毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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旧暦元旦、なぜか内宮のミトビラが開く音を聞く
もしあのとき、**をしなかったら、もしあのとき**と出会わなかったらと過去のことを仮定法で考えてもせんないことではありますが、先週1月29日(木)-30日(金)で伊勢に行き、早朝の内宮ご参拝のあとすぐにセントレア空港からタイ旅行に出かけた流れは、やっぱり不思議です。


始まりは、漫画家の美内すずえ先生から旧暦の大晦日と元旦を伊勢で過ごしませんか?といただいたイベントのご案内。

ちょうどこの時期、天下泰平ブログの泰平さんから『うさと服』のうさとさんを訪ねるタイ旅行を企画するかもしれません、というお話を聞いていたので、何も予定を入れずにすっぽり日程は空けてはいたものの、ここに伊勢を入れるとタイには行けず・・・。

そんなこんなで、しばらく様子を見ているうちに、ある日夢の中に美内先生が・・・。これはタイじゃなくて伊勢に行くってことかなぁと、締切ギリギリセーフで伊勢のイベントの申込みを。

そうこうしているうちに泰平さんからもタイ旅行決まりましたよ~というご連絡。うーん、タイに行くと伊勢のイベントは行けない。でも夢に美内先生出てきたしな~。伊勢から関空経由で行けば無理矢理行けるかも~、なんて調べてみたものの、伊勢から関空はめっちゃ遠い!

これは残念だけど伊勢を諦めよう、来年の旧暦の大晦日と新年に行けばいいし・・・ってことで、美内先生にキャンセルのご連絡とお詫びを書こうとパソコンに向かいました。

私の気持ちは100%こう書く予定でした。
『友人と、うさとさんを訪ねてタイに行くことになったので、残念ですが伊勢のイベントはキャンセルさせてください』

ところが、私が書いた文章はなぜか
『友人とうさとさんを訪ねてタイに行くことになったので、残念ですが伊勢のイベント、2日めはキャンセルさせてください。1日目のみ参加します』

え?マジですか? 1日目だけの参加で、私、翌朝は3時間かけて関空まで行くの? 朝5時発になるから内宮のお参りもできないのに~? とパソコンの前でしばし呆然。こんなの書くつもりじゃなかったのに・・・?

勝手に手が打ってたお返事ながら、不可能なルートでもない。ギリギリなんとかなりそうだし、とタイ行きのチケットを取ろうとしたところ、行きは関空発で帰りは成田着の路線はネットでは注文できず。ついでがあったらどこかのHISに寄ってみようと思っているうち、津の赤塚さんから、1月12-13日の長崎旅行は中部国際空港から行くわとメールが・・・!

あ~、中部国際空港セントレアという手がありました!
調べてみたら津港からセントレアには船が出ているし、伊勢から津はすぐ近い。伊勢から朝6時すぎの電車に乗れば8時発の船に間に合う、11時セントレア発のタイ行きの飛行機は楽勝・・・!

ってことは、伊勢のイベント1日目の参加だけでも、翌朝は5時から内宮に早朝参拝できる。伊勢神宮で旧暦の大晦日と元旦を過ごしたあと、バンコクで泰平さんご一行にも合流するという、なんと美しいスケジュール! 

なんて素晴らしい!

ってことで横浜を出ました。


そんなこんなで1日目の伊勢でのイベントを終え、神宮会館の部屋に到着してみれば私の携帯がタリラリ鳴っている。タイミングよくかけてきたのは、津の赤塚さん。いま伊勢修養団で飲んでるって。修養団はお隣やん、知った顔も多いし美内先生もいらっしゃる。どさくさに紛れて参加しに来ませんか?とお誘いしたら、すぐに飛んで来てくれました、修養団の武田所長とお二人で。 
このあたりのことはこちらから

そして翌朝。すでにしたたか酔っ払っていた赤塚さんと武田所長も頑張って早起きして下さり、伊勢の内宮で朝6時に待ち合わせ。内宮の正殿前、だんだん空が明るくなってくるなか、心静かに旧暦元旦の内宮のミトビラが開くのを待つ・・・。そして日の出とともにギギギ〜っと開く扉の音を3人並んで聞くという贅沢な時間。そして、その後は内宮の玉砂利の上を早足で歩き、8時の船に間に合うようダッシュでスーツケースを詰め込み、赤塚さんの車で津港まで送ってもらうという、思いがけない展開に。しかも私は朝5時から神宮会館のお風呂にゆっくり浸かり、一人で温かい禊ぎも済ませた!

タクシーで宇治山田の駅に行き、また津駅から津港までタクシーの乗るってこともなく、なんとスムーズな流れ!


1月29日の夜に赤塚さんが武田所長と飲み会を企画したのは、たまたま二人の予定が空いていたのがこの日だったから。

私がこの日伊勢にいたのは、申込み自体をキャンセルしようと思っていたのに、なぜか2日目だけキャンセルするって書いてしまったから。

もし私がタイ旅行に行くことにしてなかったら、ねぼすけの私はギリギリまで寝ていて早朝の内宮にはお参りに行ってないし(その日の朝に正式参拝と神楽奉納が予定されていた)、赤塚さんも私を翌朝、津港に送るために修養団に泊まったり、翌朝早起きして6時に内宮には行ってない(と思う)。

タイ旅行に行ったとしても、赤塚さんから電話をもらわなかったら、私は早朝5時すぎに内宮にお参りにいって、朝6時すぎの電車に乗ったから旧暦元旦のミトビラが開く音は聞けていない。


赤塚さんがあの日、伊勢で武田所長と飲んでいて、私も伊勢にいて、そして翌朝8時までに私が津港まで行くことになっていて、赤塚さんが武田所長と二人で神宮会館にやってきた、といういくつかの偶然が重なってはじめて、あの旧暦元旦のミトビラの開く音が聞けたことになる。

ミトビラの音、伊勢神宮に行けば毎朝聞ける音ではありますが、でもやっぱり、旧暦元旦のあの朝、あの場に私たちがいた、ということそのことが不思議。

あの音、何かの始まりを告げるしるしだったんでしょうか?
by hiroshimapop | 2014-02-08 19:05 | 世界は不思議に満ちている | Comments(1)
Commented at 2014-02-10 09:34 x
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