毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

カテゴリ:ただいま海外で体験中!( 169 )
エジンバラ市内観光(小林さんツアー)
2年に1度、静岡の公認会計士で山元加津子さんの付き人でもある小林正樹さんに頼んで連れてきてもらう海外の旅。今年はスコットランド。

もともとは『次はアイルランド!』だったのに、スケジュールや費用を考えると2つの国を行き来するのは少し難しい、ということになり、なぜか最初の予定だったアイルランドが落ち、スコットランド単独ツアーに。でもスコットランドだけでも見どころはたっぷり。今日のエジンバラの市内観光も美しいエジンバラの街並みにウットリでした。

今回の旅のガイドはスコットランド生まれのエハン・デラヴィーさん。
10代の頃から世界中を放浪し、20代前半ですでに75ヶ国ほどを、現在までに90ヶ国以上の国を旅しているとか。今日訪れたロスリン礼拝堂も、ダン・ブラウンが『ダビンチコード』を著して世界的に有名になる前から何度も来ていて(今回で10回目くらい)、今回の旅の目玉の1つでもあるロスリン礼拝堂は、なんと、3日間も貸切にしたこともあったそう。

ダビンチコードのヒット以来、ロスリン礼拝堂には世界中から観光客が訪れるようになり、今ではとても静かに祈ったり瞑想したりする雰囲気ではなくなっているので、そのロスリン礼拝堂を3日間も日本人参加者だけで独占して祈ったり瞑想をした、というのは本当に貴重。ロスリン礼拝堂の内部は不思議な暗号のような彫刻が至るところにある、というよりそういった彫刻だらけ。30分かそこらの観光時間ではその謎の一部を聞くだけで精一杯の時間切れ。ここは個人が建設した教会だということですが、さすが小説の舞台として選ばれただけあって何やら秘密の匂いプンプンでした。

→ロスリン礼拝堂(内部は撮影禁止だったんですが、このブログには内部写真が紹介されています)

さて、そのエハンさん、ある時、工事中で足場が組まれていたロスリン礼拝堂で、その足場にしたたか額を打ってしまい大出血。その時の傷が漢字の『入』もしくは『人』の形で残っているんですが、ご本人曰くその時に『テンプル騎士団が自分の中に入ってきた』と。

そして、大切なことは知識を増やすことではなく、自分の内なる至聖所に入ること。神との対話は教会を通す必要はなく、一人静かな時間を持ち、自分の内る至聖所で会うことが大切なのだ。それが額を打った一瞬にメッセージとして分かったのだそうです。『入』という額の傷・・・つまり自分の内側に入れ、という非常わかりやすいメッセージを神は自分に与えてくれたと言われていました。

そしてこの3つを朝いちばんで唱えるといいと(しかも通常の言語以外で)。

I know who I am  私は自分が誰であるかを知っている
I know what I am  私は自分が何者であるか(神の子である)ということを知っている
I know how I serve 私はいかに奉仕するかを知っている
*日本語よりも英語で唱えるほうが重要なんだそうです。

スコットランドツアーは明日からが本番。フェリーで行く島々も目玉の場所なので、楽しみでもあり、フェリーの運航状況も気になるところ。⒗日にはみな笑顔で無事成田空港に着きますように。


今日訪れた場所
聖ジャイルズ大聖堂、ホリルードハウス宮殿、クイーンズギャラリー、ロスリン礼拝堂、ロスリン城跡、エジンバラ城

c0125114_5514695.jpg

c0125114_553741.jpg
c0125114_554137.jpg
c0125114_5541870.jpg

c0125114_5521559.jpg
c0125114_552372.jpg

by hiroshimapop | 2014-06-09 05:56 | ただいま海外で体験中! | Comments(2)
ネルソン・マンデラさんの独房を訪ねて
ネルソン・マンデラさんが収容されていたロベン島のこと、憶えているうちに書かなくっちゃと思いつつ、夏の暑さにグッタリ。でも、これを書かないと次の話題に移れないので、ようやくドッコイショと重い腰をあげています。

まず以下に書くことは、ロベン島のガイドをしてくださったトーザさんのお話を、私たちの旅のガイドさんが通訳して下さったもの。録音もメモもとっていなかったので、全て私の記憶をもとに書いています。多少の記憶違いがあるかもしれません。正確さに欠けることはご容赦下さい。


私が、自分は有色人種であり、差別を受ける側にいることを実感したのは高校生くらいの頃。
アフリカの方が日本に来た際「同じ有色人種がこんなにも経済的に発展しているなんて嬉しい」とコメントされていたのを読み、世界は「白人」と「それ以外」のたった2つに分けられており、日本人とアフリカ人は同じカテゴリーに入ることを知ったとき(ついでに、白人も、ユダヤ人かそうでないかに分かれたりしていますが・・・)。世界では肌が白いだけで、そうでない人の優位にたっているわけですね。

もし世界中の人が盲目で誰も目が見えなかったら、肌の色の違いや人種で差別や区別をする人は誰もいなくなってしまうんじゃないかと思うのですが、マンデラさんが27年間も刑務所に収容されていたのは、まさにその肌の色の違いから。

今も南アフリカの白人は全人口の1割弱。その1割の白人が、肌に色を持つ残り9割を支配していたわけですから、かなりのアンバランスと感情的な軋轢が南アフリカに存在していたことでしょう(今もなお残っていると思います)。


さて、
ロベン島の刑務所に入ってまず驚いたのはその独房の狭さ。四方を冷たい壁に囲まれた狭い独房の中で感じる圧迫感たるや、5分でもいたくなくなる感じでした。ちなみに、22.5cmサイズの私の運動靴で、横9.5足分、縦は8.5足分。数歩歩けば壁に当たります。

マンデラさんが収容された当時、独房にあったのは薄い毛布数枚と赤いバケツなど必要最低限のものだけ。しかも、午後3時~翌朝までは独房から出られなかったため、この赤いバケツをトイレとして使い、さらに身体を洗う時にも同じこのバケツを使わされていたそう。人間として、衛生面でも非人道的な扱いを受けながら、いったいどうやって、マンデラさんたちは高潔な精神を保つことができたのでしょう。

*南アフリカの実情が世界的な批判の的になり始めたことで、待遇は少しずつ改善されていき、後年はベッドや棚が入れられました。以下の写真は実際にマンデラさんが収容されていた部屋(初期の様子)。
c0125114_23591169.jpg



さらに、反アパルトヘイトで捕まった同志といえども、黒人と黒人以外の有色人種では刑務所内には歴然とした差別もありました。例えば、食事は、黒人とその他の有色人種で量や内容を分けられ、黒人の食事は内容も量も少ない。衣類は、黒人は半ズボンで裸足、下着は無しで、黒人以外の有色人種には長ズボンと下着の配給ありといったような。成人した男性に半ズボンをはかせることで、さらに人間としての尊厳を低めるという目的があったそうです。
c0125114_23324937.jpg



反アパルトヘイト運動が激しくなると、収容される囚人の数はどんどん増えてきました。マンデラさんも含め、囚人が増えればそれだけ国家予算を使うわけで、それならなぜ死刑判決を出さなかったのかという疑問も湧いてきます。トーザさんの答えは『殉教者を作らせないようにするため』。

特にマンデラさんなど国内外に影響力のある囚人が亡くなると、その死をもって反アパルトヘイト運動がさらに過激になることは容易に想像できます。それを怖れた政府は、囚人たちの尊厳をことごとくおとしめることで、自ら戦う気力を失ったり、精神的におかしくなって自滅していくことを狙っていたのかもしれません。


それにしても、1964年に収容されたビリーさんの記録によると、彼の罪状はサボタージュ。つまり「怠慢もしくは、すべきことをしなかった罪」。殺人でも窃盗でもなく、サボタージュの刑期が20年。もうメチャクチャとしか言いようがないです。
c0125114_23445121.jpg



マンデラさんたちが強制労働されていた石切場。最初は、前方に小さく積まれている石あたりに岩山があったそうです。この石の小山は、解放された囚人の皆さんが後年集まり、和解のモニュメントとして積まれたもの。

石切場の左手にある穴の中は看守の目が届かなかったので、そこでよく囚人の皆さんが議論を交わしたそうです。マンデラさんが大統領になったあとで発布された憲法の法案も、ここでの議論が元になっているとのことで、最初の国会はここだとお話されていました。
c0125114_2350942.jpg

c0125114_2351672.jpg


その囚人が切り出した石でこの刑務所は作られました。自分たちが収容される刑務所を自分たちに作らせるなんて・・・と思いますが、それ以前は鉄板(トタンのこと?)の刑務所で冬は寒く夏は暑かったので、石作りになって過ごしやすくなったから嬉しかったと言われていました。

窓が高いのは、他の人とコミュニケーションが取れないようにするため。独房の部屋からだと窓が高すぎて、外は全く見えませんでした。窓の低い独房と高い独房とがあったことになります。
c0125114_032249.jpg



私たちのグループを案内してくださったトーザさん。マンデラさんと同時期にここに収容されていた方で、マンデラさんが解放されたとき、その車の運転手をした人でもあるそうです。
c0125114_23231771.jpg



冷たい壁に囲まれ、人の温かさやぬくもりを全く感じられないなか、マンデラさんをはじめ、囚人の方々が、単にこの刑務所を生き抜いて来られただけではなく、人への優しさを失うことなく、未来の南アフリカに希望を持ち続けられたのは、強い信念があったからこそなのでしょうか?理想とする世界がはっきり見えていたからなのでしょうか? 人は弱い、でも同時にとても強い。そんなことをあの独房で感じました。

それにしても、とっくに政府にもの申すことを諦め、原発問題も含め、日本の未来のために戦うことを諦めつつある私たちと何が違うんでしょう? 明るい未来は見えないけど、何もしなくても、ぬくぬくとそれなりに今を幸せに生きていますが、命の危機が目の前にあるという事実は実は同じだったりして・・・。


映画『マンデラの名もなき看守』の予告編。この映画は、当時の刑務所内がどのようだったか、囚人の方々がどのような扱いを受けていたかがよく描けていると思います(現実はもっと厳しいものだったと思いますが)。

主人公の看守の主な仕事が、手紙の検閲で、不適切な表現部分を切り取っていましたが、実際、届いた手紙は、切り取られた窓だらけのものだったそうです。


マンデラさんが解放された直後の様子。27年間とらわれの身であったたとは思えない優雅さと品があることに驚いてしまいます。この穏やかさはどこから出てくるのでしょう?



マンデラさんがどういう人だったか、その人物像を知るには映画インビクタスの原作本をお読みになることをお勧めします。

以下は、マンデラさんが27年間の刑務所生活で自分を保つために心の支えにしていたという詩だそうです。この詩は、インビクタスのテーマでもあり、すべてを語っています・・・・。 

 私を覆う漆黒の闇
 鉄格子にひそむ奈落の闇
 どんな神であれ、感謝する
 我が負けざる魂(インビクタス)に

 無残な状況においてさえ
 私はひるみも叫びもしなかった
 運命に打ちのめされ
 血を流そうと決して頭は垂れまい

 激しい怒りと涙の彼方には
 恐ろしい死だけが迫る
 だが、長きにわたる脅しを受けてなお
 私は何一つ恐れはしない

 門がいかに狭かろうと
 いかなる罰に苦しめられようと
 私は我が運命の支配者
 我が魂の指揮官なのだ
 (ウイリアム・アーネスト・ヘンリー作)



マンデラさんはいま危篤状態がずっと続いているそうですが、マンデラさんのような高潔な魂が南アフリカから消えたあと、あの国はこれからどう動いていくのでしょう?
by hiroshimapop | 2013-08-11 02:09 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
南アフリカで感じたこと
8泊10日の南アフリカの旅もいよいよ終わり。いまシンガポールまで帰ってきたところです(空港での待ち合わせ時間に書いています)。


南アフリカ、やはり遠かった!

シンガポール経由のルートだったんですが、まずシンガポールまで7時間。8時間の乗り継ぎ待ちがあり(この時間を利用してシンガポールのナイトサファリに)、真夜中発の飛行機でヨハネスブルクへ(約10時間)。そこで多くの乗客が降りるなか、飛行機内で1時間待ってケープタウンまで約2時間。

私は、出発前夜までに仕事が終わらず、完徹のまま飛行機に乗ったこともあり、疲れと飛行機内の強い冷房があいまってシンガポールを発ったあたりから発熱と腹痛で体調が下り坂。ケープタウンに到着後も市内観光に行かず一人バスに残り、昏々と寝つづけるという事態に。でも十分すぎるほどの十分な睡眠のおかげで翌朝には復活。無事10日間の行程を終えることができました。


さて、この10日間の旅をどうお伝えしたらいいものか・・・。
実は旅の途中、何度かブログを立ち上げ、旅日記を書こうとしたものの、何も書けず・・・。

というのも、アフリカを旅行しているのに、アフリカを旅行している気分にならなかったことが1つ。たとえるなら、アフリカの民族音楽を聞きに行ったら、演奏されていたのは欧米の音楽だったという感じ。

もちろん、これは私の勉強不足と南アフリカ特有の歴史もあります。
南アフリカはアウストラルピテクスの化石が見つかるなど人類発祥の地とも言われるなか、歴史的には長く少数の原住民族が住んでいた以外、ほとんど他国との人の交流がなかった土地で、1500年前後、ヨーロッパからの移民によって都市が築かれ始めたいう歴史があるだけに、アフリカなのに欧米のような雰囲気を持っていたとしても当然といえば当然。私たちが『アフリカ』と聞いて思い浮かぶようなアフリカらしさを求めても、それは日本を初めて旅行する人が、日本に芸者とサムライを求めるようなものかもしれません。

とはいえ、現在の南アフリカは、人口の約9割が黒人とアジア系や少数民族を含むカラードと言われる有色人種、1割弱が白人で構成されている国なのだそうですが、私たちが行った先々で出会ったのは、白人が8~9割、残りが黒人かカラードという印象。ということは、私たちが訪れたのは南アフリカのごく一部。それも白人が多く暮らす地域をなぞっただけということになり、結局、私はどれほどの南アフリカに出逢ったのか、よく分からなかったのです。


そもそも旅行前に私知っていた南アフリカは、喜望峰という、なぜかそこだけが日本語名で書かれている岬があるところ、かつて人種隔離政策と白人優位主義があからさまにあった国、ネルソン・マンデラ元大統領の国、以前、裸足のランナーとしてオリンピックで話題になった女の子の出身地・・・・。だいたいこんなところ。つまりほとんど知らなかったわけです。野生動物のサファリが出来ることさえ知らなかった。

もちろん、野生動物は美しかったし、間近でみたクジラには圧倒されたし、野生のペンギンも可愛かったし、創世期の地球がそのままむきだしになっているかのような大地は迫力があったし、どこも素晴らしかったんですが、野生動物を見たければアフリカ中部のサファリのほうが何倍も迫力があり、またヨーロッパ風の美しい街並みを見たければヨーロッパに行けばいいわけで、そういう意味で、9割を占めるという黒人、カラードの人があまり歩いていない南アフリカの美しい街と景色を見ただけでは、いったいどこまで南アフリカに触れられたのか実感がないのです・・・。

山元加津子さんや小林正樹さんと行く夏の旅は、目的地がどこであろうと、旅をすること自体が目的になる特別な旅ではあるんですが、中学時代の愛読書が本多勝一のルポルタージュ、高校時代は朝日ジャーナルを欠かさず読んでいた私としては、美しいだけの街はどうも好みじゃないというところがあるのです。


そんななか、強烈な印象を残したのは、やはりネルソン・マンデラ元大統領が収容されていたロベン島の黒人専用の刑務所。ここは訪れているさいちゅうも、帰る途中も、そして帰ってからも、ずっと心を掻き乱され、いまだ混乱の中にいる気がします。


人という生き物を知るために何が起こったか学んだり訪れたほうがいい場所が世界にいくつもありますが(例えば日本だと知覧、広島、沖縄、海外だとアウシュビッツやポルポトの大虐殺跡など)、ロベン島はその1つ。

かつてここで囚人として収容されていた人がいまガイドとして案内をされており、その男性が「ここは和解の島です」とお話されていました。刑務所内の、身長150cmの私でさえ、あまりの狭さに圧迫感を感じた灰色の冷たいコンクリートに囲まれた独房の中、いつ出られるとも分からない中で、自分を見失わなかっただけではなく、自分の次の世代の人たちに平和と希望をもたらすため、自分の人生や命を捧げることさえ厭わなかったマンデラ元大統領や元囚人の皆さん。その強い志、魂の大きさに圧倒される思いでした。

南アフリカ・・・。私にはロベン島を訪れることができたのは最大のギフト。旅の最後の最後にやはり南アフリカの旅のクライマックスが来たのでした。ここを訪れるだけに南アフリカに行く価値ありです。

成田に向かう飛行機の搭乗時刻がそろそろなので、ロベン島についてはまたあらためて。

              喜望峰を望むケープポイント(山元加津子さんと)
c0125114_8565552.jpg

              ここがアフリカの最南西端の喜望峰
c0125114_857951.jpg

by hiroshimapop | 2013-08-05 08:59 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
Whole Foods Marketは羨ましい!
San Diegoにゲルソン療法を学びに来ています。数年前は「体験ウイーク」に来ましたが、今回はしっかりお勉強。空港で早速、日本語に翻訳された分厚いテキストをいただきました(現地では英語版のテキストももらうそうなので、荷物は2倍)。

宿泊は部屋ごとにミニキッチンと、宿泊者が自炊できるよう、大きなキッチンがフロアにある長期滞在用のホテル。最低限の設備しかなく、浴槽はシャワーのみ。浴槽に使って行うケイシー流の時差ボケ防止策は出来ませんでした・・・。


でも、このホテルの最大のウリは、100メートルほど歩くと、Whole Foods Marketがあること! オーガニック、ベジタリアン、グルテンフリー、サプリメント、ボディ用品、有機野菜を使ったデリカなどなど、私には天国のようなスーパーです(しかし買いすぎるので危ない)。

Whole Foods のオースティン本店は体育館並みの規模なので、それに比較すると小ぶりではありますが、日本の自然食のお店からすると、比較できないくらい大きい。この時ばかりは、大食いの人が羨ましい。食べたいもの、飲みたいもの、試したいものがいっぱい!


今日のお買いあげ・・・・

ウイートグラスジュース(30ml) これはすぐに飲んでしまいましたが、作りたてをすぐに持って帰れる距離なので、ウイートグラス洗腸もできそう!
c0125114_1604384.jpg


ヤングココナツ(中身がすぐに飲めるようになっていた3.99ドル)、アーモンドミルク(3.39ドル)、グルテンフリーでローのクッキー2種類(各8.99ドル)、好きな野菜を指定して絞ってもらったジュースと上のウイートグラスジュース2つで合計8ドルくらい
c0125114_161517.jpg

           羊乳(2.49ドル)とヤギ乳(2.00ドル)のヨーグルト発見!
c0125114_1631313.jpg


デリカコーナーも日本では考えられないほどの充実ぶり。サラダコーナー、加熱野菜コーナー、パスタ、ピクルス、豆料理などなど種類も豊富。ケールも大きめケール、ざく切りケールがあったり、トッピングも種類色々。オリーブオイル、バルサミコ酢、ドレッシングも自由にかけ放題。だいたいこれで約7ドル。
c0125114_16135990.jpg

by hiroshimapop | 2013-06-26 16:24 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
シャスタ山にも行ってきました
そういえば、先週末はシャスタ山でした。

シャスタ山は、スピ系の人なら一度は聞いたことのある聖なる山。私の知り合いでも、日本から遙々シャスタ山を何度も訪れている人が数名。いつか行ってみたいと憧れている人多数・・・。

テンプルでは、シャスタ山の麓の湖で生息する藻(AFAブルーグリーンアルジー)からできた、その名も『シャスタ』なるサプリを扱っていることもあり、チャンスがあれば訪れたいとずっと思ってきました。


訪れた先週末は、雪の残る肌寒いオフシーズン。

街は人通りもあまりなく(といっても、街一番の中心地でも、それほどお店の数はない)、一歩山や湖畔に行けば、自分たちが雪を踏みしめる雪音だけしか聞こえない静けさ。誰かと会話を交わすことなく、立ち止まったり、岩の上にじっと座れば、そこは人工的な音のないThe Sound of Silenceの世界。

ただひたすら目の前に広がる大自然と静寂を味わいつくす。なんと贅沢な時間だったことか。

シャスタにご一緒したサンフランシスコ在住のYOKOさんは、毎月のようにシャスタまで片道5時間かけ、ただリラックスするためだけに訪れているそう。四季折々のシャスタ山の風景を見ているだけでも心が安まりそうです。

       シャスタといえば、不思議な形をつくる雲が有名・・・
c0125114_21261586.jpg

 こんな不思議雲も、シャスタでは普通のことらしい・・・。残念ながら写真には写せなかったんですが、2羽の白鳥が並んで、羽を広げ飛んでいるように見える雲もありました。

下記の数枚は、今回シャスタでお世話になったHiromiさんが撮影して下さったシャスタでの写真。

我ながら、完全リラックスの表情をしてます。

テンプルで、北海道の釧路湿原をカヌーで行くツアーを企画したとき、ご一緒した山田バウさんに『なおちゃん、自然の中にいると日に日に表情が柔らかくなるね~』と言われてましたが、あ~、バウさんが言われていたのは、こんな表情のことだったんだなぁとしみじみ。

私のお隣の男性は、サンフランシスコからずっと車を運転してシャスタに連れてきて下さったBejanさん。オーカス島ツアーを企画された有子さんのご主人で、日本語が少し話せます。チョイ悪風ですが、とってもハートフルで素敵なミドルエイジです。
c0125114_21305435.jpg

c0125114_21315964.jpg

c0125114_21293989.jpg

c0125114_21323727.jpg

by hiroshimapop | 2013-03-29 21:47 | ただいま海外で体験中! | Comments(4)
あと15分で搭乗時刻・・・旅も終わりに近づいています
忘れないうちに、オーカスツアーのことを書いておきたい!と思いつつ、オーカス島では、朝7時に桐島ノエルさんのヨガで始まり、ホテルの自室に戻るのが夜の10時すぎ・・・という毎日。長い文章を紡ぎ出すほどの頭の働きは残っておらず、あとはお風呂に入ってそのまま爆睡。

時間があまりに超特急で過ぎていったので、何日オーカス島にいたのか、えーと、えーとと考えても出てこない。

今日が火曜日で、昨日シャスタ山から帰ってきて、土曜日の朝、サンフランシスコからシャスタ山に車で行って2泊をシャスタで過ごし、その前日の金曜日はシアトルからサンフランシスコに移動で、その前日の木曜日の朝にオーカス島からシアトルにフェリーで移動してきて・・・と、逆算してようやく、日曜日から水曜日までの4日間、スーザンオズボーンさんのボイスヒーリングのワークショップがあったことが判明。

もうずいぶん前のような気もするし、夢の中の出来事だったような気もするし、ともかくも濃い4日間+αの日々でした。

オーカス島は、シアトルの港から約1時間半。
スーザンさん曰く、ここは土地の波動が高いから島全体がヒーリングの力を持っているのよと。雨が多いせいか、森に一歩入れば屋久島歩いているような感覚になることも。スーザンさんの包容力と、このツアーを企画されているGowerご夫妻のホスピタリティと、オーカス島の温かさに包まれて、なんだかフワフワと4日間を過ごしていた感じがします。

そんな旅行ももうすぐ終わり。あと15分で搭乗時間が始まります。


     朝7時から、桐島ノエルさんのクンダリーニヨガをたっぷり1時間半
c0125114_956987.jpg

     ノエルさんのヨガ姿は美しい! みんなうっとりでした~! 
c0125114_1073100.jpg

         スーザンさんのご自宅にある桜の木の下で
c0125114_10123754.jpg

by hiroshimapop | 2013-03-27 10:20 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
シアトルでアボリジニサウンドに出逢う…
オーカス島で始まったスーザン・オズボーンのワークショップ、本日初日でした・・・。

朝7時からの桐島ノエルさんのクンダリーニヨガ。はじめて経験しましたが、アクロバティックなヨガとは少し違い、呼吸と身体の動きとで、内分泌腺の働きを整えていくという印象を受けました。

クンダリーニヨガについてこちらのサイトには、1960年代後半、インドの高名なヨガ・マスター、ヨギ・バジャン氏が北米に伝えたクンダリーニ・ヨガ。基本的に目を閉じたまま行う。呼吸に意識を合わせながら、シンプルな動作を繰り返すことで、自分の内側に深く入っていくものである。銅鑼(どら)を使ったリラクセーション、マントラを唱えながら行うメディテーションなど、ひと味違うヨガ。

とありました。

ノエルさんは3年前、ひどい座骨神経痛で、このままでは杖をついて歩くことになるかもと思っていたくらいだったのに、このヨガのおかげですっかり神経痛が良くなったそう。ノエルさんの均整のとれた美しいスタイルをみていると、俄然やる気が出てくる・・・。ハズだったのですが、やる気は十分なのに、何故か身体は動かず。両腕を上にあげて呼吸をするだけで、すっかりヘロヘロ。明日が思いやられます・・・。

朝食のあとは、島の中にあるモラン国立公園へ。対岸はすぐにカナダ(遙か遠くにビクトリアの街並みが見えました)、それはそれは美しい海と山と空の景色。

風の音だけが聞こえる静寂をしばし楽しんだあと、ツアーメンバーにプロの歌手の方がいて、展望台のうえで海に向かって歌ってもらっていたら、不思議な女性が登場。

なんでもディジュリドゥ(アボリジニの民族楽器)を使ってサウンドヒーリングをされているそうで、ちょうど車に乗せているからと、ツアーメンバー全員にディジュリドゥによるサウンドヒーリングをしてくださいました。こういう出逢いも旅の醍醐味。
c0125114_11314069.jpg

c0125114_113292.jpg



そして午後は、いよいよスーザンさんのボイスヒーリングのWSスタート。
歌うとはどういったことなのか、心のままに声を出すとはどういうことなのか、今日は口をあけ、呼吸をし、声を出すところからスタート。うまい歌ではなく、愛とともにある歌。そんな歌を目指したいと・・・。

ヨガにディジュリドゥに公園での散歩に、ボイスヒーリングのWS。

まだ夜8時前ですが、すっかり眠くなったので、今日はもう寝ます・・・。
by hiroshimapop | 2013-03-18 12:05 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
オーカス島に来たのはタロットカードのお導き
ひょんなことから、シアトルからフェリーで約1時間半のオーカス島という小さな島に来ています。歌手のスーザン・オズボーンさんのボイスヒーリングのワークショップ参加が今回のメインイベント。

主催はサンフランシスコで鍼灸師をされているYuko Gowerさん、通訳は桐島ノエルさん。

これだけでもかなりの豪華版なんですが、今回日本から到着した参加者は、なんと、たったの4名。ここまで人数が少ないと、私たち参加者にとっては、ラッキーこの上ない! 申し訳ないです~、いいんですか?と思うほど、超・超・お得でスペシャルな1週間になりそうです。


今回、何故このワークショップに申し込んだかというと、私の意志というより、ひいたタロットカードがすごく良かったから。


実はとある海外ツアーに興味があり、最初、そのツアーは私にとって実り多いものになるかどうか、タロットカードをひいてみたのです。ところがカードのメッセージを紐解いていくと、参加したら、その前の仕事のスケジュールがかなりタイトになりそう・・・。悪い流れはないけど、無理して行くほど積極的な後押しも感じられない。

うーん、行きたかったんだけどなぁ・・・・。だったら、春から夏にかけて実施されるビジネス系の講座はどうかと、やはりタロットカードに判断をゆだねてみたところ、こちらは「それほどでも」な感じ・・・。

2つ続いて、興味を持ったイベントにいい流れのカードが出てこなかったので、なんかムキになってしまいました。そういえば、WEBにスーザンさんのWSの告知があったなぁ、だったら、スーザンWSはどうだ?とカードに未来をゆだねたところ、これがとっても素晴らしい!

3枚正立、しかも未来を顕す3枚目のカードは『21の世界』。

『21の世界』は完成や統合、そして海外を顕すので、こんなカードが出たのに、行かないなんてありえない。いったい何があるの?どんなことが待っているの?と、カードが示した未来に興味津々・・・。

タロットカードと自分の潜在意識との絆を深め、カードの精度を高める最良の方法は、出たカードには従うこと。ソッコーで申込みました。そして、こんないい流れのカードがでたワークショップって、いったい何?と、あらためてWEBを見直した感じです。


普段、歌なんて全然歌わない。音楽も聴かない。カラオケにも行かない、ないない尽くしだけど、スーザンさんの歌を間近で、しかも5日連続で聴けるだけでも、生涯の宝物の時間になりそうです・・・。


というわけで、今日から、日本から遙か遠く、シアトルの小島に来ています。どんな滞在になるか、時間に余裕がある限り、ご報告をアップしますね。

スーザンさんが歌う『浜辺の歌』 前奏が長いです・・・。40秒くらいから始まります。



桐島ノエルさんは以前、福田高規先生にケイシー療法のインタビューをしたことがあるそうです。そのとき、ひまし油湿布のセットを購入して、何度か体験したそうです~。それだけでメッチャ嬉しい・・・。
c0125114_15473126.jpg

by hiroshimapop | 2013-03-17 16:02 | ただいま海外で体験中! | Comments(4)
スーザン・オズボーンのボイスセラピーの旅
締め切り直前なのですが、シアトルの北のオーカス島という小さな島で、スーザン・オズボーンさんのボイスセラピーを堪能できるツアーが3月にあります。

通訳は桐島洋子さんの娘さんでヨガやアロマの講師もされている桐島ノエルさん。朝はノエルさんのクンダリーニヨガで1日がスタートするそうです・・・。

スーザン・オズボーンさんが日本の童謡を歌われた「和美」のCD、お気に入りの1枚で、昔はよく聴いていました。ですから、彼女から直接ボイスヒーリングを受けられるなんて夢のようです。

さらに、桐島洋子さんの本は高校時代からずっと読み続けているので、ノエルさんの成長は雑誌や本を通してずっと追っていました。ノエルさんがヨガインストラクター&通訳なんて「そんな贅沢ありですか?」の一言につきます。

というわけで、偶然にこのツアーを見つけて速攻で申込み済みの私ではありますが、実はこのツアー、まだ最少遂行人数10名に達していないそうなのです~。行ったら絶対いい体験ができると思うんですが、会社員には3月は休みずらい時期かもしれませんねぇ~。

有給休暇がまだ余っている方、ご一緒しませんか?

内容はこんな感じだそうです。


2013年3月16日(日)~3月23日(土)

1日目:シアトル空港集合 午後フェリーにてオーカス島にはいる
    スーザン オズボーンとのオリエンテーションと 晩餐

2日目:モラン州立公園、Mt. Constitution 散策
     スーザン オズボーンとのボイスセラピー Session 1

3日目:桐島ノエルさんのヨガレッスン
     スーザン オズボーンとのボイスセラピー Session 2 & 3
  
4日目:桐島ノエルさんのヨガレッスン
     スーザン オズボーンとのボイスセラピー Session 4 & 5

5日目:桐島ノエルさんのヨガレッスン
     スーザン オズボーンとのボイスセラピー Session 6
     島内観光

6日目:オーカス島から シアトルへ移動、シアトルで自由行動

7日目:シアトル空港解散


ツアーの詳細、お申込はこちらまで
by hiroshimapop | 2013-02-14 00:10 | ただいま海外で体験中! | Comments(0)
日本を離れると、『無関心』が見えてくる
木曜の早朝に到着したマレーシアも、そろそろ出国の時間。シンガポール在住のテンプルのお客様でケニア旅行もご一緒した尚子さんと午後シンガポールで会い、夜の便で帰国します。

昨日は、3.11直後日本を脱出した友人家族とひさびさの再会。彼女とは6月にシドニーで会いましたが、その後マレーシアに引っ越してました・・・。


彼女は、やはり3.11以降日本を脱出した「母親同士のネットワーク」を持っていて、他の皆さんの動向なども聞きました。皆さん、日本に住んでいる私たちより放射能や「日本」という国への危機感は強い気がします。

例えば日々の食事。マレーシアにいながら、すでにキノコは食べないようにしているし、インドネシアのエビから放射性物質が検出されたことがあるらしく、魚介類も食べる回数は少なくなったとか。お母さん仲間のなかには、すでに北半球全体が汚染されているので、子どものために、今後は南半球にしか住まないと言っている人もいるそうです・・・。

そこまで行くと「自分たちだけ生き残ればいいの・・・?日本のために何かをしたいということはないの?」っていう疑問も頭の隅によぎることもありますが、そういったお母さん方は、ともかくも自分の子どもの命や健康は自分で守る。自分たちのDNAを健康に残したい、といった種の保存の本能が発動しているのかもしれませんね・・・。


それにしても母は強し!です。
いったん日本を出てしまえば、あと、どこに住むかは地球全体を視野に入れて考えられるようになるみたい。ブラジルやパラグアイに行くと言っているお母さんもいるらしいですから・・・。


友人は、ひょんなことから自己催眠中に人の前世や潜在意識の世界とコンタクトできるようになった(まるでケイシーのように寝たまま喋ります。ただ彼女自身の意識は残っており、自分と《別世界》と意識の中で行き来をしている感じなのだとか)人なんですが、3.11直後、ともかくもすぐに日本を出ろ、といったメッセージが出たため、取るものもとりあえず関東を出て、そのまま大阪に車で行き、そのまま家族でハワイに・・・。

最初はほとぼりが冷めたら日本に戻れるだろう、東京は無理でも西日本には住めるだろうと思っていたらしいんですが、すでに2011年3月の時点で『今後、日本政府によって、日本全体にまんべんなく放射性物質をばらまかれるので、日本のどこに住もうと同じ』という回答が催眠中にもたらされたため、ハワイのあと本格的に海外に住むことを決意します。

実際、その後、日本各地で東北の瓦礫が燃やされ、放射能汚染が懸念される肉や魚、野菜やお米がそれと分からないように流通していますから、彼女が予言した『日本政府によって、まんべんなく放射性物質はばらまかれる』は残念ながら現実に。予言は成就しています。


彼女家族だけではなく、多くの子どもを持つ家族、お母さんが同じような危機感から日本を離れ、放射能難民みたいになって、世界をさまよっています。とはいえ、どこに住もうと、言葉の壁、仕事の壁、お金の壁・・・、様々なチャレンジが待ちかまえていますから、どこに行ってもすぐに収入になるような力や「何か」を持ってなければ、移住も簡単ではないです・・・。

あるお母さんは、詰め込み式の勉強、金銭や物が主体の世界にはもう子どもたちを住まわせたくないからと学校に行かせることも拒否。その代わり、火を起こすこと、何もないところからサバイブすること、など原始的な人間の本能を呼びさますような学びを子どもにさせている人もいるとか・・・・(その子ども達は、算数、計算といったものは日々の買い物を通じて学んでいます)。

学校教育も拒否ですか~と、そこまでいくと極端だな~とも思いますが、多くの人が、近い将来、アメリカドルを中心に、これまでの貨幣経済が崩壊するといっていますから、もしかしたら、彼女はその先頭を切って子どもの教育をしている、ともいえるのかもしれません・・・。


いまもなお、日本では相変わらずの、日本人お馬鹿化計画、物言わぬ羊化計画発動中のようなテレビ番組、マスコミ報道が続いています・・・。渋谷の街を歩けば、この空の向こうに福島があることなどすっかり忘れてしまった世界が広がっています。

そんななか、少しの間でも、日本を離れて、日本を眺めてみれば、そこには異常ともいえる無関心の国、日本が見えてきますね・・・。


キネシオロジストの慶太さんに野菜のキネシチェックのことがブログに書かれてました。

日本を出て世界で暮らすことを選択しても楽ではないですが、日本で暮らすことを選んでも、やはり楽ではないです。日本に住み続けている限り、日々何を食べるか、どんな空気を吸うかの選択が迫られています・・・。
by hiroshimapop | 2012-10-27 10:48 | ただいま海外で体験中! | Comments(3)