毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

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赤塚高仁さん講演会 in 弘前・青森
ここのとこ、赤塚さんのブログにはみつだなおこが、私のブログには赤塚さんの名前がしばしば登場していますが、また赤塚さんネタで恐縮です。

今年の1月、長崎講演から始まった赤塚さんの講演会、東京、広島、愛媛と続き、いよいよ3月は青森。しかも2日連続で2会場。いまじっくりチラシを見たら、弘前は定員120名、青森会場は定員180名でした(ビックリ!)。

主催の長崎の望月さんも、青森の小野さんも、確か、講演会の主催は始めてだと思うんですが、いきなりの大会場で大収容。怖いもの知らずのチャレンジャーとしか思えません・・・。


そして何故だか、長崎に続き、私も赤塚さんの弘前講演会、聴くことになってしまいました。

赤塚さんに『くれぐれも赤塚さんの追っかけだと思わないでくださいね。たまたまですから!』と伝えたら『そこが、みつだなおこの、まだ小さなところよ。素直に追っかけって言えばいいじゃない』と言われてしまいましたが、愛媛講演以外は顔を出すことになったこの流れ、決して私の意思ではありませぬ。

・・・考えてみたら、私は赤塚さんの講演、少なく見積もっても10回以上聴いてます。兄の講演は50回以上は聞いている。それなのに、毎回、たとえ2人が同じ話をしたとしても新鮮な気持ちで、へ~なんて感心しながら聴いているんですから、よっぽど私の記憶力が悪いのか、2人の話が素晴らしいのか、その両方なのか、いずれにしても飽きることなく毎回面白く、いち参加者として聴いております。

そんなに何度も聴いているのにも関わらず、なお、同じ質問をされたとき「え~、なんだったけ?」と思っているんですから、私の脳みそは小鳥並み・・・。


そして・・・

青森には、長崎で「赤塚フォーリーブス」と名付けられた長崎、愛媛、東京、青森の主催者4名が集結予定。ふふふ。弘前講演の後は楽しい飲み会が待ってます。赤塚さんと一緒だと私までアルコール漬けになってしまうので、きっと弘前の夜は私も再び飲んだくれに。今回は天下泰平ブログの泰平さんもお誘いしたので、イケメンつきの夜ですから、なおさら・・・!

青森までは新幹線で行けるんですよね。東北新幹線沿線にお住まいの皆様、3月14日(土)、15日(日)はいざ青森へ。私は弘前会場に顔を出す予定です。青森もきっと盛り上がることでしょう。

長崎講演の様子はこちら
東京での講演会の告知文はこれでした。赤塚さんの講演は、自分の魂に眠っている、やまとごころに灯がともる時間になりますよ。


▼弘前会場
▽とき 2015年3月14日(土)
開場13時30分 開講14時 終了16時
▽ところ 弘前学院大学礼拝堂
▽前売りチケット 1,000円(当日1,500円)
▽アクセス  弘前市稔町13-1

▼青森会場
▽とき 2015年3月15日(日)
開場13時30分 開講14時 終了16時
▽ところ ねぶたの家ワラッセ2F イベントホール
▽前売りチケット 1,000円(当日1,500円)
▽アクセス  青森市安方一丁目1-1(青森駅から徒歩1分)

講演会実行委員会《事務局 小野》
【Mobile】 090ー9421ー3074

詳細はこちら
申込みフォーム


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・・・しかし、赤塚さんの講演会を主催した私以外の3名、もともとテンプルのお客さまですから、赤塚さん、これからはテンプルには足を向けて眠れないはずです。きっと誕生日には抱えきれないほどの花束が届くことでしょう。
by hiroshimapop | 2015-02-28 07:30 | セミナー・舞台情報 | Comments(0)
バウさんへのメッセージ、バウさんからのメッセージ
山田バウさんを送る会があんまり素敵だったので、つい、長々と書いてますが、今日はバウさんに届いたメッセージを1つ。そしてバウさんが後輩に送られたというメッセージを紹介させて下さい。


朝日新聞論説だったー外岡さんからメッセージ。バウさん、本当にこんな方でした。


山田和尚さんへ    外岡秀俊

 バウさん、今年はじめ、あなたの突然の訃報に接しました。黒田裕子さんに続いて、阪神淡路大震災を目前に旅立たれたことに、深い衝撃と、悲しみが襲いました。

 ただ、少しも変わることなく、仲間とともに若いボランティアを育てたあなたのこの二十年は、まさに完全燃焼の日々だったと思います。そのことに、改めて深い感謝と敬意の気持ちを述べさせてください。

 二十年前、わたしは一年をかけて被災地を歩き回りました。復旧復興の遅れに苛立ったとき、そのざらついた気持ちを癒し、励ましてくれたのは、あなたが率いた神戸元気村でした。全国から馳せ参じたカヌーイストたち、アウトドアのつわものたちが集う異能の集団でした。

 あなたは、命令することなく、若者たちのエネルギーを引き出した。行政には、「俺たち、先行くよー。道ができたら、ついてきてねー」と言い、まず自分で動いてみせた。多くのボランティアが「自分探し」で夜通し議論しているのを横目に見て、「そんな暇あったら、少しでも動こうよ」と呼びかけた。

 まさに、世の中が必要としているその時、その場に飄然と現れ、人々を動かし、栄達も栄誉も求めず、もうこれで一段落と見極めれば、また飄然と去っていく人でした。

 その後のナホトカ号の重油流出事故のときも、右往左往する人々のあいだで、あなたは真っ先にヒシャクを手にした。長い流浪と内省のあいだも、あなたは原爆による被爆のことを、身をもって訴えた。東日本大震災が起きれば、常識を覆す手法で人々の意識を変え、被災地にあかりを灯した。

 あなたが、身をもって示した生き方は、多くの若者に目標を与え、それぞれの進路にわかれても、勇気づけてくれました。

 長いあいだ、お疲れ様でした。あなたが切り開いた道を、いまは大勢の仲間が歩いています。やすらかに、おやすみください。



次は、今は山形の県議会議員になられた草島進一さんにバウさんが送ったメッセージ。

草島さんは阪神淡路大震災直後に神戸入りし、そのまま会社を辞めて3年間、神戸元気村でバウさんの元で働いた方。草島さんが神戸を去るとき、バウさんはカヌーのパドルにこの言葉を書いて贈りました。
草島さんが綴られたバウさんの思い出

ほかのものに頼ってはいけない
三次元にいる自分自身をよりどころにして
地球と宇宙の真理につくしなさい。
まずは、うごき出せ

神々とともに
光とともに
仲間とともに


バウさん、とことんロマンチストで、そして、どこまでもカッコイイ人でした。もう夢の中でしか会えないのは、本当に寂しい。

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by hiroshimapop | 2015-02-27 21:58 | 日記 | Comments(0)
何を見、何を感じ、何処に行き、誰と行動するか・・・
先日、『黎明』を書かれた葦原瑞穂さんの講演会に行ってきました。昨年末、八ヶ岳で開催されたUFOコンベンション以来、葦原さんの講演会さんは2回目となります。

冒頭、葦原さんはこんなお話をされました(録音をとっていたわけで正確ではないですが、だいたいこんな感じです・・)。

2月4日の立春から、少しずつ地球のエネルギーが変わってきています。一度にエネルギーをシフトしてしまうと、それについてこれなくなる人が多いので、全体のバランスをとりながら、少しずつ地球の波動がシフトしています。地球に働いている複雑な法則をバランスしながら微調整されています。

立春から、スピリチュアルな波動が増加し、物質的な波動が減少しています。

地球の意識も変わりますし、これから人々が普遍意識に目覚める時期がやってきます。おそらく、今日、このセミナーにいらした方は、他の人の意識の目覚めを促す先達のような役割を持っていることでしょう。

でも人間には落ちこぼれる自由もあります(笑)。

大切なのは動くことです。意志+行動が連動すれば、あとからプレゼントがやってきます。願いが叶ってきます。多くの人は確信を持つことができません。疑いの心を持っています。でも明確な確信を持つことが大切です。

そしてその時が来るまで努力し続けること。明確なビジョンを持ち、努力を止めないこと。それが物事を現実化する秘訣です。

日々の生活を大切にしてください。食にも気をつけます。
自分の感覚を大事にしてください。

自分のいい波動を引きだしてくれる人とつきあって下さい。
自然の豊かな場所に行って下さい。

本物の音楽や芸術に触れてください。
音楽の癒しの力は大きいです。

日々出逢う人の中にいいところ、美点、波動の高いところを見つけてください。その人の普遍意識にフォーカスします。私達は自分が見るところにエネルギーが注がれていきます。

人とは直接、肉体的に会って下さい。
波動的にその人と繋がることが大切です。


停滞ではなく、行動が今年のキーワードになるかもしれませんね。そして、自分の波動が高まるであろう人と行動を共にし、後退させるであろう人との行動は出来るだけ控える。波動の高い場所に意識して出向き、低い場所には意識して行かない。コンクリートに囲まれた場所ではなく、自然溢れるところに。

この波に乗っていきましょうねー。

葦原瑞穂先生のセミナーは全国で開催されています。テンプルでも良きタイミングをみて、セミナーを開催させていただこうかなと思っています。



by hiroshimapop | 2015-02-26 08:00 | 日記 | Comments(0)
日々(バウさんのお気に入りの曲)
この曲は、昨年バウさんがラジオで耳にして気に入っていた曲だそうです。

いつだったか、まだバウさんが元気なとき、バウさんとバウさんのパートナーさんとで埼玉まで蓮の花を見に行ったことがあります。

その時バウさん、私に

『この前、朝ご飯をかーちゃんと食べていて、なんてことない、いつもの風景だったんだけど、その時間がしみじみ幸せだったんだよー。なおちゃんにも、こんな幸せ、感じてほしいんだよねー』

『だから、なおちゃん、結婚したほうがいいよー』と。


そんなバウさんの声と心が伝わってくる曲。歌詞も若い男性が書かれたとは思えない内容です。




日々 作詞:吉田山田

おじいさんはおばあさんと目を合わせ あまり喋らない
寄り添ってきた月日の中 ただ幸せばかりじゃなかったんだ

分厚いガラス眼鏡 手のひらのシワ
写真には写らない思い出 笑い出す二人

出逢った日 恋に気づいた日
結婚した日 別れたいと思った日
子供を抱いた日 手を離れた日
溢れる涙よ これは幸せな日々

おじいさんはおばあさんを呼ぶ時も 名前じゃ呼ばない
おこった顔がいつもの顔 ただ嬉しい時には口笛ふく

お気に入りのニット帽おばあさんが編んだ
子供の頃のようにありがとうが伝えられない

泣かせた日 家を出て行った日
抱き合えた日 背を向けて眠った日
希望を持たせた日 それを恨んだ日
溢れる涙よ やけにデコボコな日々

おじいさんは からだをこわして
おばあさんは 独り泣いた
伝えなくちゃ大切な気持ち
いつも毎日本当に、、、、

出逢った日恋に気づいた日
結婚した日別れたいと思った日
子供を抱いた日手を離れた日
溢れる涙よ これは幸せな日々

涙の数だけ きっと幸せな日々

by hiroshimapop | 2015-02-25 14:00 | 日記 | Comments(0)
Hymn to Hope(バウさんのお気に入りの曲)
山田バウさんのお別れ会のとき、最後に紹介されたバウさんお気に入りの曲がHymn to Hopeでした。

この曲について、バウさんはご自身のブログでこう綴っていらっしゃいます。

私が山に登る時は、いつも面白い儀式から始めることにしています。
これはと思う樹木に手の平をあてて、今まで私が知り合った樹木の仲間たちや、今日始めてこの山で出会う樹木たちに伝言してもらうのです。

『やっと、ここまで来たからね!仲間のみんなに知らせて欲しい。見守って欲しいと伝えて欲しい。』

山の中で小さな沢に出くわした時も同じような儀式をします。沢の上の方から麓の方に駆け下って行こうとする気と水に向かって『ありがとう!また何処かで会おうね。通らせてもらうね!』この気と水は、どうも沢の奥の方で同じ場所から生まれてくると思っているのです。

山に登っている時の呼吸法は、鼻から息を入れるという単純なものです。よく疲れた場合に、犬が走った後でよくやるような口から息を吸おうする人がいるのですが、この呼吸法ではかえって力がなくなって行くのです。

鼻っておもしろいんですね。同じ呼吸でも鼻から空気を吸い込むと、その空気が膨大なエネルギーに変わって行くのですから。

今まで、いろんな人に山の中でこの呼吸法をおすすめしたのですが、みんな自分で試して、その違いに感動してくれました。

それと、山はひとりで登った方がいいですよね。
これは、いつも複数の人と登ることに慣れた人には、意外な言葉に聞えるかもしれませんが、一度単独をおやりください。そのすばらしさが理解できるようになるでしょう。人は一人の時間が多くなるほど、自分の中への探究心を生み出すものだからです。

(中略)

ここからは、いつも山頂に登った時と同じことをやっていきました。
私は、岩の上でおいしいコーヒーを登川の水でつくって、のんびりするところから始めていきました。
持って来たiPodの中の『Hymn To Hope』を繰り返し聞きながら瞑想にはいって行きました。

この曲は、私の現れです。この音を目の前の全てのものに聞かせたいという思いがある曲なのです。いつも山の頂や見晴らしの良い場所で、目の前に現れた全ての山々に、全ての樹木たちに、葉っぱの一枚づつに聞かせて来ました。

私にとってこの曲は、瞑想に入っていくプロローグでもあり、叙事詩でもあり祝詞でもありエピローグでもあるのです。

・・・・・いつしか、眠ってしまったようです。

気がついて車にもどって時間を見たら、夕方の4時になっていました。
岩の上で、人知れず7時間も眠ったようです。
何かリセットできたのかも知れません(笑)

時々、遠く霞んだ山々を想像しながら聞いてください。こころをこめて・・・
Secret Garden - Hymn To Hope (希望への讃美歌)




by hiroshimapop | 2015-02-24 07:25 | 日記 | Comments(0)
さようなら、バウさん
バウさんのお別れ会は心温まるすてきな時間になりました。

第一部は、生前のバウさんと交流がない方でも自由に献花いただける時間。第二部はバウさんと親しかった方々、バウさんと一緒にいろんなプロジェクトをされて来た方々が集まりました。

第2部に集まったのは、バウスピリットを受け継いだ皆さんですから、自分の足元だけではなく、大勢の人の人生を照らすために生きている方々ばかり。

淡々と、ひょうひょうと、偉ぶらず、それまで全く知らない方々のために自分を脇に置いて、実際に働いていらした方々が一堂に会していた場でしたから、皆さんの溢れる愛が会場に満ちていました。

20年前の阪神淡路大震災のときにバウさんが立ち上げた神戸元気村にいたメンバーもたくさん駆けつけて下さってました。

3日だけのつもりで神戸入りしたけど、バウさんに話を聞いてそのまま3年間バウさんのもとで働くことにした男性、300人分のカレーの材料を持って神戸入りしたけど、やはりバウさんに会って結局7年間神戸にいることになった方・・・。バウさんに会ったことで人生を大きく変えられてしまった方のエピソードには本当に驚いてしまいました。

「自分には仕事が・・・」「自分には家庭が・・・」と、何かあったとき、つい動かない理由を先に考えてしまいますが、動いて行動してしまえば、あとは全然別の人生がスタートし始めるんでしょうね。もちろん1週間、1ヶ月だけであったとしても、それ以前の自分とは全く違った立ち位置、目線が生まれ、大きく自分が成長しているはず。

「動け!」と生前のバウさんはよく言われてましたが、考えてる時間があったら動いてみる。私達は行動するためにこの地球に生まれてきたんですからね。


さて
バウさんの最後のプロジェクトが、今は石巻で活動をされている吉澤さんに伝えられたのは昨年末12月28日21時58分。

自分はもうそれほど長くは生きられない。自分が死んだら葬式はせず、東京のお茶の水にある山の上ホテルでお別れ会をしてほしい。その時には集まってくれた人に自分のお気に入りの曲をかけて聴いてほしい。そして自分の死を題材にして『チベット死者の書』を多くの人に伝えてほしい・・・。

そう吉澤さんにお話されたそうです。

でもバウさん、まさか自分がそれから1週間後に死んでしまうなんて想像はしてなかったと思います。もう数ヶ月は生きるつもりだったんじゃないかな。だって、年が明けたらあらためて、自分の葬式にかける曲の選択を吉澤さんとする予定でいましたから・・・。


バウさんが亡くなった翌日、数名で集まってお別れ会の打ち合わせをしたとき、最初、お別れ会に指定されていたのは1月の日曜日でした。でも、その日だと少し早すぎる。そして1月から3月までの日曜日で唯一私の予定が入っていなかったのが2月22日。数えてみるとちょうど49日の法要の日(亡くなった日を1と数えるので、48日目が49日なんですね)だったので、2月22日がいいですよー、なんてちょっと強引に提案してみましたが、それもバウさんが仕組んだことだったのかしら。

だって、バウさんが亡くなったのは1月4日の満月の日。49日の法要の日がちょうど日曜日で三日月で、そして私が唯一参加できる日でしたから。

49日が明けた今日、バウさんの魂は次の転生に向けて旅立っていきました。きっと今頃、あの世で、次の地球滞在では何をしでかすか算段をしていることでしょう。

バウさん、最後の数年間は、匂いも味もなくなった体調でしたから、美味しいものをたくさん食べられているといいですね。


       カヌーイストでもあったバウさん。白いカヌーの祭壇が素敵でした。
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         作家の田口ランディさんもバウさんの仲良しの1人でした
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by hiroshimapop | 2015-02-23 13:18 | 日記 | Comments(0)
天の支援がつくところ
先週の3日間、津の赤塚さんとずっと一緒でした。

2月11日の建国記念日に広島で赤塚さんが講演をされる。しかも体内記憶についての映画や講演会で多忙を極めている池川明先生もご一緒! 池川先生のお話、一度お聞きしたいと思いつつ、なかなかタイミングが合わずにいたので、広島ですが、えいっと行ってしまえと。

13日(金)は八ヶ岳で打ち合わせを予定していたので、12日に車で八ヶ岳に入るのも楽しそうだし・・・。

でも12日の夜は、そんな楽しい気分も吹き飛ぶ出来事が待っていました。その時のことを赤塚さんが、ご自身のブログでこう記されています。

八ヶ岳です。
さすがに山には入れませんが、新しいプロジェクトの打ち合わせが始まります。
滝沢泰平くんのドームハウス、
光田なおこさんのコミニュティ構想、
見えないエネルギーを自在に操るいなくん、
街づくりの達人デザイナー手塚先生、
そして、八ヶ岳に集わされる魂の兄弟姉妹。

何が起こっているのか、わからないし、
きっと誰にもわからないようになっているように思える。
未知の世界への冒険は、楽しみとほんの少しの不安がつきもの。
でも、人は冒険を忘れたときに老いるのでしょう。

不思議なもので、一歩踏み出したら景色が変わり、
仲間が集まり始めます。
何処に行くか以上に、誰と一緒に行くかが大事。
だから、一緒に行きたい人がいなければ、キッパリ一人で旅立つ勇気も必要ですね。

「赤塚さん、すぐに満足して これでいい、と思ったり、
テングになる二つの因子が強いです。
それを外し、どこまでも向上する気持ちを持たないと、天の支援が止まります。
いま危ないですし、それを言わなければいけないから言います 」
と、いなくんに言われました。
こんなに優しくではありません。
めちゃキツくです。
隣で聞いてたみつだなおこが、涙ぐむほどでしたから。
 

赤塚さんの20年来の友人でもあるいなくんには、赤塚さんがとても危険な心境になっていたのが手に取るように分かっていたんでしょうね。危険といっても危ない思想を持ったわけではないですよ。

今のままでいい、仕事もうまくいっている、講演に行くと皆さんに喜んでもらえる。だから、このままが続けばそれでいい・・・。現状に甘んじてしまうその心が危険。今を幸せに感じることと、今に甘んじるのは天の目からみると全然違うのだそうです・・・。

いなくん曰く、天の支援はその人が心に秘めている志に対してつくのだそう。だから、その志を失ったとたん、天の支援は即座に打ち切られてしまう。

赤塚さんは、どうやら年末あたりから、それまで高く掲げていた未来への志を失いつつあった。自分に与えられている天命や才能を活かして使命を果たすより「この程度で満足」と思う気持ちのほうが大きくなってしまっていた・・・。

「今のままの赤塚さんだったら、八ヶ岳の打ち合わせはしても意味がないです。新しいエネルギーハウスの構想は無理です。5月のイスラエル旅行も単なる旅行になってしまいます。いま、決めて下さい。でないと天の支援のリミットがすぐに来てしまいます」

時間のリミットを切られて「急に言われても、じゃあ、どうすればいいのか分からないよー」としばらく赤塚さんは沈黙を続けてました。でも、その少しの間に赤塚さんの心の中のスイッチが切り替わったんでしょうね。

心にもう1度、熱い魂の灯がともったんだと思います。

突然、赤塚さんの携帯が続けざまに鳴り始めました。
何だかまとまりのない文章ですが、言葉に尽くせない思いが湧かされている今日の私です。
ふっとそんな感謝が溢れてきたとき、瞬時に世界は愛で満たされます。

広島の藤原つぐおさん
「赤塚さん、来年の建国記念日も空けといてください」

声優の小山茉美ちゃん
「こうじくん、私 古事記の語り部になる」

立て続けに電話がかかります、

そして作詞家 吉元由美さんから
「由美です、ちょっと電話かわるね」
相手は安倍昭恵さんでした、東京の昭恵さんのお店で講演会を、とのオファーです。
来月の半ば、喜んで語らせていただきます。
そして、イスラエルに連れていって欲しいと・・・。


決めるってすごいですね。

一瞬で神様ネットワークに再接続されました。

神様は心に秘める志に対して応援をしてくれる。でもその志を失くしたとき、神様はあっさり手を引いてしまう。これは心強いことでもあり、同時にとても怖い。神様には隠しようがないわけですから。

前世の私は何度も何度も、同じような過ちをしでかしてきた気がします。

これから本格的に始まる八ヶ岳プロジェクト。志大きく持って、諦めず、一歩ずつでも進んでいきたいと思います。心を決めたとき世界は変わる。赤塚さんの姿から体感させていただきました。
by hiroshimapop | 2015-02-22 06:30 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)
企画好きという星のもとに生まれたようで・・・
先週末、自由が丘で開催された三枝龍生先生のカタカムナの講座に参加してきました。・・・会場に到着してみれば、なんと断捨離のやましたひでこさんが! ひでこさんの本の編集を担当されたのが、龍生先生の息子さんの奥様だったというご縁から、親しくされているんですねー。

そのカタカムナ講座の合間、龍生先生から、ひでこさんと私に「何か喋って下さい」とご指名が。しかも私には何故か「昨年の長崎あんでるせんツアーを企画した理由を話してほしい」と。

あんでるせんツアーとカタカムナが何か繋がるのか私の頭は??状態でしたが、3分ほど、あんでるせん貸切ツアーのあれこれをお話させていただきました。


このときのいったんは昨年の1月のブログにも書いていますが、せっかくなので、あんでるせん貸切ツアーの顛末を。

こんな感じで企画は始まりました。

あんでるせんに友人数名で行ったとき、30名集めることができれば、その時の回を貸切に出来るらしいと・・・。私の周りには、スピ系の濃いメンツがたくさん! そのメンバーを一同に集めてあんでるせんの場を作ったら、いったいどんな回になるのか、その時のマスターの繰り出す超能力マジックを見たい! もしかしたら、むかーしされたことがあるという壁抜けや念写が登場するかもしれない。

それを見たい!

企画がスタートしたのは、こんな単純な発想でした。

あんでるせんの予約をして、日時を設定したら、あとは当日参加者がその会場に集まればいいだけ。でも、それだけではちょっとつまらない。コース料理のメインディッシュだけ食べて帰る感じです。

せっかく濃いメンバーが集まるなら、そのメンバー同士の化学変化も楽しみじゃーないですか。

あんでるせんでは、食事からスタートするので、参加者が集合してからマスターの超能力マジックが始まるまでに2時間ほどあります。でも小さな喫茶店では話ができるのはテーブルを囲んだ数名ほど。

それならと前夜、ハウステンボスのホテルに集まれる人はハウステンボスから!ということで、前夜の飲み会つきの一泊旅行にしてあんでるせんツアーはスタートしたのであります。

でもでも、さらにさらに、あんでるせんの前日、私とスタッフ水津は福岡でマークの風水講座中。

だったら、その福岡セミナーの会場集合にしてしまえば、福岡で晩ご飯→2時間の特急で長崎入りも可能!その車中も盛り上がりそう。これは、まるで大人の修学旅行!

結局、福岡着の飛行機が取れた三枝龍生先生と加奈さん、サンプラザ中野くんと歯科医の安藤先生、やましたひでこさんは福岡着組に。

このとき、私の頭の中では、単なる長崎あんでるせんが、特急2時間、前夜祭、そしてあんでるせん後の打ち上げも含めた総合パックツアーになったのでした。


結局、あんでるせんでの超能力マジックはいつもと変わらぬ、いつもの流れで、実はちょっとガッカリもしちゃってましたが、前夜祭組の盛り上がりと、その時から始まった旅のメンバーの篤い絆は、何にも代えがたい。

天下泰平ブログの滝沢泰平さんは津の赤塚高仁さんとの出会いから、春のイスラエル旅行に参加することになりましたし、サンプラザ中野くんからは「今日の御礼になおこさんの誕生日には歌をプレゼントします!」との一言で、6月の私の誕生日会は中野くんの生歌つきというゴージャスな夜になりました。


あんでるせんの参加メンバーは増えたり減ったりを繰り返し、さらにホテルの宿泊アレンジ、特急の予約、打ち上げ会場のセッティングと、直前まで私の手帳は人の名前が書かれたり消されたりと、いろいろゴチャゴチャありましたが、結局私はこういう企画するのが、好きなんですねー。

企画は好きだけど、当日は誰かにまかせて自分は楽しみたいクチなので、セミナーのときはスタッフが全部いっさいを取り仕切ってくれていますが、それとは別に、年に数回、自分で九州神社巡りツアーとか、先日は伊勢神社で過ごす旧暦大晦日元旦ツアーも企画してしまうんですから、これは持って生まれた性分。

思い起こせば、小学校の頃から学校行事とは別にクラスのイベント考えてました。去年の自分のお誕生日会も自分で取り仕切っちゃいましたし。。。

いなくんによると、私は「企画力」という星を持って生まれたらしいので、きっと死ぬまで面白いこと考えて企画してそうです。

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by hiroshimapop | 2015-02-21 12:53 | 日記 | Comments(0)
ひさびさにパスタ&ピザを食べたらこうなった
グルテンフリー生活も2年半を過ぎ、快適に小麦無し食生活を送ってます。が、やはり、外食しようとすると小麦系の食べ物しか選べないときもあります(1人だったら、食べないという選択肢があるんですが、団体だったりすると、それはなかなか難しい・・・)。

先日も友人達と神社巡りツアーをしていて、ようやく見つけたレストランに入ったら、メニューの選択肢は肉系か鍋焼きうどん! 肉は全く口に入らないので、私が選べるのは鍋焼きうどんしかありませんでしたし、広島では尾道ラーメンとお好み焼きを食べちゃいました。

日曜日に参加した講演会も、その後、懇親会にお誘いいただき参加したら、パスタとピザのお店でした!

というわけで、ここのところ、小麦系の食事の割合がグッと増えてしまってますが、その代わり、小麦を食べたらどうなるかがしみじみ実感できました。

小麦系メインの食事をしたら、私の場合、こうなります。

1)眠くなる
  普段の私は真夜中12時前に寝るということは、ほとんどなく(最終の電車で帰ってくることも多いですし)、真夜中の1時~2時くらいが私の就寝タイムなのですが、小麦製品を食べた日は、自宅に帰ったら速攻寝てます。用事があっても起きてられない。お風呂を沸かしてる間に寝てしまう、電気つけっぱなしで寝てしまう、顔を洗う前に寝てしまう・・・。そんな感じです。

2)朝、起きられない
  前日、普段より2時間も3時間も早く寝てしまったのに、目が覚めない。お腹を空かせた猫に顔をバチバチされても寝続けてしまう。そして朝起きたときから身体が怠い

3)身体が浮腫んでいる
  前夜の食事が、パスタ&ビザという小麦率90%だったときには、朝起きたら手足と顔が浮腫んでました。料理に使われていた塩分もあるのかもしれませんが、朝、鏡に映った自分の顔にビックリ。朝起きて数時間経っても、浮腫みは続く・・・。


私の場合、グルテンフリー生活のほうが、快適な朝になるようです。

翌日、どこにも行く予定がなくて、1日ダラダラ過ごせる日の前日だったらパスタやピザもOKかな。そんな日は当分なさそうですけど・・・。
                       
                      パスタより
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                こっちのほうが身体は楽だわ
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by hiroshimapop | 2015-02-17 10:03 | 食事が身体をつくる | Comments(0)
2月22日午後「山田バウさんのお別れ会」のご案内
2015年1月5日9時17分、山田和尚氏(バウさん)がお亡くなりになりました(享年63歳)。
バウさんが残された二つの遺言のうちの一つが「葬式はせずに御茶ノ水の山の上ホテルでお別れ会を開催し集まった人たちに大好きな歌を贈りたい」ということでした。

バウさんのご意向に沿い「お別れ会」を、下記の通りとり行うこととなりました。
第1部は、どなたでも献花に来ていただけます。

バウさんの生前親しくされていた方々も集ってきます。バウさんがどんな方だったのかをご自身の細胞で感じにるためにも、ぜひお茶の水まで足をお運びください。
*黒服でご参列いただく必要はありません。普段着、カジュアルな服装で大丈夫です。

バウさんとのインタビューはこちら

◇日時:2015年2月22日(日)
   1部:13時~15時 どなたでも献花いただけるお時間です。
   2部:16時(開場:15時半)~ ご招待させていただいた方のみのお時間です。
   ※2部に参加ご希望の方は、生前のバウさんとの関わりを添えて、お問い合わせください。
◇場所:山の上ホテル(東京都千代田区神田駿河台1-1)
       
◇問い合わせ先:otoiawase@openjapan.net
※2部に参加ご希望の方は、生前のバウさんとの関わりを添えて、お問い合わせください。

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by hiroshimapop | 2015-02-16 10:25 | セミナー・舞台情報 | Comments(0)