毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

カテゴリ:日本の聖地巡り( 54 )
飛鳥の記憶イベント報告
先週末に開催した奈良、明日香村での『飛鳥の記憶』イベント。テーマはボーダレス。それは飛鳥の人々と韓国、中国とのボーダレスであり、見えない世界、宇宙とのボーダレスだったわけですが、多少なりともそのボーダレスを実感できた2日間になったのではないでしょうか?

そして私にとっては、ともかくも週末、台風が関西を通過しなくて良かった。
台風18号が発生し、日本横断をしそうだとの情報を聞いてからは、期間中、台風の影響を受けないことはもとより、参加者の皆さんが自宅に戻るまで電車や新幹線が問題なく動き、一人残らずちゃんと帰宅できることだけを祈り続けておりました。。。イベントの中身より、こっちにエネルギー使ってたかもしれないくらい。。。

九州の知り合いに頼んで、阿蘇の某所にあるという風を司る岩に祈ってもらったり、私自身もその岩に意識を向けて祈ったり・・・。

もともと明日香村は、昔から大きな天災から守られている土地柄らしく、台風直撃ということはめったに起きないそうなのですが、私たちが遺跡巡りをしているときにも、雨雲がすぐ近くの山まで来ているのに明日香村には雨が降らなかったり、一瞬、土砂降り雨が降ったときにも、運よく参加者は建物の中にいたときだったりと、いつ雨が落ちてくるか分からない灰色の雲が続きながらも、一度も濡れることなく終了・・・!

天気の神様ありがとうございました・・・!

明日香村は21世紀の今もなお、古代の伊吹を感じる場所。日本が国として成立し始めた頃からの遺跡があちらこちらに点在しているだけではなく、私が泊まった民宿の方が、代々、天武、持統天皇の御陵を護っていた家系だったりと、古代からの歴史が人々の暮らしの中にまだちゃんと存在しているところ。

サイキックお二人(*一人は都合により欠席)とのコラボもあり、見えない世界系の話もとても面白かったんですが、個人的に、オー!と思ったのは、韓国の方々、渡来系の方々の方位のこだわり。

これは京都の高麗美術館の理事でもある鄭喜斗さんが実際に現地に行って検証されてきたことなのですが。。。。

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平塚にある高麗山と埼玉県の高麗神社が南北ピッタリ。 なぜに・・・?

私の薄い記憶をたどって書くと間違えそうなので、鄭さんのフェイスブックの書き込みをそのまま拝借してしまうと・・・・

~以下、引用~
、、、、、、東経が、、、、、ジャスト!
写真はウィキペディアの緯度だが、実際に行って誤差をiPhoneで測った。
高麗山の境内は誤差があるが、頂上の拝殿は西へ15メーターほど移動している。
東経139度19分、、、、、なんの意味があるのか。
と言うより、なぜ真北に移動できたのか。
埼玉の日高市の高麗村、、、、ここを中心に白髭神社の分布は異常で、高句麗の移民はこの地域に霊峰、白頭山信仰の祠を築いた。

続日本紀に、元正天皇の716年「以駿河甲斐相摸上総下総常陸下野七國高麗人千七百九十九人 遷于武藏國始置高麗郡焉」

東国の7つの国から1799人を集めて、高麗郡を設置するという意味です。
668年高句麗が滅亡し多くの人々が海を渡り日本にやってきました。高句麗からの渡来人の多くは、最初都の近くに住みましたが、奈良の政権は彼らの処遇を持て余すようになり、東国への移住政策を進めました。

彼らは太平洋側に高麗山を目指し大磯に上陸。オオイソ、、、よく来た!のハングルから大磯に。
その山を高麗山と呼んで高来神社を祭り、、、、しかしその地は、、、宿敵、、、秦氏の先住の土地だった、、、、、秦野氏、、、、新羅から一族。今の秦野だ。
彼らは北上していまの高麗川にたどり着く。
もともと神奈川は韓川、、、から来ているし、金目川のカナメ川もここから来ている。それにしても、、、、、東経139度19分、、、、
なぜ彼らはこの東経にこだわったのか。

彼らはやむなくその地を後にし武蔵国に移住。その地から真南に拝んだ。
確認したのはその頂上の緯度と墓所跡が無いか、、、、。
高麗山の頂上に祭壇の後が見られたが確かではない。
しかし高麗山ふもとの大磯側に径35~40mで築造は7世紀末~8世紀初めの円墳がある。釜口古墳だ。切石積みの高句麗形式。自然石や割石でなく、美しく整形した切石を積んだ横穴式石室は神奈川では二ヶ所だけだ。

そして切石場横穴墓群がある。11基の古墳時代後期で高麗山の麓だ。
アーチ形は高句麗の持ち送り型石室の典型だこれらはここに上陸した高句麗の遺民の墓に違いない。
南北の高麗の地の丁度真ん中に、、、拝島、、、、この位置も真北で、ここから高麗山の方角に拝した。
ところで、どうやって測量したか、、、、星座観測。
かれらの方位術は凄い。


韓国から日本にやってきて、平塚の海のそばに住み始めた方々が、時の政府からその土地は近くに秦氏一族がいるから離れるようにと追い出され、北に移り住むことになったとき、彼らが移住先に選んだ土地は、平塚と同じ東経139度19分・・・。

韓国の方々は、方位をとても大切にされるそうですが、この139度19分の行きつく先に、果たして何かがあるのか、それとも先に住んだ高麗山に敬意を表し祈るためだったのか・・・・?

この一致、興味深いです。
by hiroshimapop | 2014-10-09 23:38 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
九州、夢の不思議旅(その1)
3日間の不思議旅から帰ってきました。

今回の旅のガイドは、テンプルを始めた頃、まだ高円寺にいる頃からの長いお付き合いが続いている九州在住のNさん。Nさんは、この25年間、夢の導きにより、日本の歴史に埋もれた、あるいは意図的に秘されてきたために、荒れ果てたり、崩されたり、土地開発でバラバラにされてしまった古代遺跡、磐座、神々の御領などを探し歩き、祈りをささげ、浄め続けています。

経済活動を優先するあまりに、かつては禁足地だった場所にもどんどん開発の手がのび、代々受け継がれてきた伝承や民話も、代が変わるごとに薄れていき、地元で大切に守られてきた岩や古墳が次々と宅地になったり道路になったりしています。

新しい道路が出来れば便利だし、人工が増えれば新しい宅地も必要になります。

でも、そのおかげで、ずっと昔から大切に守られてきたものがおざなりになってきました。もしかしたら、その場所を守ってきたように思っていても、実のところ、護られてきたのは、そこに暮らす人々や私達だったのかもしれないのに。。。

そんな『本当はとっても大切な場所』からのSOSをNさんは夢を通じてキャッチして、この25年間動き続けられています。遺跡や岩は動けないし、誰にも声をあげられないので、どうやらNさんに白羽の矢が立ったようなのです。


Nさんの夢の旅路は、時間も空間も、また常識をも飛び越えたあまりにも壮大なドラマを秘めており、ちょっとやそっとでは説明不可能なのですが、昨年夏、ようやく25年間の夢の旅路がいったん終了し、いまはまとめの時期に入っています(いずれ、本にして出版予定・・・)。

そのNさんの夢のいったんを知ってほしくて、過去何度か友人たちを誘って九州旅行を企画しましたが、今回もまた、日本の神々の世界や歴史に詳しい友人知人、素晴らしい祝詞をあげられる神官さんを誘って、2泊3日の旅をしてきました…。


夢というと、SF小説のような奇想天外なストーリーに不思議な人物が登場したり、意外な場面展開で話が進むと思われますが、Nさんの夢は、全く夢解釈は不要。『このような場所にこのようなものがあるから、そこに行って、このように祈りなさい』と夢の中で詳細に道案内され、その場所を見つけるためのヒントになるような目印や人物、読むべき本(あるいは読まなくてもいい本)までが次々と夢で指示されていきます。

何処かよく分からないなぁと思っていると、お店にその場所のヒントを持っている人が来店されたり、新しい出逢いが用意されていたり・・・。

笑っちゃうのは、『もうすぐ、これこれこういう人に会うけれど、その人はあるネットワークビジネスをやっていてそれに誘われるから、その話は無視して聞かないようにしなさい』とか『こんな本を勧められるけど、それは読まないように』という事前の注意まで受けたというはなし。もう、未来もお見通しですね。


興味深いエピソードを1つご紹介すると、今回の旅では、あまりに山深い場所にあるため、Nさん自身も17年ぶりに訪ねたというニニギノミコト(天照大神の孫)の御陵近くにも行きました。そこを20年前にNさんが見つけたときには『道路が二手に分かれ、どちらに行けば分からないときには、割り箸を立てて割り箸が示した方向に向かいなさい』とあらかじめ夢の中で示されていたとかで、実際、その場所を探し当てる途中、左右に分かれてどちらに行けばいいか分からなくなったときに、車の中で見つけたコンビニの割り箸を立て、その倒れた方向に行ってその御陵を発見したのだそう・・・。(途中、「ここが例の割り箸を立てたところよ~」と教えてもらいましたが、確かに説明不可能な分かれ道です。草が生い茂っているだけで何の目印もない分かれ道なんですから・・・)

そこは、車がようやく1台通れるような細いガタガタ道を40~50分進み、車を止めてさらに15分くらい歩いた山の中。その御陵(大きな岩が積み重なっているもの)は、あまりに奥深い山のなかにあるため、地元の人もおそらく知っている人は数名くらいなのでは? そして誰もその磐座が歴史的にとても重要なものだとは想像だにしていないでしょう…。

残念ながら、そのニニギノミコトの御陵は、この17年のうちに、奥深い山にも関わらず、新しい山道が作られ、山の様子が変わっていたために、私達には見つけることは叶わなかったんですが(実は、途中に、ニニギノミコトの御陵に行くときには必ずお祈りを捧げなさいと言われていた山の神様の祠があったんですが、時間短縮のために行かなかったんです・・・、人間の都合を優先したら、案の定、迷いに迷うことになりました)、こんなところにまでNさんはやってきていたのかと、Nさんと知り合ってからずっと夢の話を聞いてきた私もびっくり。

しかも、神様のご指示は『割り箸に訊け!』ですからね。 なんともユニークなご指示ではありませぬか~!


Nさんご自身は、長くフレンチレストランのオーナーをやっていて、とても長くお店を空けて夢に出てきた場所を訪ね歩くことなんて、状況的にはとても難しいハズだったんですが、実は、夢で指示を受けながらも、今は忙しいとか、場所が遠いとか、人間の都合でのその夢に従わないでいると、お店に問題が生じたり、通販にクレームが入ったりして、従業員さんに『最近、やるべきことをやってないんじゃないんですか?』と聞かれるほど、普段起こらないようなトラブルが発生し始めたそうなんです・・・。

もともとは娘さんの病気がきっかけで、娘の病気治しの方法から夢の旅は始まったんですが、娘さんの病気が快復し、一安心できるようになったときにも『もう娘も良くなりました。夢でのご教授ありがとうございました。これからは仕事を頑張ります・・・』と、その不思議な夢の旅をいったん終了させようとしたとたん、なんと次の日からNさんの声が出なくなってしまい、全く人前で喋ることができなくなってしまったり(まるでケイシーみたいです!)。

最初は風邪でもひいたのかと思っていたものの、10日もそんな状態が続いてさすがにおかしいことに気づき、どうぞ声をもとに戻して下さいと祈って寝たら、夢の中で神様の声がして、お前の声を戻してやる。そのかわりに、1.自分の夢、2、愛、3、まごころ 4、神仏 を信じろ、信じるなら声を戻してやるとの半ば神様からの脅しに夢の中でNさんは神様に『従います、信じます!』と叫んだところ、翌朝から声が元に戻っていたというんですから、これはもう、普通の人としてのささやかな日常生活や自由意志なんてものは全く無視です。

天理教の教祖中山みきさんに神が降たときには『みきを「神のやしろ」として貰い受ける。それを受ければ、世の人々を救済するが、拒めば中山家を滅ぼす』と、神は中山家の家族に迫ったわけですから、神の手となり足となって働く、というのは、生半可なことではないですね。

ということで、今回訪れた場所は、Nさんの夢に出てきたところ。夢に導かれないと、とても行けない、探し当てられないような場所も多く、その場所発見にまつわるエピソードが、こりゃまた面白いんだわ。


今回廻ったのは、こんなところ

1日目
大分空港で待ち合わせ→宇佐の御許山 →三女神社→御嶽山が噴火したこともあり、以前、桜島が大きく噴火しそうになったときに祈れと指示のあった阿蘇の麓の岩

2日目
弊立神社近くのアマノコヤネの御陵、玉依姫(神武天皇の母)の御陵、モーゼの子供か孫の古墳、、安徳天皇陵(夢のお告げでは別人)だと言われている御陵のそばにある大切な場所→ニニギノミコトの御陵探し(ここは3つの磐座が並んでおり、1つは十字架/イエスのエネルギーを感じるそうです)

3日目
夕月大明神→英彦山→高住神社


御許山やアマノコヤネの御陵はネットで調べればいくつも情報があると思いますし、割と気軽に行けるところです。それ以外に、車があれば是非行っていただきたい神社が2つ。どちらも夢のお告げでは大切な神社なのですが、参拝に行かれる方が少ないようで、手入れが行き届いてない印象でした。お時間があるなら、箒とちりとりを持ってお掃除をされると神様は喜ばれるかと・・・・。

宇佐市宇佐市安心院町 『三女(さんみょう)神社』
御祭神は、田心姫命 湍津姫命 市杵島姫命
ここは前回の九州の旅でも訪れた場所です。裏はかつて古墳だったそうで、このあたり一帯がとても大切な場所だそうです。
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福岡県朝倉市『夕月大明神』
本殿横に石を祀っている祠が2つあります。かつては違う山の頂上に祀られていた石だったようですが、お詣りがあまりに大変だということで里に下ろされています。でもちゃんと神様がいらっしゃる石なので、この神社に行かれたら、この祠も一緒にお詣りしてください。こちらも鳥居に蜘蛛の巣が張っていました。お掃除可能なら、お掃除もよろしくお願いします。春は桜並木になってとてもいい感じです。
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by hiroshimapop | 2014-10-01 13:50 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
権現岳の磐長姫にご挨拶登山
いつかは権現岳に…とお誘いを受けつつ、あまりのハードルの高さに二の足を踏んでいた権現岳にようやく登ってきました。時は2014年9月11日。出発は朝5時。

きっと普通に誘われたのなら、相変わらず二の足を踏んでいたでしょうが、今回の権現岳登山の言いだしっぺ張本人は、以前紹介したいなくん

いなくんから「光田さん、9月は八ヶ岳ですね。権現岳登ったほうがいいみたいですよ」と言われたら、返事はハイかYESしかありませぬ・・・。しかも日程まで決められ、メンバーは赤塚さんと泰平さんと森井先生と・・・、と言われたら、こちらも躊躇なくお誘い決定であります・・・・。


今年の夏至にさとううさぶろうさんたちと権現岳に登ってきた滝沢泰平さんからは、ゆっくり歩けば大丈夫ですから、瑞牆山に登れたのなら大丈夫ですよ、60代のうさぶろうさんも登ったんですから、と励ましてもらってはいましたが、なんせ片道5時間はたっぷりかかる・・・。平地でも5時間歩き続けるなんて途方もないうえ、事前の身体づくりはほぼゼロ。連日残業続きでジムに行けたのは2週間前のたった1回。途中でダウンしないかしらと不安5割、なんとかなるさ5割の出たとこ勝負でありました。
*結局往復12時間。朝5時スタートで、平地に着いたのが夕方5時すぎ。あ~疲れた!

前回書籍を紹介した保江邦夫先生がここ数年体験されてきたような不思議世界に、私もこの春からどっぷり突入中。本人の頭の中はずっとクエスチョンマークですが、今回の権現岳登山はその流れのなかで必ず行かなければならない場所だったようで、何がなんだか分からないまま行かされてしまった感じです。

そして、赤塚高仁さんが書いているように、いなくんが権現岳の頂上に空海が封じこめたらしいある聖なるものを天に解き放ち、そのおかげで帰りは雷雲、雨、あられと大荒れの天気。ちょっと迫力ある下山となりました。
*赤塚さんのブログ(私はちゃんと片道5時間くらいかかるよって言ってたハズなんだけどなぁ~)

・・・しかし、権現岳に登ったのなら、もう怖いものなしって感じです。もうどこにだって行けそうな気分。

今回は地下足袋を履いていったら、下りで体重が柔らかい地下足袋のつま先にかかるために2時間くらい降りたところで、足の爪に激痛が・・・。つま先になるべく体重をかけないよう、踵に体重をかけながら降りてたらちょっと変な姿勢になってしまって、さすがに翌日少し筋肉痛が残ってました。次回はちゃんとした靴履いていきます。それにしても、へなちょこ体力だと思ってましたが、往復12時間、よく歩いたと自分でも思います・・・。


               権現岳の登り始めはこんな感じ。楽勝コース
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              コンパスの短い私にはハードルが高い箇所
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                    鎖をつたって登る・・・
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                   行けども行けども・・・
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                      頂上あたり
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山の先達は八ヶ岳仙人の異名をとる博山先生、81歳!下駄で山に登り、重装備の登山者を驚かすのを趣味としているとは聞いてましたが、ホントに下駄で片道6時間の山を登られてました。凄いの一言。        
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                  まだ余裕の記念撮影1
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                  まだ余裕の記念撮影2  
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                     磐長姫様にご挨拶
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                    廻りは真っ白な世界・・・
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*権現岳頂上に祀られているのは磐長姫。磐長姫についても泰平さんが詳しくブログに書かれています。
*泰平さんとうさぶろうさんの夏至の登山の様子
by hiroshimapop | 2014-09-16 07:00 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
瑞牆山はミラクルな山でした
月曜日から不思議な日々を過ごしています。

7月28日(月)は急なお誘いで、山梨県の瑞牆山に登ることになり、翌29日からは広島-大阪-京都-滋賀の大津の旅。29日からの3日間のことは果たしてブログに書ける日が訪れるかどうか分かりませんが、もしかしたら、今週は私の人生の分岐点になっているのかも。


さて、瑞牆山・・・。

北杜市のサイトには
日本百名山 海抜2,230m
中級者向き 徒歩往復5時間30分(登り3時間30分ほど)

とあります。

え~!?いきなり中級コースに登っちゃったんですか?!この筋肉のない脚で。我ながらビックリ。

このサイト(音声が出ますので要注意)には、瑞牆山は龍神のエネルギーに満ちているとあります。実際、水晶が多いことから昔から聖なる山とされてきたそうです。


瑞牆山をご一緒したのは、最近毎週のように八ヶ岳に来て、権現岳や八ヶ岳の御来光を楽しんでいる獣医の森井先生と、疲れ知らずの天下泰平ブログの滝沢泰平さん。

お二人とも見るからに体力ありの肉体。片や体力筋力脚力とも全く無しで、1日中パソコンの前に座りっぱなしの私。いつか瑞牆山に登ることが決まったら、事前にジムに通って多少なりとも足腰を鍛えてから登ろうと思っていたのに、なーんの準備もなくスニーカー靴。

大丈夫か、わたし・・・?

                まずは瑞牆山の神様に登山の安全を祈る・・・
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                 桃太郎岩。だんだん岩の赤みが増しているとか
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                   ひたすら上を目指して登る・・・
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                身体を支える筋肉が少ないので、すぐにバテて横になる
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  大ヤスリ山。さっきの桃太郎岩はまるで『ほと』だなぁと思っていたら、やっぱりありました!
        桃太郎岩が『ほと』ならこっちは男根。その前に立つイケメン2人!
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     山頂到着 森井先生の素晴らしい筋肉と、筋肉のない真っ平らボディの私
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                           雲の上です
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                      山の上でもひたすら寝る
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           疲れ知らずのお二人に付いて、帰りは正規ルートをハズれ裏道へ
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             急な傾斜はロープをつたって下りる
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      洞窟にあるというカンマンポロン(不動尊大日如来)の梵字を探す・・・
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          そろそろ麓が見えてきてもいい頃・・・(結局梵字は見つからず)
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というわけで、往復6時間のはずが、なんと8時間。
途中から私はとっても無言、ため息しか出ませんでしたが、なんとか下山できました。

それなのに、下山した場所が駐車場から2キロ近く離れていて、疲れた脚をひきずってさらに歩く羽目に。

もうグロッキー寸前ってところで、泰平さんが「駐車場まで走って車持ってきますよ」という超男前なセリフを残してホントに駐車場まで走ってくれ、私は森井先生と道路脇で寝てました。


往復8時間の初めての山登り。

翌朝はもう脚が動かないんじゃないか、広島の宮島では階段のぼれないかもと心配してたら(屋久島の太鼓岩まで行ったときには、翌日から3日間ほどはあまりの筋肉痛に、平地もすり足でしか歩けなくなるくらいでした)、これが摩訶不思議。

増富温泉の湯が効いたのか、筋肉痛予防にあらゆる予防策をやっていたのが良かったのか、はたまた瑞牆山の精気が癒してくれたのか、翌朝もぴょんぴょん跳べるほど筋肉痛なし! 

私にはミラクル! 


下山後、森井先生にも泰平さんにも「ナオコさん体力あるね~」て誉めていただいたんですが、いや~、地上では全く体力ないのに、なんで登れたんだろう? そしてなんで筋肉痛がでなかったんだろう?

今でも不思議。瑞牆山の龍神様エネルギーのおかげでしょうか?
by hiroshimapop | 2014-08-01 17:54 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
奈良、明日香村巡り
今年の夏至の夜、私は新幹線に飛び乗り奈良に行ってきました。

翌朝向かったのは明日香村。

先日お会いした山田バウさんから受けたバウさん最後のプロジェクトは、明日香村をもっと多くの日本人に知ってもらいたい、ということ。なので、急遽、バウさんの愛弟子でもある吉澤武彦さんと雨の明日香村へ行ってきました・・・。

 *吉澤さんは、3.11のあと石巻に移り住み、日本カーシェアリング協会を立ち上げ、石巻の人たちの生活を支えるお仕事をしています。


まず向かったのは益田の磐船。いつ、何のために作られたのか全く不明。学校の裏山にあるんですが、これがなんとも山に対して中途半端な位置にあります。宗教的な儀式を行うものだったのなら、もっと山頂に配置しそうなものです。

松本清張はこの磐船はゾロアスターの火の儀式に使ったものではないかと推測し、小説にしました。私は縄文、弥生の流れとは全く違った優れた文明がかつて日本にあり、その巨石をアンテナのように使い、世界中の人が交信していた説をとりたいです・・・。
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カメの甲羅みたいじゃないですか?岩を平らにするために切れ込みが入れた、という説もありますが
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           一方の壁面は『これから彫るところ』のようにも見えます
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追記:その後、つらつら思うに、「この磐船は亀を模したもので、亀の甲羅の中に水を入れて儀式を行った説」をたてます。明日香村には亀と亀の中に水を流す遺跡がほかにもありますよね。亀の背中に水を入れて儀式をしたのであろうと推測します。玄武は亀と蛇との組み合わせ。ということで、亀と蛇+水+巫女の組み合わせで龍が立つとか、何かが起こったのでは・・?


こちらはお馴染みの石舞台。蘇我馬子の古墳の土盛りが盗掘によって取り去られ、中の岩だけが残った、という説が有力のようです・・・。
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これが墓墳の内部ならば、かなりの財宝が納められていたのではないでしょうか?
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      大化の改新(中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺した)が起きたところ
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駆け足で廻った明日香村ですが、小山の上にある公園に登ってみれば、歴史や古文に疎い私でさえ、記憶にある山々や地名がずらり。そして明日香村は、石でできた建造物が至るところに。 その姿はなんともユニークでウイットがありました。

明日香村は飛鳥時代の中心地。白村江の戦いや壬申の乱、額田王や草壁皇子などなど、ちょっと記憶をたどればポロポロと教科書で習った人の名前や事件の名前が出てきます。そんな歴史を追って歩くもよし、万葉集の和歌を追って歩くもよし、あるいは点在する天皇陵を訪ね歩くもよし・・・。小さな町ですが、テーマによっていろんな歩き方ができる場所です。

お時間があるときは是非明日香路へ。
私は遅くに横浜を出たので、奈良泊にしましたが、もう少し早くでれば、飛鳥や橿原神宮前で宿泊もできます。

★吉澤さんとコラボで、秋に明日香村の不思議企画を実施するかもしれません。決まったら、またご報告させていただきます。


明日香を勉強するスタート地点として、里中満智子さんの『天上の虹』を読み始めました。
・・・しかし当時の政治の中枢にいた人はいったい何人を妻を持ったのか、わけわからん状態です。兄の娘を姉妹で娶る、兄弟で妻をゆずる、各地の権力者の娘を娶るで、上下関係、人間関係が錯綜&混乱ちゅう。。。さらに身内での暗殺もあり・・・・。歌人の額田王も最初は弟の妻だったのを、後年、兄の中大兄皇子の妻になったのでした。


by hiroshimapop | 2014-06-27 16:27 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
広島磐座(いわくら)巡り
春分の日の翌日から3日間、広島に点在する磐座(いわくら)巡りに行ってきました。

今回旅のメインは『のうが高原』。
ここは、かつてあったホテルが倒産して廃墟となったあと、人が入らないように2重、3重と門を閉じてしまい、土地の所有者の許可がないと簡単には入山できません。10年位前までは、のうが高原の麓に住み、この磐座の守り人的な役割をされていた川野さんの案内で訪れることができましたが、川野さん亡き後はのうが高原に繋がる糸がプッツリ。誰にとってもここは簡単には登れない、幻の磐座となっていました。

私は10数年前に川野さんの案内で訪れたときの印象と体感があまりに強烈だったため、もう1度行きたい、行きたいと、いろんな巨石好き、磐座好きに、事あるごとに声をかけてみたものの、なかなかそういうご縁ができず・・・・。

でも、タイミングってあるんですね。

ちょっとした一言がきっかけで、止まっていた時計が再び稼働開始。あっという間にご縁が繋がり、今回の磐座巡りツアーと相成りました。

しかも、せっかく広島に行くんだったらと、庄原の葦嶽(あしたけ)山、宮島の弥山も含め、1日1つずつ登るという2泊3日のツアーに。3カ所廻る、ということがとても重要な気がしたこともあり・・・。

というわけで、最近、日本各地の聖地にご縁のある滝沢泰平さんご一家や岡山で草木染めの布ナプキンを作られているアルデバランの中村ご夫妻、巨石ハンターの須田郡司さんたち数名もお誘いしてのマジカルミステリーツアーに・・・。


今回訪れた場所がどういう処なのかは、一緒に廻った滝沢泰平さんが詳しくブログに書かれているので、解説はそちらにおまかせするとして、今回は写真メインでご紹介。

【庄原市 葦嶽(あしたけ)山】
               日本のピラミッドの1つだと言われています。
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不思議なことに、この3日間に撮した写真の何枚かには紫色のもやや虹がかかっています。明るくピンク色に発光する光が写っていた人もいました。
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この旅の直前まで約2週間、ひどい腰痛で前日まで階段を上がることもままならなかったんですが、そんな私の惨状に天が殿元さんを遣わしてくれました。一年で一番忙しいはずのお寺稼業なのに、急に休みが取れて参加となった殿元さんに手を引かれて、ようやく頂上に。足を上げるのも大変だった私が葦嶽山に登れたのは殿のサポートのおかげです。
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【のうが高原】
ホテルの大浴場となってしまった磐座「ミロク台」は、ホテルの屋根が落ち、足場がかなり悪くなったため、現在は完全に立ち入り禁止となっています。これは10数年前に行ったとき撮影したもの。
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この磐座の上で、太古の人たちはどのような儀式を行っていたのでしょう?当時はかなり神聖な場所として取り扱われていたことと思います(こちらも前回撮影したもの)。
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今回は行きませんでしたが、大きく岩が丸くくり抜かれた鏡岩。この巨大な鏡でエネルギーを増幅したり反射していたのでしょうか?
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岩の上に別の性質の違う岩がタイル状に貼り付けられているタイル岩。現代の糊は100年で剥がれてくるのに、これは1万年以上も貼り付いている、と説明書にあります。
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のうが高原の中でも重要な役割を担っていたらしい塔岩。かつては、岩が積み上がってできた2つの塔がVの字状に並んでおり、2つで対になっていたそうです。残念なことに1つは、誰かが意図的に倒壊させてしまったのだとか。のうが高原は、当時、宇宙や世界の人々と交信をしていた交信拠点だったのでは?と言われていますが、あるサイキックによると、この塔岩がその発信拠点だったとか。
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            上の巨石を支えているのは、この三角形の岩
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岩と岩の間に置かれた三角の岩が示しているのは真南。その先には宮島弥山がありました。
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【宮島弥山】
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宮島上空に現れた龍のような雲。この3日間を通して、雲1つない青空で飛行機の姿は見えないのに、なんだか空ではブーンという音が何度も聞こえました。UFO来てたよね~なんて言う人もいたのですが・・・。
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旅の締めくくりは、目撃しました。巨大なUFO・・・!
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弥山からの帰り、山の中腹になにやらUFOの形のものが・・・。あまりに大きかったので、最初は、山肌が崩れたか、木の伐採で、たまたまUFOの形に地肌が見えているのかと思っていたら、車が近づくにつれて、それは銀色に光る、お皿を二枚上下に重ねたようなもの。あまりにもUFO,UFOした形と、その大きさに、誰かが広告のためにUFOのレプリカでも浮かべていたのかとぼんやり眺めていたんですが、あとで、滝沢泰平さんも同じものを宮島から見ていたことが判明。しかも場所は、昨日訪れたのうが高原の下あたり。

ということは、やはり山崩れでも、木の伐採でも、UFOのレプリカでもありませんね。だって、私たち、前日から、この場所は何度も何度も眺めて、そんなものが何も無いの知ってましたから!

しかも、この日の朝、旅をご一緒した殿元さんが、超リアルなUFOの大群がのうが高原の上空にたくさん出現している夢を見ていました・・・・。

滝沢さんも、私がUFOを見るまで、あの光ものは何かな~と思っていて、UFOだという確信はなかったそうなので、私と滝沢さんと殿元さんの3人合体でようやくあれはUFOだったと納得。


宮島の弥山は、世界遺産になったこともあり、月曜日だというのに大勢の観光客が。以前は、ロープウエイで上に上がっても弥山まで登る人は少なかったのに、外国からの観光客も大勢!

弥山がこれだけ注目されている一方で、のうが高原の磐座は訪れる人もなく・・・。雑多なエネルギーに守られているとも言えるし、エネルギーチャージされないことで、弥山とのバランスも崩していると言えるし・・・。

弥山とのうが高原は、真南、真北に存在し、2つの山同士で共鳴しあいエネルギーを増幅しているとも言われています。いずれにしても、あのホテルの廃墟ぶりは目をおおうよう。どなたかお金と志の両方ある人、廃墟と化したホテルを撤去し、大浴場にするためにコンクリートに固められてしまった磐座を元どおりにしていただけないでしょうか・・・ね。
by hiroshimapop | 2014-03-28 19:29 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
磐長姫(八ヶ岳)と木花咲耶姫(富士山)
昨日の天下泰平さんのブログに八ヶ岳の民話が紹介されていました。しかも権現岳に祀られている神様のお一人が磐長姫だと・・・。 へぇ~、磐長姫なんだ~。それはなかなか面白い。

磐長姫といえば富士山に祀られている木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のお姉さん。容姿が醜かったために、ニニギに結婚を断られてしまった女神様です。

民話では、むかし、富士山と八ヶ岳が高さ比べをしたところ富士山が負けてしまい、悔しさのあまり富士山が八ヶ岳のてっぺんをたたき、それがためにその高い山は八つに割れてしまった(8つに割れたので八ヶ岳といわれるようになった)とされています。ということは、磐長姫にしてみれば、妹だけがニニギに嫁ぎ、さらに山を8つに割られてしまったってことになります・・・。

でも、磐長姫が祀られている権現岳(八ヶ岳)も高い山ですから、山頂に立つと、眼下には雲海が広がり、八ヶ岳の山頂と富士山しか見えないことがあるらしい・・・。そうすると、雲の上では木花咲耶姫と磐長姫の姉妹が静かに向かい合ってる形になるんですよね~。ずっと姉妹げんかが継続中なのか、それとも時にはお喋りに花を咲かせているのか・・・・。


今年、伊勢の神々と出雲の神々の融合をはかるためのご神事がひらかれましたが、富士山と八ヶ岳の大融合(磐長姫と木花咲耶姫の本気の仲直り)もそろそろあってもいい頃。


そんなことを思いながら、泰平さんのブログを読んでいたんですが、実は1年前、あるご縁で、表には出てこない日本の神話に詳しい方にインタビューをする機会をいただいたのを思い出しました。残念ながら、インタビュー全文はお出しできないのですが、磐長姫についてのお話もありましたので、その部分のみ紹介させていただきます。

*ただし、その方(Tさん)のお話は、古事記に出てくる神話とは全く違っています。ホントかホントじゃないのかは神のみぞ知る。信じるか信じないかはおまかせします。


下記の話題の前には、私は、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神様であるヒルコが何故不具の身体に生まれたのかを聞いています。その話のあとに磐長姫の以下のお話が続きます・・・。




Tさん)
・・・・一部、そのような意図が混入して大事な神ほど見えなくされているんです。例えば岩長姫という神様は、美人の妹の木花咲耶姫(コノハナサクヤ姫)は娶られたけど、岩長姫は醜いと書いてありますね。でも醜いというのは「見えにくい→見にくい」なんです。見えにくい奥の働きの神だったのが醜いという文字に変えられてしまった非常に気の毒な女神様なんです。

光田)
では、記述が少なければ少ないほど、実は重要な神かもしれない、というヒントになるんですね。

Tさん)
天照大御神様がこの地球を託した神がこの岩長姫なんです。日本神道の最高神である天照大御神様が太陽である高天原からこの地球を誰に託すかを見たとき、指名されたのが岩長姫だったんです。地球のトップの神様なんです。

光田)
岩長姫は神社の御祭神として祀られてあまり見ない気がするんですが・・・。

Tさん)
地球すべてが岩長姫の身体なのです。岩長姫様は大救世主の神様なんですね。縦筋で天照大御神様は法則神です。この神様だけが働いたら地球は7割のマイナスのカルマと3割のプラスのカルマで、差引したらマイナスの方が大きくなって滅亡してしまいますね。でも「ちょっと待って下さい。この子らを助けて下さい」と地球を救う側、救世主の側のトップにいる神様が岩長姫なんです。岩長姫の別名が九州の神社で伝わっており、苔むす姫といいます。つまり「君が代」は岩長姫の神託を讃える歌なんです。大事な神様がこのように封印されているんですよ。

光田)
たとえ霊的に封印されていても、時が満ちれば、ある条件が揃えばその封印が解けるというようにはなっていないんですか?

Tさん)
出さないといけないんです。岩長姫は国常立命の后なんです。でも国常立命様は雄神なので国常立命が国の主軸で立つと地球は恒久平和の土地にならないので、天照大御神様は国常立命ではなく、その后である岩長姫を主軸にし、国常立命をサポートにまわしたわけです。エリザベス女王とエジンバラ公みたいなものです。この2000年間の魚座の時代は男性原理に偏っていましたよね。でもそれをアクエリアスの時代で中和化するためには女神を主軸にする必要があるんです。

光田)
それが岩長姫なんですね。これからは瀬織津姫の時代ではないかと思っていたんですが、瀬織津姫ではないんですね。

Tさん)
瀬織津姫様は、瀬織津姫様で重要なお働きをされます、これからの時代。ただ地球の最高責任者は岩長姫様なんです。

光田)
岩長姫の妹の木花咲耶姫は浅間神社の御祭神としてあちこちに祀られていますが、岩長姫の場合、そういった神社はあまりありませんよね。

Tさん)
あることはあります。霊主体従という言葉がありますね。霊や心、魂を大事にして身体がそれに従うというのが理想なんですが、魚座の時代は体主霊従でした。金銀財宝、物質をたくさん持っているほうが偉いという価値観。この体主霊従の体の側が木花咲耶姫、霊の側が岩長姫です。でも魂や心って見えないじゃないですか。だから見えにくいんですよ。その見えにくいが醜いとなり古事記に伝わった。(引用終わり)



霊主体従の女神が磐長姫。その磐長姫が権現岳(八ヶ岳)の頂上に祀られている。実際、八ヶ岳に集まってきている人って、霊主体住の生き方を求めている人が多い気がします。そして、体主霊従の体の側が木花咲耶姫で、物質的な豊かさを求めていった時代の象徴が富士山。

これまでは、日本人の意識が物質的な豊かさ(木花咲耶姫/富士山)に集まりがちでしたが、これからは見えない世界、霊的な生き方を主軸にした生活(磐長姫/八ヶ岳)に意識が移っていく人が増えていく時なのかも。

八ヶ岳はその中心地(メッカ)になるような予感が・・・。
by hiroshimapop | 2013-11-08 09:54 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
伊勢の御白石持ち行事
昨日、ようやく外宮の御白石持ち行事に参加させていただくことができました。

なにやらこの夏、私の廻りは、伊勢神宮の御白石持ち行事に参加する方が多い…。話題にでるのは『参加するか否か』ではなく『いつ参加するか』。

友人から「その会話、ふつーではありません。御白石持ちは、ふつーの人はほとんど知らない行事なのよ。参加できる人も少ないのに、その友だちの参加率は高すぎます!」と驚かれつつ、やはり類は友を呼ぶんですね。私自身は伊勢修養団さんの枠で参加しましたが、日本各地の神社経由で、日程は違えど、たくさんの友人達が伊勢に伊勢にと向かってました。

私は、もともと友人達と一緒に内宮の御白石に申し込んでいたのに、南アフリカツアーと日程がバッティング。急遽、外宮と振り替えていただいたので、一人で伊勢修養団に向かったのに、なんと7人部屋のメンバーにはテンプルのお客様と、私の名札をみて「あれ?ケイシーやってる方ですか?」という方が。知らない人ばかりだと思っていたのにあっさり正体がばれてしまって、悪いことはできないとつくづく・・・。

*ちなみに伊勢修養団さんでは、折々の伊勢神宮の大切な行事に一般参列できる特別講習会を開催されています。神社につてがない方は、伊勢修養団さんの講習会参加募集スケジュールをチェックしておくといいですよ。私は2度ほど12月の月次祭(夜の行事なので、普段入れない夜の伊勢神宮に入ることができます)に参列させていただきました。 伊勢修養団のサイトはこちら


さて、20年に1度、御遷宮を繰り返している伊勢神宮。

御白石持ち行事は、伊勢神宮のサイトによると
『完成した正殿 ( しょうでん ) が建つ御敷地(みしきち)に敷く白石を旧神領に住む人々が奉献する行事』とありました。

10月、神様が新しい正殿にお移りになった後、ここは聖域となり、皇族といえども日本のトップといえども、この正殿には入ることは許されず、唯一天皇皇后両陛下しか入れなくなります。そんなところに、一般人である私たちが一人1つの白い石をいただき、敷地内にご奉献させていただくのがこの御白石持ち行事。

白石を敷き詰めるだけだったら、機械や工事の人によって一気に敷き詰めればいいものを、延べ23万人、1日約5000人の手によって1つ1つの石を運ぶわけですから、伊勢がどれほど地元の人たちとの繋がりを大切にしていたことか。その思いといい、期間といい、規模といい、壮大です。他の神社を圧倒していますね。

以前は伊勢の人たちだけが参加できる行事だったそうですが、40年(2回)前の御遷宮から、伊勢以外の人も参加できるようになったそうで、私たちは1日だけ特別神領民となり、参加させていただきます。とはいえ、23万人のうち、一般参加枠は75000人。各地の神社などを通じて参加申し込みをしますが、申込み募集があったのは1年も前。あまりに申込みが早かったので、間違えて去年伊勢に行った人がいたそうです。

8月末で多少過ごしやすくなったとはいえ、ジリジリと太陽の照りつける炎天下のなか、ハッピを着て「エイヤ~!」と言いながら外宮まで歩きました。熱中症予防に、歩く前後にポカリスエットが1本ずつ全員に配られたり(・・・ということは、この1ヶ月間で飲まれたポカリスエットは46万本!)、地元の奉仕団の皆さんが様々にかけ声をかけて下さったので、汗だくになったけど楽しかった~!このまま、あと30分は歩きたかったくらい。

「エイヤ~」とずっと声を出し続けながら歩いていたせいで、軽い変性意識状態になったんでしょうか。歩いているだけなのに、なにやら涙が自然と溢れてきてしまいました。感動とか感謝といった言葉で言える感情ではなく、ただ涙が出てしまう・・・。「私はこんなところで涙を流すキャラじゃないんだけど~」と冷静な自分は心の中で思ってはいるんですが、何かが私の心の琴線にふれたのかもしれません・・・。


そして、御遷宮前の外宮御正殿。白木も真新しい茅葺きの屋根も美しく、太陽の光に反射して黄金色に輝いていました。正式には何と言うんでしょうか、正殿の欄干には五色の玉が置かれていました。


次の御遷宮は20年後。もう伊勢の御遷宮はなされないかもしれないという不穏な予言もありますが、20年後はギリギリ体力が持ちそうな71才。次回も参加しようね~と友人たちと言い合っています。


   約5000人で歩くので、迷子にならないようにグループ分けされます。
          昨日の私のグループは山吹色の2班目
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                 歩いてます・・・
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               この樽の中に御白石が詰まっています
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                  5000人で引きます
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           一人1つ、白布の上に石をいただきます
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                  昨日私たちは特別神領民でした
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              イスラエル旅行で出逢った旅仲間発見!
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by hiroshimapop | 2013-08-31 08:59 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
秋の奈良、奈良の秋
テンプル4連休の最初の2日間は、奈良ー東大阪の神社巡りをしてきました。

訪れたのは
22日:大神神社ー三輪山(山頂のイワクラまで)ー山の辺の道散策ー八代竜神ー桧原神社
23日:手向山神社ー枚岡神社ー信貴山ー香具山(国常立神社、香具山神社)ー安部文殊院

せっかく近くを通りかかりながらも、法隆寺も東大寺も春日大社も通過し、ピンポイントで行きたいところだけを廻った感じです。


晩秋の日本の田舎の風景はいいですねぇ。
神社があり、近くの畑で農作業をしている方の姿があり、すっかり葉っぱを落とした柿の木にはそれでも柿がまだ実っており、そんな景色を見ていると、向こうの山に陽がだんだんと落ちていき、夕焼け空がいつのまにか星空に・・・。

なんと平和で静かな時間だったことか。

ずっとコンクリートとアスファルトに囲まれた日常を送っていたので、奈良で、今年初めての『秋』を感じた気さえしています。

奈良の山の辺の道を歩きながら、おそらくここは、1000年前も500年前も風景は変わらず、衣装は違えど、昔の人たちも、この道を行き来して日々の暮らしを紡いでいたんだろうなぁと想像していました。

私は3.11以降、このような日本の原風景とも言える場所を歩くと必ず福島のことを考えるようになりました。福島のような原発事故が今一度どこかで起こってしまえば、たとえそこがどんなに風光明媚であろうと、古来より歴史を重ねてきた土地柄であろうと、地域の方々が地域興しを頑張っていようと、農家の方が何年もかかって無農薬野菜の土作りに励んでいようと、原発から一定区間はすべて立ち入り禁止地区、ゴーストタウンになってしまいます。

地元の利権と現世利益に群がった人たちの欲で作られた今の電力産業。そんなもので、日本の故郷やそこに暮らす人たちの心がズタズタになっていいものでしょうか。


ギリギリセーフ、紅葉に間に合った晩秋の奈良。ゆっくり流れる時間のなか、仕事のことも浮き世のこともなーんにも考えず、ただひたすらにその瞬間を味わった2日間でした。

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by hiroshimapop | 2012-11-27 00:11 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
鹿児島・神社巡りの旅
鹿児島での濃厚な時間を過ごしたあとのこの2日間、聖地酔いのようなボケ~とした体感がずっと続いてます。ぐっすり寝込んでいるところを叩き起こされたときのような違和感が身体にずっとあります・・・。


さて、今回の神社巡りの旅。

めいっぱい神社を廻るために、鹿児島空港の集合時間は朝9時半。
私は朝6時30分発のJAL便を予約していました。リムジンバスの予定を見るとチェックインギリギリの6時10分着。早朝だし3分以上遅れることはないだろうと甘くみていたら、空港に着いたらもう6時17分! スーツケース片手にカウンターに走ったものの、すでに受付終了。が~ん!ショック。朝3時に起床したのに肝心の飛行機に乗り遅れるとは・・・。すぐにチケットを解約してANAのカウンターに。当然ながらチケットは正規料金。こんなことだったら、最初からタクシーに乗るんだった(次回の教訓)。

鹿児島では、何処をどう廻るかは美内すずえ先生におまかせのミステリーツアー。美内先生のお勧めの場所ですから、期待十分です。


鹿児島に到着して、最初に廻ったのは、鹿児島にある三御陵。しかも、神武天皇以前の神代の時代の御陵。どこもキレイに掃除が行き届いており、清涼な空気感が素晴らしい。

*神代第1代 瓊瓊杵尊(ニニギノ尊) 可愛(えの)山陵 
  広島の実家があったあたりは、可愛(えの)という地域。可愛と書いて(えの)と読むというのは珍しい。何か繋がりがあるんでしょうか。
*神代第2代 火火出見尊(ホホデミノ尊) 高屋山上陵
*神代第3代 波瀲武鵜草不合尊(ウガヤフキアエズノ尊) 吾平(あいら)山上陵
この御陵では、昭和49年から御陵のお世話をしていた、という元職員の方にお話を伺うことができました。たった1人の孤独な職場。使命感がなくては続かないです。


比定地(参考地)ですが、海幸彦(ホデリノミコト-山幸彦/ホホデミノ尊のお兄さん)の御陵と海幸彦、山幸彦の母、木花咲耶姫の御陵が同じ場所にあり、そこも一緒におまいりできました。


御陵のあと廻ったのが、霧島六社権現。子どものころ遊んでいた近所の神社を私たちは「権現さん」といって親しんでいたので、ひさびさに「権現さん」という響きが懐かしいです。

霧島神宮(西御在所霧島六社権現) - 鹿児島県霧島市鎮座。
霧島岑(きりしまみね)神社(霧島山中央六所権現) - 宮崎県小林市鎮座
霧島東神社(霧島東御在所両所権現) - 宮崎県西諸県郡高原町鎮座
東霧島(つまきりしま)神社(東霧島権現) - 宮崎県都城市鎮座
狭野(さの)神社(狭野大権現) - 宮崎県西諸県郡高原町鎮座
夷守(ひなもり)神社(夷守六所権現) -- 明治時代に霧島岑神社に合祀


他にもいくつも廻りました。今回廻った御陵も神社、どこも掃き清められ、地元の方々に大事にされている感じがしました。こういった神社があることで、多くの森も同時に護られています。


知覧にある豊玉姫(神武天皇の祖母神)の御陵 田んぼの中にポツンとある御陵です。
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    霧島神宮のご神木の枝。柏手を打っている神官に見えます。
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          霧島神宮の元宮。山そのものがご神体です。
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母智丘神社から町を望む こんなにのどかで美しい風景を見ていると、いつのまにか、神様の視点になってきます。みなに幸あれと。
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   二重に丸く森ができています。何かの遺跡の跡か火山口の跡でしょうか?
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最後に行った熊襲の穴。ここがどこかも知らず、登っても登っても、まだ上がある階段に、途中、来てしまったことを後悔したくらいですが、ここは日本武尊ゆかりの場所。神渡良平先生の「天翔ける日本武尊」の本を読んでおいて良かった!
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by hiroshimapop | 2011-11-29 18:56 | 日本の聖地巡り | Comments(0)