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水屋神社の観音様
水屋神社にお堂を建てておさめられることになったのは、この観音様。
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依頼者は昨年無くなった小児科医の上島英義先生のご遺族。
上島先生は、第二次世界大戦に軍医としてパラオに派遣され、三重県で唯一生き残った方。
日米あわせて25000人の若者がパラオで玉砕し、兵士の流す血で青い海辺が赤く染まってしまったことから、パラオの海岸はオレンジビーチと呼ばれるようになったほど。

パラオで戦い、そして亡くなった兵士の方々の魂を鎮魂をしたいと長年思われていたことと、平成9年に娘さんが不幸な亡くなり方をされたので、その魂を慰めたいということで、10年前、この観音様は作られたそうです。

上島先生のご自宅の庭に観音堂をつくり、10年ほどはそこにおさめられていたんですが、昨年、その上島先生が亡くなられ、観音堂のお世話をすることができなくなってしまったことで、遺族の方が「ご縁のある水屋神社におさめてもらえないだろうか?」と打診があったそう。

それが昨年の4月の18日。

神社の敷地内に観音堂を作るというのは、氏子さんたちの総意が必要で、宮司さんはすぐに「お受けいたします」とお答えされたそうですが、いろいろと越えなければならないハードルがいくつもある。

特に、どこに建てるかが最初の課題。

・・・ところがラッキーなことに、神社の一部は宮司さんの私有地。
以前、お宮の木を突然切り始めた方がいて、調べてみると、なんと、お宮の一部の土地が個人の私有地だったことが判明。長年にわたって自然界が、絶妙なバランスで作りだしていた林の一部を、人間が勝手に切ってしまうと、全体の林のバランスが崩れてしまう。

実際、それまでは大丈夫だったような台風でも他の木々が倒れたりしたので、林全体を守るために、宮司さんは私財を投じて、その私有地を購入していたんですね。

それが、何年かたって観音堂を建てるときに役立つとは、天のなさることには無駄がない!

そんなこんなで、その土地に4月18日に観音堂を建てることに決まり、これを建てられるのはあんたしかいない!と赤塚さんにその白羽の矢が立ち、1度も設計図を書いたことのなかった赤塚さんが設計を担当して、11月8日に観音堂も完成。

観音様は、今は宮司さんのご自宅に安置されてますが、来年の4月18日に観音堂におさまれば、この1年(もしかしたら数年)にわたる計画もようやく成就することになります。

ちなみに、この観音様を作られたのは津に工房を持っている浜田さんという方なんですが、お話をうかがってみると、昔はこういうった観音様はアマルガム(水銀)を使って型をつくっていたそうなんですが、今はもう水銀を使うのは良くないということで、これは浜田さんが制作された昔ながらの工法で作った最後の観音様。

あったかーい柔らかい曲線で、すごくいいお顔をされています。

水屋神社は、松坂市からバスで40分くらいかかる、ちょっと行きにくい場所にあるんですが、もし名古屋や三重県に行くチャンスがあったら、ぜひ寄ってみてください。

本殿でご挨拶したら、社務所の方に聞いて観音堂に入らせてもらい、30分でも1時間でも観音堂でゴロゴロ。そして宮司さんのご自宅に安置されている観音様にもご挨拶してお帰りになるといいんじゃないかと思います。

もともとは鎮魂のために作られた観音様ですが、神道も仏教もユダヤ教もキリスト教も越えた祈りの場として作られたこの観音堂におさめられることで、新しいお役目ができるのではないかな、と思ったりします。

ついでに本殿前にはお水が自由に飲めるようになっているので、ペットボトルでお水を持って帰ると、さらにありがたーい1日になることでしょう!
by hiroshimapop | 2008-11-14 13:42 | 日本の聖地巡り | Comments(0)