毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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宮本常一さんの民俗学の本が面白い
五木寛之さんの本で何度か宮本常一さんの本が引用されていたので、興味が湧いて、今は宮本常一さんの民俗学の本を読んでいます。

私達の祖父母にあたる年代の宮本さんが、そのまた祖父母の世代の人に聴き取りをして書かれた「かつての日本人の暮らしぶり」の本です。

いやー、面白い!

『忘れられた日本人』の解説にこう書かれています。
昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環境に生きてきたかを、古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を歴史の舞台にうかびあがらせた宮本民俗学の代表作。


意外にも100年前の村の女性は、(影の)家長として確固とした地位を家の中で築き、同じ村の女性たちと強いネットワークを築いていたとか、夜、独身の男性が独身の女性の部屋に通う「夜這い」はどこの地域でも当たり前のように行われていて、男性も女性も複数の相手がいることが多かったとか、へぇーと思う暮らしぶりが詳細に記されています。

もちろん、貧しさから生まれた子供を間引きしたり、娘を売らねければならなかったという時代もありましたが、人々は、しぶとく、そして黙々淡々と日々の暮らしを続けていたんですねぇ。

「忘れられた日本人」では、宮本常一さんが自分の祖父について書いています。
市五郎はいつも朝4時にはおきた。それから山へ行って一仕事をしてかえって来て朝飯をたべる。朝飯といってもお粥である。それから田畑の仕事に出かける。昼まではみっちり働いて、昼飯がすむと、夏ならば3時まで昼寝をし、コビルマをたべてまた田畑に出かける。そしてくらくなるまで働く。

雨の日は藁仕事をし、夜もまたしばらくは夜なべをした。祭の日も午前中は働いた。その上時間があれば日雇稼に出た。明治の初には1日働いて8銭しかもうからなかったという。

仕事をおえると神様、仏様を拝んでねた。とにかくよくつづくものだと思われるほど働いたのである。

しかしそういう生活にも不平を持たず疑問を持たず、1日1日を無事にすごされることを感謝していた。市五郎のたのしみは仕事をしているときに歌をうたうことであった。(中略) 

旅人はまた誰でもとめた。(中略) 宿といってもお金一文をもらうわけではない。家族の者と同じものをたべ、あくる日は一言お礼を言って出ていくのである。生活はいつまでたってもよくならなかった。

子供の頃、日曜日の朝、いつまでも起きず、ダラダラと布団のなかで過ごしていると、母親によくこう怒られました。「周りの農家さんは日が昇る前に起きて田んぼや畑で働いているというのに、あなたは何もせず、いつまで寝ているの!」

機械化が進んだあとでも、近所の農家の皆さんは早朝から田畑に出ていらっしゃいましたが、1つ1つに手間と時間のかかった100年前の日本人の暮らしぶりと勤勉さは、きっと今の私には想像もできないでしょうねぇ。

そしてかつての日本人は、目にみえない存在、動物、昆虫、みみずでさえも自分たちと同じいのちのあるものとして大事にしていました。
ある日、日がくれかけて、谷をへだてた向こうの畑を見ると、キラキラ光るものがある。何だろうと祖父にきくと「マメダが提灯をとぼしているのだ」といった。マメダというのは豆狸のことである。マメダは愛嬌のあるもので、わるいいたずらはしないし、人間が山でさびしがっていると出て来て友だちになってくれるものだとおしえてくれた。(中略) 

さて、マメダがキラキラする提灯をとぼしてくれることが、夕ぐれのひとときの大きななぐさめになった。それから後、山の奥で木をきる斧の音がしても、山の彼方で石をわるタガネの音がしても、みんなマメダのしわざではないかと思うようになったが、そう思うことで山の奥、山の彼方へ心ひかれるようになっていった。

「どこにおっても、何をしておっても、自分がわるい事をしておらねば、みんながたすけてくれるもんじゃ。日ぐれに一人で山道をもどってくると、たいていは山の神さまがまもってついて来てくれるものじゃ。ホイッホイッというような声をたててな」 

小さい時からきかされた祖父のこの言葉はそのまま信じられて、その後どんな夜更けの山道をあるいていても苦にならなかったのである。


いいなぁ。

私達日本人が失くしてしまった1つが、こういう心で暮らすことなのかもしれません。そして私が取り戻したいと願っている1つでもあります。




by hiroshimapop | 2016-11-12 12:27 | おススメBOOKS | Comments(0)
願いもとめる祈り
先ほど、メルマガ616号で、『神の探求(下巻)』の2日間集中講座の告知を配信しました。朝から夕方までひたすら、びっちり『神の探求』を学ぶ2日間。

ケイシーリーディングを通じて自らの霊性を高めたいと望まれている方のための講座です。魂の震える2日間になると思いますよ。
12月17日(土)、18日(日)の2日間、万事お繰り合わせて、ぜひお申込下さいませー(申込フォームはこちらから)。


さて、そのメルマガを書くために、私はこの1週間、『神の探求』と共に、祈りについて書かれた本『何を、どう祈ればいいか』も読んでいました。その本を読みながら、私は祈っているようで、全然祈っていなかった、自分は何が欲しいのか知っているようで知っていなかったことに思い至りました。


祈りにはいくつもの形がありますが、以下は願い求める祈りについて書かれた箇所です。
イエスも繰り返しそれを強調された。つまり根気強く祈ることである。何かを祈り求めるなら、1度だけでは足りないと言われた。繰り返し、たえまなく、うむことなく祈る。父が聞き届けて下さるまで祈るのである。イエスが挙げられた根気強く祈る人の例を読むことにしよう。

「あなたがたのうちのだれかに友だちがいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを3つ貸して下さい。旅行中の友だちが私のところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです』 すると、その人は家のなかから答えるにちがいない。『めんどうをかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちは私のそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません』 しかし、言っておく。その人は、友だちだからということでは起きて何かを与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きてきて必要なものを何でも与えるであろう。そこで私は言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる」(ルカ11・5~11)

いいえとの答えを受け入れない姿が描かれている。恥も外聞もなく、根気強く求める心がある。イエスはこの人のように祈れと強い口調で命じられた。

要するにイエスはこう言われたのである。「たとえ神があなたの祈りに耳を貸そうとされないかのように思えても、くじけてはいけない。あきらめず、かつずうずうしく求めなさい。根気強く祈りなさい。扉をたたき続けなさい。神を押して押して、押しまくりなさい」

ルカ18章の例を見よう。「イエスは気を落とさずにたえず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。『ある町に神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところがその町に一人のやもめがいて裁判官のところに来ては、相手を裁いて私を守って下さいと言っていた。裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。しかし、あのやもめはうるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやってきて、私をさんざんな目にあわすに違いない』

それから主は言われた。『この不正の裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあるだろうか』(ルカ18・1~7)

(中略)

私たちが祈り求めることを自分のものにできないのは、しばらくは祈るが、まだ手に入れてないのに、祈りに飽いてしまうからだ。イエスがお与えになった教訓をしかと受けとめねばならない。彼は言われる。「このうるさくてかなわない未亡人、その根気強さで裁判官をうんざりさせた未亡人になりなさい」

(中略)

神に少ししか願わないなら、少しだけしかかなえられない。少しだけ神を必要としているから、神はその程度にこたえられる。この少ししか求めないとは、何を意味しているか。私は、充足した、安全な、よく守られた、凡庸な生活を送っていることを、はからずも告白しているのである。自分の身に危険が迫るような生き方はしていない。これでは福音を宣教する者にイエスが求められる生き方からは、はるかに遠い。

少ししか祈らない人は、福音が促す挑戦的な生き方、危険をわが身に引き受ける生き方へ少ししか歩み寄らない。生活のなかで少ししか挑戦しない人は、少ししか祈らない。


神は私のことは何でもご存じだから、わざわざそれを神に知らせることはない、という人がいます。神に祈る言葉は世界平和や感謝だけにすべきである、と云われることもあります。でも、自分の願いを神に伝えられない、ということは、つまりは、自分が何をしたいのか、どういう願いを持っているのか、実は曖昧ではっきりしていない、知らないのかもしれません。祈る言葉は世界平和や感謝だけにすべきなら、いったい私達は、一人ひとりが幸せを求める気持ち、願う気持ちをどこに向けたらいいのでしょうか。

流れ星が流れている間に3回願いごとを言うと叶えられる、というのは、そんなとっさの時にすぐに3回重ねて言えるほど願いが具体的ではっきりしているとも云えます。そこまでクリアであれば、その願いが叶う日は近いでしょうね。

自分は何をしたいのか、どちらに向かって行きたいのか、何が欲しいのか、まずは明らかにする。そして神が根負けするほどしつこく願い祈る。そしてそれが叶ったかのように生きる。

ケイシーのリーディングにこのような一節があります。
『すべての祈りは聞き届けられる。神に、その答え方を指示してはならない。 望んでいることを神に知らせよ。そして、それらは叶えられた思って生きよ。 なぜなら、主はこのように言われた。 「汝らが私の名において信じて求めるものは、天の父が汝に与えて下さるだろう」と』 4028-1


幼子のように・・・というフレーズが聖書にはありますが、確かに幼子はしつこいです! デパートで地団駄踏んでる子供、時々見かけます。私には5歳離れた妹がいますが、妹は小さい頃(10代の頃も確かそうだったような)、欲しいものがあると手をかえ、品をかえ、両親が呆れ、根負けするまでしつこく訴え続けてました。

私は幼少の頃から諦めが早く、幼子のしつこさを持つことすら人生の早い段階で諦めてしまってました。確かに、考えてみれば、私は人生において少ししか挑戦していないですね。

祈りについて書かれた本ですが、書かれていることは刺激的です。





by hiroshimapop | 2016-10-21 18:56 | おススメBOOKS | Comments(0)
『サンカの民と被差別の世界』
引きつづき、五木寛之さんの本、読み続けております・・・。

地元広島について書かれた『サンカの民と被差別の世界』。先日読んだ「隠れ念仏、隠し念仏」もそうでしたが、こちらも歴史の教科書には絶対登場しない日本の姿が書かれています。

ちなみに「隠れ念仏・・・」の本で私は、隠れキリシタンのように念仏を唱えることを禁じられた人達がいたことをはじめて知りました。彼らは夜秘かに集まり何百年も隠れて念仏を唱え続けてきたんだそうです。そして、隠れキリシタンがそうであったように、政府の弾圧は厳しく、見つかると拷問と処刑が待っていた・・・。

命をかけて念仏を唱え続けてきた人がいた。しかも何百年も。興味を持った方はぜひ「隠れ念仏・・・」の本を読んで下さい。


さて、この『サンカの民と被差別の世界』では、長く日本で雑賤民と扱われてきた、山の民、海の民、放浪の民、芸人たちがクローズアップされています。

かつて天皇は村人を国の宝「オオミタカラ」と呼んでいた、と私たちは学びましたが、「オオミタカラ」とは主に町民、農民をさし、「オオミタカラ」の範疇から外れていた人達がいました。「士農工商、エタ、ヒニン」という制度化されてきた身分があったことも学校で学んで知っていますが、実にこの区分に漁民や山の民は入っておらず、身分制度からも「オオミタカラ」からもはみだした人達、それが山の民(サンカ)であり、漁民だったんですね。


漁民について書くと、小さな船の上で生活をしていた人が多く、陸上で定住していなかったことが理由の1つ、漁業は仏教の「不殺生戒」を犯すものと見なされていたことが賤民扱いとなった理由のようです。だったら、日本神話にでてくる海幸彦はどうなんだ、それを買って食べる人はどうなんだ、とちょっと突っ込みを入れたくなりますが、戸籍のようなものも、瀬戸内海に点在する多くの島では漁民のものはなかったそう。

瀬戸内海もそうですが、海に囲まれている日本は魚をとることを生業としていた人達が大勢いたわけですから、賤民として扱われてきた人達がどれほど多くいたか。そして差別される人たちを制度として作らなければならないほど、日本の農民も苦しい生活を強いられてきたということでしょうか。


ここでは、漁民ではなく、私たちに馴染みのある芸人について書かれていた部分から少し抜き書き。ここも興味深かった部分です。
今回の広島への旅で、私は日本という国の歴史というものがいかに重層的であるか、ということをあらためて感じることになった。

たとえば、良民の外に位置づけられていた「化外の民」にしても、そこには非常に細かく、複雑でデリケートな違いがある。(中略) 卑賤視したり、差別するということも、もうひとつ別の面がある。その背景には情念としての畏敬の念があり、ひょっとすると憧憬さえあったかもしれないとも感じる。「聖」と「俗」が、「聖」と「穢」が、「聖」と「賤」が重なりあう。そういう領域が存在することを、私たちは見落としがちだ。

役者という存在が、かつては「河原乞食」と呼ばれて卑賤視されていたことは知られている。ドサ回りの芝居興行で村々を回って歩く役者たちを、村人たちは村の中には入れず、境界線周辺に泊めたりした。それでいて、道を歩いている彼らの後を、一緒にぞろぞろついていったりする。彼らの芝居の興行が村にやってくるのを、心待ちにもしている。

また、春駒をはじめ、万歳(まんざい)や大黒舞などの新春の言祝ぎの芸能は、ほとんど被差別民が担っていた。万歳はその典型的なもので、賤民の人びとだけが許されて、神や仏の代理人として家々を回ったのである。彼らが10分くらいかけて語る万歳の祝詞は、新春3日間で一番大事な祝詞の言葉だった。その祝詞の言葉はとてもむずかしいが、文字が読めないにもかかわらず、彼らはその言葉をすべて暗記していたという。それらは父祖から代々、口伝えによって受け継がれてきたものだった。

日本は言葉というものを大事にする言霊の国である。祝福の言葉を淀みなく述べる遊芸民たちは、それだけである種の畏敬の念を抱かせたにちがいない。それは芸であると同時に、ある意味では超人的な力だといってもいい。

一面では差別をされて村のなかでも交際を絶たれている賤民たちが、一番おめでたいときに神や仏に変わるという構図がここにはある。

(中略)

沖浦氏によれば、遊女はもともと神に仕える女性であり、呪術的なシャーマニズムから来ている存在だったという。仏教や神道が成立する以前の日本は呪術的なアニミズムの社会だった。呪術的なアニミズムの場合、ケガレ観念はあるが、そのケガレは両義性を持っているというのだ。

つまり、大地や大自然は人間にすばらしいものを与えてくれる。雷は恐ろしいけれども偉大な力でもある。悪いと同時にものすごいという感覚だ。その残像のうち、片方の畏敬の念が徐々に薄らいできて、卑賤視だけが強くなってくる。それが両極に現れたのが近世の歴史ではないか、と私は思う。

(中略)

あらゆる芸というものは最初は神事であり、聖なるものだったといっていい。相撲にしても田楽にしても、神に捧げるものであり、神を呼び込むためのものだった。それが神や仏にかかわる「聖」の部分が失われて、「俗」のほうへ、ビジネスへと変化していく。その過程で、それに携わる人びとも畏敬の念を持たれなくなってきた。


「俗」でありながら同時に「聖」であり、卑賤視されつつ同時に尊敬もされる。人間の複雑な情緒がここにあります。

私たちが教わらなかった、知らなかった日本の深層へ・・・。まだまだ五木寛之さんの本の旅は続きます。。。。


by hiroshimapop | 2016-09-22 07:46 | おススメBOOKS | Comments(0)
『やりぬく力』
ハーバード大で神経生物学を学び、超難関コンサルティング会社マッキンゼーでコンサルタントとなり、27歳で公立中学の数学の教員に転職。その後、オックスフォード大で修士号(神経科学)、ペンシルベニア大学大学院で博士号(心理学)を取得した、という華々しい業績を持つ著者が、中学教員時代に「IQの高い生徒が必ずしも成績がよいワケではない。IQがそこそこしかなくても成績の良い生徒がいる」ということに気づき、「この違いを生み出す要因は何か?」について研究し、それについて語ったTEDトークです。

*字幕が出ないときには、右から4つめをクリックしてください。



実は私、中学の時の知能指数はかなり良い子どもだったらしいです。でも成績は振るわない。
担任との懇談会があったとき、母は担任に「こんなにIQがいいのになんで成績が伴わないんだ?」と首を傾げられたと苦笑して帰ってきました。


先週のメルマガでも告白しましたが、小学生の頃は給食が食べられなくて、3時間目の授業時間頃から給食のことを想像して緊張しはじめ、5時間め、6時間目は、ノートと教科書の代わりに給食のトレイを前に授業を受けていた子どもでした(当時の思い出はここでも書いてます)。なので、学ぶことは好きでも学校は苦痛。給食が気になって授業に100%意識が向かなかったことが1つ。勉強しなくてもテストの点がそこそこ良かったので、それで満足してしまったのが1つ。学校の勉強以外で知りたいこと、読みたい本がありすぎて、家で勉強しなかったのが1つ。そして何より、飽きっぽくて、根気がない。1つのことをコツコツ長続きさせられなかったのが成績が振るわなかった理由じゃないかなーと思っています。

私は田舎の小さな中学に通ってましたが、3年後、東大、阪大、早稲田、慶応、広大の医学部その他、有名国公立私立大学に進学した同級生がぞろぞろ出たくらい、私の学年は成績優秀ぞろい。

中学2年くらいまではそこそこそんなクラスメートについていけてましたが、まじめにコツコツ勉強をし続け、受験勉強でスパートかけた彼らと、全く勉強しなかった私の成績の差は、中学3年くらいから一気に開いていきました。

中学の科学の時間、先生の説明が理解できなかった男子生徒が私に「先生は何て言ってたんだ?」と聞きにきて解説したその彼は、3年後、東大に合格。理科のテストの時間「**番の答えを教えて」と紙が回ってきて答えを教えた彼は、その後九州の有名私立大学に進学(苦笑)。

「やればできるのに」と云われ続けながら、やらなかった私の脳みその栄光はここまで・・・。今はそうだった気配さえありませぬ。


ケイシーの本を2冊翻訳したフォンテイン知代さんは、早稲田大学のあと2つのアメリカの大学に留学しましたが、うち1つの大学に同じように日本から留学してきていた女子生徒がいました。彼女はあまり英語も出来ず成績も振るわなかったので、知代さんはよく彼女のレポートを手伝ったそうですが、それから何十年か後、その自分より成績が悪く、いつも勉強を教えていた彼女が、アメリカの西海岸の某有名大学の教授になっていたことを知ってビックリ。

知代さんは子どもが出来たことをキッカケに仕事を辞め、その時もまだ主婦でしたので、以前の同級生の華々しいキャリアにショックを受けてました。自分で選択したこととはいえ、社会的な力の差は歴然ですから。


さて、このTEDでアンジェラさんが見つけたIQ以上に重要なことは「やりぬく力」。

やりぬく力について彼女は「明けても暮れても自分の未来にこだわること」と解説しています。1つのことを何年もかけて一所懸命にやりぬくこと。

この力がある子どもの方が結果的に成績がよく、そして学校を卒業する確率が高い。

知代さんの同級生も、最初は語学も成績もあまり振るわない留学生だったのに、1人コツコツ努力しつづけた結果、大学教授という花が咲いたわけですよねー。

ウサギより、のろまな亀のほうが最後は強い。

継続は力って、ホントです。

この前の本の紹介で、以下の部分を抜き書きしましたが、今更ですが、ある1つのことをやり始めてます。やり続けるって、私には、かなりハードルが高いんですが、ようやく2週間経過。あと9年と50週。

先は長い。

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。




by hiroshimapop | 2016-09-21 15:39 | おススメBOOKS | Comments(1)
五木寛之さんの対談本『霊の発見』
五木寛之さんが霊や宗教、日本に残るアニミズムについて語っている本がシリーズであることを知り、いま、その本を集中的に読んでいます。

『隠れ念仏と隠し念仏』は表には出てこない日本の深層部に存在するアニミズム的な信心に触れた思いがしました(お勧めの1冊!)し、宗教哲学者の鎌田東二さんとの対談本『霊の発見』も、日本人の霊性や宗教的な歴史や成り立ちについてお二人が熱く語っており、面白かったです。

『霊の発見』は、こんなトピックでお二人が語りあっています。
1.霊は実存するのか
2.霊視について
3.神霊との交信について
4.超能力について
5.怨霊と祟りについて
6.死後の世界について
7.神社と神道について
8.霊性の高みへ


第7章の神社と神道についてから少し抜粋すると・・・
鎌田:ぼくは民衆の中に生きている宗教感覚というか、霊的発見というのは、根本的にはそういう自然への畏怖・畏敬だと思うんですね。京セラの稲森さんではありませんが、たとえば、子どもが、おばあさんやおじいさんに手を引かれて、もしそういうところに行ったならば、生理的に何かを感じ取ると思うんです。それは知識ではありません。(中略)

五木:ええ。まずイメージとして、それが人の心の奥に、くっきりと刻みこまれる。

鎌田:理屈じゃないんですね。行為として、ざらざらというか、ぬめぬめするというか、たぶん、幼いころの生理的な感覚をともなうような行為というのは、大人になってからも、いつまでもすごく残ると思います。

五木:ええ。そういう不思議さというのは、理屈や知識じゃないんですね。畏怖とか畏敬とかの、つまり霊的な原体験をなす、そういう畏れ、怖れをとおして、つつしみのような感覚が生まれると思います。神道では「つつしみ、つつしみまをす」とか「かしこみ、かしこみまをす」と最後に言うでしょう。この、かしこむ、つつしむという観念に、神道の原形があるとしたら、それが、いまいちばん大事なものではないでしょうか。かしこむこと、つつしむこと、それが日本という国の、幼児体験ではないかと思うんですね。

(中略)

五木:それと闇ですね。神道の神事は、夜に行われることが多い。伊勢神宮も、出雲大社の新嘗祭も夜でしょう?

鎌田:なぜかといえば、霊との合一には、音の世界にはいることが重要だと思うんですね。光、視界の世界は、私たちの日常生活の多くをつくっていますけれど・・・。(中略)

耳を澄ますことによって、異界が開けてくるんです。神道では、まれびとは音とともに訪れると考えています。その音が、あちら側の世界を招き寄せたり、そちらの方へはいっていったりする回路となる。春日大社の御祭りの「おーおー」と先払いする神職たちの警蹕の声も、板を闇の中でバーンと叩くとか、音曲を奏でながら踊るという行為も、基本的には、目よりも深い感覚を呼び覚ます、という働きがあると思いますね。

五木:目よりも、耳のほうが深い。昼間でなく夜やるということの中に、想像力を刺激するという力も働く。

次は最終章から少し・・・。
毎日、神様と約束した何かを地道に、必ずやり続ける…。それが自分を高め、そして自分の中に確固たる芯を作り自分を強くしていくんですよね。

友人は母親が病気になったとき、母親のために何かしたくて毎日般若心経を毎日100巻あげ始めたそうです。母親に元気になってほしくて始めたことですが、ちょうど3か月くらい経ったとき、ふと、何が起こっても(母親がたとえ亡くなっても)それを受け入れられる、自分は大丈夫、という心境になったのだとか。そういった思いは誰かに云われて「そうだな」と思ったものではなく自分の中から湧きあがったことですから、何ものも盗むことは出来ず、変えられもせず、揺るぎもしない、確かなもの、ですよね。

鎌田:多くの霊能者は、その力を、良いほうに用いているとは思いますが、注意は必要です。

(中略)

五木:だからますます、一人ひとりが、それぞれ自分の直感を磨いたり、ある種の修行なんなりをして、それこそ神の依り代となるような生きかたが求められる。霊を磨くというか、魂を磨くというか、そういうことが、個人の人間性のなかで、重要なものになってくる。克己心としても。

(中略)

鎌田:ええ。そのためには、たとえば、教えを説いている教祖なりがいたとしたら、その人に気品があるかどうか、ほんとに信頼できるかどうか。あたたかさや、明るさや思いやりや、謙虚さや慈悲の心があるかどうか。人格的なこともふくめて、そこに高雅な品格があるか、人間的な信頼感が生まれるかどうか。横柄であったり、威張っていたり、権威的であったり、下品で卑しそうな人は、最初からおかしいと思うべきだ、と(*美輪明宏さんは)言っています。

五木:まさにサニワですね。神は美しいものに宿るという考え方ですか。

鎌田:ええ。そういう人間を見る洞察力が必要です。あるいは人間だけじゃなく、命あるもの魂あるものを見る基準の感覚を、一人ひとりが、みずからの内に、育てていかなければなりません。そういう芯ができないと、いろんな言説に左右され、騙され、また依存してしまうという構造が、くり返し、くり返し起こると思うんです。

(中略)

鎌田:そのために、ぼく自身が心がけていることは、南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経で、祝詞・真言でも、写経でもいいんですけれども、10年かけて、1つのものを、毎日毎日きちんと行うことです。それが大切な判断基準です。10年間ずっと、1つのことを、毎日毎日やっていったならば、何か基準になるものが、自分の中に育ちます。それだけ手間暇かけて育てていかないと、なかなか見えない。そういう気がします。

五木:(中略) たとえば朝、日の出に柏手を打って拝む。これだけを、自分の信条として、たった一人でどこまでつづくか、つづけられるか。

鎌田:毎日毎日、10年間つづけたら、人間は変わります。なにかが、自分の中に生まれるんですよ。

高校時代、「青春の門」を導入にして、当時出版されていた五木さんの小説はほぼ読破するくらい、五木寛之さんの小説は読み続けてました。小説を書かれなくなった頃から五木さんの本からは遠ざかってましたが、「青春の門」から約40年後、また五木寛之さんの本が私のバックに入っているのは感慨深いです。

それにしても、ずっと第一線でご活躍。その時代、その時代で話題となる本を書き続けられているのは本当に素晴らしい。相変わらず髪の毛もふさふさですし、五木さん。





by hiroshimapop | 2016-09-15 22:57 | おススメBOOKS | Comments(1)
石牟礼道子著『苦海浄土』
9月のNHK『100分で名著』は、石牟礼道子さんの苦海浄土が取り上げられています。しかも解説はピュアシナジー輸入のため、シナジーカンパニーを立ち上げた若松英輔さん。テンプルのひまし油湿布もシナジーカンパニーを通じて輸入していただいています。
これは視るべし!でしょう。

テレビのある人は、テレビで。テレビがない方は是非ともオンデマンドで!


苦海浄土の本には個人的に深い思い出があります。

大学を卒業して働き出したものの、日本の社会は男性中心社会。男女同権の意識は今より遥かに低く、女性が大きな仕事を担ったり単独で動くという環境はなく、女性=男性の補助が当たり前。この男性より私のほうがよっぽど仕事は出来るのに・・・と思うような男性社員にメインの仕事が割り振られたり、ヒマで午前中は新聞を眺めてるような窓際部長連中に仕事を言いつけられたり・・・。あー、私はもっと仕事がしたいのにーと、楽しくもなく張り合いもない毎日に、何だか自分の時間を単にお金に換えている気がしてました。

とはいえ、特にやりたいことも見つからずで、お先真っ暗気分でしばらく会社勤めを続けてましたが、いい加減、そんな会社勤めにも嫌気がさして、20代半ば、私は8ヶ月ほど日本を飛び出し海外をフラフラ。

そんなある日、日本語の貸本屋を滞在先の街で見つけ、借りて読んだのが『苦海浄土』と林真理子さんの『南青山物語』。

私は今もそうですが、1度に本は数冊同時進行で読みます。だからこの時も、この2冊を同時に読み始めたわけですが。。。

『苦海浄土』は水俣病患者となった家族を追った物語。水俣に暮らす方々の清貧とも云える暮らしぶりと病の悲惨な状況が熊本の方言で語られています。毎日を生きるだけで精一杯の苦痛に満ちた現実を軽々しく美しいとは表現してはあまりに現実を知らなすぎると云われそうですが、『苦海浄土』で石牟礼道子さんの筆を通して語り綴られている水俣の皆さんの言葉は本当に神々しく美しい。

特に、日本から遠く離れた場所で、東京の、普段であれば多くの方の憧れの暮らしであろう南青山でのセレブの生活を書き連ねた、苦海浄土とは対極にあるようなエッセイと同時にこの本を読んだということもあり、自分は人としてどう生きたいのか、人の幸せや生きる意味とは何なのか、自分はどちらの生活をしたいのかを考えるキッカケになった1冊でした。


『苦海浄土』はどのページを読んでも、グッと心に迫ってきますが、杢太郎少年のお祖父さんの話は、読後、何年経っても私の心の中にこだましていました。

あねさん、わしゃふとか成功どころか、70になって、めかかりの通りの暮らしにやっとかっとたどりついて、一生のうち、なんも自慢するこたなかが、そりゃちっとぐらいのこまんか嘘はときの方便で使いとおしたことはあるが、人のもんをくすねたりだましたり、泥棒も人殺しも悪かことはいっちょもせんごと気をつけて、人にゃメイワクかけんごと、信心深う暮らしてきやしたて、なんでもうじき、お迎いのこたすことになってから、こがんした災難に、遭わんばならんとでございっしゅかい。

なむあみだぶつさえとなえれば、ほとけさまのきっと極楽浄土につれていって、この世の苦労はぜんぶち忘れさすちゅうが、あねさん、わしども夫婦は、なむあみだぶつ唱えはするがこの世に、この杢(*水俣病を発症した孫)をうっちょいて、自分どもだけ、極楽につれていたてもらうわけにゃ、ゆかんとでござす。わしゃ、つろうござす。

(中略)

あねさん、この杢のやつこそ仏さんでござす。
こやつは家族のもんに、いっぺんも逆らうちゅうこつがなか。口もひとくちもきけん、めしも自分で食やならん、便所もゆきゃならん。それでも目は見え、耳は人一倍ほげて、魂は底の知れんごて深うござす。一ぺんくらい、わしどもに逆ろうたり、いやちゅうたり、ひねくれたりしてよかそうなもんじゃが、ただただ、家のもんに心配かけんごと気い使うて、仏さんのごて笑うとりますがな。

(中略)

おるげにゃよその家よりゃうんと神さまも仏さまもおらすばって、杢よい、お前こそがいちばんの仏さまじゃわい。爺やんな、お前ば拝もうごだる。お前にゃ煩悩の深うしてならん。
あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。軽ろうござすばい。木で造った仏さんごたるばい。よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。あっはっは、おかしかかい杢よい。爺やんな酔いくろうごたるねえ。ゆくか、あねさんに。ほおら、抱いてもらえ。

『苦海浄土』の2冊目の本にも美しい、娘を思う母の言葉が書き記されています。

きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりましたが、見るのも辛ろうして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらを拾おうとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘から血ぃ出して、「おかしゃん、はなば」ちゅうて、花びらを指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。

何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった1枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ばチッソの方々に、書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、花びらば1枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に


残念ながら、苦海浄土に書かれたような企業由来の病は現在もこの日本で発生中です。何か起こったとき、企業や政府がどのような対応をするかも、この水俣病が発生した当時とあまり変わってないですねー(FUKUSHIMAもそうですし)。いずれにしても、『苦海浄土』は、ぜひ多くの方々に読んでいただきたい。特に高校生や大学生など柔らかい心を持った世代に読んでいただきたい・・・。

おすすめの1冊です。




by hiroshimapop | 2016-09-10 07:28 | おススメBOOKS | Comments(0)
『Eat & Run』
なんだか本の紹介ブログになりそうな勢いですが、6月、7月はマイケルさんの来日イベントや20周年記念講演会、パーティなどの準備でほとんど本が読めなかったこともあり、8月に入ってからのこの1週間、家にいる間はゴハンと寝ている時間以外は読書三昧。夜更かし&早起きしながら、300ページを超える本を数冊読了しました。

今日もそんな1冊ご紹介。

著者は42.195キロのマラソンが軽いジャブ程度の距離にさえ思えてくるような長距離(100キロ、200キロを走り続ける)ウルトラランナー。しかも、出場するのは、気温40度を超えるような灼熱の山の中を走るような過酷なレースがほとんど。足の指の骨が折れようと捻挫をしようと、そして嘔吐しようと幻覚をみようとゴールを目指して走り続けるのです。

そして、そんな彼のエネルギー源は肉ではなく、完全な菜食(途中、ローフーディストにもなっている)。乳製品も卵も食べないヴィーガンになったことで、彼はさらに良い集中とパフォーマンスを生み出せるようになったことを実感しています。

食事について書いてある部分を少し抜き出してみます。
最後に食生活にも手を加えた。自己改善に取り組む中でこれが一番簡単で嬉しかった。(中略)節約をして生活する方法はいくらでもある。僕は誰よりも分かっている。でも体が必要な燃料と薬、つまり食べ物は、節約するべきじゃない。今までにないエネルギーが沸き上がるこの健康な体を見れば、投資が大切なことは言うまでもなかった。

(中略)

質のいい食事を取れば取るほど、体の調子が良くなった。調子が良くなると、もっと食べることができた。ヴィーガンになったことで、脂肪が一層落ちた。この脂肪はクッキーやケーキ、ツインケーキやチーズピザからくるもので、一般の雑食菜食者やベジタリアンでさえ多くがこうしたものを食べている。僕は今まで以上に食べて、楽しんで、同時に人生で一番痩せることができた。ヴィーガンになってから、全粒穀物、豆類、フルーツと野菜をもっと食べるようになった。(中略) ヴィーガンでありながら、食べる量が増え、体重が落ち、筋肉量が増えた。

レースとレースのあいだや、トレーニングのあいだの回復時間も短くなった。50マイルのレースに出ても、もう筋肉痛にならなかった。毎日、起きる度にエネルギーがみなぎっていた。フルーツを食べるとより甘く、野菜は歯ごたえがあってさらに味わい深く感じた。朝起きて短いランに出かけ、それから8~10時間働き、それから夕方には10~20マイルまた走っていた。集中力も日に日に高くなっている気がした。


体に良いと思われる食事を食べ続けること、走り続けること。毎日トレーニングを続けること。どれも簡単なようで簡単ではありません。走っている最中、特に夜や悪天候の中であれば、走るのを止めたい、歩きたい、休みたいという思いは何度も湧いてくるでしょう。それでも走ることを止めず、次の1歩を出し続けられるランナーの精神力の強さ、そして自分の限界だと思っていた肉体的極限をさらに超えて走り続けられる強靱な心。

圧倒されっぱなしでした。

長年植物だけを食べている僕は、シンプルな食事と極力加工食品を避けることが、健康維持の最良の方法だと信じている。(中略) 病気や怪我を可能な限り自然な方法で治そうとしている。食べ物は僕にとって薬でもある。他の長距離ランナーがよく口にするイブプロフェンのような抗炎症薬も避ける。こういった薬は痛みをごまかしてしまうので、本当は走るべきでないときも走ってしまい、もっと深刻な怪我を引き起こす可能性があるからだ。それに大勢のランナーがイブプロフェンの飲み過ぎで腎臓をやられている話しも聞く。これは早く回復させようとするときにありがちな副作用で、いろいろな面で典型的な西洋医薬の問題と云えるだろう。


私は100メートルだって走り続けられるかどうか分からない人間ではありますが、この本はかなり面白く、そして刺激になりました。紹介されているヴィーガンのレシピも美味しそう。

普段、アスリートの本なんてほとんど読まない方にもお勧めです。


by hiroshimapop | 2016-08-06 11:27 | おススメBOOKS | Comments(0)
森に入りたい・・・
一泊二日で行った短い北海道旅行。
午後羽田を発ったので、小樽で三枝龍生先生にお会いしたのは、すでに夕方遅く。
ホテルまで車で迎えに来て下さり、そのまま小樽を通りすぎて向かったのは隣の余市市。龍生先生のお話を聴きながら、しばし車窓から積丹半島の景色を眺めていました。

途中、深い山の脇を通りすぎたので、「こんな森の中で1週間キャンプしたいなぁー」とつぶやいたら、龍生先生が「エネルギーが強すぎて1週間もいたら、発狂しますよ」と。

確かにそうかもしれないですねー。普段コンクリートと人工の光の中で過ごしている人間が野生の感覚を取り戻すには、しばしリハビリ期間が必要かもしれません。

でも、あの短い会話で私の中に眠っていた『森に行きたいモード』が目覚めた感じです。横浜に戻っても、どこかうっそうとした森の中、しかも、酸素と湿気で重くなった空気と緑の濃い香りが身体にまとわりつくような深い森の中に入りたくてしょうがない。

そういえば、森の中でのリトリートを始められた山田さんという方の対談、読んだなーと本棚から引っ張り出してきました。この方のお話も、私の森モードに拍車をかけてくれます。

前野:森にはだしで入るだけで、普段使っていない足の裏の触覚、視覚が開かれる。いろんな感覚が研ぎ澄まされるのを実感しました。
山田:これはたぶん自然なことなんです。だから特別な指導なんて受けなくても、誰でも森にいるだけで、そうなるんだと思います。森に入って感覚を開く。このときに「ゆっくり」も大事だなと思うんです。
前野:ゆっくりですか。
山田:ええ。例えばこの話を聴いて「なるほど」と思って、自分もやってみようと都会から森にやってきた大半の人は「早く」感覚を開こうとするんですよ。すぐに結果を出そうとしちゃう。でも。そうすると逆に感覚は開きにくくなるようです。何度かやってみて気づいたことです。
前野:なるほど
山田:だから、森に入るとどんどん先に歩きます。スタスタ進みながら、キョロキョロしている。これだとあまりうまくいかないんです。そこで、ゆっくり歩く、ゆっくり話す、ゆっくり食べる、ゆっくり呼吸することを取り入れました。すると、結果的にみなさん早く効果が出るようになったんです。

(中略)

前野:「感覚を開く」という話にちょっと戻らせてください。ぼくは森に来ると五感が開いて、脳が都会にいるときとは違う状態になるのを感じます。普段なら思いもよらないことを思いついたりするんです。
山田:ええ。森の中にいるときに浮かぶのは、たぶん脈略のあるアイディアではないですよね。たぶん、その源泉になるような、ひらめきや直感だと思います。そういうものが降りてくる力は明らかに高まります。自分では自覚してなかったことが、ピピッと届く。それは感覚が開いているからです。

私はまさになんでも「早く早く!」で、スタスタ歩き、食べるのも早いですから、森の中に入っても、「ゆっくり人間」になるまでには、少々時間がかかるかもしれません・・・(涙)。

最近読んだどなたかのコラムでも、その方は会社の社長さんだったと思いますが、重要な決断をしなければならないときには2泊3日で山の中に入り、しばし自然の中で過ごしたあとで決断すると書かれてました。そうすると良い決断ができると。しかも、2日では足りず、3日は必要だと。

森の中に入りたいと書きながら、実は、一人で森の中で夜を過ごせない弱虫なので、こういうことが出来る人が羨ましくてしょうがない。

一人でテント張って焚火して、朝まで過ごせるようになるには、根性が足りてないので、まずは友人たちとアウトドアのイベント企画かな。そういえば、知り合いの男性経営者さんたち、1年に1回、ジープ島で1週間過ごしてると言ってました。

1週間、携帯もパソコンも持たず、海にしろ森の中にしろ、大自然の中に入っていくのって究極の贅沢な時間かもしれませんねー。


by hiroshimapop | 2016-08-04 11:43 | おススメBOOKS | Comments(0)
『ハトホルの書』
ソマティックのマイケルさん、私にさわると、何故か毎回エジプトを感じる・・・らしい。1度は『ハトホル神殿』の神官だった前世が見えた・・・らしいことは先月のブログに書きましたが、そういえば、ハトホルについての本が本棚のどこかにあったなーと見回してみたら、ありました。しかも、誰がこんなところに置いたの?というくらい目立つ場所に1冊ぽつんと。

2008年の新年にエジプト旅行をした際、アチコチでの神殿でよく目にする私によく似た顔(旅のメンバーに笑われるほど似てました)がありました。それはハトホル女神と呼ばれている女神だということまでは旅のさなかに分かったんですが、ではハトホルってどんな女神? それが調べたくてこの本を帰国後、購入してました。

…が、しかし、読み始めたものの、最初の数ページであえなく挫折。そのまま本棚の奥深くに眠ってましたが、今回のマイケルさん発言でようやく日の目を見ることに・・・。

本の帯にはこうあります。
『シリウスの扉を超えてやってきた、愛と音のマスター「集合意識ハトホル」。古代エジプトから現代に蘇る!』

「怪しい~!」 この帯からして、「ほんまかいな」とすでに私の猜疑心がムクムクと立ち上がってきます。が、今回はともかくも読み通そうと読み始めました・・・。

意外や意外。これがなかなか読み応えのある素晴らしい内容。なんで2008年のときに早々に読むのを止めたのか自分でも理解できないんですが、マイケルさんのソマティックを知ったことで、よりよく理解できるようになったのかもしれません。

300ページもある厚い本から何か所をピックアップしてみます(ソマティックを受けたあとなので、感情についての記述をいくつかご紹介)

ソマティックで扱う1つが、抑圧された感情の解放。感情の抑圧や断絶についてかなりページを割いて解説がされています。感情抑圧と症状の関係について書かれていますが、そういえば、数年前、テンプルで主催したキネシオロジー講座で、幼少期の母親とのトラウマで『見たくないものを見ないように』極度の近視になっていた男性のデモセッションがありました。抑えつけたことでかえってエネルギー的に蓄えられてしまったネガティブな感情の解放。やはり大事なんですねー。
多くの人が幼児期のしつけや文化的な条件づけによって、みずからの感情や感覚への気づきと断絶してしまっています。わき上がる感情に対する感受性を育まれていないのです。(中略) これは自分たちの世界や自分自身についての重要な情報システムを切り捨てているということですから、きわめて不幸なことです。(中略) ですから「頭でっかち」になっている人は、この世界での直接的な体験や自分の本来いるべきところを拒んでいることになります。

感情の抑圧は健全なことではありません。(中略)人が故意に感情を抑圧すると、その音声シグネチャーが体内細胞組織の奥深くへと入りこんでいくのがわかります。もし相当量の共鳴振動が何度も下位のレベルへと伝えられ、さらに抑圧がくり返されて感情やエネルギーが細胞の奥深くにたくわえられると、実際に肉体に否定的な影響が現れはじめます。肉体は、そうした表現されていない感情を症状としてつくり出すようになるのです。


そして霊性の向上を目指すなら、自分のネガティブな感情、心の奥底に抑圧してしている感情とも向き合う必要があると書かれています。これはケイシー流に解説した「ヨハネの黙示録」でも述べられていることです。
自分自身の地下世界は避けて通ることができないということです。そして高次の霊的神秘を見出そうとするまえに、自分自身の無意識という地下墓所に降りていかなければならないということです。
おわかりと思いますが、バランスのとれた意識を維持するには、高次の意識に行けば行くほど、一方ではそれだけ深く掘り下げる必要があるのです。(中略) 人であるあなたのなすべきことは、この次元における体験の全レベルを統合し、癒すことなのです。


見えない世界の話ですが、他人のエネルギーを吸い取ったり、攻撃したり、ということを意識的にあるいは無意識のレベルで行っている人達がいるのは事実のようです。私は自分が気が強い性格なので、全然大丈夫ーと思っていましたが、そうではなかったことを実感する出来事が多々あり、エネルギー防御や繊細さは私が学ぶべき1つになっています。
感情レベルではさらに考慮すべき点があります。地上を席巻している集団意識や想念型や感情的なエネルギーの活動には、生命力を弱めたり抜き取ったりする傾向があることを忘れないでください。そのため生命力に満ちて感受性が鋭くなった人は、自分のエネルギーを守る必要が出てきます。(中略)エネルギー全般に対して、とりわけ自分のエネルギーに対してもっと敏感になってくれば、だれかにエネルギーを抜き取られたり、だれかに与えっぱなしになっていることが察知できるようになるでしょう。それらは疲労感や倦怠感として感じとれます。


Mind is the builder.心は造り手、というのはケイシーリーディングの根幹をなす1つでもあります。
もしあなたが愛に満ちた人間関係を望むなら、あなたの意識のなかに、愛に満ちた人間関係の波動を保っていなければなりません。そうすれば磁気的法則により、あなたは愛情豊かな人を身のまわりに引き寄せることになるでしょう。(中略) 自分の未来の外的現実を変える鍵は、自分が内側で下す選択から生まれることを確信してください。どれだけ絶望的な状況にあっても、自分の内側の姿勢を改めて、新たな運命のパターンの種を撒くことで、あたかもまた日が昇るように、運命が新しい方向に展開しはじめるでしょう。


世間で云われているようなアセンションの概念は好きではないのですが、このアセンションの概念は好きです。アセンションについてまるまる1章を使って解説されているので興味がある方はぜひ本でどうぞ。
アセンションのゴールとは、ある特定の意識のオクターブに達することではなく、自分自身を愛にゆだね、そして人生に起こりくるさまざまな状況に対して最高次の可能性にゆだねることなのです。(中略) わたしたちの念頭にあるアセンションのゴールとは、日常をできうるかぎり豊かに精一杯生き、常に愛と気づきという偉大な力にゆだねて生きることにほかなりません。(中略) あなたが手掛けられることというのは、あなたが世界にもたらす愛を増やすことなのです。

出合いのすべては生命に貢献するチャンスです。買い物をしているときも、ガソリンスタンドに行くときも、職場の同僚に会うときも、人に親切にし、思いやるチャンスです。ところが気が急いていたり自分のことで夢中になっていると、まわりの人々がまるで物体のようにしか目に映らず、せっかくの神聖な瞬間を逃してしまいます。つまり生命に貢献するチャンスを逸することになるのです。しかし同様な状況でも、一瞬立ち止まって、自分が「聖なる神秘」をその人と分かち合っていることを思い起こせば、あなたは生命に貢献するチャンスを手にしたことになります。


私がもっている本のあとに「改訂版」「新・ハトホル」の書と2回改訂されています。初版で終わってしまう本が多いなか、それだけ読者から出版の要望が多かったのでしょう。翻訳も読みやすいです。私は購入して8年後にようやく読んだ1冊ですが、おススメです。


by hiroshimapop | 2016-08-01 08:08 | おススメBOOKS | Comments(0)
『選んだ理由』石井ゆかり著
東京の自由が丘に「ミシマ社」という出版社があります。本を読む人が少なくなった上に、ブックオフやAmazonで中古本の売り買いが広まったあおりで、出版業界は深刻な不況に陥っていると云われ始めてもう何年・・・。そんななか、若いミシマ社の存在は個人的に嬉しく、ときどきWEBで新刊本などをチェックしたりしてます。

そのミシマ社の新刊が占星術家石井ゆかりさんの『選んだ理由。』

石井ゆかりさんの、時になぞなぞのような、時に哲学者のような星読みが好きで、筋トレも必ずチェックしますから、石井さんとミシマ社のタッグ本、私は即買いでありました。

本のテーマは「選択」。本の帯には『職業、結婚、進学・・・。人生の岐路であなたはなぜ「そっち」を選んだのですか?』とあります。ただ、インタビューに登場する方、たぶん、誰も知りません。だって、京都のカフェのオーナーさん、合気道の先生、現役高校生などなどいわゆる市井の方々。

WEB会社「はてな」の人事に勤めている平松さんという女性へのインタビューもあるんですが、フツー雑誌やウエブのインタビューだったら、はてなの創業者や現社長をインタビューします。なのに、なぜに人事の人?? 私は思わず心の中で「社長を出せ、社長を~!」とゴネてしまいましたが、その人選もユニークです。 

インタビューを受ける人は、みんなミシマ社の人が選び、石井さんは当日その場に行くまで誰にインタビューするのか分からない状況だったらしいです。その設定も並ではありません。そして相手の言葉は書かれていても、インタビューのテーブルで、石井さんがどういう質問をして、どう返したのか、それもほとんど分かりません。インタビューが元になっていますが、石井さんのエッセイ本と云ったほうが正確かもしれません。


さて、この本には、7人の方々へのインタビューが収録されていますが、冒頭、京都で喫茶店をされている畑さんのこの部分に、私はとても共感してしまいました。
「それはね、ただただ店を続けていく、ということなんです。これは大変なことなんです。この大変さを、皆さんどうしてはるんやろ、と思うんです」

「経済的にというだけじゃなくて、精神的に、大変なんです。喫茶店というのは、ひたすら同じことをくり返すんです。くり返し、くり返し、同じコーヒーを淹れて出す、それが延々続いていくんです。(以下略)」

「商売は『飽きない』から『商い』、みたいな言い方あるでしょう、あれ、しょうもないダジャレやけど、本当だなと思います。飽きるんですよ。『すごい店』ってあるんです。いつも開いてて、何年もずっとやってはる店がある。そこはどうやって続けてはるんやろと思います。二十年も三十年も。そういうお店の方は、何回かそれを乗り越えてはるんでしょうね。でも本当に、どうしたら乗り越えられるのか、わからないんです。どうしてるんでしょうね?」


テンプルはおかげさまで、今年で20年。その前、会社帰りに机1つでやっていた通販も含めるとちょうど23年、ケイシー製品の通販をやっています。そんな私も、テンプルとして独立してしばらくした頃、私もこの「毎日同じことのくり返し」に呆然とした記憶があります。

最初はケイシーセンターの事務スタッフとしての仕事も兼用していたので毎日がバタバタと忙しく、テンプル自体はまだ軌道に乗る前で受注も少なかったので「お金に余裕がない」以外は、1年はあっという間。当時はアメリカのAREあて英語レター1枚書くのにも時間がかかってたので、朝起きてから夜中までやることが満載でした。

ところが、ケイシーセンターの仕事から卒業させてもらい、テンプルだけの仕事が始まってみると、本当に毎日が同じことのくり返し。

自宅で通販の仕事をしていたので、通勤はないものの、毎日、請求納品書を書いて、梱包して発送する。そのくり返し。しかも相変わらず毎月の支払いは余裕がなく四苦八苦。もしかして、私は人生この先ずっっっっと、この繰り返しと、毎月の支払の心配をし続けるのかと暗澹たる気持ちになったことも数知れず。

当時、1人でテンプルをやっているにも関わらず、海外から講師を招いて大きな講演会を開催したりして、チャレンジなこともしてましたが、いま思えば、時々仕事に高い山を作ることで『同じことのくり返し』から無意識に抜け出そうとしていたのかもしれません・・・。


この本で、私がワクワクして読んだのは、大阪大学医学部で研究をされる傍ら、僻地を旅している仲野徹先生のお話と、学校の先生から写真家となった吉田さんのエピソード(奥様に拍手喝采!)。最初興味ないなーと思った人事の平松さんのお話でさえ、石井さんがうまくすくいあげられ、ステキなインタビューになっています。

いろんな人のいろんな人生模様。それに石井さんのエッセンスが加わって、普通ではないインタビュー本になっています。


(余談ですが、喫茶店というのは、エナジーカラーが青の人のための場所かもしれないなと、このブログを書きながら思いました。私は喫茶店も含め、行きつけのお店を作ったことがありません。同じ場所に通うのが苦手、ということもありますが、通いたいお店との出会いもなく・・・。考えたら、私は喫茶店で寛げないのでしたー)


by hiroshimapop | 2016-07-28 08:25 | おススメBOOKS | Comments(0)