毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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水師営会見所
昨日聞いたファミリーヒストリー、その2

日露戦争終結時、ロシア側のステッセル将軍と乃木大将との会見が中国、旅順で行われました。その会見の様子は、日本の唱歌(もしくは軍歌)にもなっているそうで、70歳台の方はもしかしたら、覚えているかもしれません。

こんな歌です。



さて、この会見が行われた建物、いま残っているのは再建されたものらしいのですが、この歴史的な会見場所と私のファミリーヒストリーがどう重なるのか・・・。

いやぁ、まさか曾祖父と乃木大将がこんな形で繋がるとは思ってもいませんでしたよー。

母方の曾祖父は書が大変によく出来た人で、アチコチに曾祖父の筆となる碑や掛け軸が残っているそうなのですが(このDNAも私は引き継がず(涙))、たまたま曾祖父が旅順に滞在中にこの会見が開かれることとなり、この建物に『水師営会見所』という表札を書くために曾祖父が呼ばれ、書かせていただいたらしいのです。

この曾祖父が書いた『水師営会見所』の書。その後、文鎮になったそうで、こんなの取っている人いるかなぁと検索してみたら、ちゃんと出てました。

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水師営会見のことはネット検索するとたくさん出てきます。
たとえばこちら

ちなみに、この要輔お祖父さん、いま話題の教育勅語を1000枚、筆で書いて廻りの人に配ったそうで、叔母も何枚か受け取り、うち1枚は正絹に朱で書いてあったそう。

こういうファミリーヒストリーのあれこれ、母はたくさん知っており、私もたくさん聞いてきたのに、今はすっかり忘却の彼方。叔母たちの記憶がまだしっかりしているうちに聞いてメモしておかないと、永遠に消えてしまいますねー。


by hiroshimapop | 2017-03-08 07:19 | 日記 | Comments(0)