毎日がエドガー・ケイシー日和 ケイシーグッズ専門店テンプルビューティフル店長が世界を飛び回りながら、今を健康的に生きるヒントをお伝えします。

毎日がエドガー・ケイシー日和

ローマ延泊決定です!
アイスランドで発生した火山噴火の影響で、ヨーロッパ北部の空港が次々閉鎖されるなか、経由地のミュンヘン空港も、今日の午前中で閉鎖が決定。

明日18日に私たちが乗るはずだった飛行機がキャンセルとなり、空港が再開されるまで私たちはローマ泊となりました。

このニュースを初めて聞いたのは、アッシジでの朝食の場。

アイスランドで火山が噴火して、飛行機が飛ばなくなったというニュースと、東京は雪だったというニュースに、この偶然性はいったい何?って思っていたら、ローマ到着後、ひさびさに見たCNNニュースでやっていたのは、チベットの大地震。さらには、ポーランド大統領が専用機の墜落で亡くなったというニュースもあり、ふだんだったら、どれも一面のトップニュースになりそうな世界的なニュースが集中的に発生していたことに心底驚いてしまいました。そして、それをよりによってイタリアで聞くことになるとは・・・!

なんだか、聖母マリアが預言したと言われる「世紀末」が静かに始まっているような・・・。

こんなシーン、たしか、美内すずえ先生の「アマテラス」にあったよな~って瞬間的に思ってしまいましたが、占星術の星回りはどうだったのでしょう?
だれか、こんな災難が今のこの時期に集中して起こること、予言していましたっけ?

そんな災害がありながらも、ここでジタバタしても心配しても、自分自身のの状況を悪くするだけ。だったらローマ滞在を楽しみましょう!と今日は予定通り、ローマの半日観光に。

この小林ツアーが素晴らしいのが、いつ日本に戻れるのか全く分からない状況の中でも、この瞬間、今を楽しみ、味わいましょうと、参加者の誰もが思い、落ち着いていること。こんなこと、滅多に体験できないんだから、この体験も楽しんでしまいましょうと最大限のユーモアをもって、今日のローマ観光も楽しんでおりました。

明日もこのままローマ滞在を楽しみたいと思っています。

とはいえ、私はこのツアーの言い出しっぺ。
やはり精神的な重圧は感じております。今日の夕食時には、テーブルの席で明日の飛行機のキャンセルが決定したニュースを聞いて、かなり凹んでおりました。カンツォーネをライブで聞けるレストランだったのですが。。。

ただ、そんな食事の席でも参加者の笑い声は絶えることがなく、おそらくレストランで一番うるさいテーブルだったかも。あちこちから聞こえる笑い声で、多少、私の気持ちは救われた気がします。

小林さんは今日の午後遅くから空港に行って状況確認と飛行機の取り直しをトライされてましたし、明日もまた朝から空港に行かれるそう。小林さんの細い肩にかかっている重みは私なんかより遙かに遙かに重いものですから、あと、私たちができることは、この状況も含め、元気にこのツアーをとことん楽しんで、小林さんに精神的な負担をかけないことでしょうか?いつかは火山の噴火も終わり、いつかは日本に帰れるわけですから。

おかげさまで、テンプルのお店はスタッフがしっかり守ってくれてますし、心強いことにスタッフからも「お店は大丈夫ですから・・・」とメールが入っていました。会社を休んでこのツアーに参加している人も、もうここまで来たらジタバタしても仕方ないので腹をくくります!って言っていました。


今回のツアーは、メジュゴリエとアッシジとずっと一貫して「祈り」がテーマでした。
私自身、このツアーでは「祈りとは何か?」をずっと考えていました。

まだ私にはイエスや聖母マリアが求めている「祈り」が何なのか?ということが、うすぼんやり輪郭が見えてきただけで、言語化できるものとはなっていないのですが、いよいよ、ツアーの最後の最後に、卒業試験のように、その「祈り」を自分自身で実践し、体験と身体を通して経験することが試されているのでしょうか?

ともかくも、今は、心に余裕とユーモアをもって40名のメンバーとローマにおりますので、ご安心下さい。
by hiroshimapop | 2010-04-18 08:51 | ただいま海外で体験中! | Comments(2)
Commented by 齋藤慶太 at 2010-04-18 11:15 x
実は心配していましたが、自然現象なので致し方ありません。
この大きなメタファーを感じる事が自分の光を見ることなのでしょうね。

光田さんは安心して旅行を楽しんでくださいね。
なにかあったら日本にいる慶太が出来る限りのサポートをしますから!
Commented by みつだ at 2010-04-18 15:46 x
ありがとう! こうやって日本からエネルギーをいただいているのを、本当に心強く感じます。遠く離れていても、友人、知人が祈ってくれている、心を送ってくれていることの「ちから」をこれほどまでに有り難いと思ったことはありません。「祈られていることの安心感」をひしひしと感じています。