毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

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鹿児島・神社巡りの旅
鹿児島での濃厚な時間を過ごしたあとのこの2日間、聖地酔いのようなボケ~とした体感がずっと続いてます。ぐっすり寝込んでいるところを叩き起こされたときのような違和感が身体にずっとあります・・・。


さて、今回の神社巡りの旅。

めいっぱい神社を廻るために、鹿児島空港の集合時間は朝9時半。
私は朝6時30分発のJAL便を予約していました。リムジンバスの予定を見るとチェックインギリギリの6時10分着。早朝だし3分以上遅れることはないだろうと甘くみていたら、空港に着いたらもう6時17分! スーツケース片手にカウンターに走ったものの、すでに受付終了。が~ん!ショック。朝3時に起床したのに肝心の飛行機に乗り遅れるとは・・・。すぐにチケットを解約してANAのカウンターに。当然ながらチケットは正規料金。こんなことだったら、最初からタクシーに乗るんだった(次回の教訓)。

鹿児島では、何処をどう廻るかは美内すずえ先生におまかせのミステリーツアー。美内先生のお勧めの場所ですから、期待十分です。


鹿児島に到着して、最初に廻ったのは、鹿児島にある三御陵。しかも、神武天皇以前の神代の時代の御陵。どこもキレイに掃除が行き届いており、清涼な空気感が素晴らしい。

*神代第1代 瓊瓊杵尊(ニニギノ尊) 可愛(えの)山陵 
  広島の実家があったあたりは、可愛(えの)という地域。可愛と書いて(えの)と読むというのは珍しい。何か繋がりがあるんでしょうか。
*神代第2代 火火出見尊(ホホデミノ尊) 高屋山上陵
*神代第3代 波瀲武鵜草不合尊(ウガヤフキアエズノ尊) 吾平(あいら)山上陵
この御陵では、昭和49年から御陵のお世話をしていた、という元職員の方にお話を伺うことができました。たった1人の孤独な職場。使命感がなくては続かないです。


比定地(参考地)ですが、海幸彦(ホデリノミコト-山幸彦/ホホデミノ尊のお兄さん)の御陵と海幸彦、山幸彦の母、木花咲耶姫の御陵が同じ場所にあり、そこも一緒におまいりできました。


御陵のあと廻ったのが、霧島六社権現。子どものころ遊んでいた近所の神社を私たちは「権現さん」といって親しんでいたので、ひさびさに「権現さん」という響きが懐かしいです。

霧島神宮(西御在所霧島六社権現) - 鹿児島県霧島市鎮座。
霧島岑(きりしまみね)神社(霧島山中央六所権現) - 宮崎県小林市鎮座
霧島東神社(霧島東御在所両所権現) - 宮崎県西諸県郡高原町鎮座
東霧島(つまきりしま)神社(東霧島権現) - 宮崎県都城市鎮座
狭野(さの)神社(狭野大権現) - 宮崎県西諸県郡高原町鎮座
夷守(ひなもり)神社(夷守六所権現) -- 明治時代に霧島岑神社に合祀


他にもいくつも廻りました。今回廻った御陵も神社、どこも掃き清められ、地元の方々に大事にされている感じがしました。こういった神社があることで、多くの森も同時に護られています。


知覧にある豊玉姫(神武天皇の祖母神)の御陵 田んぼの中にポツンとある御陵です。
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    霧島神宮のご神木の枝。柏手を打っている神官に見えます。
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          霧島神宮の元宮。山そのものがご神体です。
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母智丘神社から町を望む こんなにのどかで美しい風景を見ていると、いつのまにか、神様の視点になってきます。みなに幸あれと。
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   二重に丸く森ができています。何かの遺跡の跡か火山口の跡でしょうか?
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最後に行った熊襲の穴。ここがどこかも知らず、登っても登っても、まだ上がある階段に、途中、来てしまったことを後悔したくらいですが、ここは日本武尊ゆかりの場所。神渡良平先生の「天翔ける日本武尊」の本を読んでおいて良かった!
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by hiroshimapop | 2011-11-29 18:56 | 日本の聖地巡り | Comments(0)