毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

思い出の品がなくなると清々しさがやってくる
昨日から、マークの風水講座アドバンスクラスが始まりました。会場は我が家。ダイニングテーブルがしばし学びのテーブルに変身します。

週末の風水講座も面白かったですよ〜。
単に西に**を置けばいい、といった風水ではなく、人間の深層心理まで網羅するマークの話は何度聞いても興味がつきないです。

特に今回は2日間を通して、部屋の中に溢れる「捨てられないもの」「必要以上にあるもの」は自分の心の何を顕しているのかに触れていったので、参加者の心の奥深いところにズドンと落ちたものが大きかったのではないでしょうか?

そして、部屋を片付け終わったら次にとりかかるのは「自分の人生に新しい人を招きいれるための部屋づくり」。パートナーが欲しいと思っている方は、自分の人生と部屋にそのスペースを作っておく、ということが大切みたいですね。


捨てられないものをどうやったら捨てられるか、というご質問がいくつか出ていました。
古い手紙やアルバムの写真、友人や以前の恋人がプレゼントしてくれたもの、亡くなった家族の遺品などがその筆頭でしょうか。


私は2年に1度引っ越しをし続けています。
そのたびに所持品の見直しをせざるを得ないので、古い手紙類の所持は0%。都心の小さなワンルームや2DKに入れられるものは限られてしまいますから、何度か引っ越しを繰り返しているうちに、さすがに「これを保存しておくスペースのほうがもったいない」と思うようになりました。最初は箱に詰めて、そのまま押し入れに入れておく、ということを繰り返していましたが、新しい場所で新しい人間関係、生活基盤が出来ると過去を思い出すことも無くなりましたし・・・。

アルバムの写真なんて、持っているのは18才までのもの。何回目かの引っ越しの際、処分してしまった箱の中にアルバム類も入っていたらしく、赤ちゃんの頃のアルバムも1冊紛失、大学時代の楽しかったゼミ旅行のアルバムも無くなってしまいました。赤ちゃんの頃の写真なんて両親の若いころの写真でもあるので無くしてしまったのはとても残念なのですが、無いものはない。あとは旅行の後に、旅の仲間がプリントアウトして送って下さったものくらい。

最近は、デジカメのデータ写真ばかりなので、それらもパソコンに入れたまま。1度パソコンのデータが壊れたことがあり、中に入っていた数年分の写真も失ってしまったので、そんなことを繰り返しているうちに、写真に対する執着もだんだん少なくなってきました。

「昔は良かった〜」などとノスタルジックに感慨にふける拠り所が無くなると、過去を懐かしがる時間もなくなります・・・。

両親のものも、実家を売却してしまったので、そのときにほぼ処分。最初はそれでも、コンテナーに3つ分残していましたが、年を追うごとに少しずつ整理していき、今あるのはコンテナー1ヶ分。母がずっとつけていた父の仕事の帳簿類だけは今後も捨てられないかもしれませんね。両親が生き、仕事をしていた記録ですから・・・。

心情的にどうしても捨てられないのは、母が使っていた電動ミシン。これは私が子供の頃から使っていたものでもあるのと母親との思い出ともリンクしているので、これだけは引っ越しのたびに持ってきています。最近はミシンなんて使わないし、最新のものに比べたら重いし使いにくいものの、重量がある分、心にも重量があります・・・。

友人からのプレゼント類は、気に入ったものだけ残し、あとはやはり引っ越しのときにバザーや救世軍に引き取ってもらったりしています。

引っ越しのときは、モノと自分との関係性をみなおすいいチャンス。「次に住むところはとっても狭い」という状況のときは取っておくものを厳選する必要がでてくるので、自分の心を過去に引き留めておくようなモノとの決別にはいい時です。

親元でずっと暮らしている人、広くて余剰スペースがある人は、あえてモノとの関係性の見直しをしないといつまでも保管できてしまいます。が、モノはエネルギーを持っていますから、過去のものをあまりにもたくさん残している人は前に進むエネルギーを吸い取られてしまっているかも。スケジュールを決めて、あえてエイッと決別する日を設けたほうがいいかもしれませんね〜。

身の回りに溢れていた思い出の品が家や部屋から無くなったときの解放感って、想像以上の清々しさをもたらしますよ・・・。
by hiroshimapop | 2012-10-02 13:57 | 日記 | Comments(0)