毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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カテゴリ:日本の聖地巡り( 54 )
瑞牆山再び…
森に入りたい・・・とつぶやいた後で、ちょうど友人から瑞牆山(北杜市)に登るけど、誰か一緒に行きたい人いませんか~と声かけあり。

瑞牆山にはちょうど2年前の夏に登ってました。柔らかい山の土を踏みしめて歩く山道あり、深い緑の中を歩く道あり、ゴツゴツの岩山あり、チェーンを上る行程ありと、様々に景色も起伏も変わり、登っていてとても面白い山です。さらに、前回はかなりきつい山登りだったのに、翌日筋肉痛が起きなかったという不思議もあり、機会があればまた登りたいと思ってました。なので、これ幸い! 

相変わらずの運動不足と筋肉も脂肪もない細身ではありますが、先日の山の日(8月11日)、早朝5時半集合、6時半登山スタートで男性3名、女性一人というメンバーで登ってきました。

私の体力にあわせ、10分登っては少し休み、10分登っては少し休み・・・というゆっくりペースで登ってもらったんですが、実は途中、貧血状態となったり腿が上がらない、もう無理~と弱気になったことが数回…。

でも身体の復元力はスゴイです。座って水を一口、二口飲んで休むと、あれほど重くて上がらなかった腿があがるようになり、重いと感じた脚が軽くなり、また上を目指して歩けるようになるんですよねー。

                   ここはまだ序の口のところですが、すでにグロッキー気味
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                    鎖をつたって登る箇所が数か所あります  
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                   頂上では、向こうに見える岩が眼下にきます
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                      11時すぎ、ようやく登頂!
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         途中で出会った山ガールの皆さんと
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          残念ながら富士山はみえず・・・
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当初は、ランチは山から降りてから~と甘い見込みで登ってましたが、途中で一度迷子となり(分岐を間違え、別の山に登りかけた)、結局、往復9時間という1日がかりの山登りに・・・。そのせいか、前回と違い、翌日はしっかり筋肉痛! でも瑞牆山は、山登りが趣味じゃない私にも登りたくなる面白い山です。

一人ではよじ登れないところもあるので、私一人では登れない山ではありますが、またチャンスがあれば是非。




by hiroshimapop | 2016-08-13 12:13 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
夢のお告げ旅
ひさしぶりに、不思議のいなくんからの招集を受け、京都、滋賀に行ってきました。
今回、招集を受けたのは、広島の府中で住職をされている殿元さん、時々、天下泰平ブログの泰平さんと神社巡りをしている八ヶ岳在住のかおりさんと私。

もとはといえば、殿元さんが今年に入って神社でひいたおみくじの番号が、ことごとくゾロ目だったのと、滋賀の三上山に不思議な岩を見つけたというメールから始まった旅。いなくんに伝えたら、ゾロ目の日である3月3日に殿元さんとその岩のある三上山に登ったほうがいいみたいですねーという不思議な指令が届いたのでした。

京都駅集合で、まず向かったのは、京都の雲龍院。「ここは、ナオコさんにご縁のあるお寺のようですよー」ということだったんですが、何故に…?

よく分からないままに入って、えー!と驚いたのは、 受付すぐ前に飾ってあった大石順教尼さんの般若心経の写経。順教尼さんは、入江富美子さんが監督した『天から見れば』の映画の主人公の一人。何度も入江さんから話を聞いたり映画を見たりしてましたから、なんだか昔に知っていた方と再会したような。ちょっとビックリしました。
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本堂で殿元さんに経をあげていただいた後、「この部屋に行ったほうがいいみたいですねー」と、いなくんに促されて入ったのが『悟りの間』。そこに掛けてあった掛け軸が、私がここに導かれた理由の1つのようだったんですが…。
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掛け軸見ながら思い出しました。

ここの場所の名前は雲龍院。

実は、先週、私は、ヒゲも目も、ウロコさえも、はっきり分かるほどの龍の形をした雲が空を流れていく夢をみたばかり。太陽の光があたって、身体は錦鯉のように紅く模様が入った、それはそれは大きく迫力のある雲で、私は近くにいた人に「誰か写真を撮って~!」と叫んでいるんですが、誰もカメラをもっていなかった、という夢でした。

龍の形をした雲の夢をみた1週間後に連れてこられた雲龍院。象徴的だけど、あれは正夢…?

そして、掛け軸の右下に描かれている不思議な動物と女性の姿。殿元さんの解説によると、これは獅子の上に乗っている文殊菩薩なのだそう。

私が先週、その雲龍の夢の続きで見ていたのが「大きな池のそばに立っていると、空から龍が飛んできて、その池に静かに入っていく」という夢。 しかも、池の岸にはなぜかアルマジロがいて、そのアルマジロの背中に何か生き物が乗って遊んでいました。私には幼い子どものように見えたんですが、そういえば、この掛け軸の絵にソックリ!!! 

え~?!  どういうことー?

あの夢に出てきたアルマジロは、この獅子だった。しかも背中に乗って遊んでいた子供は文殊菩薩様。剣ではなく、杖をもっているのが、よく分からないと殿元さんは言われてましたが、私はさらに何がなんだかよく分かりません…。
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京都に行かれたら、ぜひ雲龍院にも行ってみてください。皇室の御陵があり、本尊の前で写経もできます。
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  ・・・そして、雲龍院での1枚。なんだか龍が背中を横切っているような…
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そして、メインの目的だった三上山は、こんな山です。頂上に磐座があり、そこに神社が建っています。ゆっくり休みながら登って、往復で約2時間。御上山、三神山、御神山・・・。いろんな名前で呼ばれている聖なる山のようです。
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by hiroshimapop | 2016-03-04 22:04 | 日本の聖地巡り | Comments(2)
鹿児島ー白山ー山梨身延
岡山から戻ったら、今度は鹿児島3日間の旅に。そして白山、山梨身延へと・・・。

鹿児島ではいくつも神社、イワクラを廻ったので、オススメを2箇所。

釜蓋神社 (鹿児島県南九州市)
不思議な夢の旅を続けているNさんの夢に出てきた神社さん。10年前は誰も知らない神社だったのに、マスコミに何度も登場したおかげで、今は開運力のある神社として参拝者で賑わっててNさん、ビックリ。昔、UFOの飛来地だったから釜蓋神社だと云われるようになったのかも。

         神社の正式な名前は射楯兵主(いたてつわものぬし)神社
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霧島東神社
ちょうど雨上がりの時にいったせいか、空気感が清浄で素晴らしく、そして社務所では宮司さんたちが横笛の練習中で、参拝中はずっとその横笛の音が境内に響いており、なんとも厳粛で静かな時間を過ごすことができました。同じような名前の東(つま)霧島神社という神社がありますのでお間違えなきよう。霧島神宮に参拝のチャンスがあれば、こちらに足を延ばされるといいですよ。


先週木曜日は石川出張だったので、前日入りして白山比咩神社さんへ

白山比咩神社 (石川県白山市)
石川県といえば、この神社さん。空港から電車とタクシーを乗り継ぎようやく到着。途中乗換した駅にはコインロッカーがなく、スーツケースどうしよう?と鶴来駅の駅員さんに相談したら、そのまま預かってもらえました。本殿前の門をくぐるときにパラパラと小雨が降りそそぎ、本殿に入ると晴れ、そして帰りに最後の鳥居をくぐると大雨が降り始めるという有り難いお天気のなか、ゆっくりお詣り。朔日だったこともあり、神社は参拝者で大賑わい。長い行列が続いてました。

余談ですが、石川から帰った翌日、叔父がひょっこりお店に。山口県徳山にあった母方のお墓を最近横浜に移したらしい。そしてその墓園を見つける目印になるのが白山高校。小さな白山つづきの巻でした。

            元師伯爵東郷平八郎謹書の文字だそうです
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                こちらは本殿前にある奥の院
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そして日曜日は山梨県身延市にある大峰山蛇ノ倉の修験道場の秋の大祭に。
大峰山蛇の倉で行者修行をした知り合いがいることもあり、昨年は蛇の倉の山開きに、そして今年は山梨の道場での護摩焚きに参加してきました。(大峰山についてはこちら

今はどこの聖地に行ってもカメラでパシャパシャやってしまいがちですが、ここはさすが修験の場。蛇の倉の山開きにしても、今回の護摩焚きにしても、何かが始まってしまえば、カメラを取り出す人はゼロ。写真を撮らないで下さいと注意があったわけでないのに、写せないし、写そうという気持ちが起こらないのです。カメラを向けられない何かがあります。自分がたとえ1枚でもパシャリとやってしまったとたんに壊してしまう神聖さを感じました。

日本のアチコチの聖地で、テレビ局や雑誌の取材が入ったことで神域が神域でなくなった話を時々聴きます。SNSやブログに写真をあげたくて、ついカメラを取り出してしまいがちですが、神域であればあるほど、何も写さないでいるほうが大切になってくるのかも。

                     護摩焚き前の様子
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  ちょっとニヤケてますが、彼も大峰山で修行をしている立派な行者さんです
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by hiroshimapop | 2015-10-07 08:32 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
神社巡りの日々(広島、岡山編)
ここのところ、何故か神社巡りばかりしてました。

覚え書きも兼ねて、まずは広島、岡山編

御調八幡宮 (広島県三原市)
広島の山奥にある光田家のお墓参りに行ったおり、車で連れていって下さった殿元さんが、フト「そういえば、近くに広虫ゆかりの神社がありますよ」とご案内下さった神社さん。

私は、宇佐八幡には何か魂のご縁があるようで(そのことは以前ブログに書いてます)、一時期、大分の宇佐八幡までよくお参りに行ってました。まさか和気清麻呂の姉、広虫ゆかりの神社が広島にあったとは! (広虫は日本で一番最初に孤児院を作った女性だと云われています) 
広い公園の中にあるので気持ちのよいところでしたが、あまり知られてないのか、人の気が少ないのが気になるところ。 お近くの方は是非お参りを。
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    お守りの自動販売機、初めてみました。販売機はちょっと有り難くないですー。
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清瀧神社 (広島県府中市)
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御祭神は瀬織津姫(せおりつひめ)。
殿元さんはお隣の常福寺の住職なんですが、無人の神社さんなので、毎朝お寺でのお勤めが終わったあとでこちらでも1時間祝詞をあげてらっしゃるそうです。

常福寺 (広島県府中市)
今年の春から殿元さんが住職となったお寺さん。毎朝6時から1時間勤行をし、庭の手入れも行き届いているので、境内がとても清々しい。檀家数はそれほど多くないそうですが、聞けばとても由緒のあるお寺のよう。清瀧神社にお参りされたら、こちらも是非。
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サムハラ神社 (岡山 津山市)
御祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神。
大阪のサムハラ神社の奥の院です。ナビがないと、とても行けそうもないところにあります。津山市の金比羅神社のお隣にあるので、金比羅さんをナビ設定して無事に到着しました! 台風あとだったせいか、金比羅さんは何か荒れて残念な様相だったのに、サムハラさんは何故だか落ち葉もなく陽が差して清浄な印象。この気の違いはなんだろうとちょっと不思議です。

龍生先生も奥の院に行かれてます

             この文字に力があるそうです
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            金比羅さんの上にある意味不明な展望台
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総社宮 (岡山市総社市)
岡山でもう1箇所、お参りしたほうがいい神社がある気がして、寄らせていただいたのはこちらの神社さん。境内にある池は「心」という文字になっているそうです。社務所の横には、円山応挙ほか、歴史の教科書に出てくる方々から奉納された絵馬が飾られてました。
by hiroshimapop | 2015-10-06 17:40 | 日本の聖地巡り | Comments(1)
酔っ払いの天使現る(鹿児島の旅2015)
先週、シルバーウイークの3日間、私は何度目かの鹿児島神社巡りの旅をしてました。
旅のお供は、九州在住で昨年のちょうど今頃、やはり九州の不思議旅をガイドして下さったNさん(その時の旅の様子はこちら)。

今回は、気ままな二人旅だったので、前回廻れなかったところに連れていっていただきました。


3日間にわたっての旅でしたので、オススメしたいところはいくつもありますが、不思議だったのは、加世田の陰陽石での出来事。

その陰陽石は、その夜の宿泊予定だったホテルへの移動中に、Nさんが偶然見つけた看板を頼りに行きました。車道から横道に入り、車が一台、ようやく通れる山の細道をしばらく入ったところにあります。

アバウトな看板だけが頼りでしたから、どれくらい山道を入ればこの岩があるのか、そこに車を停めるスペースがあるのか、車を回転できるのか、全く分からず、もし、山道で行き止まりになってしまったら、バッグで車道まで戻る自信もなく、夕方日が落ちる直前だったこともあり、実は私達、途中で車を降りて、その山道を歩き始めようとしていました。

ところが、二人が車のドアを開け、まさに降りようとしたそのとき、運の悪いことに、1台の軽トラが入ってきました。脇によけるスペースもなく、二人であわてて車に乗り直し、あとは車で直進あるのみ。

念のため、Nさんがその軽トラの運転手さんのところまで行って「陰陽石はこの道でいいのか?」と確認したところ「そうだ」というお返事。車で奥まで行けるということでした。

途中道は二手に。後ろを振り返ると、軽トラのおじさん「左、左」と手で合図をしてます。

しばらく直進して行ってもまだないので、あとどれくらいだろうかと後ろを振り返ると、おじさんは「まだまだ」とまたまた手で合図があります。

また進みました。でもまだ着きません。

少し広いスペースがあったので、ここで車を降りて歩くのかしら?と後ろを振り返ると、あれれ? その軽トラは跡形もなく消えてました。どこか横道でもあったのかしら?とその時には気にもとめず、陰陽石に向かって歩き始めましたが、あの軽トラは何処へ?

そして、草ボーボーの中を歩いていくと、ありました。

これが。
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草をかき分けて下を向いて歩いていて、ふと見上げた先にあったので、おもわず「ウオー!」と声を上げてしまいました。

その大きさと立ち姿に感動。

夕方の山道でしたから、歩きまわることなく戻りましたが、もっと間近に近づける道があったのかもしれません。(こちらのブログではもっとクリアな写真が見られます)


しかし、不思議なのは、その軽トラのおじさん。
おじさんと書きましたが、Nさん曰く、その男性はベロンベロンに酔っ払って真っ赤な顔をしていたけど、40代のとてもイケメン男性だったとのこと(しかし完全に飲酒運転中でありました)。

私達が車を降りようとした、まさにその時にあの山道に入ってきたタイミングが絶妙、そして、いなくなり方がなんとも不思議。あの軽トラが入ってこなければ、私達は途中で道に迷っていたか、陰陽石を見つける前に歩くのを諦めていたでしょうね。

彼は酒呑童子だったのか、酔っ払いの天使だったのか・・・? (途中で軽トラごと道をずり落ちてしまってなければいいですが・・・) ともかくも、40代イケメン軽トラさんのおかげで見つけた陰陽石でありました!


そして、鹿児島といえば、神武天皇以前の神話の時代の天皇の御陵がいくつもあります(2011年の旅ではグルリと廻ってきました)。

今回は御陵ではありませんが、やはり偶然通りかかって見つけたのが、笠狭宮跡。天孫ににぎの尊が初めてお住まいになられた皇居の跡だと言われています。

台風のあとだったこともあり、木々が倒れ、ちょっと残念な状況になっていました。

どなたか鹿児島にスピツアーに行かれることがあれば是非。ほとんど人が行かない寂しい感じがあったのですが、生きている人のエネルギーが入り始めることで、この土地にもエネルギーが入り始めると思いますので。。。
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by hiroshimapop | 2015-09-30 17:25 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
瀧原宮(伊勢)への旅
今年の春分の日は、大きな節目であり特別な日になりますよ、と天下泰平ブログの滝沢泰平さんから言われ(ブログ参照)、その春分の日をどこで過ごそうかとずっと考えていたんですが、前日20日の夜、名古屋で人に会うことが急に決まったこともあり、ずっと前から行きたいなーと思いながら果たせていなかった伊勢の瀧原宮にお詣りに行くことにしました。

松阪駅から熊野古道行きのバスに乗れば、約1時間で瀧原宮に。神社のすぐ近くにバスが留まるので、時間はかかりますがとても便利なのです・・・。

神社好きの友人たちが口をそろえて、瀧原宮はいいよ~と言っていましたが、まさに、あそこは聖地ですね。エネルギー感知ににぶい私でも、御神域に入った感がたっぷりありました(途中に小さな太鼓橋があったんですが、あの橋を渡ったところから、さらに神域感が深まった気がします)。

参拝者もまばらで、一人、二人と静かにご参拝される方々ばかり。一人旅にはぴったり。私は、瀧原宮に行くならミッションがあります、と急にご使命を受け、極秘ミッションも遂行。

往復のバスの時間の関係で私の滞在時間はほんの1時間でしたが、もっといたいところでした。友達と行くのもいいでしょうが、何も喋らず、ただじっとしているだけでも良さそうですよ。


結局、私の春分の日はこんな感じでした。

早朝、例のいなくんと待ち合せて一緒に熱田神宮にお詣り
名古屋から近鉄で松阪駅に。バスの時間まで少し余裕があったので、近くの八雲神社にお詣り
熊野古道行きのバスに揺られ瀧原宮に
復路はバスで松阪駅→名古屋

夕方、魂の友人知人たちといなくんのライブハウスに集合して、不思議な夜アゲイン・・・。夜9時すぎ、宮古島で御神事を済ませた泰平さんも合流して、さらに深い夜に・・・。



神社の近くに大きな「道の駅」があって人の多さに驚きましたが、ここまで来る方はまばら。一気に御神域に入ります。
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                      長い参道がまたいいのです~
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                      本殿の後ろは深い緑
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by hiroshimapop | 2015-03-25 15:20 | 日本の聖地巡り | Comments(0)
キリストの墓(青森、新郷村)探訪
青森に行ったら、何故か訪れている新郷村(旧戸来村)のキリストの墓。青森に行った回数-1回分訪れているので(1回は、リンゴの木村さんの畑を訪ねるパックツアーだったので、こちらには寄れず)、ここに来たのはこれで4回目か5回目。丘の上に十字架が2つ立っているだけの場所なんですけどね。

今回は、赤塚高仁さんの講演会参加のために青森入りしていた天下泰平ブログの滝沢泰平さん、イスラエル旅行に一緒に行った友人と3人で訪ねてきました。

Wikiによるとキリストの墓の由来はこうです。
1935年(昭和10年)8月初に、鳥谷幡山が1934年(昭和9年)10月に見つけた大石神のピラミッド確認のため青森県戸来(へらい)村(現在は三戸郡新郷村大字戸来。)を鳥谷とともに訪ねていた新宗教団体の教祖、竹内巨麿(たけうちきよまろ)は、2間~3間の長方形の盛り土をみると立ち止まり、それが古文献を一人で調べた結果により、そこに統来訪神と書いた目標と前の野月の二ツ塚に「十来塚」と書くよう村長に話したという。

この後竹内巨麿は竹内文書に、「イスキリス・クリスマス。福の神。八戸太郎天空神。五色人へ遣わし文」にはじまる記述や「イスキリス・クリスマス」の遺言があるとし、イスキリス・クリスマスはゴルゴダの丘で処刑されず、弟のイスキリを身代わりにして日本に渡来して死に、その墓が「十来塚」であるとする。このイスキリス・クリスマスがイエス・キリストであり「十来塚」が「イエス・キリストの墓」であるという。ただし、竹内文書は多くの研究者から偽書と断定されている。

この後「古代史書研究会」が来村、戸来村の村名は、ヘブライに由来するとした。 アメリカ在住の川守田英二が現地の伝承歌であるナニャドヤラがヤハゥエをたたえるヘブライ語の歌であるという書簡を戸来村に送った。

また日本において「桔梗紋」と言われるこの村の旧家に伝わる家紋は五角の形であり、ユダヤのシンボル六芒星である「ダビデの星」と酷似しているとしイスラエルの失われた十氏族やイエスとの関わりを指摘する説もある。 現在でも戸来小学校の校章はダビデの星と同じ形の籠目である。また、戸来村では子供の額に健康祈願などの意味合いを込めて墨で黒い十字を書く風習があったという。


この土地で、昔から『ここにはイスラエルでイエスと呼ばれた賢人が移り住み、亡くなったという言い伝えがあり、そのように護られてきた』ということではなく、竹内巨麿が自己調査した結果、彼によって、この土盛りがイエスキリストの墓であると断定されたことと、この2000年間、ここで不思議な癒しや現象が起こった、ということもなさそうなので、私自身はここがイエス・キリストの墓だとは100%思っていないのですが、地域に残る不思議な伝承が事実であれば、この土地に、かつてユダヤの風習を持つ人達が移り住んだのではないかなと思っています。

ちなみに一緒に行った泰平さんは、ここは女性的なエネルギーを感じる、マグダラのマリアにも通じるようなエネルギーではないかなと言われていました。もしかしたらイエスの家族(ケイシーによれば、聖母マリアは、イエスがある程度成長をしたのち、通常の夫婦生活を持ち、3人の子どもを授かったそうです)やその周辺の方々の子孫が、日本に渡ってきたユダヤの民の一群に混ざっていた、もしくは、その方々に引率されて来たことも考えられるかもしれません。


*イエスの妹弟に関するケイシーのリーディング
(問)イエスが生まれてからどれくらい後に、マリアとヨセフは結婚している普通の夫婦としての生活を始め、ヤコブと呼ばれる子供をもうけたのでしょうか。
(答)10年だ。 それによって、ヤコブ、娘(ルツ)、ユダを順にもうけた。5749-8



そして、例のいなくんによれば、ですが・・・
この丘の上に埋葬されている人(右側)、なんと、私の過去生の一人であり、友人の1人が、日本にわたったあとで結婚した前世の元妻・・・(信じなくていいですよ。私も、おとぎ話の1つとして聞き流しているので・・・)。

ホンマか?って感じですが、時々人を集めてツアーを組んでどこかに行くのが好き、一所に止まることができず、居を次々移してしまう、そして、過去生催眠をしたときのビジョンからすれば、大勢の人を引き連れ、移動の人生を送った過去生がどうやらあるらしいことを考えると、海外から日本に渡来してきた渡来人の人生の1つや2つ、私にあってもおかしくないかなと思ってはいます。そのうちの一人がここに埋葬されたのかどうかは別として・・・。

                   丘の上には十字架が2つ・・・
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       こんなにはっきり断言していいのかしら?と心配になってしまう案内板
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               イエスのようだと評判の泰平さん
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by hiroshimapop | 2015-03-16 14:03 | 日本の聖地巡り | Comments(1)
丹後、元伊勢の旅
いなくん言いだしっぺの元伊勢の旅に行ってきました。旅友は、いなくんと、曼荼羅アートのあきこさん、そして私の3名。

私は鈍感体質なので、車の中では後部座席でゴロゴロ。神社でもボーっとしているだけですが、いなくんと彰子さんの私の3人が一緒にいると、何か不思議な化学反応や相乗効果が起きるようで、いなくんもビックリの不思議な出来事が次々と・・・。

相変わらずブログには書けないエピソード続きの旅になってしまいましたが、ご紹介したい神社が3つ。

                今回の旅の目的はこちらの神社でした
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元伊勢の天の岩戸神社さんは水辺の上の岩山に建っており、いなくん曰く、このお水のそばにいるだけで癒されるそうで、できるだけ水辺のそばに行きましょうと・・・。

(写真が横に寝てしまいました)本殿前に行くにはチェーンをつたってよじ登る必要があります。
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本殿裏手に見える水辺。本殿横を決死の思いで降りて、しばらくの間、岩にしがみついて座ってました。塗れ落ち葉と苔で滑って怖かった。手前の流れている水より、青緑色のこの水のそばがいいそうです。。。
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今回、いくつか神社を巡りましたが、比沼麻奈為神社(ヒヌマナイジンジャ)は良かったです。玉串拝礼もさせていただきました。神楽も舞っていただき、静かな良い時間を過ごすことができました。参拝者お一人お一人に神主さんが丁寧に挨拶をされていて、場も人も気持ちのよい神社でした。
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最後にお詣りさせていただいたのは大川神社さん。偶然にもいなくんの魂と深いご縁のあった神社さんで、いなくんは魂レベルで感動の喜びを感じていたようです。
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もちろん、皇大神社さん、籠神社さん、真名井神社さんにもお詣りに行かせていただきました。元伊勢は交通の便があまりよくない分、清浄で、どこもひっそりとしていて、静かに過ごすにはとてもいいですね。一人旅もおすすめです。

何度もお詣りに行けないところではありますが、ご縁があれば是非。その時には、ヒールではなく歩きやすい靴で。そして天の岩戸神社の本殿までよじ登って水辺を味わって下さい。
by hiroshimapop | 2015-01-23 19:29 | 日本の聖地巡り | Comments(1)
淡路島のイスラエルを訪ねる旅
1月17日、入江富美子さんと入佐明美さんのコラボ講演会を聴きに大阪に行くことを決めたあと、大阪のお客さまから、18日の日曜日に淡路島に行きませんか?とお誘いをいただきました。

しかも『ナオコさんはイスラエルにご縁があるようなので、淡路のイスラエルには行ったほうがいいですよ』という不思議なお誘い・・・。

翌、日曜日は特に予定もなく、淡路はいつか行きたいと思っていたので、では不思議のいなくんや、曼荼羅アートを描いているあきこさんも誘って・・・と思っていたら、いなくんからこんな返事が来ました。
「ナオコさんは、淡路は行ったほうがいいです。あきこさんは行かないほうがいいです。僕は行ってもいかなくてもどっちでもいい感じですねー」

そうなんですか~、何故なのか理由は分かりませんが、では一人で行ってきます~!ということで、日曜日、お誘い下さったUさんの車で淡路の旅に。くしくも、淡路に行ったのは、阪神淡路大震災発生から月日が21年目に突入した1月18日。そんな日に震源地となった淡路に行くことになったというのも不思議なご縁です。

Uさんからも「なおこさん、一昨日から淡路のイスラエル遺跡から、あなたを待っていると何度もメッセージが来てますよー」と言われたので、何か上の世界からのお導きがあったのかもしれませんね。

予習のために、今回シオンの山をご案内いただく魚谷佳世さんの本は読んで行きましたが、日本は不思議で溢れています~。


さて、淡路の旅。

最初に訪れたのは、先山(せんざん)。
伊弉諾、伊弉冉の神々が日本を創られたとき、最初に創られた山だと云われているそうで、以前はこちらにも神社のお社があったんだとか。今はお寺になっていて、日曜の朝だったこともあり多くの参拝者で賑わっていました。

でも私達はお寺の本殿ではなく、かつて伊弉冉、伊弉諾のお社があったらしい場所で御神事を・・・。Uさんは毎月大阪から淡路に来て御神事をされているそうで、お米や塩、お酒、お水と三方をしっかりご準備。すぐに小さな祭壇が出来上がり、そこで祝詞をあげていただきました。

追記:ここはもともと神社だったので、本殿横の池に小さなお社にお詣りをされるといいようです。その時は般若心経などお経より祝詞がいいようです
                      
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                       ミニミニ祭壇
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次に向かったのは、八王子神社。
7000万年前は海の底にあった岩が隆起し、その岩をご神体としています。お掃除されていた男性は、ここの岩はとても神力が強くて、身体に痛いところがあるなら、この岩によーくお願いするといいよ、とお話されてました。

実際、一緒に行ったUさんのお友達は、3ヶ月前から痛くて何度整骨に行っても良くならなかった腕の痛みが、この神社にいる間でかなり軽減したそう。Uさんは、この八王子神社の神様があなたを呼んでいるので一緒に行きましょうと何度もそのお友達を淡路に誘ったらしいんですが、スケジュールが合わず、ようやくのお詣り。
痛みの原因が神様からのお呼びの印だったのなら、何度整骨に行っても治らないわけです・・・。
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3つめに訪れたのは、あるホテルの裏庭にあるイスラエルの遺跡だといわれているところ。今は人が踏まないように埋められ蓋がしてありますが、かつてここで古代の遺跡が見つかったんだとか。
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このホテルの裏庭には、他にも不思議な岩や場所があり、Uさんの感じでは、その岩は八王子神社とエネルギー的に呼応しあっているのかも、ということでした。

広島で行った厳島神社の弥山とのうが高原は方位磁石で調べるとぴったり真南、真北の関係にありましたが、もしかしたら、こちらも対になっているのかもしれませんね・・・。
 
           岩の前で撮影した連続写真には、ずっと虹が写っていました
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そして今回の旅のメインは淡路のシオンと名付けられた山の山頂。こちらの山では、本を書かれた魚谷佳世さんにご案内いただいての御神事となりました。山頂には現在4つのサークル(お宮)が作られており、それぞれ違ったお役目を持っているそうです。

              魚谷さんに先導いただいてシオンの山に
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                    こちらは1つめのお宮
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そして、この山頂では不思議なことが・・・。

淡路からいなくんに電話した際、「ナオコさん、シオンの山に登ったらすることがあるようなので、山頂についたら電話して下さい。指示しますから・・・」と云われていたので、この1つめのお宮の写真を撮影した直後、いなくんに電話しようとしたら、なんと、突然iPhoneの充電がゼロに・・・!充電が50%くらいになっていたのは確認していましたが、直前までは普通に使っていたのに、突然充電がゼロになるなんて・・・。

Uさんの携帯をお借りしても、肝心のいなくんの携帯番号を覚えてない。だったらあきこさんに電話してUさんの番号に掛けてもらおうとメッセージ残してみたものの、コールバック無し(あとで聞いたら彼女の携帯も充電が切れていたらしい・・・)。

ということで、いなくんから出ていた指令は果たしきれないまま下山。でも写真を撮影して帰ったので、その写真を使って後日指令が果たせるかもしれません(突然電話が切れてしまった理由もあとから判明しました)。

鈍感体質の私は、突然泣き出したり歌い出したりすることもなく、たんたんと遺跡を廻らせていただきましたが、Uさん曰く、イスラエルの神様たち、私が淡路に来たことを喜んで下さっていたそうな。

そして、近々、シオンの山には5つめのお宮ができそうな・・・。

明日、明後日は、いなくんとあきこさんと元伊勢の旅に。そして春には3度目のイスラエル旅行。その前に淡路を訪れることができて良きタイミングでした。


魚谷さんやUさんによると、淡路島にかつてユダヤの民が流れ着き、あるところでは長旅の途中亡くなった同胞を供養し、シオンの山では祈りのために神殿を築いていたのでないか、ということでした。

ヘブライ語と日本語の類似、ユダヤの風習と日本の風習の類似は以前から言われています。魚谷さんの元には、様々に見えない世界とコンタクトできる人達が来ては、ユダヤと日本の関係などもお話されているようです。興味を持たれた方はぜひ魚谷さんの本を読んでみてください。



天下泰平さんのブログ(淡路についての記事
by hiroshimapop | 2015-01-20 22:48 | 日本の聖地巡り | Comments(1)
モーゼの子孫の墓・・・?(九州、夢の不思議旅その2)
ちょっと時間が経ってしまいましたが、九州、夢の不思議旅(その1)の続きです・・・。

紀元前、アッシリア帝国に滅ぼされたユダヤの失われた10支族は、イスラエルの地を追われた後、東へ東へと進み、中国、韓国を経由し、最終的に日本に辿り着いたのではないかと言われています。

この手のお話はネットでもいろんなページがありますので、興味のある人はそちらを探索していただくとして・・・・(例えば、天皇家と失われた10支族


実は、先日、Nさんが案内して下さった不思議な場所の1つが、『モーゼの子孫の墓』。
九州に、神武以前の神話の神々の古墳がしっかり残っていることにも驚きですが、こちらは旧約聖書に登場するあのモーゼですよ、モーゼ!

石川県には『モーゼの墓』だと伝わる場所がありますが、こちらの古墳は、Nさんの夢によるとモーゼの子どもか孫の墓らしい。。。

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夢がNさんに伝えた、その場所を突き止めるキーワードは、『日本語には聞こえない地名』。

それが何処だったか、ここで公表していいのかどうか分からないので今は伏せておきますが、確かに漢字で書かれてた地名なのに、読み方は、完全に外国語。


きっとこの地方には、ユダヤとの繋がりを感じさせる伝承が残っているに違いないと私は推測しているわけですが、その裏付けの1つになりそうなのが、九州に残るカッパ伝説。

カッパ伝説が九州発祥だなんて、実はさっきまで知らなかったんですが、なんでも熊本の八代が日本におけるカッパ発祥の地らしい・・・(こちらのブログ参照)。


上記のブログにはカッパ伝説にまつわる仮説が様々書かれていますが、Nさんのお話はちょっと違います・・・。

曰く、このあたりには、昔、伽耶(韓国)の地から大勢の人が移住してきて、その人々は何故か頭にお皿を乗せて頭頂を平らにする風習があった。伽耶の人が頭にお皿を乗せているのをみた日本の人々は、彼らを「カヤッパ、カヤッパ」とはやし立てた。そのカヤッパがいつしか、カッパという言葉にあり、想像上の生き物と共に民話が生まれた・・・・。

ん?? 伽耶の人が頭の上にお皿を乗せていた・・・? これってまるでユダヤのキッパじゃないですか。海外を歩くと、ときどき、頭に小さな帽子を乗せている男性をみかけますが、あれはキッパと呼ばれています。
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伽耶の人が頭の上にキッパを乗せていた、となると、日本に大挙してやってきた伽耶の人達は、ユダヤ系だった可能性、高くないでしょうか?

このサイトには、こう書かれてあります・・・。

~以下引用~
3世紀末、都の再建築を夢見たイスラエル系の渡来人は、応神天皇をリーダーとして、新天地である東の島々に王が住まわれる都を造営するために民が決起するべきことを公言したのです。その号令と共に、各地に居住していたイスラエル系の人々は、ヘブライ語で「神の民」を意味する「ヤマト」政権の誕生を祝して、各地からこぞって貢ぎ物を持参し、今日の奈良界隈に居を構えた天皇を訪ねてきたことでしょう。無論このニュースは、大陸側でも特に朝鮮半島に在住する同胞に伝わり、中でも有力なユダ族を主体とする秦氏は、イスラエル系民族の移住を朝鮮半島から加速させる原動力となりました。応神天皇の時代に、大勢の秦氏が朝鮮半島から渡来してきたことは、日本書紀等古文書に記載されている通りです。

当時、朝鮮半島の南には新羅、百済、伽耶の3つの国がありましたが、中でも日本に渡る通過拠点となったのが、半島の最南端に突如として現れた伽耶と呼ばれる小国家群です。(以下略)


Nさんの夢の中でも、応神天皇は渡来人でした。ついでに、応神天皇が桃太郎伝説のモデルでもあるらしい・・・。

それはさておき、伽耶という言葉が、ヘブライ語の「命と希望」を意味する言葉カヤが語源であると、上記のサイトにはあります。この時代、多くの伽耶の人が日本に移り住み、そして、その伽耶の人は頭にキッパを乗せていた人々だった可能性があるとなると、伽耶の人=ユダヤ系と考えても、そう荒唐無稽な話ではないでしょう。

となると、モーゼ本人がどこで亡くなったかは別として、子孫が日本で暮らしていた可能性もゼロではない・・・。

うーむ、タイムトラベルして訪れたい場所と時代が次々生まれる・・・。


Nさんは、夢で何度も指示を受け、この大きな木の前で、数回にわたり、浄化の祈りを捧げたそうです。普通は1~2回でOKが出るところ、何度も何度もここに行かされたんだとか。そして最後に必要だったのは『あわのうた』


ちなみに、この木はこんもりと小さな丘のように土盛りしてあるところに植わっています。古墳なんだと思われます。 モーゼの子孫の墓が九州にあるってことは、モーゼのDNA、もしかしたら日本人の中にしっかと受け継がれているかもしれませんねぇ・・・。
*疑問が1つ。ユダヤ人としてのアイデンティティを子孫に伝えるためにユダヤ教とその風習をずっと伝え続けてきたのがユダヤ系の人であるなら、日本でユダヤ教徒が残らなかったのはなぜなんでしょう?日本の宗教の中に融合して形を変えてしまったから・・・?
by hiroshimapop | 2014-10-12 08:00 | 日本の聖地巡り | Comments(0)