毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

あなたが死ぬまでは
OSHO 2冊目は、友人に勧められた『あなたが死ぬまでは』。かなり骨太の本で、読み進むのにとても時間がかかりました・・・。

友人からは、OSHOの本は暗闇にいる時ほど染み込んできますとメールが来てましたが、この本にも、いくつもの珠玉のフレーズがたくさんありました。

うち、ほんの少しをご紹介
この宗教religionという言葉はたいへん美しい言葉だ。これはreligereという言葉に由来しているが、religereとは再結合する、ふたたび結ばれて一体となるという意味だ。

誰と結ばれるのだろう? 自分自身とだ。自分の存在の源泉とだ。それにまたなぜふたたび結ばれるのかな? これは、あなたがたがその存在の源泉とすでに結ばれているからだ。これは再結合だ。あなたがたがその源泉に近づくのは、これが初めてではない。そうでなかったら、あなたがたはいったいどこから来たというのだ? 304ページ


ある1つの気分、それが怒りであろうが憎悪であろうが、激情、性欲であろうが、みじめな感じ、ふしあわせな感じであろうが、それとも幸福感であろうが、何かの気分が生じたら、それが瞑想中の至福の一瞬であろうと、必ず思い出しなさい。これもまた過ぎ去るのだと。これをつねに絶えることなく念頭においておくがいい。

これもまた過ぎ去る-。

「これもまた過ぎ去る、これもまた過ぎ去る、これもまた過ぎ去る・・・」と覚えて忘れずにいる、と、突如として、あなたは気分から切り離されている。気分はやってくるが、それはあなたではない。それはまた行ってしまう。あなたは、まったく触れられずに、手つかずにあとに残される。

みじめなことがやってくる。来るなら来させなさい。ただこれもまた過ぎ去ることを覚えていさえすればいい。しあわせがやってくる。思い出しなさい。これもまた過ぎ去ることを。

そのうちにだんだんと、あなたと気分のあいだに距離がつくられる。あなたはもう気分と自分を同化しない。あなたはそれを見る立会人となって、見物人のようにただ見るだけだ。もうそれに関わることなく、無関心になっている。

静けさがあなたの上に降りてくる。あなたによってもたらされたのではない静けさ、ムリに鎮められたのではない静けさ、道の源泉から〈神性〉なるものから、〈全体〉から突然降りてきた静けさだ。 344ページ



タイトルの『あなたが死ぬまでは』の意味は、しばらく掴みきれませんでしたが、これは『私がいると、私を邪魔する』の私。肉体的な死ではなく、私というエゴの死と云えるでしょうか。

私が鎮まり神性が降りてくるその時を待つ・・・。

こうやって1日中パソコンに向かって、あたまを雑念でいっぱいにしているうちはダメですね。

先は長い・・・。


by hiroshimapop | 2015-04-08 14:30 | おススメBOOKS | Comments(0)