毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

『夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉』
私の記憶では、プロの俳優さんが演じる本格的な舞台を見たのは、まだ広島に住んでいる頃。たしか、広島の呉市の市民劇場で公演されたこまつ座の『きらめく星座』だった記憶が…。公演直前にチケットを手配したので、狭くて急な2階か3階席の、それも後ろの席でステージは遥か遠く。でも歌あり笑いあり、涙ありの舞台は井上ひさしワールド炸裂! 『きらめく星座』がきっかけで、私の演劇好きは始まった気がします。

井上ひさしさんの小説がもともと好きだったので、こまつ座の舞台は、こまつ座だから、という理由でよく見に行ってました。こまつ座によく出演される女優の梅沢昌代さんも好きで、梅沢さんが出てると、もれなく見にいく感じでした(過去形で書いているのは、ここ数年はかなり観劇回数が減っているので…)。

その「こまつ座」の座付作家であり作家の井上ひさしさんが、ガンの闘病中、こまつ座社長となった娘さんにかけ続けた真夜中の電話をまとめた本が『夜中の電話』。

抗がん剤治療の合間に、父が娘にかけ続けた電話は、毎晩、夜の11時頃から始まり、明け方、朝8時、9時まで続いたというから凄まじい。その様子を娘の麻矢さんはこう書いています。

こまつ座の今後のこと、社長の心得、仕事の進め方、稽古場や劇場の現場のことなど話をしていると、時間はどんどん過ぎて行き、毎日、長電話になってしまう。1度だけ、私は父に言った。「社長、こんなに長く電話で話しているのは身体にさわるので、寝たほうがいいのではないですか?」と。私は父とプライベートな話をする時以外は社長と呼んだ。
「僕は命がけで君に伝えたいことが山ほどあるのに、どうして君は、それをきちんと受け止めてくれないのだ」と怒られた。(中略)

会話の内容は時に厳しかった。演劇という世界の大変さを、身をもって知っている父は、なんとか乗り切れる知恵を自分の命と引き換えに伝えてくれる。(中略) 電話が終わると私の手には血豆が出来ていた。一言一言、父の言葉をノートに書き留めながら話を聞いていたので、その指に血豆ができてしまったのだ。


この本には、井上ひさしさんの短い言葉と、それを受けての娘さんの思い出話やエピソードが紹介されています。井上ひさしさんが娘さんに語り続けたこの時期は、ご自身はガンで闘病中、そして末娘は問題山積みの劇団を引き継いだばかり。自分が魂を注いできた「こまつ座」が、自分がいなくなったあとも続いていくかどうかは、全てはこの電話にかかっている。一言ひとことには、そんな気迫のこめられていたのでした。
*自分という作品を作っているつもりで生きなさい
幼いころから父から言われ続けたこの言葉は、どれほど私を人生の窮地から救ってくれたかわからない。挫折が多かった私が何とか曲がらずに生きてこれたのも、この言葉があったからではないかと思う。(中略)
いくつになっても完成することがない自分という作品作りを誰もが行っている。作品が完成するのは遠い先だけど、作っていく上で必要な過程であったと思える道を歩みたい。

*自律しないと本当に人なんて助けられない。まず自律すること

「じりつ」という言葉を父が書く時は、よく自分を律するという「律」の文字を使った。そこに父の強い思いが込められている。読んで字のごとく、自分を律することが自分で立つ「自立」より、より深い意味を持っていたのだ。自分で立つのは当たり前。自分を律するところまで成長することが大切だという意味だろう。

*何かに進んで行く時は、立ち止まったらうまくいかない。だからリーダーは立ち止まってはいけない

「どんなに大切な友であろうと肉親であろうと、誰が何を言おうとも、君は今こまつ座のことだけを見て生きて下さい。その覚悟を持って下さい。君が立ち止まったらうまくはいきません。今こまつ座はまさに雪山に放置された状態です。君は隊長なのだから、隊員から不平不満が出たとしても、皆の命を守るために歩き続けるしかないのです」


これらは決して不特定多数の誰かのために残されたメッセージではなく、全て娘さんとこまつ座のために残されたものですが、市井の人たち人生に寄り添い、作品を書き続けた井上ひさしさんの言葉は、時に厳しく、そして温かいものばかり。こまつ座の舞台、ひさびさにまた見に行きたくなりました。

…と書いていたら、大晦日、NHKで『きらめく星座』が放映されたんですね。有料になりますが、オンデマンドでしばらくこの舞台が見られます。


by hiroshimapop | 2016-01-02 07:20 | おススメBOOKS | Comments(0)