毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

護られてるってこういうこと??
土曜日の同窓会で、とても興味深いお話を聞きました。

お話下さったのは、名古屋のSさん。
火山灰の影響でしばらく飛行機の離発着が禁止されたあと、初めて飛んだローマ発のJALのファーストクラスで日本に帰国された方です。


1994年4月26日、台北から名古屋に飛んだ中華航空140便が名古屋で墜落炎上。乗客264名が犠牲となった飛行機事故がありました。

Sさん。まさにその中華航空140便のチケットを持ち、台湾から名古屋に帰国予定でした。

本来であれば、私たちが4月にSさんとお会いすることは無かったハズでした・・・。


1994年4月26日、台北空港にSさんはいました。中華航空140便のチケットを持って・・・。

ところが、中華航空のチケットカウンターまで歩いている途中、ふと、手前にあった別の中国系の飛行機が、140便よりも5分早く台北から名古屋に飛ぶことに気が付きます。

Sさん、その中国系航空会社のチケットカウンターに行って聞いてみました。中華航空のチケットを持っているんですが、この飛行機に乗れますか?と。

今はもう当然駄目だと思いますが、1994年当時は、まだそういうことが曖昧だったのでしょうか?それともチケットカウンターの方の機嫌が良かったのでしょうか? いいですよ、とすんなり中華航空のチケットでその飛行機に乗せてくれたそうです。


名古屋空港に到着し、飛行機を降りて歩きはじめたとたん、Sさんは、後方で大きな爆発音を聞きます。
それは、当初乗るはずだった中華航空の飛行機が爆発炎上する音でした。

たまたま、その会社のチケットカウンターが、中華航空より手前になければ、Sさんが乗るハズだった中華航空140便より離陸が遅ければ、また、駄目もとで聞いてみようとSさんが思わなければ、Sさんはもうこの世にはいません。。。。

名古屋の自宅では、家族がニュースを見て大騒ぎ。もう夫の生存は絶望的だと子どもたちに電話をしている最中に、夫が帰ってきてビックリしたと奥様は言われていました。

Sさん、名古屋で3つの会社を成功させ、今は第一線を退いて悠々自適の毎日。
40年間、パスポートがすぐにスタンプで一杯になるくらい飛行機に乗っていたので、こういったエピソードは事欠かないそうですが、それにしても、不思議なお話です。


アメリカに住んでいる友人が、あちらではハイウエーで車が猛スピードで飛ばしてますから、自分が安全運転をすることはもとより、暴走車と遭遇しない、そういう運の強さがあることも事故に遭わない必須条件だと言っていました。


神のご加護か先祖のご加護か、はたまた運の強さか・・・・。

いずれにしても、何か大いなるご加護がSさんには働いていたのでしょうね。
by hiroshimapop | 2010-06-21 20:52 | 世界は不思議に満ちている | Comments(0)