体験。龍生先生、会場を廻って全員にフォロー
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 龍生先生、小周天中。エネルギーが身体をどう流れているかの解説をしながら小周天を回されてます
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by hiroshimapop | 2015-11-05 11:32 | テンプルセミナー報告 | Comments(0)
いつもの日常を意識して心にとめてみる
1日1回は訪れてしまう、はなももさんのツイッター。

中東のアラブ首長国連邦の男性と結婚して、砂漠の中で、様々な動物(ガゼルとか猫とか鳩とか犬とか馬とか兎とかラクダとか山羊とか羊とか牛とかニワトリとか)と暮らしている日本人女性が発信されています。

猫の数がだんだん増えていき、今では何匹いるのか分からなくなってしまいましたが、私は新入り猫で瀕死の状態で見つかったシャーロットが可愛くて、可愛くて、もう、何度でも同じ写真を見入ってしまうほど。

私は猫度が高いので、時々登場する鳩のクブズには、最初、それほど関心がなかったものの、クブズのあまりの分かりやすい喜怒哀楽の様子に、鳩って、こんなにも感情や個性が豊かなのかと驚き、そしてクブズさんの夫ぶりにも笑ったり関心したり・・・。活字と写真だけでしか知りませんが、遠い国で生きている1羽の鳩に心奪われていました。

そのクブズが先月、突然天国に行ってしまったと、ひさびさに更新されたブログにありました・・・。 あまりの突然の報告に、私もとても悲しくて、今でも思い出すと泣けてきちゃいますが、その時に書かれた、はなももさんの言葉がとても心に響いたので、そのまま紹介させていただきます。 

クブズが教えてくれたこと。

記憶というのはなかなかイジワルなもので、
例えば10年×24時間、
一緒にいたそのほとんどが何といって特別なことのない、穏やかな時間であっても、
二度と会えない時を迎えると、それに比べたらほんのごくわずかな時間、
たとえそれが一緒にいた1パーセントも満たない時間の出来事であっても、
寂しい思いさせちゃったなとか、辛い思いさせちゃったなとか、
そんな後悔や辛かったことの記憶の方が、全てを差し置いて前へ前へと出てくるのだなと、今までの経験から知りました。

ならばその時が来た時は、それに負けないように、なんとなく流れてしまう普通の日々を、もっと積極的に意識してココロに留めておこう。
何かきっかけがあったわけではないけれど、ここ数週間はそんなことを考えていました。

でも、「一度きりの人生だから楽しく」とか、「大事に」とか、「丁寧に」とか、
そういうことはすぐ飽きちゃって気持ちが長続きしない私なので、
そんな大仰なことじゃなく、

あびが椅子でのびのび寝てるとか、
ペティが忙しそうに部屋を行き来しているとか、
クブズがお気に入りの場所で毛づくろいしてるとか、
ガゼルたちが好きな葉を選んで食べているとか、
ティーニータイニーが居心地いい所見つけて昼寝してるとか、
マッサージ受けてるサラーミーが気持ち良さそうだとか、
さんちゃんが呼ばれて嬉しそうに走ってくるとか、
ちょびがひとり砂漠で何かに夢中になってるとか、
相方さまと今日あったこと話しながら夕ご飯食べてるとか

そんな、何にも特別じゃない、毎日繰り返しある、目には入っていても気持ちに留めておこうとわざわざ思わない、でも振り返る時が来た時「あの時間って、幸せだったね」と思うであろうことを、
その時その時、今までより少し意識して、ココロにとどめておく、そんな簡単な作業程度の話です。

朝クブズの部屋を開けて「おはよう」と言う。寝る時間になったら「部屋に行く?」と聞いて手に乗っていくか聞いてみる。
そんなわが家では日々当たり前のことも、ここ数週間は、ただのルーチン作業にならないようにと、なんとなくそんなことを思いながらでした。

それが今の私にとっては、大きな救いになっています。
あんな風に過ごした時間、クブズけっこう嬉しそうだったなとちゃんと思い出せる。
たまたまだったのか、虫の知らせというやつなのか。
ま、こういうことには、殊鈍感な私なので、前者だと思いますが。

やらねばならぬことに追われ淡々と過ごしているようで、
ことあるごとに、なるほど、まだ気持ちに余裕はないのだなと自分で思ったりしてますが、
でもそうしている間にも、そんななんてことのない、
でも意識して愛しく思っておかないと、後で辛い記憶に押しつぶされちゃうような時間は目の前で過ぎていて、
クブズのことはクブズのこと、でも他の家族とのそんな時間を流してしまわないようにせねばと、
只今気持ちの軌道修正、試み中です。

~ もとのブログはこちら クブズさんの写真がたくさん紹介されています ~


これを書きながら、いま、ふと私の心に浮かんだのは子供の頃の風景。
夏休みの家の中、空が青くてセミがないてて、風がそよそよと家の中にふいてきてレースのカーテンが揺れて、そこに自分がいて、母がいて・・・。何でもない夏休みのある日のある時間の風景が、私の中で大切な時間として心に仕舞われていました。


何か大きなことがあったわけでもない、いつもの日常として流れていく穏やかな時間。
そんな時間を、意識して心にとめておく。

そんな時間の積み重ねが、きっと自分を満たしていくんでしょうね。
by hiroshimapop | 2015-11-02 12:26 | 日記 | Comments(1)