毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

私とは誰か?の問いが消えたとき、私が誰か分かる
「『私がいると、私を邪魔する』 ハッとさせられる素晴らしい言葉でした」 と、黙示録講座に感想を書いてくれたのは、私の友人でもある徳江さん。

先日この感想を読み返してから、あらためて『私』について考えています。

ケイシーがリーディングでよく勧めたアファメーションの1つに『私の意志ではなく、あなたの御心が、私の内に、私を通して行われますように・・・』というのがありますが、私の意志・・・の前に、その『私』すらいなくなるわけですよね。

それはどのような感覚や状態なのかしら? と思いを巡らしながら、OSHOの『愛の円環』を読んでいたら、こんなことが書かれていました。

ウスペンスキーがグルジェフのもとで学んでいたときのことだが、自己想起というものを垣間見るために、3ヶ月間、大きな努力、非常な努力を払った。3ヶ月間ずっとウスペンスキーは隔離された家に住み、ただひとつのこと、自己想起を行った。30人で始めたのだが、1週目の終わりまでには27人が逃げ出した。残ったのは3人だけだった。参加者は1日じゅう想起しようと努めた。ほかには何もせず、ただひたすら「私は在る」を想起していた。27人は発狂してしまうと思った。ほとんど狂いそうになったので逃げだしてしまった。そして2度と戻って来なかった。2度とグルジェフに会うことはなかった。

(中略)

でも3人は頑張った。その3人のひとりが、P・D・ウスペンスキーだった。1ヶ月経って初めて単純な存在の一瞥、「私は在る」の一瞥が現れるようになった。1ヶ月経つと、その「私」でさえ落ちた。そして「在ること」の一瞥、ただの存在の一瞥が現れるようになった。それは「私」が在るということでさえない。なぜなら「私」もまた、ひとつのレッテルだからだ。純粋な存在とは、「我」でも「汝」でもない。それはただ在る。

そして3ヶ月経つころには、「在ること」の感覚さえ溶解していた。なぜなら「在る」という感覚でさえ、依然ひとつの言葉だからだ。この言葉さえ溶解した。そのときあなたは在る。そのとき「自分が何か」がわかる。その地点がやってくるまでは「私は誰か」と尋ねることはできない。たとえ「私は誰か」と尋ね続けたところで、たとえ「私は誰か、私は誰か」と絶えず尋ねたところで、マインドの与える答えは、全て偽りであり、見当違いだ。ひたすら「私は誰か、私は誰か、私は誰か」と尋ね続けると、あるとき、その問いかけができなくなる。あらゆる答えは崩れ去り、その問いかけ自体も崩れ去って消え失せる。「私は誰か」という問いかけすらも消え失せたとき、自分は誰かがわかる。


ここに書かれているのは、1分もあれば読み流せてしまう文章ですが、書かれている内容は深淵です。「私」や「在ること」が溶解し、問いかけさえ消えたとき、私が誰かが分かる・・・。

いまの私には想像しようとしても想像できない感覚です。感覚と書いていますが、それが「感覚」なのかさえ、分からない。私も、在ることも、問いかけも全てが消え去ったあと、自分の何がどう変わっていくのか・・・? それは、言葉では説明できない世界なのかもしれません。


今さらではありますが、前世の因果か、これまでインドの香りのするものから距離を置いていたんですが、この歳になって、ようやくOSHOを読み始めています。周りにはタントラを教えているタオイストも多いので、本当に「ようやく」って感じです。これからしばらくOSHO読み進めてみます・・・。



by hiroshimapop | 2015-03-28 10:23 | おススメBOOKS | Comments(0)