毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

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以前のyoutubeはすぐに削除されてしまったので、別の方がアップされたものに差し替えました。          ↓

by hiroshimapop | 2011-08-30 00:02 | 日記 | Comments(1)
私の内観体験ー2
(昨日のつづき)

内観では、自分が生まれたときから今まで(あるいは親の亡くなったときまで)の内観を数年ずつに区切り、その間、母親、父親別々に「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑や心配をかけたこと」を思い出していきます。

私は両親とすでに亡くなっていますので、それぞれの親が亡くなったときまでを内観していきました。

スタートは0~3才までの自分と母のこと。0~3才なんて記憶がスタートする以前。私の涙が出始めたのは、衝立の中に入って座ってまだ間もない時。ほとんど何も記憶をたどることさえ出来ていないうちに、何故か落ちる涙。頭の隅っこでは思ってました。「なんで涙が出てくるんだろう?」 でも出るものは仕方がない。涙が出るにまかせ、衝立の中でずっと泣いてました。

ちょうど、内観前日は母の七回忌の命日。タイミングよく(柴田先生からは、お母さんに呼ばれたのね、と言われてしまいましたが)、そんな時期に内観をしたので、もしかしたら、心の中に溜まっていた母への想いが一気にあふれ出てしまったのかもしれません。

ともかくも、私は1日目、3日目、5日目、6日目、7日目と何度も涙と鼻水でティッシュの山を作りました。


7日間で母の人生、父の人生、そしてその中にいる自分を小さい頃から順に思い出しつつ過ごしたわけですが、内観を通じて、両親をもう1回見送ったかのような思いが一番強く残りました。

私は18歳から家を出て母と一緒に暮らした時間は短かったんですが、母の最期の2年半はずっと一緒に過ごしていました。母が入院していない通院期間は私の狭いマンションで母娘の二人暮らし。その間、叔母や叔父たちもよく遊びに来たりして、まるで女子大生の下宿所のような日々。母が余命宣告をされたガン患者だったことを除けば、母娘の濃密な時間を過ごすことができました。

そんな2年半は私にとっては珠玉の時間、宝物。

私だけではなく、ガンが発見されて亡くなるまでの期間、それまでできなかった親孝行を兄妹3人それぞれがすることができ、母の最期を見送ったときは、みんな悔いもなかったと思います。

そして今回の内観。
いろんな年代のいろんな場面の母の姿を思い出し、時には対話し、どの人にとっても母親というのは特別な存在で偉大だと思いますが、私もあらためて母の偉大さを実感。そして心の中で送った母の最期。

変な言い方ですが、親を見送るという役目を無事終えて「スッキリ!」とした爽快感さえ感じたほどです。


父は・・・?
こういうとき、父について同じことが言えないのが、まぁ、私の父でもあるんですが、単純でワガママで短気な人でしたが、正直で一所懸命な父だったと思います。

死んだら消滅すると思っていた自分がちっとも消滅しないので、アレレ?と思っているんではないでしょうか。今回、父も母と一緒にもう一度、見送ったので、いい加減、諦めて魂の世界に行ってくれていればいいなと思います。


私が内観に感じていた一番の抵抗感というのは、1時間半ごとに報告をするというものでした。が、話したからといってそれを評価されたり、アドバイスされたりするわけでもなく、ただ淡々と話し、柴田先生もただ淡々と聞く、という感じでした。「話すことは手放す」ことなんだそうで、私が何を手放したのかは今は分かりませんが、あのアッサリ感は意外な感じでした。

内観を知って受けるまでに、実に私は20年もかかってしまいましたが、私にとっては今が一番最適だったかも。もちろん両親ともが生きているうちに受けて、感謝の言葉を直接言えたらなお良かったんでしょうが、亡くなっているからこそできた対話もあった気がします。

今回内観のご指導をいただいた米子のなごみの里の柴田さんは、死に逝く方々を抱きしめて見送る、という活動を長くされていらっしゃいます。ご本人も10数回、内観を受けられたそうですが、内観をすることによって、相手の気持ちにすぐになることができる、たとえ相手が寝たきりで会話ができなくても、昏睡状態でも相手の気持ちにすぐに同調したり推し量れるようになるとおっしゃっていました。

内観体験は、本当にパーソナルなものなので、きっと受けられた人100人いたら、100人とも違った体験をされると思います。この夏、急に思い立って受けた内観ですが、自分の人生のふり返りやリセットにもなった気がします。

★母が亡くなったあとの不思議体験を書いたメルマガ
by hiroshimapop | 2011-08-29 22:54 | 日記 | Comments(0)
私の内観体験ー1
7日間の内観無事終了! さっき自宅に戻り、1週間分の衣類や下着を洗濯機に放り込んだところです。

忘れないうちに内観体験を。

畳半畳ほどのスペースで過ごしたのは7日間。しかも考え続けるテーマは父と母。

私に振り分けられた日程は、父1日半で残りはずっと母。(母3日間で父1日半。そしてまた母の内観を最初から。最初の予定では父は2日間だったので、父は母の半分しかないんですか?父はそれほどの存在なんですか?などと指導してくださった柴田先生に疑問を呈したのにさらに半日短縮!可哀想な父・・・)

終わってみれば7日間の内観はあっという間。

1日中瞑想をしようとすると、湧き上がる雑念の嵐に自己嫌悪に陥るところですが、今回はずっと頭で考えていいお題目があるので、瞑想よりも時間のたつのは早い気がしました。今年の2月、10日間の瞑想合宿に参加して、朝4時半から夜8時半頃まで、ずっと瞑想三昧だったあの日々を思えば、7日間の半畳引きこもり生活も大変ではなかったです。


では、なぜ今回、内観に参加したかというと・・・。

まず内観について初めて聞いたのは遠い遠い昔。たぶん20年くらい前。そのときの率直な感想は「私には無理。ありえない。絶対ヤダ!」

次に知ったのは神渡良平先生の本を通じて。神渡先生はご自身が受けられた内観のことを何度かご著書で紹介されていて、素晴らしい体験をした、と書かれていました。あらためてネットで内観について調べたものの、やはり1週間もの間、衝立で仕切られた部屋の隅っこに座り、親から受けた恩について考え続け、さらにそれを毎時間、報告するなんて、私には無理!って思いました。

その時は両親とも生きていましたし、だいいち、私は両親のどちらともよい親子関係を築いているので必要ないなと。

そして3回目は2年ほど前。北海道からわざわざ島根県の柴田久美子先生の内観を受けにいった知り合いと横浜で会うチャンスが。

彼女はちょうど内観を受けた帰ってきたばかりのところ。それが、まるで宙を歩くがごとくフワフワしている。内科医でもあるのに、とても医師の発言とは思えないほど「アッチにいっちゃってる」発言も飛び出し、内観を受けると、こんなにも世の中や人を見る目が変わるものかと強く印象づけられました。そして何度も彼女に「内観をぜひ1度受けなさい。人生観変わるから。それも柴田久美子先生から受けなさい」と念押しをされ・・・。

でも、このときもまだ「え~内観~? あの部屋の隅っこで親の恩をふり返って報告するものでしょう~?それも島根まで~?」とかなり抵抗感があり、内心「絶対ありえん」と思っておりました。

そしてこの夏。

米子に拠点を移したなごみの里から1通の封書が届きました。中には内観開催のお知らせが。

あ、これが彼女が言っていた柴田先生の内観のお知らせなのね、と目を通したとき、あれほど自分の中にあった強い抵抗感が全くないのに気がつきました。

「受けてみようかな」

なんだか急にその気になり、スケジュールを確認すると、いくつかすでに予定は入っていたもののどれも調整可能。それらを動かせば1週間まるまる米子まで出かけられそう。

ここでまたネットで内観なるものを調べたらきっとまた私の理性が働いて「やっぱり嫌だ」って思い出すかもしれないので、今回はまるで何も調べず申し込みをしたあとはひたすら仕事に没頭。飛行機の到着時刻の関係で前泊するホテルを取った以外は内観のことはすっかり頭の中から忘れるようにしてました。

そして内観当日。

柴田先生に「普通内観をすると3日目、5日目にはハンカチではタオルじゃないと間に合わないくらい涙が出てきます。それは内観を受けられた皆さんに普通に起こることなんで、とにかく涙がでたら我慢しないこと。泣きたいときにはしっかり泣いてください」とお話しが。

「そんなに泣くの期待されてたら困るなぁ、私、泣かないかもしれないのに~」なんてそのときは思ってましたが、3日目、5日目を待たず、初日、すでに私の目からは止めどもない涙が・・・。それも内観が始まってほんの10分もしないうちに。脱水するかと思いました。あまりの涙の量に。

(長くなりそうなので、明日につづく

           後ろの右隅にある、あの衝立の中で7日間を過ごしてました。
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by hiroshimapop | 2011-08-28 19:39 | 日記 | Comments(0)
無常が普遍の法則なのに、不変のものもあるようで・・・。
ツイッターで紹介されていたこの動画。

18年間、マクド○○ドのハンバーガーを記録しつづけた人の再現映像。




同じような実験をやっている人は他にもいるようで・・・。


諸行無常(全てのものは変化する)が宇宙の法則のなか、変化しない食べ物。


参考にしたのは、こちらのページです。
by hiroshimapop | 2011-08-20 12:54 | 食事が身体をつくる | Comments(0)
オリバー・サックス博士と共感覚の本
先日の大掃除で本棚に少しだけですが隙間ができたのが嬉しくて、読書欲に拍車がかかる8月。

先日、色盲に対するケイシーのアドバイスの翻訳が上がってきたんですが、分かりにくい部分もあったので、翻訳と英文のつきあわせをしながら、全文に目を通していました。

その過程で過去にメルマガで紹介した目や視力についてのリーディングを読み返したり、他に目について書かれた本がないか記憶をたどって探してみたり・・・。


目といえば・・・と思い出したのが、私の記憶の中で「面白かった本」の上位に食い込むオリバー・サックス博士の「妻を帽子とまちがえた男」。

この本には脳神経科医であるサックス博士が出会った興味深い患者のエピソードが紹介されているのです。

表題となった男性は、目は見えるけれど、それが何か認識するのが難しい。自分の足と靴を間違えたり、奥さんを帽子と間違えてかぶろうとしたり・・・。他にも「左」という概念が全く無くなり、目の前に出されたケーキも右半分しか食べられない女性、テレビから流れてくる大統領の演説が本心なのか、嘘なのかをすぐに感じ取ってしまう失語症患者など、ともかく、可笑しくも哀しい患者さんたちが満載です!

1992年初版と書いてありますから、初めて読んだのは1992年。購入しては処分し、また読みたくなって購入しては処分しを繰り返して、今回、また読み返したくなって3度目の購入をしてしまいました。


そして、アマゾンには「この本を買った人はこんな本も購入しています」にまんまと引っ張られて、一緒に、まだ読んでいなかったオリバーサックスの本数冊と、共感覚の本も購入。

色盲をスタートに、視力や目→「妻を帽子と間違えた男」のエピソード→オリバー・サックスのその他の本→共感覚

と、私の興味は次々と派生していき、アマゾンの「あとで購入」ボックスには、いまさらに読みたい本が溜まっております。

届いた中で、今週、読み始めたこの3冊。100才まで生きないと、読みたい本は、全部読み切れないかも。

ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界

ぼくには数字が風景に見える

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生


それから、ピュアシナジーを輸入販売されているシナジーカンパニージャパンの若松社長。なんと批評家という別の顔もありました。すでに何冊か本も書かれています。

若松さんの新刊本は、「神秘の夜の旅
9月には東京の書店で、記念講演会も実施されますよ。
by hiroshimapop | 2011-08-19 18:01 | おススメBOOKS | Comments(1)
いまさらですが、防災グッズの準備を開始
今更ですが、災害が起こったとき、しばらくは自力でサバイバルできるためのグッズを買いそろえ始めています。

すでに数年前、水洗トイレが使えなくなったとき用に簡易トイレだけは購入していました。私は公園などに設置されている野外トイレがとても苦手。空腹は我慢できてもトイレは我慢できないし、災害ボランティアに行った人に聞くと、とにかくトイレ事情がとても悪くなるらしいので、まず最初に用意したのが簡易トイレ(これも、燃やせるゴミが出せることを前提に作られているので、どこまで使えるものなのか、ちょっと危うい気はしますが)。

ただ、トイレを買った以外は、とくに準備もせず、3.11以降も何かを買いそろえるということはしてませんでした。

でも、その後、複数の人が「東北震災クラスの災害は、これが最後なのではなく、もしかしたら始まりなのかもしれない。今後、さらに大きな災害が日本に起こる可能性は高い・・・、首都圏直下型地震はいつ起きても不思議はない」と言っているのを聞くにつれ、いつまでも「なんとかなるさ」状態ではまずいなと。

神戸や東北の震災の様子を見聞きしていながら、もし、今後、自分が被災者となり、自宅に1~2週間だけであっても、自分の身1つサバイバルさせるものを準備せず、支援なしには1日も過ごせなくなってしまったのなら、それはもう完全に自己責任。横浜市内に暮らす私が地震でサバイバル生活を送らなければならない状況というのは、最悪のことが日本に起こっている、ということ。つまり東京や横浜が壊滅状態になっているとき。

そうなったとき、ライフラインの復旧や全国からの支援物資がどこまで当てにできるか・・・。

自宅が木造建てなのがちと心配ではありますが、固い地盤に建っているので、それだけが頼みの綱。。。ともかくも、災害に遭いながら運良く生き残ったなら、あとはサバイバルと人とのネットワークを開始しなければなりませぬ。

山田バウさんは、3月になってある予感がしてサムソナイトに2週間分の保存食や防災グッズを準備したそうですが、私もそれにならって、スーツケースに少しずつ準備していこうと思っています。

支援物資の食料も、連日オニギリと菓子パンが続くのを覚悟しなければならないので、ピュアシナジーヴァイタシナジーはマストでしょうし、ひまし油もベタベタオイルですが、精神安定や傷あとのケアに大活躍します。

私は1日3食きちんと食べなくても全然平気。おそらく、ピュアシナジーとヴァイタシナジーと水さえあれば、しばらくはサバイブできるとは思います。あとはどれだけ自分の精神を安定させ、中心においておけるか・・・。そして自分が生きるだけではなく、支援する側にまわれる精神力と体力がキープできるか。

となると、瞑想や座禅を習慣づけておくというのも必須。


問題は、旅行中や出張中、仕事やセミナーで自宅から遙かに離れた場所で地震に遭遇してしまったとき。3.11のときはテンプルのスタッフ2名が仙台と函館で地震に遭い、一人は避難所で数日過ごすことになってしまいました。また首都圏で暮らす人は、職場と自宅が離れていることが多く、3.11も、7時間がかり、8時間がかりで自宅まで歩いて帰った人が多数でました。

地震直後は携帯も繋がりにくくなりましたし、情報も錯綜しました。東京都内で仕事をしていた友人は、自宅まで帰る道すがら、コンビニなどで残り少なくなったモノを人が取り合ったり、暴言を吐いている姿を目撃して、精神的にとても怖い思いをしたそうです。

いつも歩きやすい靴を履き、バッグにはいつも水と電池式の携帯バッテリーを入れておいたほうがいいかもしれないですね。

準備していたけど、全然必要なかったってことになるのが一番。
でも、そう言える日にするためにも、ともかくも、備えあれば憂いなし。


直下型地震豆知識

通販生活の、あってよかった防災グッズ品リスト
by hiroshimapop | 2011-08-15 15:25 | こんなものを買いました | Comments(3)
野口法蔵先生講演会 【9月1日午後、渋谷にて】
座禅断食を主宰されている野口法蔵先生の講演会が決まりました。9月1日(木)の午後です。

野口先生はチベットで壮絶な修行を経験し、さらに床にひれ伏しながら行う「五体投地」の数は400万回を超える・・・。

amazonの書評欄への投稿より
チベットのメディテーションを教えてくれという西洋人に対して作者はこんなふうに答えるそうです。「何日分も大麦粉を持って狭い部屋に閉じこもるんだ。一切外には出ない。食事も何も微量だけとって閉じこもりきりになる。言うならば生殺しだ。恐ろしいほど、居ても立ってもいられなくなる。そして仏を宿すんだ。頭で念じた仏ではない。その皮膚から仏を宿すんだ。半月、半年、三年。そして生涯。どうだ、あなたにできるか?これがチベットの修行だ」


こんな厳しい修行を経た人だと聞くと、どれだけ凄みのある方なのかと想像してしまいますが、お会いした野口先生は静かで穏やかな雰囲気の方。人が経験しうる極限の体験を超えた方は、これほどまで静謐になれるのかと驚いたほどです。

東北の震災後に参加した座禅断食で野口先生が「心や身体を浄化した人がいると、それだけで、その場のエネルギーが変わったり、廻りにいい影響を与える」と言われたのがとても印象的でした。

今回の講演テーマは「響き合う心と体」。平日の開催となりますが、お時間のある方はぜひご参加下さい。

野口法蔵先生プロフィール
1959年石川県七尾市生まれ。1980年千代田工科芸術学院写真科卒業。1982年新聞社退社後、マザーテレサの施設取材のため渡印。1983年ラダックのチベット仏教僧院リゾン寺にて出家、以後、三年間修行生活を続ける。1986年スリランカにて僧侶のためのビパーサナ特訓コースに参加、半年滞在。のち、インド国立タゴール大学に滞在。1987年帰国し臨済宗妙心寺派に所属する。この年、ダライラマより寺名禅処院を寄与される。


日時:9月1日(木)13:30~16:00 
会場:渋谷駅(お申込みの方に後日ご連絡)
参加費:3900円
定員60名

お申込みはこちらから

●野口法蔵先生の著書
チベット仏教の真実―「五体投地」四百万回満行の軌跡
直感力を養う座禅断食

チベットの人たちは五体投地をしながら巡礼地を廻ります。

by hiroshimapop | 2011-08-12 13:00 | テンプル最新情報 | Comments(0)
本棚の本、差し上げます
今日は年に2回のテンプルの大掃除でした。

ギューギューに詰まりつつある私の本棚、新しい本のために空間をつくりたいので、ミカン箱に2つ分、本を取り出しました。

一部はスタッフが持ち帰り、一部は寄付をする予定ですが、きっと、このブログを読んで下さっている方々は、私と同じような読書傾向だと思いますので、お読みいただける方がいらっしゃれば差し上げます。1冊1冊をお送りするのは大変なので、本をテーマごとに6つに分けました。

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興味ある本もない本、既読も未読、タイトルがよく見えない本も混ざっているかもしれませんが、それもひっくるめて、ご希望の本の山を教えてください。それぞれの山ごと、先着1名です。
※ブログのコメント欄に、お名前、ご住所、電話番号を記入して非公開コメントで送って下さい。

       本の山その1「NLPと新しい発想系」 → 大石さん、お送りしますね。
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       本の山その2「小説、漫画、詩系」  → 磯田さんにお送りします。
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       本の山その3「ビジネス系」 → 荒関さんにお送りします。
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       本の山その4「神渡先生の本と健康」 → 西村さんにお送りします
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       本の山その5「ブッダと精神世界系」 → たかしまさんにお送りします。
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       本の山その6「掃除と癒し系」 →谷さん、至急、送り先を教えて下さい。(ご連絡ありがとうございました)
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ご連絡いただいた皆さん、ありがとうございます。
先着に間に合わなかった方、ごめんなさい。また、本棚を整理したらプレゼントしますね。
by hiroshimapop | 2011-08-11 17:49 | 日記 | Comments(16)
スポーツジムに入会してしまいました!
9月30日からの釧路でのカヌーツアー、このままの体力だと、私が一番先にアゴを出すなぁ、高校のときのようにみんなに迷惑をかけてしまうなぁと、一念発起。
昨日、スポーツジムに入会してきました。

あと1ヶ月半のジム通いで、私のへなへなボディにも「筋力」なるものがつくといいのですが・・・。

実は、スポーツジムに入会するのはこれで3回目。
最初は20代前半、広島に住んでいるときに。

あまりにひ弱ですぐへたるので、我ながら「これはまずい」と会社帰りに通えるジムに入会。
ところがそこは指導者がかつてボディビルダーとして表彰されたということで、通っている人もムキムキボディを目指している男性ばかり。女性もいるにはいたものの、本当に体重を落とす必要があるような巨体の女性が数名。

廻りを見渡すと筋肉と脂肪ボディしかいないようなジムで、台風の日には傘ごと飛ばされそうな痩せっぽちが一人がいると、明らかに場違い。

小さなジムだったので、トレーニングマシーンは数台しかなく、重りを一番軽いものに取り替えて使い、終わったら、元の重量に戻す、の繰り返し。一人、最軽量の重りを使って浮きまくり。誰も私に口をきいてくれず、トレーナーの人にも相手にされず、一人モクモクとマシーンを使って帰るという感じで全然面白くない。

結局、1ヶ月ちょっと通ってジ・エンド。それでも、よく通ったと思う。


2回目は母の闘病のために、ある大学病院の前に引っ越したとき。近所にスポーツジムがあって、ガラス張りの向こうがなんだか楽しそうに見えたので入会。

ところが、着替えを持って勇んでいったらその日は月に1度の定休日。なかなか行くチャンスがなく、翌月行ったら、またその日が定休日。日にちを変えて、3回目に行こうと用意してたら、突然の激しい下痢。

結局3回行こうとして、3回とも行けないという状況に諦めた。そのまま1度もジムに行くことなく退会。あ~もったいなかった。


今回が人生3回目のジム入会。

スタッフは早速、私が続くかどうか賭けをしたらしい。
私は「続く」に賭けるわ。
by hiroshimapop | 2011-08-10 13:22 | 日記 | Comments(2)
岡山ー広島の3日間でした
8月6日をはさんで3日間、岡山と広島で過ごしていました。

岡山では、ずっと行きたかった和気神社に。和気清麻呂の生まれ故郷にある神社です。
去年の春、「イチから始まるキネシオロジー講座」にご参加下さったことがきっかけで、それ以降、親しくさせていただいている岡山の安藤さんとリョウさんにお願いして、車でドライブ。岡山駅から北東に約1時間。

和気神社は、和気町という小さな町にある神社ながら、手入れが行き届いている気持ちのいい神社。そこの宮司さんは、和気清麻呂の子孫にあたるということで、「そういえば山梨にも和気清麻呂さんの子孫の方が宮司をされている神社があるそうですね」とお話ししたら「知らない」ということだったので、「じゃぁ、今度、調べてお知らせしますね」とお約束。

考えたら和気清麻呂は1200年以上も前の人ですから、子孫の数も膨大だわね~。DNAなど調べたら、やはり血縁関係は分かるのかしらん。

和気清麻呂は道鏡から皇室を救ったことから、戦前に教育を受けた人には馴染みのある人物。日本で初めて私学を開いた人でもあったそう。姉の広虫は日本で初めて孤児院を作った人物だし、姉弟とも大きな使命を持って日本に生まれてきた人物であるには違いないでしょうねぇ。

春に、大分の宇佐神社に行き、夏に和気神社、秋には霧島の和気神社に行く予定なので、今年は和気清麻呂さんにご縁があります。
by hiroshimapop | 2011-08-07 23:54 | 日本の聖地巡り | Comments(1)