毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

「ピナ・バウシュ中毒」にはなれません・・・。
昨日、楠田枝里子さん大絶賛のピナ・バウシュとヴッパタール舞踏団の舞台「パレルモ、パレルモ」を見に行った。
楠田さんは、ピナ・バウシュの追っ掛けをしていて、それこそ世界中である彼女の舞台を見に行っているし、その追っ掛けぶりを本にも書いているほどなんですが・・・。そして「パレルモ、パレルモ」はピナの代表作とも言われているんですが・・・・

私はピナの追っかけにはなれません。

さっぱりわからん。


演出は斬新というより衝撃的です。度肝を抜かれる。

こんな演出を許可する会場は、ほとんど無いと思うほど激しい。 (幕が上がるとそこには天井高くまで塀が立っている。その前で舞踏が始まるのかと思った瞬間、その塀が後ろっかわに、ゆっくりスローモーションのように倒れていく。ブロック塀が倒れる大音響が響いたあとは、コンクリートブロックの瓦礫の山。そして、その瓦礫を踏み越え、女性があらわれる・・・・)

舞踏というには、踊りは少ない。2時間半の間に、おそらく15分くらい。
そもそも倒れたコンクリートブロックが舞台の半分を占めているので、踊りを踊るには全く不適切な舞台構成。あとは、ひたすら、次々と短い人間模様が繰り広げられる。しかも、なんとも不可思議な演出で。

ピナのこの舞台は、理解するとか、分かるとか、感動するとかとは全く異質。

こんなに美しくなく、悪趣味で、心にわだかまりと未消化の何者かを残す舞台を、ほかに私は知らない。

過去に、面白くなくて途中で帰ってしまった舞台はたくさんある(大地真央の舞台も、木の実ナナの舞台も、一番前という超いい座席だったにもかかわらず途中で帰った・・・)。演出も脚本も意味不明だったものもある(寺山修司の舞台とか)。

でも、そういった、単純に面白くなかった、というのではなく、ウオーって叫びたくなるくらい、意味不明なんだわ。

1ヶ1ヶ、登場人物がすることすべてがワケワカラン。

なんで、ストッキングをかぶった女性が舞台を歩き回っているのか、裸の男性が水浴びをしているのか、水をステージにばらまいているのか、なんでゴミをまき散らしているのか・・・・。

1つ1つが、ワカラン。

ラストシーン。

ある男性が舞台に立ち、あるガチョウとキツネの話を話し始める。そして最後に桜の木が何本か、天井から降りてくる。男性が童話を話している途中で黒服の人たちが、それを舞台に降ろし、ロープをほどき、中央に集めた、と思ったら、その桜の木のうち、2本だけを、その黒服の人が、ズリズリ引きずって、舞台のそでに持って行ってしまった。

そして話は終わり、舞台も終わる・・・。
あの桜の木はいったい何だったのか?

なんで、あなたは、この舞台に立っているの?なんで、そんなに一所懸命、このワケワカラン舞台をするために世界中を旅しているの?と舞台上の役者に聞きたくなるくらい、私には未消化。

その一所懸命さに、私は意味を求めてしまうくらい。

とはいえ、所詮、人の営みなんて、意味を求めてはいけないのかも。それに何の意味があるの?って意味を求めているかぎり、人は死にたくなるのかも。

ワケワカラン舞台に、そんなふうに、意味を求めて私の脳みそはグルグル廻っていたというのに、舞台の最後は、観客のスタンディングオベーション。

観客の多くが立ち上がって拍手とブラボーのかけ声。

私はその人たちをつかまえて「何をそんなに感動したの?」と聞きたいくらいだったけど、きっとこの舞台は、言葉で説明できない部分の何かに共鳴するんでしょう。

家に帰ってネットで調べたら、篠原ともえさんが、大感動のブログを書いていたし。

フ~ンだ。どうせ、私は、左脳人間。単純明快な舞台のほうがお好みなのよ。

私のお隣の人は舞台の間、ずっと寝ていたから、少なくとも昨日、2名はピナのおっかけには脱落ね。


・・・あまりに脳みそが疲労したらしく、ベッドにちょっと横になったと思ったら、朝まで爆睡。
洋服を着たまま顔も洗わず、ソックスも脱がず・・・。目が覚めたら朝だった。

家中の電気がつけっぱなしだった・・・。トホホの朝でした。
by hiroshimapop | 2008-03-24 18:02 | セミナー・舞台情報 | Comments(0)