毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

2017年 08月 19日 ( 1 )
蛇の倉行者体験(参加者さんのご感想)
第1回目なのに、7月30日から5泊6日という参加するには一番ハードルの高い講座となった蛇の倉での行者体験講座。観光旅行とも違う、また海辺のリトリートとも違う、朝起きて、祈って労働して、食べて祈って・・・という日常の延長にありながら、でも日常とは全く違う時間を過ごしていただいた9名の皆さま。

お一人お一人、何か心に感じる滞在になったようで、このような素敵なご感想をお送り下さいました。

私がこの体験に参加しようと思ったのは、定年をあと数年後に迎え、人生の起承転結の結に差し掛かり、どんな年寄りになろうかな、どんなおばあさんになりたいのかな、と思った時、何も見つからずあまりにも自分の空っぽさに焦りさえ感じ始めていました。

このメルマガを目にしたとき、心は躊躇していたのですが、魂が行きなさい、行きなさいと。
そもそも般若心経を唱えたこともなく、一度くらい読みました・・・程度の私が本当に大丈夫かしら・・・と。ちょうど会社の夏季休暇と一致したことで背中を押されることになりました。

良かったです・・・。
行って、本当に、本当に、良かったです。

もともと長野県の山深い所で生まれ育ったせいか(現在は埼玉県在住)、心が折れかかった時は、なぜか山に魅かれ山に登ってました。この蛇の倉も違和感なく懐かしささえ感じられました。

決定的に違う点は、この蛇の倉は空気が凛としてました。
何より、奥の院までの登拝で孔雀門でのお経のとき。突然の竜巻のような突風と雷と雨。忘れることが出来ません。今でも背中に感じます。

蛇の倉での生活は昔ながらの男の仕事、女の仕事が見事に分かれていて、台所での作務、お風呂を薪で焚き入る順序、食事の作法、全ての行動に「感謝」が隣り合わせでした。スマホに頼る生活になっている世の中、全てが便利になってしまい、都会の生活では夜って暗いんだった、という事さえも忘れていました。

また、お祈りの一節に「知らず知らずにして為す罪こと汚れと思し召し・・」とありましたが、まさしくその通りでした。
自分の何気にしている行動、言葉、反省することばかりだったと、気付かせて頂きました。ご先祖様のご供養がどんなに大切なのか、お祈りによりご先祖様も世界平和も救え全ては自分に返ってくる・・と。

般若心経もだいぶ感覚がつき、3日目のお祈りのときは、子供の事が頭をかすめた瞬間、なぜか涙が止まらくなりました。
私がこの体験に参加しようと思った答えは完全版で掴むことは出来ませんでしたが、取っ掛かりを感じることが出来ました。

この蛇の倉にまた、絶対、行きたいと強く感じてます。
何より嫁ヶ茶屋の手作りプリンをまだ食べてません(笑)。 
(I様より)
                               


この度は蛇の倉とのご縁を結んでいただき、ありがとうございました。 また現地ではたくさんお世話になりました。

今回の体験は濃厚すぎて、まだ言語化できない部分もありますが、この度の経験が今後の人生において大きな糧になったということは間違いありません。

初・蛇の倉は、空気が澄んでいて、涼しくて、下界とは違う世界に来たようでした。
初日は興奮のあまり?眠れなかったのですが、横になっているだけで、氣の巡りがよくなり、足の裏が活性化されるのを感じました。あの場にいるだけで、からだ全体が軽やかになりました。

朝の祈りは、とても氣持ちのよい時間でした。
宿舎内の和室での祈りは、日常生活の一部として祈りはあり、何も特別のことではないと教えて くれました。その後の道場での祈りではご神氣を近しく感じました。祈りは、こちらから一方的なものではなく、もっと対話的なものなのだな~と実感しました。日々の生活が祈りなのだと、気づかされる体験をさせてもらいました。

今回は二度、奥の院に登れたことは幸運でした。

一度目は足が重くてキツかった。「六根清浄」を唱えながらの一歩一歩は、お山が自分の足から何かを吸い取ってくれているような感覚でした。
初めての孔雀門前は容易に近づけず、立っているのもやっとという状態でした。
途中の滝の前で涙と鼻水が出まくったので、もう出るものはない、と思いきや、祈りを始めたら、また涙と鼻水が滝のように流れました。
急に天候が変わって、雨風を しのぐ形で、門に近づくことができました。
雷が鳴ったようですが(夜のシェアでそのことを知った次第です。。)、私は聞こえていませんでした。あの場に自分はいたのだけれど、存在していないような感じでした。
とても強烈な浄化のお参りとなりました。

二度目のお参りは、とてもよい天気の中、氣持ちよく晴れ晴れと登りました。周りの木々、足元の土、流れる空気に温かく迎えられた感じでした。
そして、楽しかった(一度目もある意味、楽しかったですが)!お水を背負って登ったのですが、重さを感じず、ただただ嬉しい感じでした。

まだ2回ですが、お山を通じて神様の色々な表情を見せていただきました。

蛇の倉から帰ってきて、特に大きな変化はまだありません。
今まで朝唱えている祝詞に加えて、般若心経(時にはご真言も)を唱えています。
全く不安がない状態・・・と言えば嘘になりますが、大きく見守られている感覚があり、安心して不安になれます(笑)

またご縁ありましたら、お山に伺いたいです。  (Y様より)
                            

お山での毎日は、私にとって大変貴重な体験でした。

都会での生活では見失いがちな自然の美しさ、偉大さを尊び、草木や川の流れに生き方を教えられ、人間も自然の一部だと実感しました。
今、私は、お山で生まれ変わったような気分で、毎日を過ごしています。
テンプルビューティフルからの募集で、今日本には祈りが足りないと言う言葉に、なぜか直感的に参加を決めたものの、直前になり、不安が押し寄せ、安易な気持ちでたやすく飛びついた事を後悔し、緊張して家をでた事が嘘のようです。

期間中は毎日、感動や気付きに溢れていましたが、事に2日目の朝の道場での拝神時と奥の院の登山中に感じた想いが印象的です。

朝の拝神時に般若心経を唱え始めたとき、なぜか胸の奥が熱くなりこみ上げるものがあり、涙が止まらず、お祈りの最後の真言を唱えはじめると、頭から足の先に何か一本の軸が力強く通り、まさに地に足が着いた!と言う感覚が走り、お祈りが終わる頃には、とても上質なセラピーを受けたような満ち足りた想いに包まれました。

また、奥の院ヘの登山は、頭がズキズキと痛み、登り始めは息が上がり身体は苦しいのに、なぜか何処かで、楽しく、うきうきとするような嬉しい気分もあり、子供の頃からのさまざまな事を思い出しながらの登山でした。
山道を登りながら、ふと立ち止まって振り返ると、まっすぐな杉木立の間から、柔らかな光があふれ、とても美しい山の中。その時、”ああ、ここだ、ここに帰って来た。ここに棲みたい” と強く感じ、とてもやすらかな気分になりました。

この2つの経験を通して、私は生きている、生かされている、この世でしっかりと人生を全うしなければならないをもちろん、感動的な良い経験ばかりではなく、普通の生活に戻る不安や、自分の愚かさや、いやな部分を見せられ、落ち込むようなこともありました。

都会の普段の生活では、お山での生活の様するのは難しい事ですが、この6日間の経験が私の心の支えになってくれる事でしょう。お山で感じた自然の息吹、毎日のリズムを思い出しながら、日々丁寧に過ごして行きたいと思っています。

お山を守り、日々、祈りを中心に毎日をお過ごしの皆様の姿が、わすれられません。どうもありがとうございました。  (T様より)

ご感想ありがとうございました。
行って良かった、と思っていただけたのが何よりです。


・・・そして私はまた、来週金曜日から2泊3日で蛇の倉に行ってきます。9月も、もう1回体験講座があります。9月に奥の院に上がるゲートが閉まるので、今度開催するのは来年でしょうか。

でも大切なのは、日々の供養とお祈り。
子どもの頃は仏壇も神棚もなく、仏壇に手をあわせる習慣なく育ったので、去年からようやく始めた先祖供養も朝起きるのが遅かった日などは、すっかり忘れてしまう・・・。ということで、この夏、家の中の配置を変えて、毎日必ず通る場所に神棚などを移す作戦を決行。私のような人にはなかなかいいですよ。

入江富美子さんの『へそ道』も、自分のへそを通じて脈々と続いてきた命や先祖様と繋がっていくイメージをしていきますが、1日1回だけでも先祖に意識を向けることで、自分はご先祖様にとっては「へさき」で生きている感が出てきます。


by hiroshimapop | 2017-08-19 11:25 | テンプル最新情報 | Comments(0)