毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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4月13日 イスラエル旅行 最終日!
イスラエル旅行 最終日

とうとう来てしまった。この旅行の終わりの日が・・・・!


今日の主な訪問先は、嘆きの壁とホロコーストの記念館。

嘆きの壁の前で祈っている、写真の真ん中の青シャツの10代の女の子。
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私は彼女のそばに10分以上いたんだけど、そのあいだ中、彼女はずっと聖書を顔に押し当て、
そして身体を前後に揺らしながら、嗚咽していた。

彼女に、神に救いをもとめたい何かがあるのか、それとも感極まって泣いていたのか、分からないけど、

14歳のとき、私はここまで泣いたことがあるだろうか?
15歳のとき、神に救いを求めていたことがあっただろうか?

この頃、私の生活に神はいなかったし、そして今もなお、嗚咽し続けるほど神に救いをもとめたこともない。

イスラエルの人たちには、子供の頃から生活の中心に神がいて、ユダヤの神であろうと、イエス・キリストであろうと、生活の中心、心の中心に神がいるということを、まざまざと彼女は私に見せてくれたような気がする。

 
旅の最後に行った、ホロコーストの記念館。

あれは、ナチスの暴走なんかではなく、そもそも、あの大虐殺なんて無かったという人もいる。あるいは、ずっと国中のトラブルメーカーだったユダヤ人を自国から追い出し、世界的な同情を集めてイスラエル国をつくるため、当時の欧米の諸大国とユダヤの有力者が手を組んで行ったことであるという人もいる。

それは私には分からない。

ヒットラー1人が狂気に走った極悪人だったのか、それともユダの役目、つまりイスラエル建国という目的を達するための捨て石になってくれた魂なのか、それも分からない。

どちらにしても、ホロコーストの悲劇はあり、多くの尊い命が人の手によって抹殺されたことは事実。毎日慎ましやかに暮らしていた普通の父、母、娘、息子、夫、妻、子供たち、赤ちゃんが残虐な方法で殺された。

その数、600万人。

人間がいかに残虐になれるか、そのありようをまざまざと見せられた気がする。
ユダ1人がイエスを裏切ったのではないように、ヒットラー1人が600万人を殺したわけでもない。私たちは、心しておかないと、いつのまにか、ユダになり、ヒットラーの側にたつことになってしまう。

そんな思いを抱きながら、展示物を見てました。


あまりに濃密だったので、今回の旅を一言でいうことはできないけれど、少なくとも、現代のイスラエルを知る旅であったと共に、1人の人間が持つ、計り知れない大きな可能性を知った旅だったように思う。

最初の日、イスラエルの独立宣言を発したベングリオンの生の声を聴いた。
そして、砂地だった場所を、テルアビブという大都市に変えたのは、最初、たった60名の人たちだったことも知った。

そして、イスラエルの建国は、長年の祈りや人々の願いはもちろんあったけど、最終的に建国に結びついたのは、大勢の人の力があったからできたのではなく、ほんの少しの人の情熱があったからこそだということを知った。


その代表的な人物とは
1人は、2000年間、聖書の中でしか存在せず、日常会話としては使われていなかったヘブライ語を人々の生活の言葉として復活させたベン・イェフダー。2000年間消えていた言葉がよみがえったのは、自然発生的に起こったのではなく、この人が「そうしたい」と思ったから。これって、あまりに壮大で、想像もできないけれど、この人がいたからこそ、いま、ヘブライ語は人々の中に存在している。

1人は、シオニズム運動を起こしたテオドール・ヘルツェル。
彼は、「それを望むなら、それはおとぎ話ではない」と、2000年間、夢物語だったイスラエル国家建設の第1歩を踏み出した。

そして最後の1人は、イスラエル初代首相にして、晩年、政界から引退して、若い人たちと一緒になってキブツで荒れ地の開拓に身を投じたダビッド・ベングリオン。彼の情熱と深い愛情なしには、人々は結束できなかったのではないかと思う。


ほんの1、2名の人であっても強い意志と情熱をもって事を始め、それをやり続けていると、荒れ地は大都市になり、消え去った言語は復活し、そして国までできてしまう。

mind is the builder 心は造り手

人は、1人では何もできないって思っているけど、大きなことも、最初は1人の心から始まった。


情熱を傾ける何かを見つけることができるかどうか?そして、それを自分の使命と受け入れ、傾注できるかどうか。

才能やIQの差でもなく、経済力や家柄でもない、
1つのことをやり続ける情熱と、廻りの人々の心を揺さぶるほどの実行力があるかないか。

それが、荒れ地を緑の大地に変えることができる人になるか、ならないかの違いかもしれない。
それを、今回のイスラエルの旅では教えられたような気がする・・・

まだ、旅が終わったばかりなので(とはいえ、まだイスラエルにいる)、うまくは表現できないけれど・・・。


今日の写真
嘆きの壁の前。聖書で遊んでいた女の子
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今日であったノラ猫ちゃん
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そして、そして、今回のツアーに参加して下さったテンプルのお客様方!!!
もちろん、兄も赤塚さんもお客様のお一人ですよ~!
ご参加、どうもありがとうございました!
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by hiroshimapop | 2008-04-14 03:11 | ただいま海外で体験中! | Comments(1)
Commented by kakko at 2008-04-14 06:09 x
なおこちゃん、私、今日、ちょうどアウシュビッツのテレビを観て、衝撃を受けたところでした。そして、なおこちゃんが書いておられるように、人は正当化されるとここまで残虐になれるのかという言葉を聞き、戦争のこと、イスラエルのことを考えていたところでした。どうぞお気をつけて帰ってきてくださいね。