毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

ひっそりとスピリチュアルしています
子供の頃から「見える系」だった著者の霊体験や神社仏閣での体験をつづったブログをまとめた本。Amazonで何か本を注文したら「この商品を買った人はこんな・・・」でオススメされていたので、まんまと買ってしまいました。広島県出身の1962年生まれだそうで、それだけでも親近感を感じてしまいます(笑)。

この本に書かれているのは、いち個人の体験、体感なので、これが正しい、そうに違いないと思うのは危険ですが、私は個人的に眷属(神様の下で働いている自然霊や聖獣)やお稲荷さんとのつきあい方などは面白く読みました。

紹介したい箇所はいくつもありましたが、著者が前世でイエスと遭遇した際の描写が、ケイシー的でいいかなと、その部分を書き出してみます。


「ダ・ヴィンチ・コード」という映画が上映されていた頃、著者は元夫とその映画を見、元夫と「イエスも人間だから結婚たり、子どもをもうけていたり、一人の女性を愛していたとしても不思議ではないし、そっちのほうが自然だと」言いあっていたそうです。

その数年後、著者は自分が前世でイエスと触れあっていたことを思い出します。
以下、その時の描写です(少し短く書き出しています)。

エルサレムに生まれた私は、男の子でした。まだ少年の奴隷でした。親に捨てられたのか、売られたのかは定かではありませんが、とにかく奴隷として働いていました。

そこの家は、キリストを支援している人の家だったと思います。連日、人が集まって何やら議論しています。晩ご飯を食べながら、いろんな会議っぽいことをしています。家の人とお客さんは大きなテーブルで食事をしています。その家は裕福だったようです。

私の名前は、ハンジャとアンジャの中間みたいな発音をする名前です。住んでいたのは、ハッサンという町(通り?)です。

私は奴隷ですから、器に食べ物を入れてもらっても、テーブルで食べることは許されません。部屋の隅っこにうずくまって、素焼きの深皿を抱えてガツガツと動物のように食べています。ガリガリに痩せています。

そんなある日、キリストが来て、私はキリストの泥というか砂で汚れた足を一生懸命洗っていました。すると、キリストが私の頭に手を置いて何か言いました。痩せこけて汚い姿の奴隷の私はビックリしました。顔を上げるとキリストが私に微笑んでくれていました。

キリストは波動が神様並みに高く、その波動を持ったまま肉体に入っているので、キリストの周囲の空間は明らかに歪んでいました。暑い夏のかげろうのように、歪んで見えるのです。キリストのオーラは太陽のように白く眩しく輝いていて、ハッキリ見えます。

オーラはほぼ物質化しかけていて、触ったら確実に感触があったと思います。頭に置いてくれている手からのエネルギーがすごかったです。見るからに「普通の人」ではありませんでした。

前世のその時に見たキリストをハッキリと思い出した私の考えは一変しました。

神様並みの波動を持ち、あの後光を放っている人が、恋愛感情を持つとは思えないのです。まして子供をつくる行為は、しようとも思わないでしょうし、体の周囲の空間が歪んでいるくらいの波動エネルギーなのです。実行するのは不可能ではなかろうかと思います。(以下略)


(そして、この夢とは別に、著者は瞑想中に、宇宙と一体化する体験をしました。その時の出来事です)

キラキラ輝く星に混じって、銀河がゆっくり回転しているのも見え「すごいなー、美しいなー」と見とれていると、その宇宙空間に神々の姿が浮かび上がって見えてきました。

姿といっても、光なのですが、その光が下からずっと上空というか、彼方へと続いているのです。神々にはどうやら等級があるようでした。手前から、高級になるにつれて、上へ上へと昇っていくみたいです。

そのはるか上空に、キリストがいるのが見えました。もちろん光でしか見えませんが、なぜか、キリストとハッキリ見えるというかわかるのです。

キリストという人間が死んで、それから徐々に神様になったのではなく、もともと霊格が高い神様が何かの事情で地上に生まれてきた、それがキリストだった、私にはそう見えました。


先日、大峰山の仙人と云われる神直先生とお会いすることができました。身近にお話しさせていただいたのですが、先生のそばにいるうちに、グルグル身体のなかに渦巻きが起こり、テーブルの前に座ってお話しを聴いているだけなのに、車酔いみたいになってしまいました。

「うわー。なんだか身体がグルグル廻る~」思っていたら、神直先生が「私とあなたとはエネルギーレベルが違いすぎるから、ずっと一緒にいると命が短くなるかもよー」と。

心の中にフト浮かんだことがすっかりお見通しでした(笑) 


神直先生は結婚されていますが、その先生でさえ、そばにいるだけで一般人の私はグルグルしてしまうんですから、イエスはさらに、強い光やエネルギーを発していたのかもしれません。

ただ、当時の人は今の私たちとは違い、大自然の中で普段から神と親しい関係を結んで生きていたでしょうから、たとえ、イエスのそばにいっても船酔い状態にはならなかったとは思いますが・・・。


いずれにしても、私は、イエス・キリストという人は、一人の大工がある日、聖霊に打たれて神になったのではない。人間の魂を救うために、神のサイドで永遠ともいえる長い時間をかけて準備し、そして地球でも、時間をかけてキリストの魂を持ったまま生きることのできる純粋な肉体を準備した末に地上に送り込まれた神のひとり子だと思っているので、青年となったイエスがマグダラのマリアと夫婦となり、子どもをもうけていた、というイエスも普通の男性だった説ではなく、幼い頃から神から与えられた使命を自覚し、霊的な英才教育を受けて育ち、独身を貫き、一人の女性に対し、特別な恋愛感情や肉体関係を持つことはなかった、という説に一票です!

イエス・キリストの誕生にまつわるストーリーはこちらをご参照下さい


by hiroshimapop | 2015-10-09 15:48 | おススメBOOKS | Comments(0)