毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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志水一夫さんと龍生先生
先日、三枝龍生先生は、いったい掲示板をいつから始められたんだろう?と初期の投稿を探っていました。

びっくり。

初めの2ページ目に、懐かしい名前が目に飛び込んできました。

そのお名前は志水一夫さん。
私も志水さんが亡くなられたときに、そのことをブログに書き残してましたが、私にとって大切な知り合いの1人だった志水さんと龍生先生が、まさか中学時代の親友だったなんて・・・!


龍生先生の書き込み
私は渋谷区立代々木中学から、2年の2学期に杉並区立高井戸中学に、転校した。
当時いじめられっ子だった、志水一夫を俺は気に入り、さっそく友人になった。
その後、いつも一緒だった。
彼は当時、同級生だった大貫妙子を恋慕し、同行して、彼が正門でラブレターを渡して、見事ふられたもんだった。
その後、高校が違ったが、20歳くらいまで、交流があったが、彼の母親の態度が気に入らず、中に入った志水とも疎遠になった。

あれから、30年。
偶然の機会に、ミクシィで知り合い、去年、俺の御式内を習いに来てくれて、再会した。
彼はその前から、いろんなメディアで俺を紹介してくれていた。
ウィキペディアも、アマゾンもそうだ。俺より、詳しく調べてくれた。
いろいろ、やってくれたが、何にも言わず、黙ってしてくれていた。

今年の5月21日の深夜、胃ガンが見つかったので、近日中に手術すると言った。
それっきり、連絡無かった。名前を変えると、最低ひとりは、縁が切れる。まさかと思って、今、グーグルで、志水一夫を調べたら、7月3日に亡くなっていることを知った。

俺も、遠からず行くだろう。あの世でも、志水、おまえがいじめられていたら、また、助太刀するぜ。


志水さん、中学、高校ではさぞやクラスで浮いていただろうなぁと思ってました。実際、よくクラスメートからいじめられていたそう。そんななか、転校してきた龍生先生と親しくなることで、どれほど志水さんの中学生活が違ったものになり、心豊かな時代を送ることができたことか。

大貫さんにラブレターを送るなどという青春の1ページもあったことが分かって、なんだか他人ごとながら、ホッとしたり嬉しくなったり。

疎遠になっても、龍生先生のことが気になって、こっそりウィキペディアでページを作ったり、Amazonに特設ページを作っていらしたんですねぇ。中学時代の親友をかげながらずっと応援されていた志水さんの心を思って、私はこの龍生先生の書き込みを読んでいて、思わず涙が出てきました・・・。

博識で、面白がりで、そして、本当に心のやさしい方でした。

もし志水さんが生きていらしたら、私が龍生先生にインタビューをしてそれをテンプルのHPで紹介したことをどんなに喜んで下さったでしょう。

55才はやっぱり早すぎる。
by hiroshimapop | 2012-12-03 15:47 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)