毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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紀元二千六百年式典より
私の廻りには西暦ではなく皇紀を使う人が多いので、そういえば、紀元2600年の式典のとき、漢学者で宮内省御用掛だった大叔父が高松宮殿下のご挨拶文を起草したハズだなぁと思って検索してたら見つかりました。

覚え書きを兼ねてブログでご紹介させていただきます。

当時のニュース映像のアナウンサーが読まれる言葉が今とは全然違います。この日本語、もはや使う人いません。戦後、忽然と消えた日本語です。

博識を誇る徳江さんにお知らせしたら、こんなお返事が届きました。
『大叔父様の文章の全てが理解できた訳ではありませんが、何度読み返しても素晴らしいものです。昔の日本人の教養の高さを痛感させられます。今では文学部の教授でもこんな文章は書けないでしょうね。』

以前、明治生まれの作家の自伝小説を読んでいたら、かつて自分が大学生だったときには、ロシア文学がまだ日本語に翻訳されていなかったので、英語でロシア文学を読んだ、と書かれており、当時の大学生の知的レベルの高さに驚愕したことがあります。

当時の知識人と云われた人達は口語と文語を使い分け、漢文や英語にも高い教養を持っていたようですが、一方、日本語しか読み書きできないのに、その能力と品位は低下する一方の我々現代人。

絶滅してしまった言葉の数々。たとえ博物館に納められても、もう声を出して誰にも使われることはないんでしょうね。


以下、NHKのアーカイブスより
参列の諸員、高らかに君が代を唱和し奉れば、総裁御代理・高松宮殿下には、奉祝詞を奏上あそばされる御為、玉座御前に御参進あそばされました。

《高松宮殿下》

「紀元2600年奉祝会総裁代理、臣宣仁、謹みて申す。伏して惟(おもん)みるに神武天皇皇祖の神勅(しんちょく)を奉じ、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の宝祚(ほうそ)を践み賜いしより、列聖相承(あいう)けて、陛下の御宇(ぎょう)におよび、今年恰(あたか)も、紀元2600 年に当れり。陛下その盛時に際し、特に宮中における紀元節の祭典を重くし、明詔(めいしょう)を発して、臣民率由の大道を示し、恩赦の令を下して遍(あま ね)く仁沢(じんたく)を布き、また神宮山陵を親拝して、孝敬(こうけい)をのべ、陸海の軍容を親閲して士気を励まし給へり。聖慮深厚(せいりょしんこ う)まことに惶懼(こうく)にたえず、臣等ここに令辰を卜(ぼく)し、恭しく天皇陛下、皇后陛下の臨御(りんぎょ)を仰ぎ、紀元2600年奉祝の会を行う。瑞雲靄靄(ずいうんあいあい)として宸闕(しんけつ)の上を繞(めぐ)り、和気洋洋として禁苑の外にあふる普天率土(ふてんそっと)手を額にし声を同じうして、この盛事を謳歌(おうか)せざるなし、顧みれば世界は今曠古(こうこ)の変局に臨めり、陛下武を異域に用いて東亜永遠の安定を冀図(きと)し、 (  )盟を友邦に結びて宇内(うだい)恒久の平和に寄与し給わんとす。

聖謨(せいぼ)宏遠、洵(まこと)に感激にたえず、臣等和衷協同 皇猷(こうゆう)を賛襄(さんじょう)し、時艱(じかん)を匡済(しょうさい)し、もって天恩の万一に報い奉らんことを期す。臣等生を昭代にうけてこの昌期に遭(あ)い、歓天喜地の至りに勝うるなし、恭しく表を奉り、賀をのべもって聞(ぶ ん)す。臣宣仁謹みて申す。」

by hiroshimapop | 2015-01-21 07:22 | 日記 | Comments(0)