毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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パワー・オブ・タッチ(その2)
昨日に引き続き、『パワー・オブ・タッチ』のご紹介。
内容を引用するのは、第3章(幼い子どもにふれる必要性)からです。


1248年、ドイツのフレデリック2世は、言葉を聞くことなく育った子どもが何語を話すのか調べるために、とても残酷な実験を行っています。生まれたばかりの赤ちゃんを母親から引き離し、乳母に預けました。ミルクは与えたでしょうが、その乳母は赤ちゃんに話しかけることも触れることも禁じられていました。

果たして、そのように扱われた赤ちゃんは、一体どのような言葉を話し始めたでしょうか?

実はこの実験は失敗に終わりました。言葉を話す年齢になる前に、全ての赤ちゃんが死んでしまったからです。

なんと愛のない実験!

しかし、同じような育児法が19世紀初頭のアメリカでは主流でした。ホルトとワトソンという博士によって推奨された最新の育児法は、赤ちゃんを孤独のまま育てるに等しいものだったのです。

ワトソン博士が書いた本には『母親の必読書』と推薦されていたそうです。
『良識ある子どもの扱い方・・・決して抱きしめてもキスしたりしてはならない。膝に座らせたりしてもいけない。どうしてもキスしなければならないとき、子どもがおやすみを言いに来た時にいは、額に1度だけすること。朝、子どもと握手しなさい。難しいことを子どもが首尾良くやり遂げた時には、頭を軽く叩いてあげなさい・・・』


ホルト博士の育児法も負けず劣らず凄まじい。
『ゆりかごは捨てなさい。赤ちゃんが泣いても抱き上げてはいけません。時間がくるまで授乳してはいけません。必要なおむつ替えや授乳の時以外、むやみに抱いて甘やかさないこと』

これが主流の育児法だったなんて…!残酷で、愛情のかけらもない。赤の他人だって、赤ちゃんが泣いていたら抱き上げてあやしたくなりますよね。 それは人間として、生き物としての本能みたいなもの。それこそ赤ちゃんが求めているもの。なのに、その本能的な行為を真っ向から否定しています。

このワトソンとホルト博士自身は親の愛に包まれた経験なく育ってしまった人なのではないでしょうか。親との暖かな記憶が1つでもあれば、こんな機械のように赤ちゃんを扱う育児法を提唱するわけないと思うのですが・・・。

しかし、恐ろしいことに、この育児法に基づき、当時の子どもたちは育てられ、いまだアメリカで生き続けているらしいのです。こんなことしか書いてない育児法やマニュアルなんて、くそ喰らえ、です。

しかし考えてみると、今の日本では、病院で出産すると、よほど母子関係にポリシーのある病院でないかぎり、ほぼ100%に近いくらい新生児室に連れていかれてしまいます。母体を休ませ、病院サイドも赤ちゃんを一元管理できるというメリットもあるのでしょう。でも、そこには赤ちゃんが本当に必要としているニーズはほとんど顧みられていません。

私は生後すぐ、田舎の産院から大きな病院に転院させられ、しばらくの間、母親と引き離されてしまった一人。この本には新生児、乳幼児がいかに母親とのスキンシップを必要としているかが書かれているんですが、それらを読み進めるにつれ、私は自分のこの人生を、なんと孤独な環境の中でスタートしてしまったのかと、当時の赤ちゃんである自分を想像すると、本当に痛々しく可哀相になってきます。

泣いてもすぐに抱き上げてはもらえなかったでしょうし、母親の胸のぬくもりの中で母乳を飲む機会もなかったでしょうし・・・。

いまも、色んな事に諦めが早いのも、ちょっと人間嫌いなところがあるのも、もしかしたら、この時の経験が魂の奥底で残っているからかもしれませんねー。

*母親のために、フォローをしておくと、その後の私は母親ベッタリの育児を受けています。母は自宅で仕事をしていたので、常に私は母の背中におんぶされ、床に降ろすと泣く、母がトイレに行くと泣くという子どもだったそうです。ただ、母の背中に始終おぶられていたせいで、しっかりO脚(涙)


さて、赤ちゃんが母親から肉体的なケアを受けること(泣いたら抱き上げられること、ふれられること)がいかに大切か、著者は興味深い示唆をいくつも書いています。

その一部をご紹介します(少し短く書き直している部分があります)
ある研究では、出産直後の4時間に優しく愛撫された平均的新生児は2分しか泣かないのに対して、母親から離されて新生児室のベッドに寝かされていた新生児は38分泣く、という結果が出ています。

長いこと泣かせておくことで、赤ちゃんは想像以上にストレスを受けています。赤ちゃんにかなりのダメージを与えているのです。泣くことで蓄えていたエネルギーは消耗され、カロリーは消費されます。それに赤ちゃんはへとへとに疲れてしまうでしょう。

赤ちゃんには出生直後からのお母さんとのコンタクトが必須です。そうすることで、身体が暖まり、呼吸と脈拍が安定し、びっくりするような反射は少なくなります。

それまで原因不明だった乳幼児の死亡の原因について研究が行われ、タッチが足りないこととの関係性が指摘されたのは第二次世界大戦後でした。優しい愛に満ちたケアが適用されたところでは、乳児死亡率が劇的に減少しました。子どもが生きて、健康に発育するためには、抱きしめたり、優しく愛撫したり、優しく言葉をかけたりすることが必要です。こうしたからといって決して子どもは暴君になりません。ほとんどふれられずにいると、赤ちゃんは死んでしまいます。実に簡単なことです。タッチは生きるために必要なのです。

(猿を使った実験で)布でできた動かない母親に育てられた猿は、社会的に孤立した時の影響を示しました。代理母が動かないので、小猿は自分で繰り返し身体を揺すっていました。動く代理母を使った場合には、小猿は身体を揺すりませんでした。赤ちゃんには揺する動きが必要であることが分かります。何かの理由で動くことができなかった乳幼児、子ども、大人は、怒りや暴力にはじまり、おかしな考えを抱いたり、多動になったり、考えがまとまらなくなったり、様々な情緒障害を起こします。

泣くとすぐにふれられたり静かに揺すられたりしてきた赤ちゃんは、泣いても放っておかれた赤ちゃんに比べ、3歳までにより自立します。

生後3ヶ月になるまで、毎日最低3時間は母親に抱かれていた赤ちゃんは、そうされていなかった赤ちゃんよりずっと順調に育っていました。毎日約2時間長く抱かれていた子どもは、驚くべきことに泣く率が43%低かったのです。とりわけ夕方の忙しい時間帯には、そうした赤ちゃんは泣く率が51%低いことを、カナダのマックギル大学医学武のフンジッカーとバールがつきとめました。

親にスキンシップを求めている時に、その求めに応じてもらえなかった赤ちゃんは、「不安を隠すアタッチメント」になります。つまり、親が子どもを抱き上げてあやさずに、子どもの要求をはねつけていると、やがては子どもは自己防衛機能として、自分の感情を表に出さなくなることが分かっているそうです。つまり、赤ちゃんは、自分が最も不安で動揺しているとき、一番母親を必要としているときに、母親を避けるようになります。再び拒絶させらえるのを避けるためです。そういう赤ちゃんは、人を信頼せず、親密な愛情を抱くことができない大人になってしまいます。きっと自分の子どもを自分が扱われたと同じように扱うようになるでしょう。このようにしてタッチしないという悪習慣が綿々と続いていくのです。


自分が子どもの頃、親から十分なタッチを受けていなかったと愕然としてしまう方も、自分の子どもに対し、十分な触れあいをしてこなかったことに気がついた方も、これから、周りの人とふれあうことはできます。

10代の男の子はむやみに触られるのを好まないと思います。でも、その代わり、彼らは武道やスポーツで仲間と肉体的に触れあってます。大人も、自分からふれることができなくても、マッサージを受けたり、整体を受けることができます。人間に触れられない人や子どもも、犬や猫の世話をしたり抱きしめることは出来るかもしれません。

そうやって代替のふれあいを、私たちは、無意識に受けたり、したりしているんですね。

第2章(「ふれる」という感覚について)の最後に著者はこのようなことを読者に問いかけています。
タッチは、この世界に対しての、あなた自身の身体表現です。手を伸ばしますか。 控えめに歓迎しますか。それともちょっとためらいますか。 腕組みして抵抗しますか。まったく避けることもできます。

ふれたりふれられたりすることは楽しいことでしょうか。なんだか自分の存在が脅かされているような恐ろしさがあるでしょうか。とても勇気がいることでしょうか。

私たちはもう赤ちゃんではありませんから、身体にふれる以外にも愛を交換する方法は知っています。ただタッチは、どれくらい私たちが愛せるかを測る物差しです。何かのためにタッチが必要なのではなく、タッチそのものが必要なのです。

タッチはあなたが人生、経験、友情、愛とどうかかわっているかの象徴です。

タッチは力強く、愛しいものです。でも同時に、幼い時にタッチと結びつけた意味や感情と向き合うことも求められていますから、自らの存在を問うようなちょっと怖いものでもあります。


私も含め多くの人が、出逢った人に対し、そして新しい世界に対し、大きく手を広げて歓迎するのではなく、腕組みして抵抗したり、警戒心から心を開くのを避けてしまうのではないでしょうか?

なんか、それってつまらないなぁと思います。周りの人や好きな人、新しい世界に自分から手を伸ばすのは、最初は勇気がいることかもしれません。でも、出来ないままをずっと続けていても何も始まらない。必要なのは、ちょっとの勇気と練習かな。
by hiroshimapop | 2015-11-15 09:40 | おススメBOOKS | Comments(5)
Commented by ヤエル at 2015-11-15 16:40 x
とても大切な事だと思います。
私には子供が二人いて、長女は医師の勧めで誘発分娩。にも関わらず、産まれたのは4日後でした。
それに懲りて、第2子の長男の時は、助産婦さんを家に呼んで自宅出産しました。へその緒を切る前に抱っこをさせてもらえました。誕生の瞬間激しく鳴くこともなく、直ぐに目を開けていました(まだ見えてないかも?ですけど。)そしてすぐにおっぱいを吸いました。
この子は哺乳瓶を知りませんので、離乳開始まで母乳以外(水、果汁)をあげたことはなかったです。体は丈夫で病気もせず、よく寝てよく食べ、人見知りは表情をしかめるくらいで終わってしまい、知らない人にも無防備で甘え、いろんな人からのスキンシップを受けています。

娘の方は神経質でよく泣いて、母乳を根気よく飲めずに泣き出してしまうので母乳が止まってしまいミルクになりました。寝付きも浅く、気難しい赤ちゃんで、人見知りも激しくて、大病もしましたね。
でも、この子は挫けない強さがあって、がんばり屋でエネルギッシュな内面を持っています。
マイマスな部分を乗り越える力があって、ずっと奥の深い部分の魂は、きっと素晴らしく逞しい強さを持っているんだろうと思います。

だから、もしも出生の時や、幼少時、大変な想いをしても、体が触れ合うこと、心が触れ合うことで癒し癒され、愛を表現することに向かっていけるようになると、自分の体験から思います。

ですが、手のかかる赤ちゃんは虐待を受けやすいとも言われますので、誕生を大切に扱うべきとも思います。
Commented by もも at 2015-11-15 16:51 x
納得と悲しいのとういろんな感情で泣いてしまいました。
私は仮死状態で生まれ誕生後はずっと保育器で過ごし(胆のう閉鎖症の手術もしたこともあり)母は母乳が出なかったらしいです。幼少期もなぜか抱っこや抱きしめられた記憶もないんです。
私は人と接するのが苦手で犬と暮らしているのがいちばん安らぐし幸せを感じます。過去にパートナーと暮らした経験もありますが、もう2度と誰かと生活を共にするのは嫌だと思っています。他、摂食障害になったり、何かと生きずらいなと思う人生です。振り返るとお付き合いした異性以外に抱きしめられた記憶がないことに気づきました。
Commented at 2015-11-17 18:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2015-11-18 10:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 要するに・・・ at 2015-11-19 13:46 x
貴女は、このブログで 貴女が体感できてもいない経験値から話せないことを、本を読んだだけで 「こうした方がいい」とか悪いとか さももっともらしく 書かないがよい。特に未来ある子供に関することは。
また関係ないが、貴女が人間嫌いで 諦めが早いのが 母親との関係性が原因かなどこじつけるのは、スピリチュアル系によくある傾向だが、50過ぎた大人が語るには、あまりにだらしのない理屈である。