毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

何度聴いても、ヨハネの黙示録は面白い!
『黙示録を理解せずして聖書を語ることなかれ』

聖書をすみからすみまで読み通したことはありませんが、黙示録が聖書の奥義だと言われているワケが何故か実感できてしまう日曜日の講座でした。

ケイシーを通して読む創世記と黙示録は、1人で読んだだけでは到達できない別次元の聖書の物語。それは決して高尚な物語になる、ということではなく、私達が日々体験する身近な「わたしの物語」。

創世記に書かれているエデンの園で起きた蛇の誘惑も、人類最初の殺人カインとアベルの物語も、私達が繰り返し何度も(あるいは日々!)経験していること。

黙示録に書かれている1章、1章は、霊的な生き方から離れてしまった私達が、それを取り戻す過程で起こる様々な出来事。


講座を受けられた方にご感想の1つに「なぜ黙示録は難解な象徴を使って書き記されているのか?」とありました。

不思議ですよね、そんな身近な物語なら、もっと平易な言葉で書き記されてもいいでしょうから・・・。でもそれには理由があります。2010年に開催したときのご感想がその回答になるかと思いますので、再掲しておきますね。

まったくもって不思議な体験であった。
最近話題の2012年問題のヒントになればという感じで参加したのに、
根底から今までの思いがひっくり返された感じだった。
黙示録が肉体と精神と魂のとらわれと解放のプロセスを顕しているとは!

比喩や象徴はものごとを分かりやすくするために使われているはずなのに、
これでは100回読んでも分からない。何故分からないのかを質問したら
「真に必要とする人、真にわかりたい人の為に、あえて分からないように
書いてある」とのこと。

この説明もわかりにくい解答であったが、妙に魅力的な表現であった。
20世紀最大の霊能力者といわれるケイシーがこのような黙示録の解釈を
していたということが、世にあまり知られていないのも不思議な気がした。
しばらく寝付かれない夜が続きそうです。
(千葉県 徳江倫碩さま)


難解な象徴で書き記されているとはいえ、もしも、これまで自分の霊的成長を真に求め、そのように生きてきたなら、ケイシーの黙示録解説を知らずとも、そこに書かれていることは、自分の心と身体と魂と、そして現実世界に起きていることだということが実感できるかもしれません。あるいは夢の中で示されてきたことを黙示録の中に見つけるかもしれません。

反対に、自分の霊的成長や霊的に生きることに全く興味がない人、物質的成功を追い求めて生きている人は、ケイシーの黙示録解説には全く心が動かないだけではなく、聴き進められない苦痛な時間になってしまうかもしれません(実際、1度、ケイシー流の黙示録解説を紹介してもらえないかと、知り合いのライターさんを講座に招待したことがあるんですが、その方は、途中で挫折してしまいました・・・)。

その中間点にいる私たちは、とりあえず、解説を聴いて、なるほどーと思うしかない。そこから私達の霊的成長の第一歩を始めるしかない。

しかし、黙示録が理解できるようになると、聖書全体が理解できる。聖書は最初から最後まで「いかに日々を霊的に理想に向かって生きるか」が書かれている、それだけが書かれている書物であることが分かるそうですよ。それは嬉しいおまけです!

実は、断捨離のやましたひでこさんもご参加されてましたー。熱心にノートを取られてましたよー!不思議の伊奈くんも受講していたんですが、彼もいろんなヒントを得たようです・・・。


黙示録講座はすでにDVDになっています。創世記と黙示録全章を語りに語って約10時間。その長さにまずは圧倒されそうですが、日曜日の約6時間は、あっという間に過ぎておりました。

空いた時間に見るのではなく、細切れでもいいので、まず最初にDVDを見る時間を確保して、残りの時間を調整する(何故なら、自分の霊的成長となる時間を1日のどこかに確保するのが、霊的成長の第一歩・・・)。それが、ケイシー流黙示録解説を最大限に活かす秘訣でしょうか。


                   滅多にないツーショット
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by hiroshimapop | 2015-06-02 10:59 | テンプル最新情報 | Comments(0)